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「止まれ!」
一見、何の変哲もないシティ・ポリスの検問である……だが、衝立ての向こうに明らかに軍のものと思われる装備の男たちが数名、無線を片手にこちらを窺っているのが見えた。
「……ライセンスを」
「はいはい…」
免許証の提示を求める警官に返事をしながら、島は胸ポケットを探る振りをする。ここで軍のIDを出せば、たちまち自分が元ヤマト乗組員だと判明し、…悪ければ拘束されてしまう。
「…おかしいな、ちょっと待ってください」
「早く見せて」
「……あれ……、確かにここへ入れたはずなのに」
ポケットを上から下まで確かめ、苦笑しながらダッシュボードを開け閉めする島は、検問の手前で防衛軍の上着を脱ぎ、車の後部座席に置いてあったカジュアルコートを羽織っていた。ピンク色の私服の雪を助手席に乗せ、深夜のデート…といった風情に、見えないこともない……
ライセンス持ってないの、免許不携帯じゃないか…と鼻を鳴らす警官が、そう言いつつも助手席の雪の太ももに見とれているのがわかった。
雪はそれどころではなかった。気が気ではない。車載モニタをダッシュボードから外し、胸に抱きかかえ……検問のシティ・ポリスに見えないよう、最短距離にある地下都市への抜け道を検索する……
……これだわ!……この先800メートルを、左折して工事車線に入る……
「あ、あったあった」
すみません、と言いつつ、島は免許証を男に手渡そうとする。その手を車外に出しながら、そっと雪に囁いた——
(ショートカットは?)
(あったわ……この先800メートル、工事車線を左折、その奥にゲートが)
島の差し出した免許証が、ポリスマンの手に触れる寸前で、ひらりと下へ落ちた。
「あっ、すいません…」
おいおい、と言いながら腰を屈めてそれを拾おうとしたポリスマンの横を、エア・カーは音もなくすり抜け………
「……!!おいっ、止まれ!!」
次の瞬間、フルアクセル。
車載モニタは雪が抱えていたから、島にはルートマップは見えない。「雪、ナビを頼む!」
「はいっ」
舌噛むぞ、気をつけろ…、そう言いかけて島は苦笑した。雪にそんなことは言わなくたって、大丈夫だ。
急加速しつつ、エア・カーの個台認識コードスイッチを手早くオフにする。風防に防眩シールドが降り、ヘッドライトが消えた。
「ここからは計器走行だ。頼んだぜ、オペレーターさん」
「後方、追尾車両3台……距離、500…!次の分岐の工事車線を左よ…!」
「ようそろっ!」
その瞬間、二人ともが、思わず笑みを漏らしていた……まるで、第一艦橋じゃないか。
<止まりなさい!!そこのスカイトライアル・R-Z、直ちに停止しなさい!!>
上ずったポリスマンの声が島のエア・カーの車種を叫ぶ。背後から追いすがる3台のポリス・カーは、眩いヘッドライトで島のエア・カーの車両ナンバーを照らし出そうとしていたが、認識コードをオフにしたエア・カーのナンバープレートには何も表示されていない。
「あーあ、違反点数…何点だろう」
島はそう呟きながら、ここよ!という雪の声に左急カーブを切る。ドリフトする車体、それをものともせず、雪は車載モニタを睨みつけ…ゲートを探す。
「……あれだわ!!」
鋼鉄製の古びたゲートが車載モニタと計器走行用の赤外線レーダーに映る。エア・カーは、通行止めのポールやシケインを跳ね飛ばし、ゲート入口へ接近した……
「通り抜け可能な幅、…約7メートル!」
「よし、このまま突っ込むぜ」
ゲートの内部にもシケインが並べられており、エア・カーはさらに数個を跳ね飛ばす。シートベルトをしていてもかなりの衝撃だ。今度こそ「舌噛むぞ」と言おうとしたが、その暇はない…眼前にコンクリートシケイン。エア・カーをゲート内部の砂利の上で横滑りさせ、その寸前で停める。
雪が後方を振り返る。「ゲートを閉めなくちゃ!制御盤を操作しないと…、追っ手も入ってくるわ!」
「残念だが、そんな時間はないな」降りようとした雪を押しとどめ、島はハンドルを大きく切ってエア・カーをぐるり反転させた。
一瞬だけ、後方へ向かってヘッドライトを照らす。
眩いヘッドライトの輪に浮かび上がる、ゲートのコントロールボックス、その傍らに黒々と口を開けるゲート。青い回転灯がもうすぐそこに迫っている。
速度を落としたエア・カーの窓から片手を出し……島はコントロールボックスの制御盤を狙い、コスモ・ガンのトリガーを引いた。
レーザーで撃ち抜かれた制御盤は火花を散らし、非常用作動装置がゲートを目覚めさせる。
ギギギイッ…と鈍い金属音を立て、鋼鉄製の分厚いゲートが降りて来た。
シティ・ポリスのパトロール・カーが、青い回転灯を目まぐるしく照らしつつ、降りて行くゲートの外で次々と横滑りしながら急停止する。
拡声器が大音声でがなり立てていた——
<陸軍交通管制局だ!スカイトライアルR-Z、速やかに出て来なさい!!非常事態宣言発令!……>
「フン、陸軍だのシティ・ポリスごときに、どだい追尾なんぞ無理なんだよ」
……ヤマト航海長をなめるなよ…?
