奇跡  恋情(1)

     


 ガルマン・ガミラスの総統デスラーは、副総統タランの静かな報告を聞きながら何事か思案していた。

 右手に持ったグラスの中身——薄紅色の高級蒸留酒が、透明なグラスの内部をまったりと滑るのをしばらく眺め…じろりとタランをねめつける。
「……なるほど。キーリング麾下のフォルトナー第7機甲師団が全滅したのは、またもや例の…予測不可能な敵の戦術のせいだったと、そういうわけか」
 タランはデスラーの顔色を窺いつつ、部下のために申し開きをした。
「総統、フラーケンが目撃した通りです。次元潜航艇のレーダーにも反応しない、新しいワープ、とでも言う他はありません。瞬間物質移送システムとも違います…キーリング元帥を糾弾するよりも、早急に対策を立て作戦を変更するのが得策かと」
「ふむ…」
 デスラーは、椅子の肘掛けに設置されたホログラムの再生デバイスを操作した。タランが半歩横に動くと、二人の目の前に立体ホログラムで戦場の様子が映し出される。
「ここでございます、ご覧下さい」
 タランが映像の、とある部分で再生を停めた。「通常なら、ワープアウトポイントに事前反応があるはずなのですが…奴らが現れる時はなんの前兆もないのです」
「……次元レーダーにも反応がないと言ったな」
「左様でございます。敵艦の大きさから言っても、既知の理論ではまったく説明のしようがありません…」


 ガルマン・ガミラスは、1年ほど前から未知の敵の攻撃を受けていた。 

 異変の始まりは、帝国圏の辺境宙域だった。多種の鉱石を産出する資源惑星の幾つかが突然交信を絶ち、それらの星から戻るはずの輸送艦も次々と消息を絶った。事件の調査に向かった艦船もことごとく行方を暗ますようになったのである。辺境のみならず、異変は次々と広範囲に広がって行った。
 それがデスラーの耳に入る頃にはすでに、辺境を守るガミラス軍の兵の半数に、得体の知れない動揺と恐れが敷衍している有様であった。最初の異変から数ヶ月して、ようやく中央統合軍司令部が動き始め、謎の敵の姿を捉えるに至ったのである。

 敵艦はさほど多くなく、確認できるだけでたったの10隻程度であった。彼らはワープ航法でも瞬間物質移送システムによるものでもなく、突然ワープ不可能な空間に現れ、致命的打撃を加えてこつ然と消えるのだ。敵艦隊が現れるのは短い場合は数十秒、長くても数分。そのため、追撃はほとんどの場合失敗に終わっており、すでにガミラス中央統合軍キーリング元帥麾下の11個師団の攻撃隊が全滅の憂き目を見ていた。
 事ここに至って、辺境惑星が手始めに襲われた理由が明らかになってきた。
 新生ガルマン・ガミラスの位置するアンドロメダ星雲コルトン太陽系辺境の惑星には、ガミラシウムに似た放射性鉱石、ヘキサタイトの鉱山が豊富に存在する。重火器の燃料や戦艦の外壁にも使われる万能放射性鉱石ガミラシウムは、ガミラス本星が消滅する以前に採掘されたものが僅かに残るだけだった。ガミラシウムの代用品として辺境惑星で採れるヘキサタイトは重要な資源なのである。
 ところが、敵の攻撃によって(しかもそれが攻撃だと判明するより以前に)その軍事的資源の補給を断たれたガミラスは、たちまち苦境に陥った。

 現在のガルマン・ガミラスの統治する宙域は実に広大であり、かつて銀河系中心部を統べていた時期よりもその国土はさらに広遠である…辺境から総統府へ知らせが届くまでには数日かかる場合も少なくはない。だが、此の度の甚大な被害は、辺境を統治する総督らがまずは事態を甘く見、その後に失態を隠蔽したことに端を発した。その上、敵の巧妙な奇襲攻撃に兵の士気は削がれ、亡霊の仕業だという流言まで飛び交う始末である。しかしたった数隻とは言えその艦隊を率いているのが魑魅魍魎の類いであるなら、これほど機智に富んだ策略を弄する亡霊とは一体何者だというのだろう?
 デスラーは再三調査隊を差し向け、発見次第撃滅せよとの命を下したが、一向に敵を捕えることは出来ないままであった。

