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テレサ……
……あ…ぁ…大介… あなた……
「もう一人、赤ちゃんが欲しい」と言ったら、大介は苦笑して首を振った……俺は、子どもたちがすべて成長するまでを見届けられない…、それが分かっているから。
「…そんなこと、考えないで。お願い」
私は、大丈夫ですから…。
テレサは何度もそう言ったが、大介は相変わらず無防備に愛し合うことを拒否する。口では何度か、「もう一人作ろうか」などと笑って言った彼だが、本音は違うのだった。
みゆきと、…君を。俺の出来る限り、精一杯大事にしたい。
彼の言い分はそのひと言に尽きた……だから、もうこれ以上、子どもは。
(島さん…私は、男の子が欲しい)
あなたにそっくりな男の子が。そうしたら、きっと……
ただ、その一言が逆に彼にとっては酷い仕打ちになってしまうだろう。
大介の寿命は平均的な地球人類のそれとおそらく変わらないが、テレサは——。
佐渡のDNA解析によれば、テレサの体細胞幹には数百年の寿命が、そして脳細胞に至ってはリミットがないことが判明している。彼がいなくなっても、彼にそっくりな息子がいたら……私は、生きて行けるのかもしれない。そう僅かでも考えてしまう自分に、テレサは罪悪感を禁じ得ない……
そして…こんな。
まるで、貪り合うことしか頭に無い獣みたいに…求め合わずにいられないなんて。
それしか互いを慰め合う手段が無いなんて………
だから、気絶しそうな絶頂感が来るといつも、テレサは泣き出してしまうのだった。
ごめん…苦しい…?
そう言いながら、彼は動きを止めなかった。彼が止まらないでいるから、何度でも波が来る。呼吸もままならないほどの快感は、逆に悲しみを誘う……何を口走っているのか分からないくらい、自分の唇から声が漏れている。彼がそれをキスで搦めとりながら、最後に大きく動いた。
「ああ……」
痙攣している内部で、彼のものがまだ脈打っている。あなたとずっと繋がっていたい……このまま、ずっと……。
喘ぎながら、テレサは涙に濡れた頬を傾げて、2人のベッドの横に置いてあるみゆきのベビーベッドに目をやった。
「……!」
まん丸な瞳と、唐突に目が合った。
「…し…島さん」
愛し合っている最中に、名字は…無しね。
そういうことになっているはずなのに、いきなりテレサがその約束を破ったので、彼女の上に果てていた大介がクスッと笑った。
「……こら」
島さん、って呼ぶなよ…。
「ち…違うの、ねえ…あの…」
「なんだい…?」
次第に鎮まって行く火照りに、余裕が出てくる。大介は笑って身体を少し起こすと、よそ見をしているテレサの首筋にちょっとだけ歯を立て、吸うようにキスをした…が。
「ね…ねえ、駄目よ」
テレサが慌てている。その辺にあるはずのタオルケットを探して、彼女の手が彷徨っていた。
「どうした……?」
テレサの見ている方へ目をやって、大介は彼女が慌てていた理由に気付いた。
みゆきが、まん丸な目をしてちょこんと座り、こちらを見ていたのだ。
「うわ…」
ずっと見られてたのかな?!
慌てると言うより、思わず笑いがこみ上げる。
「…しまったなぁ」
ママをいじめてると思われたかな……? しかも彼女ったら、泣いてるし…
小声でテレサに囁いた。
「大丈夫だよ、何をしてるかなんて分からないさ」
「そ…それはそうですけど……」
「ほら…笑えよ」
大介は改めてにっこりすると、テレサの頬に自分の頬を付け、そのまままた、みゆきに視線を戻した。
「…パパはママを愛してるんだよー」
「島さんったら…」
ほらね、とテレサの頬にチュ、とキスをしてみせる。
父と母が笑っているので、みゆきもゆっくりと笑った…
ママ、しあわせ?
