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メガロポリス・セントラル・コーストの軍港では、日本基地から飛び立つ第一次移民船団の護衛艦17隻が出航準備に追われていた。
搭乗する乗組員を海上の戦艦までピストン輸送する大型ランチの発着所は、乗組員らを見送る家族たちでごった返している。
軍関係者の家族たちは、第二次もしくは最終の第三次移民船団にて地球を出発することになっていた。最初の移民船団は主に、移住先のアマールの衛星プラトーに、居住区や病院、ステーションや道路などのインフラを整備するための技術者たちを運ぶことになっている。10万人乗りの巨大都市型移民船<パンゲア>が、まるでオーストラリアの巨岩エアーズ・ロックが幾つも連なっているかのように数隻、軍港沖合にそびえ立っていた。
<パンゲア>への市民たちの搭乗はすでに完了している。もう2時間ほどで、第一次移民船団の出航が始まるのだった。
「……お母さん…!!」
「…守……!」
見送りの人々の雑踏の中に、愛しいわが子の顔を見つける。雪は思わず息子のそばへ駆け寄った。
「ママ!!」
息子の後ろから、娘の小さな姿も飛び出して来る。みゆきを抱いた島大介とテレサ、そして佐渡酒造も一緒だった。
「ありがとう、来てくれて…」
大介の腕に抱かれているみゆきが、雪を見上げてニコッと笑った。女性士官の着用する純白の士官服の胸には、艦長の徽章が光っている。
「……みゆきちゃん、大きくなったわね」
「はい」テレサが感謝の眼差しで頷いた。
「島くん、テレサ。あなたたちのためにも、プラトーの住環境の整備を精一杯急いで頑張るわ」
しゃがんだ姿勢で、守と美雪を両腕に抱いて微笑んだ雪に、大介も力強く頷き返す。
「……次郎からの連絡で、古代を乗せた<沙羅>が太陽系に入ったそうだ。古代が、君たちの出航に間に合わなかったことを残念がっていた、って」
雪は花のような笑顔を見せ、いいえ、と首を振る。
「大丈夫。すれ違いだけど、すぐに……会えるもの」
「…うん、そうだな」
相変わらず、頼もしい気丈な笑顔だ——大介はその微笑みに安堵する。
雪たち第一次移民船団に続き、古代が帰還した暁には彼が艦長に就任する<ヤマト>が第二次船団を率いて地球を離れる。もうすぐ、雪と進とはアマールで再会できるのだ。
「道中の安全も、完璧よ」
サラトガの、…私の副官が誰だか知ってる…?
雪はそう言って、20メートルほど離れた待合所の一画で輸送ランチの順番を待っている女性士官を「ほら」と振り返った。
雪と似た感じの、白い士官服に身を包んだ小柄な姿。
大介が驚いた顔をしたので、雪はあはは、と声を上げて笑った。
「司さんよ」
見覚えのある顔がこちらに気付き、朗らかな笑顔を見せて敬礼する。
「……司さん!」
テレサも、彼女に手を振り返すと大介の顔を見上げた。
司花倫。彼女は、テレサと大介が奇跡の再会を果たした、2209年のガルマン帝国への旅の際、大介の指揮する特殊輸送艦隊旗艦の航海長を務めた女性士官だった。
「そうか…、あいつが君の副官か」
それなら、確かに…安心だ。
大介は、みゆきを片腕に抱き、空いた方の腕を振った。見ていると、司が持っていたトランクをさっと地面に置き、列の少し前の方に並ぶ男を呼びに走る……
「…志村…!」
司が腕を引っ張って呼んだ士官は、同じようにこちらを向くと、目を丸くした。次いで、満面の笑顔で敬礼する。当時、大介の艦の艦載機隊にいた腕っこきのパイロット、志村雅人である。
「島くん、あの2人、結婚したのよ」
「えっ」「…本当ですか?!」
雪の言葉に大介だけでなく、テレサまでが驚いて声を上げた。
司花倫と志村雅人は、共に古代雪が艦長を務める護衛艦<サラトガ>の副艦長、また戦闘隊長として乗り組むのだった。
「お母さんに、…持って行って欲しいものがあるんだ」
出航の時間が近づいていた。そう言った守の声に、美雪がすがるような目で母を見上げる。そして、母が縫った手作りのキルトのリュックサックから、ステンレスで出来た小さな平たい缶を取り出した。
佐渡が目を細めてそれを見ている。
数年前——。
帰って来ない父を呪いながら、守が佐渡フィールドパークの管理棟の庭に埋めた、家族の写真だった。
「…それは…」
「お父さんの分と、お母さんの分に分けたんだよ。これはお母さんの分。紙の写真が入ってるんだよ、覚えてるでしょう?」
「……ええ…」
紙焼きの写真は、身元確認のために使う数枚しかなかった…そのうちの一枚をフレームに入れてリビングに飾っていたのだが、その他の写真は一体どこへ行ってしまったんだろう、と雪はこの数年、ずっと頭を悩ませていたのだ。
進に贈りたいと思ったのに、見つかったのはリビングにあったあの一枚だけ。
