Original Tales 「旅立ち」(2)

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「島!」
「佐渡先生…」

 街路灯の照明の届かない、真っ暗な沖田十三の碑の前に、島は独り佇んでいた。雪の想像した通り、島は古代に招集をかけられていた。しかし、律儀な彼は行動を起こすことに伴う弊害を考え、決断出来ずにいたのだった。

「…あのメッセージの内容も、まだ完全に解明されてはいません。それに、周囲の反対を説得してから出るべきだと…」


 

 SOSとも思える謎の通信、太陽系外周艦隊や金星エネルギー集積転送基地を襲った謎の敵…、そして史上初の「接近して来るクエーサー」。

 古代の言うように、宇宙のどこかで恐ろしいことが起きているのかもしれない、そう考えざるを得ない論拠は確かに揃いつつある。しかし、防衛会議の決定はそれを退けているのだ…自分たちヤマトの中枢メンバーが無思慮に動けば、つられて多くの者が立ち上がるだろう。万一、古代の判断が早計に失すれば、取り返しの付かないことになる……


「ワシゃあ行くよ」と言い放つ佐渡に、島はさらに問いかけた。年長の佐渡が躊躇無くそう言い切ってしまえる理由は、一体なんだ?と思いながら。
「防衛会議の決定に背いて行けば、多くの乗組員たちに規律違反を犯させることになります。それでいいんですか…?」

 島自身、自分のためだけに迷っているのではなかった。その質問は雪にも考えて欲しいと思ったのだろう。「きっと、みんなそのうちわかってくれるさ」と答えた佐渡を一瞥し、雪にも問いかけるような視線を寄越した。
 だが、雪はうつむくしかなかった…なぜかと言えば、自分は古代に…一緒に来るようにとは言われなかったからだ。むしろ、その反対だった。

 

  


「出航は、明日の午前7時だそうだ。……君は、どうするんだ?」
 英雄の丘からメガロポリス・シティ方面へ戻る自家用エア・カーの中で、島は雪に問いかけた。

 佐渡は二人と別れ、中央病院とは逆方向に向かうメトロの最終便に乗って行ってしまった。酒瓶と、愛猫ミーくんを腕に抱えた医師は、困ったような顔をして「雪をかならず家まで送り届けて来いよ」と島に耳打ちし、2・3度後ろを振り返りつつメトロの駅に消えたのだった。


「……島くんはどうするの」雪はうつむいたまま、聞き返す。
「俺は…腰抜けと言われようが、無茶な選択はするべきじゃないと思うんだ……だけどなあ」

 自分がいなかったら、誰がヤマトを操縦するんだろう……。それは島にとって確かに気がかりだった。戦闘機動でなければ、航海士の肩書きを持つ者なら誰でも、一通りヤマトを操縦することはできるだろう。だが、古代は間違いなく、戦いに飛び込んで行くつもりだ。


 すれ違う車両もほとんどない深夜の湾岸ロードをゆっくり流しながら、島はまるで独り言のように言った。
「俺、実は半年前に本部から、あの最新鋭艦アンドロメダの操舵士にならないか、って打診されたんだ」
「え…?」
 唐突な島の言葉に、窓外のイルミネーションを見るともなしに眺めていた雪は彼を振り返る。
「……これは古代には内緒だぜ。あいつ、アンドロメダが嫌いらしいから」島は視線を前方に向けたまま、にやっと笑った。

「あの船のCIC(戦闘情報中枢)はフルオートシステムを採用していて、実際のところ人間の仕事はヤマトの半分もない。…すべてが機械任せだ。俺みたいに、ずっと操縦桿を握ってなくちゃ気が済まない人間にとっては、逆に不安でしょうがない…。だから、その話は断ったんだ」
 もちろん、島の言っているのは「すべてを機械制御することには思わぬ弱点がある」ということだ。人間は疲弊するし睡眠のためにその場を離れることもある。人為的なミスが、大きな事故に結び付くことは多々あった。眠らない電子頭脳……、完全機械制御された艦船のメリットはそこにある。だが、熟練した使い手には、機械には探知できない異変や異常を察知できる勘が備わっているのだ。
 結局のところ、どんなに完璧な機械でも、それを使うのは人間なのである。
「……そうだったの…」
 そんな風に考えるところは、島くんも古代くんとそっくりなのにね…。
「出世のチャンスを逃したかな、とは思ったけどな。…本当は、心のどこかで、またヤマトに乗る日が来ることを望んでいたのかもしれない」
「……じゃあ、行くの?島くん」
「今考えてるんだよ。…残して行かなきゃならない家族だって、いるんだから…」
「………」



 家族。
 …彼らには、どんな影響が及ぶだろう。事と次第によってはこれから自分たちがやろうとしていることは、「規律違反」どころか「反乱」、いや「謀反」にも相当する。古代と共に行けば自分たちも犯罪者である……地球に残される家族は,相当面倒な立場に立たされるに違いない。一年前の英雄が翻って謀反人である。地球に残る決定を下す者も、残される家族たちも、少なくともマスコミの格好の餌食だろう。 
 口には出さなかったが、そのくらいのことは雪も予想していた。
(島くんにも、私にも…大事な家族がいるのよ、古代くん……)
 どうするかなあ、と苦笑して頭を掻いた島を横目で見て、雪は古代が、島のようだったら良かったのに、とふと思った。無愛想で一匹狼の古代に較べ、島は愛想も良く社交的で、幕僚幹部の覚えも良い。雪の母親は毛並みの良い島家の長男に目をつけ、一時期雪にうるさく彼を勧めたことすらあった。その時は必死で抵抗した雪だったが、自分と同様家族を残して行くことを躊躇う島を見ていて、こればかりは古代には理解できないことなのかもしれない…と淋しく思った。
 そしてこの先、ヤマトに乗ったとして。例え古代のそばにいられるとしても。
 ……それは、再びともに戦いに飛び込む、ということを意味している。 
 つまり。
 一緒に食事をしたり、ショッピングしたり、ドライブしたり…、そんな、ごく当たり前の生活を共にすることさえも、——できなくなる、ということなのだ。
 いっそ、島といっしょに地球に残ってしまえば、すべてがうまく行くような…そんな気さえした。