悠然とエア・カーの向きを変え、通路の奥へと走り出させた島がそう呟く。雪は、詰めていた息をふうっ、と吐き、島を見つめた……
「……島くんったら」
思わず、ぷっと吹き出す。
「…なんだよ」
笑われて心ならずも照れくさそうにする島。彼が古代と本質的に仲の良いわけが、今さらながら身に染みて理解できる雪だ。
島のエア・カーは、速度を落とすことなく網の目のようになった裏通りを疾走し、錆び付いた旧地下都市市街のチューブ・ロードを南下する。
防衛軍海底ドックへは、あと数キロだ。古代が予告して来た出航時刻、午前7時までには、あと30分もない。
「…走れ、雪!」
エア・カーをドックの入口へ乗り捨て、二人はヤマトのタラップめがけて走った。ヤマトの後部にあるドームのゲートが、ゆっくりと閉まって行く。…ドームへの注水を始める合図だ。
息を切らしてタラップを駆け上がり、二人が内部ハッチを中から閉めたと同時に。
——艦橋からの操作で、ハッチにオートロックがかかった。
「総員、乗リ込ミ完了シマシタ!」
「出鱈目を言うな、このポンコツ!おれが操縦しなくちゃならないのは一体どういうわけなんだ?!」
アナライザーに悪態をつきつつも、古代は次第に焦りを感じ始めていた。防衛軍本部からは、最後通牒が出されている。彼らの眼前で、海中に通じるドックのメインゲートが閉められていった。
「チッ……」あれを、突き破って行かなきゃならんわけか。「…タラップを上げろ!船台ロック・オープン!」
「…古代!」真田が咎めるように声をかけたが、もう後には引けなかった。
「やむを得ません!」
怒ったように言い捨て、古代は操縦桿に手をかける。
……島…!お前がいてくれたら……!
「佐渡先生、遅くなりました」
「……ン。来たか」
医務室のオートドアを入って来た二人を振り返り、佐渡は動じることもなく頷いた。ミーくんが、ゴロニャン、と鳴きながら、雪の足元に駆け寄って行く。
「俺の艦内服、ありますか?」
島の問いかけに、佐渡はにっこり笑ってデスクの上を指差す。
「島。雪を送って行ってやれ、って言ったじゃろうが」
「送り届けましたよ、…ここへね。雪も、俺たちの仲間です。一緒に戦って来た、ヤマトの……戦士じゃないですか」島は微笑みながら、そう答えた。
雪は、島を感謝の眼差しで見つめる。
「ありがとう。…島くん。…古代くんを、お願いね…!」
「まかせとけって。…じゃ、先生、後をよろしく。俺は上に行きます」
「ん!早く行ってやりなさい」
緑色のベクトルの描かれたヤマト艦内服を無造作に掴むと、島は微笑みながら軽く手を上げ、医務室のオートドアの外へ駆け出して行った。
「補助エンジン、定速回転1600、両舷推力バランス正常」
「ジャイロ作動。低速2.8」
「……ガントリー・ロック解除」
ヤマトの巨体を支えているドックの起重機が、鈍い音を立てて外れて行った。艦橋が斜めに傾ぎ、船体が水中でドックの底に着床する鈍い音が響く。
「補助エンジン、出力上昇……お!」
「あっ…」
「アレレッ?」
徳川機関長と相原、そしてアナライザーが相次いで、第一艦橋の出入り口に現れた人影を見つけ、声を上げた。
「微速前進、0.5…」
覚悟を決めて、古代が操縦桿を引こうとしたまさにその瞬間。
……革手袋をした見覚えのある大きな手が、操縦桿にかかる彼の右手を包んだ。
「……!!」
「ゲートを吹き飛ばして行くんだ。…お前では水中での安定は保てないだろ」
「島!!……心配させやがって!」
島はにやりと笑うと古代の肘を掴んで、操縦席から立ち上がらせた。「さあ、古代。俺に任せろ」
……なんだ、ベソかいてんのか? 古代!
緊張から解かれて、半ば涙目になっている古代を尻目に、島は操縦席に滑り込み新たな指示を出した。
「…加速前進、0.6!」
古代が嬉しそうに、右を見てサムズ・アップする。
島が操る鈍色の巨体は、ドックのゲートをこともなげに突き破り、海中に逆巻く轍を残しながら進んで行った。
朝日に煌めく10万tの巨体が、海水を巻き上げ上昇する。
地球防衛軍の哨戒機隊の追尾、そして戦闘衛星のそれをも見事振り切って、ヤマトは漆黒の大気圏外へと出た——
(あちゃ…。先生、あのネコ、……わざとかな…?)
月面基地から合流したCT隊の面々と、ヤマト食堂で再会の宴を繰り広げている最中に。乱入して来たトラジマのネコを見て、島は一瞬、しまった、と思う。
(……まあ、ここらが潮時かもしれないな。雪がブリッヂにいなくて困るのは…古代だろうし。…俺だって、不便だ)
敢えて、古代がミーくんを追って食堂を出て行くのを、島は止めない。古代の後ろ姿を見送って微笑んだ。その先にはきっと…彼女がいるのだろうから……。
そして、ヤマトは再びその第一艦橋にすべてのメンバーを揃え。
* * *
ヤマトを操る島の後ろ姿に、旧任務に戻った雪は絶え間なく声をかける。進路を、障害物の位置を、時には敵方位を。時折、古代がこちらを振り返る。愛しさのいっぱい詰まった優しいまなざしで。
島は古代の視線に気付きながらも雪を振り返ることはない……だが、古代と同様島からも、自分は守られている…と、雪はいつも、そう感じるのである。それは雪にとって、戦友(とも)として…また、古代進の愛する人として、という意味合いではあったが…。
だから雪も、その島の思いに精一杯応えよう、と心に決める——
——そしてヤマトは、再び未知の宇宙へと旅立った。
銀河の彼方からの、謎の呼び掛けに答えるため…、そしてまだ見ぬ脅威に立ち向かうために。
『旅立ち』 <完>
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