奇跡  基点(25)

      <(24



 ……さて。


 ふう、と肩の力を抜いたところで、真っ先に文句を言ったのは鳥出だった。

「司ぁ!この船は艦載機じゃねえんだぞ…!」まったく。おれぁどうなることかと思ったよ。
 新字も参った、といった顔で座席の背もたれに寄り掛かった。「航海長、少し乱暴すぎやしませんか」
 あんな飛行艇くらい、パルスレーザーの一発で除去できたのに。新字としては、司に上昇ルートを変えさせず障害物を撃ち落す自信があったのだ。
「?…え…ええ〜…そうかな……ごめんなさい」司はしまった、という顔で振り向いた。つい、思い切り良くやりすぎた、かも。
「でも、班長、かっこ良かったっすよ!」大越はニコニコ顔だ。
 その傍らで苦笑している島と、目が合う。
「乗り心地は最悪だったが、的確な判断だったぞ。上出来だ、航海長」


 島は半ば呆れながらも、司の操舵に内心脱帽していた。本艦の手動航行はまだ数回しか任せていないのに、エンジンの出力の幅も旋回のキレもちゃんと把握している。テスト航海で全てを飲み込んでいたとでもいうんだろうか…どうだ、あの潔い操艦は。まるで、俺がヤマトでやってのけるかのような機動だったじゃないか……
「……あ…ありがとうございます!」
 褒められて頬を染め、嬉しそうにそう言う司は、いつも大越が笑うように“とてもその腕一本で巨大な艦を動かすようには見えなかった”。
「しかし、上昇中にそんなところにいては危ないですよ、艦長。以後は慎んでください」カーネルだけが笑いながら苦言を呈したが、それは司にではなく島に、だった。

 赤石が艦内と艦底のクルー、格納庫や厨房などへ順に連絡を取る。
「総員、怪我はありませんか? 被害状況を報告してください」
<格納庫、被害なし!>
<機関室、異常ありません>
<…厨房ですが、接待用グラス6コ、割れました>
「あーあ、まだ使ってもいないのに……」
 厨房からの報告を耳にし、片品が溜め息をつく。
 全員が、どっと笑った。
 頭上にずらりと並ぶモニタには、地球、そして艦首カメラから見た映像、先行するヤマトの後部、そして地上番組との中継画面がまだ映っている。


 
 司は視線を落し、操縦桿を握る自分の右手を見つめた。
 それを包んで握った大きな手が、脳裏にオーバーラップする……
(冗談じゃないわよお……)
 早くなる胸の鼓動を否定するように、司は赤い顔のまま、ブルルッと頭を振った。
 信じらんない。なんで手、握られたくらいで…赤くなる??自分?
(あたしは島大介のファンじゃないもん、そんなんじゃないもん……!)

 艦長席から島が自分をすっかり感心して見つめていることにすら、まるで気付かない司なのだった。



 

 


 割れんばかりの大歓声に送られ、2隻の船は旅立った。まるでハリウッドのアクション映画さながらの出航のアクシデントは、ポセイドンの勇姿をさらにひと際印象付け、伝説のテイク・オフとして永く語り草になったと言う。



 出航式典の会場に集まった数万人の観衆の中で、両親とともにその旅立ちを見送りながら、島次郎は呟いた。
「……大介兄ちゃん、がんばれよ」
 握りしめていた右の掌を、そっと開く。
 そこには、今朝方出掛ける兄から託された、小さなメモリチップのケースが握られていた。

「なんで?持って行かないの?」と訝る次郎に、
「お前が持っててくれ」重要機密だからな、無くすなよ?
 ——大介はそう言って笑った。
「兄ちゃん、ほんとにもう、誰とも結婚しないつもり?」思いあまって、次郎はそうストレートに訊いてみる。
 弟の問いに、兄はきょとんとし、次いで苦笑いした。
「いや……そうだな。……テレサのことを、一緒に憶えていてくれる…という人がいれば……、あるいは…な」
「……そんなの、相手の人に失礼だよ、兄ちゃん」
「あ?」
 大介は目を瞬いた。「…ちぇ、ませてきたな!お前にそんなこと言われるとは思わなかったよ」
「ばかにすんなよ、そんなの常識だろ!?兄ちゃん、やっぱ結婚なんかしない方がいいんじゃないの?!」
「生意気言いやがって」口を尖らす弟に、あはは、と苦笑した。

「…まあ、とにかく。……がんばれよ?兄ちゃん」
 そう言われ、兄はまた、真顔になった……「言われなくても」


 兄ちゃんが結婚してもいい、っていうのは誰なんだろう。
 ——あの人かな。
 兄がいつになく清々しい顔で旅立って行ったことを、なぜかあの、司という兄の部下に感謝する次郎だった。

 


 
 ——2209年、7月。

 第一次特殊輸送艦隊旗艦<ポセイドン>は壮途に就いた。

 


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 <第二章 恋情(1)>へ続く。