 さて、デスラーが地球の高レベル放射性核廃棄物に注目したのは、そんな中でのことである。

 ガミラスの遠距離物質測定技術は、宇宙でも驚異的といえるレベルを誇る。デスラーが認めた友好宇宙国家・地球は現在のガミラス本星から約82万光年離れた銀河系辺境オリオン腕に位置するが、その星の内部も常に観測の対象となっていた。かつて彼らが地球を移住の対象として選んだことからも分かるように、かねてよりガミラスの科学者たちは地球の内部構造や人工的な生成物質に興味を持っていた……ことにウラン235、トリウム232などの天然放射性同位元素、そして中でも100年ほど前から地球人類が精製し始めた人工放射性元素プルトニウム239には殊に強い関心が寄せられていたのである。  
 プルトニウムとウランなどを発電の燃料として使用したあとの液状物質は非常に放射能濃度が高い。地球人類は、その使用済み燃料の廃棄に関しての安全性を長年確立せぬまま、それらを地中深くに眠らせ、放置して来た。だが、ガミラス星人にとって放射能は特段害のある物質ではない。それどころか、数ミリグラムのガミラシウムとその高レベル放射性核廃棄物とを融合させると、強力な動力源になるばかりか、デスラー砲など重火器のエネルギー源にもなる可能性が判明したのだ。地球を観察している科学者たちが、このガミラシウムに匹敵する新たな資源の存在を見逃すはずは無かった。
 地球からはしばらく前に、核廃棄物…否、<資源>を積んだ輸送艦隊とヤマトを差し向ける、と連絡があった。それに対し、デスラーは感謝の意を表した通信を送らせたが、その後地球からは何の連絡も無い。もしかすると通信を運んでいた連絡艇が敵の攻撃を受けたのかもしれなかったが、今のところデスラーにはそれを確認する術が無かった。本星までもが厳戒体制を強いられ、行方不明の連絡艇を捜索する余裕すらなくなっていたからだ。今や、ガミラス本星はそれほどの危機に陥っていたのだった。

 だが、実のところデスラーは、地球から資源が届くのだけを待ちわびていたわけではなかった。むしろそれは口実に過ぎない。無論、<資源>を手に入れることは急務だったが、地球からヤマト一隻を呼び寄せた所で、戦局に大した変化があるとも思ってはいない……確かに、ヤマトは銀河系辺境オリオン腕方面においては伝説的な強さを誇る宇宙戦艦ではあったが。
 地球から古代たちを呼び寄せるのには、別の大きな理由があった。



               *



「……ところでタラン、彼女はどうしている?」
 ホログラムをもう一度再生して見ながら、デスラーは問いかけた。
「は、相変わらずです。意識はまだございませんが、我々の呼びかけに対してはかすかに脳波が反応いたします…」
「反物質はどうだ?」
「それについては、未だ確認できておりません。発見された時に採取した発光体からは多少の反物質エネルギーが認められますが…我々がコントロ—ルできるタイプのものではないようです」
「ふむ…。やはり古代たちを待つしかないようだな」
「ヤマトからの連絡はまだありませんが、偵察艦隊より地球からヤマトらしき船が出発したという報告は受けております」
「妨害電波か、あるいは連絡艇が破壊されたか…。いずれにせよ、銀河系の外周付近まで私の精鋭部隊をヤマトの迎えに行かせよう。そしてタラン、ヤマト到着までに、どうあっても彼女を覚醒させるのだ」
「はっ。では、直ちに親衛隊から一個師団を差し向けましょう。…彼女の蘇生には全力を尽くして当たっております。あの女は今や、わがガミラスの切札でありますからな。彼女が覚醒し、我が軍に反物質エネルギーをもって加勢すれば、この腹立たしい魍魎との戦いにも一気にけりがつきましょう!」タランは昂然と胸を張って言った。「宮廷侍医たちに、引き続き治療を行わせます。今しばらくお待ちください、総統」
「うむ。頼むぞ、タラン」
 踵をならして最敬礼し、タランはマントを翻しつつ急ぎ足で謁見の間を出て行った。