 ——エア・カーの車窓に映る、戸惑うような自分の顔を見て、雪は目を逸らす。



(……雪)
 島も、雪と同様口火を切れないでいた。
 地球に残ったとしても、いずれ苦難の道が待っている。古代たちが謎の敵を打ち破り、ヤマトの汚名が雪がれるその日まで銃後を守る、という闘い方もあるだろう。むしろ、それを担う者も、また必要なのではないか…? 島はそうも思った…だが、雪にどう伝えたものだろうか。
 眠らないシティ・セントラルのイルミネーション群が次第に近づいて来る。……そう言えば、雪と二人でこんな風にドライブしたことなんか、今まで一度もなかったな。



 ——雪。俺といっしょに、地球に…残らないか?——

 


 しかし島は、うつむいて黙り込んでしまった雪を横目で見て、喉元まで出かかっていたその言葉を飲み込んだ。
(俺は、…まだ君のことを…好きだったんだなあ)
 漠然とそう考え、彼は自分でも驚いた。
 酸欠による仮死状態から奇跡的に甦った雪を、みんなの目を憚ることもなく古代が抱きしめたあの時。彼女に対する自分の気持ちは昇華し、ただの憧憬に変わった……、そうずっと思っていた。
 ……なのに。

 
 エア・カーは、トーキョー・ベイブリッヂをほぼ渡り切り、シティの入口へさしかかった。このまま雪の自宅のあるシティ・ウエストへ向うなら、次の分岐点あたりで進路を変えなくてはならない。

「……島くん、お願い。私を…ヤマトに連れて行って」
 懇願するような雪の声に、島ははっと我に返る。前方のチューブロードに連なる街路灯の列が、煌めきながら二手に分かれて行くその辺りをじっと見つめ、彼はゆっくりと深呼吸した。



 ……そうか。…やっぱり、……そうだよな。



 雪の顔を見なくても、彼女が今どんな表情をしているか、島には分かった。
 古代は雪を、愛しているからこそ置いて行こうとしている…だが、雪はあいつを愛しているからこそ、ついて行こうとしているんだ。それなら、俺の役目は、…きみの決意を支えてやることなんじゃないか?
……古代が守りきれなければ、…その時は俺が、きみを守ればいいだけのことだ。

 それに…。
 “ヤマトに連れて行って”だなんて。
 雪………、つまりそれは。俺にも一緒に来てくれ、って言ってるのも同然だってこと、——気がついているか?

 島は目を細め、かすかに溜め息をついて微笑んだ。
「……わかった。…行こう…!」
 雪は、島の言葉にほっと安堵の息を吐く…
「あ…ありがとう、島くん!!」
「家に戻ってお別れをしている時間はないぜ。…このまま行っても、いいのか」
 島は、尋ねるともなしにそう言った。
 その言葉は、自分自身へ向けたものでもあったから。
「ええ」
 荷物さえも…もう取りにはいけない。それでもかまわない……きっぱりとした雪の返事に、島はよし、と頷く。


 そうと決まれば、やるべきことはただ一つ。だが、航海長の自分がヤマトに搭乗していないことは、おそらく本部との通信ですでに嗅ぎ付けられていることだろう。しかもこの車には、ヤマト屈指のレーダーオペレーターまで乗せているのだ。


 さて、…どうするか。
「今頃は警戒網が敷かれているはずだ。検問をいくつか突破しなきゃドックへは辿り着けないだろうな……」
 島は手早くエア・カーの車載モニタに汎用ルートマップをポップアップさせた。メガロポリス交通情報管制局の交通網情報に加え、陸軍の交通管制局・通称<NAVCOM>のエマージェンシーサインが画面に広がる。


「防衛軍が道路を封鎖しているのね…!?」
 どうするの、島くん?
 雪は不安げに、左にいる島を見た。
 モニタ上の海底ドック直通の道路上に見える、赤く明滅する無数の光点はシティ・ポリスの設置した検問だろう。そして、検問の傍らには陸軍の兵士が待機しているというわけだ。
「想定内さ」
 島はモニタ画面に何事か操作し、地下都市の旧市街図を投影した。メガロポリス交通情報管制局の情報網にはすでに反映されない、地下都市旧市街地のルートマップが、この車のナビにはまだデータとして残っているのだ。


「そうだわ、地下都市から…海底ドックへ行けるわ…!」
 そうだ…、よく覚えていたな。島はにやっと笑い、頷いた。
 地下都市への入口は、郊外の荒れ地だけではない。かつて旧防衛軍司令本部に勤務していた者なら、シティ・セントラルからも幾つか道が通じていることを知っている。だが、その通路のほとんどは、現在は閉鎖されていて通り抜けることは出来ない——
「……セントラルの首相官邸西側に、まだ通り抜け可能なショートカットがある、と聞いている。日本自治州首相専用の待避壕だったところだ。…雪、きみの方が詳しいんじゃないか?」


 ええ、覚えているわ!と頷く雪に市街地のナビゲーターを任せ、島はエア・カーの速度を変えずに最初の検問へと接近した。

 

 

 

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