「……!!」
脳裏に響くテレパスに、テレサがビクッと身体を震わせた。返事をしなくては。ただ、それは…みゆきと同じようにテレパスではなく、言葉で。
「……しあわせよ……私」
みゆきの目を見つめながら、そう頷いて。大介の首に両腕を回してみせる。みゆきが、もう一度にっこりと笑った。
行かないで、と言わなくても、島さんは…もうどこにも行かない——。
この数年で、それが良く解った。一人にしないで、と痛いほど願う必要を、テレサはここしばらく感じていない。私一人だけのために、これほど彼を束縛してもいいのかと、悩むことも今はなくなった。
君のそばに居たい、何を置いてもどんな時も。
彼のその言葉には一辺の偽りも翳りもなく、その心のどこを探っても躊躇いや戸惑いはなかった。自分は余すところなく愛されている。愛されすぎるほど……
しあわせ。
これを、「幸せ」というのだろう、とテレサは思う。だから、もう一度…声にした。
「幸せよ…あなた」
愛してるわ。愛してる……
大介が、頷いて満足そうに笑った。
* * *
地球連邦宇宙科学局、移民船団対策本部。
第一次船団の出航を見送り…束の間の休息を得た真田は、島大介とテレサから送られて来た手紙と、それに添えられている写真とにしばし見入っていた。
幸せを絵に描いたような親子。しかし、どこか既視感のあるその情景に、うっかり目頭を熱くする……
「…どうしたんです…長官?」
オフィスに入って来た次郎が、真田のデスクにコーヒーの入ったカップをことりと置いた。
「やあ、ありがとう」
「…兄貴たちの写真ですか?」
みゆきちゃん、大きくなったでしょう。可愛いんですよ。賢くてね…
「ああ。そうだろうな…」
いつも香り高い紅茶をいれてくれていた秘書の折原真帆は、プロジェクトに参加するため科学局を出発した。彼女は生まれ変わるヤマトのECI——元第三艦橋に相当する電算室チーフとしてアクエリアスへ赴いたのだ。
「…コーヒーですみません。僕、紅茶のことはよくわからなくて」
「そんなことはいいさ。気を遣ってくれて、ありがとう」
真田はもう一度手元の写真を見つめた。手紙を書いてきたのは、テレサだった……お手本のような美しい文字が、便箋の上に奇麗に並んでいる。
親愛なる真田長官
第一次移民船団の出航、滞りなく進んだようで何よりです。出航時に、雪さんとお会いしました。古代さんもお戻りになりましたね。おふたりがお元気そうで、私も大変嬉しく思っています。
娘のみゆきが、先日やっとつかまり立ちをするようになりました。言葉も出始めています。最初の言葉は、「だいすけ」でした。びっくりしますでしょ。彼も、すごく喜んでいました。
この地球と、愛する彼と、みゆき。私にそれを与えて下さったのは、真田さんのお力といっても過言ではありません。心から感謝しています。
彼はきっと反対するかもしれませんが、もしも…出来ることなら。みゆきの能力を、科学局のために活用して頂けないか、と私は考えています…佐渡先生が乳幼児向けのIQテストをしてくださって、みゆきは少々優秀なのだとか。…それ以前に、みゆきのテレパスが、おそらく何かの役に立つはずですから。
どうぞ、それについて再度ご検討くださいませ。引き続きご多忙のことと存じますが、何とぞお身体をお大事に。
テレサ
写真の中のテレサは、美しい笑顔だった。親子3人が微笑むこの光景を、どこかで見たような気分になったその理由は。
……長い金色の髪がなびいていること、…その腕に美しい女児が抱かれていること。隣に居るのは島だったが、それが親友の顔にも見え。
(………サーシャ……澪……守)
次郎には、死んだ姪の話はしていない。
いや……兄貴に聞いて、知っているのかもしれなかったが、改めて次郎に対して澪とスターシャ、そして古代守の話をするつもりにはなれなかった。
テレサの腕に抱かれて、にっこり笑っているみゆきをじっと見つめる。
否応なく、そこに澪の面影を探してしまう……独特の雰囲気、そうだ…澪と同じ。この子は半分、異星人だからだ。
真田は、この子に会いたい、とふと強く思った。…今までにも何度か島がここへ連れて来たから、会ったことはある。だが、成長の早かった澪の記憶で最も印象に残っているのが、丁度初めてあの子を男手一つで世話し始めた、この写真の月齢の頃だったのだ。
(…イカルス天文台でなぁ……苦労したっけな……)
澪はたった一年で17歳の背格好まで成長してしまった。3日も見ていないと、身長が5センチ伸びていた。言葉も仕草も、あっというまに思春期の少女になってしまい、面食らう暇もなかったのだ。
(……こんなにゆっくりとした成長を、ずっと見ていなくてはならない島も大変だが……)