「……反物質を操る女…、か」
 デスラーはパレスの上部を見上げ、呟いた。透明の高い天井はドーム状になっており、この謁見の間は居ながらにして360度満天の星空を満喫できる造りになっている。
 かつて己が身を寄せていた外宇宙の覇者、白色彗星帝国ガトランティス。彼らは、強大な力を誇りながらただ一人の女に滅ぼされた。おそらくハイパーデスラー砲でも撃滅できない強固な要塞都市帝国を、彼女はたった一人で武器も持たずに殲滅したのだ…それも、一瞬にして。

 その女の名は、テレザートの「テレサ」。

 彗星帝国が滅亡した時、デスラーは古代との邂逅に戦意を失い、艦隊を率いて何光年も離れた場所にいた。事の顛末は報告を受けて把握してはいたが、それにつけても不可解なのは、なぜあのテレザートのテレサが、突然彗星帝国をあのタイミングで殲滅したのか、ということである。

 ——あんなことをするのであれば、なぜ彼女はもっと早く介入しなかったのだろうか? そもそも、あのような行動に出ることができたのなら、なぜわざわざ地球へメッセージを送りヤマトを呼び寄せたのか。
 古代たちが、彼女に味方するよう頼んだのだろうか…だとしても、彼女が地球に肩入れする理由が見つからない。ヤマトは、彼女を戦いに赴かせる為に一体、どんな手段を使ったのだろう?
 あの白色彗星帝国の大帝ズォーダーが、ただ一人恐れていた相手が、「テレザートのテレサ」だった。総統府の地下に眠る弱々しい姿からは想像もつかないが、彼女を敵に回せば彗星帝国といえども太刀打ちできないらしいということは、ズォーダーや側近たちを傍で見ていたデスラーには自ずと分かった……だが、かのズォーダーは、テレサが本当に立ち向かって来るとは、最後の最後まで思っていなかったようなのだ。

 一度だけ、テレサは威嚇攻撃ともいえる妨害を行なった。自らの故郷の星テレザートを自爆させ、白色彗星の進撃を足止めしたのだ。その事実も、デスラーにとっては不可解なものでしかなかった。一体、なぜ彼女は自分の母なる星を破壊したのか。…彗星帝国に踏みにじられるくらいなら、我が手で葬り去ろうということだったのか?だが、あの時彼女がそうしたおかげで自分の宿敵ヤマトは彗星から逃げおおせた。……あれは、ヤマトを逃がすためだったと、考えられなくもない…。しかし、そうすることで彼女に一体何のメリットがあったというのだ?

 そして最終的に、テレサは土壇場で地球の味方をしている。何が彼女をそうさせたのか、デスラーはそれが知りたい、と切に思った。
 テレザートへヤマトが到達した時に、何かあったのだろうか?
 だが、あの彗星帝国の女参謀は、ヤマトもテレサの意に添わず、追い払われた…と言っていたのではなかったか?

 デスラーは、頭上のドームのはるか上方に瞬く星々に問いかける。
(……スターシア… きみはなぜ、地球を救おうと思ったのだ?)

 総統府の地下に眠る、反物質エネルギーを司る美しいテレザートの女神は、懐かしいかつての二連星の女王、スターシアを彷彿とさせた。今でもデスラーには、ガミラスの双子星イスカンダルの女王が、なぜ地球に救いの手を差し伸べる気になったのか分からない。
 それ以上にあのテレサという女が、なぜヤマトの味方につき、それも我が身を滅ぼしてまで地球を救ったのか、彼にはまるで理解できなかった。


(……私とヤマト……。何が、どこが違うのだろう……)
 自分には無い何かを持つ、ヤマト、そして地球人。


 テレサがたとえ覚醒したところで、彼女に戦うことを自分が強いても無駄だろうと、デスラーには分かっていた。だが、ヤマトが来ればどうだ?


 今や私と古代とはともに戦う友人だ。ヤマトは、私の友なのだ……


 デスラーはふふふ、と笑うと持っていたグラスの中身をぐびりと飲み干した。

 

 

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