そう、……守。あなたが持っていたのね……。
「それ、ママの分よ。パパのは、こっち」
美雪が、キルトのバッグからもう一つ、缶を出す。
「パパが帰って来たら、これはパパにあげるの」
「もうすぐ、お父さん帰って来るんだろ?」
「……そうね……」
「ママがアマールの月にお家を用意してくれて、パパがあたしたちやテレサたちを連れて行ってくれるのよね?」
「……ええ」
「守、美雪」佐渡が目に涙を浮かべて絶句している雪に代わって、2人に話しかけた。優しく、諭すように…。
「お前たちのお父さんとお母さんほど、地球や人類のために働いている者はおらんぞ。お前たちは幸せな子どもたちじゃ。素晴らしい両親を持って、な」
佐渡先生。ありがとうございます。
雪はそう言おうとしたが、その声は涙に消されて上手く出なかった。
「お母さん…!!」
「ママ、頑張ってね……!!」
大型ランチの発着ゲートに、トランクを持って向かう雪の後ろ姿に、子どもたちは手を振る。
EFDF-JA001スーパーアンドロメダlll<サラトガ>艦長、古代雪。艦長の搭乗を待っていた副長の司花倫と共に、その姿がゲートに消えるまで、守と美雪は手を振り続けた。
*
「火星軌道を通過!」
「太陽系交通管理局から入電です……この先、月の軌道付近で本艦と第一次船団の航路が最接近する予定。本艦は船団の通過を待って大気圏突入軌道に乗ります」
中西の声に、古代は我知らず頭上のパネルを見上げる。そこに映っているのはまだ、何も見えない前方の宇宙空間だった。第一次船団の接近・通過までは、まだあと数分ある。だが、見つめていればそこに雪の姿が見える…とでも言いたげに、古代は切ない視線をそこに送っていた。
山崎が躊躇いがちに声をかけた。
「……第一次船団護衛艦隊の<サラトガ>でしたね」
雪さんの艦は。
「……ええ」
山崎を振り向きもせず。古代は頷いた。
できることなら、この宇宙(そら)を越えて飛んで行きたい。<サラトガ>と<沙羅>の距離は、たったの20宇宙キロばかりだ。今まで何年も逢うことの出来なかった2人の距離は、だが、今を境にまた…大きく離れてしまう……
<サラトガ>第一艦橋の通信士が、帰還する防衛軍の特務艦からの打電を受け、艦長に報告した。
「艦長。…610エッジワース・カイパーベルトから帰還した特務艦<沙羅>から入電です」
「……なんて?」
通信士官から電文を受け取った司副長が、雪のそばまで来て、それを読み上げた。
<EFDF-JA005<沙羅>艦長・山崎奨より。貴艦の航海の安全を祈る>
「……山崎さん」
山崎奨が艦長を務める<沙羅>には、地球へ帰還する古代進が乗っている。
「古代艦長。これは……あの方からの、艦長へのメッセージですね」
見てください。
司は電文の末尾に打たれた署名の一つを指差した。山崎の名と並び、印字された文字の中に「S・KODAI」とあったのだ。
「…………」
——進さん……
その電文が、あろうことか涙に霞む。
「……愛しています、って返信しますか」
司が笑いながらそう言ったので、雪は我に返った。「…んもう」
そうね。本当は、そう返したいわ……
「山崎艦長、<サラトガ>から返信です」
中西の声に、古代がハッと顔を上げる。山崎がそれを見て、微笑んだ。
「読み上げてくれ」
「<サラトガ>より<沙羅>へ。星の海にて再会を待つ。第二次船団の航海の無事を祈る」
星の海、だってさ。気障な艦長だなあ……
小林がそう呟いたのは、聞かなかった振りをした。古代はパネルを見上げまま、目を閉じた……
あなた、海はどうですか。
宇宙は海。貨物船が俺の船。いつもそう言っていましたね……。
(雪……)
第一艦橋の頭上の大パネルには、20宇宙キロほど先を通過していく大規模な移民船団と、それを守る護衛艦隊200隻あまりが映っていた。
停船して航海灯にて挨拶を送る<沙羅>に、護衛艦隊旗艦<ブルーノア2220>が翼端灯を点滅させて返答する。後続の数隻もそれに倣う。
<サラトガ>は、その中の一隻に違いなかったが、ここからでは見分けがつかなかった。
(雪。待っていてくれ……すぐに追いかける。…今度こそ、俺が君を守る、君が強くならなくてもいいように……俺が君を、必ず守る……!)
巨大都市型移民船の最後の一隻が、しんがりを務める10隻ばかりの護衛艦と共に、<沙羅>の航路を通過し終えた。
「……エンジン始動。<沙羅>、大気圏突入軌道へ向かいます」
桜井が操縦桿をゆっくりと引く。——青く輝く地球へ。
——第二次移民船団と、新たに生まれ変わる新生宇宙戦艦<ヤマト>が、彼らを…待っている。
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