真田には、この一番愛らしい時期の娘の姿を、これほど長く見ていられる彼が、逆に羨ましかった。
「みゆきの能力を、科学局のために活用して頂けないか、と私は考えています」
テレサがそう言うのなら、それは願ってもない事だった……事実、<沙羅>で帰還した古代たちが遭遇した、敵意を持った何者か…について、科学局ではまだ何も掴んでいない。科学局で把握するより以前に、例のカスケード・ブラックホールの接近を感知したテレサの娘だ。今後の危機管理対策のため、また本当に「何かが」起きた時のために、ここに来てもらえるのだとしたら、それほど心強い事はなかった。
(しかし、島の奴がな。……絶対反対するんだろうな)
大介がかたくなにそれを拒否するだろう事も、真田には分かっていた。いや……テレサと島の娘の能力云々よりも、自分はおそらく…澪を彷彿とさせるこの娘を、再び我が手に抱いてみたい、と単純に思うだけなのかもしれない——。
感慨深気に思いを巡らせている真田に、次郎が躊躇いがちに声をかけた。
「1週間後の第二次船団の出発までに、<ヤマト>の出航準備は完了します。……先ほど、古代さんからも連絡が入りました」
「うむ」
「3日後にはアクエリアス入りできるそうです。僕も…その頃には」
「…そうか」
アマールの女王イリヤからの要請もあり、次郎は移民対策本部長として、古代と共にヤマトでアマールに向かうことになっていた。
「君にはここにいてもらいたいと思っていたが…」
「女王様から直に来いと言われては、断るわけにも行きませんからね」
次郎は、ははは、と苦笑いした。
<沙羅>が地球へ帰還し、真田の選んだ乗組員たちは古代と大村を新艦長・新副長として迎え入れ。そして彼らが改めて、新たなヤマトのクルーとして第二次船団の護衛艦隊旗艦、という、連邦政府の特命を受けることとなった。
そして次郎は、移民船団本部長としてばかりではなく、ヤマトのマザーコンピュータを管理する電算技術者として、第一艦橋に入ることになっているのだ。
真田はコーヒーを一口含んで、思い出したように言った。
「次郎くん。君は、ピアノも弾けるんだそうだな」
「…あ…はい」
「ここにピアノがあったら、弾いてくれるかい?」
次郎は苦笑する。そりゃ……あったら、の話ですがね。
「……分かった。君が一度帰還するまでの間に、ここにピアノを持って来ておこう」
「えー?」
一体どうしちゃったんです?長官…?
確かにヤマトは、第二次移民船団をアマールへ送り届けてから一旦地球へ帰還することになっている。そして、再び第三次船団を護衛して地球を発つのが、この惑星との最後の別れになるはずだった。ここでピアノなんか弾いてまったりしてる時間は、正直ないですよ……そう笑おうとして、次郎は真田の寂し気な横顔にはっと口を噤んだ。
「……俺の死んだ姪っ子が、ずうっと…ピアノを欲しがっていてな」
ついに一度も…ピアノに触らせてもやれないまま……死なせてしまったが。
「…なんて曲だったかな……確か、ショパンの」
あの子はこれが好きでね。よく聴いていた。紙に描いた鍵盤で指使いを練習したりしてな。それは可愛かった……
真田のへたくそなハミングでも、有名な曲だ。次郎にはすぐに分かった。
「……ノクターン、ですね」
それ、テレサも弾けるんですよ。僕が一生懸命教えたんです。
真田がそれを聞いて、目を丸くする。「……そうか」
「…じゃあ、…テレサに弾いてらおうか」
ここにピアノ、本当に持ってくるつもりですか?
もちろんさ。
呆れて笑った次郎の声を背中で聞きながら、真田は微笑んで立ち上がった。
オフィスの窓から一望できる、メガロポリスとセントラル・コースト。すでに港では、1週間後に出発を控える第二次移民船への搭乗準備が始まっていた。忙しなく行き来するランチ、最終点検に走る工作車両……
あまりにも青く澄んだ平和な空に、本当にこの星が終わりを迎えるのだろうか……?と不思議にさえ感じる。窓の外を、スズメが2羽、飛んで行った。遥かに望める武蔵野の山間には、赤や黄の紅葉樹が美しいコントラストを描いている……。
これが、この地球…この日本、最後の紅葉だとは。
無念と悲しみ。だが、それももう、感じ尽くしてしまった……
フンフン〜フンフンフ〜ンフ〜ン……とへたくそなノクターンのハミングを続ける真田の背中を、次郎はしばし見つめた。
しばらくピアノに触ってもいないから、上手く弾けるかな…などと思い出しながら、両手の指を動かしてみる。
(……出発前に、家に戻って母さんたちに挨拶して行かなくちゃな…)
「では、僕はこれで」
「うん」
へたくそな鼻歌のノクターンを聞きながら、次郎は長官室を後にした。
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(2)