RESOLUTION 第7章(7)

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(なんてことだ……)
 古代からの、短い返信文を読み、大介は唇を噛んだ。
 宇宙放射線病の再発と、…悪化。
 今、古代はベッドから動けない状況なのだという。

 <皆が元気で、俺も嬉しい…雪には辛い思いをさせて、心底済まないと思っている。島、お前が居てくれて助かったよ。守の件は、本当に感謝してる。……だが、俺が戻れない理由は雪と子どもたちには伏せておいて欲しいんだ。余計な心配をかけたくない……今、一生懸命治療に専念しているから>

 古代は、まだあの移動性ブラックホールの件を知らないのだ。深宇宙では地球のニュースはそれほど重要視されていない。個人当ての郵便物さえ、3ヶ月かかってやっと届くような辺境だ……
 
<まあ、却ってそれが良かったのかもしれんな。古代を焦らせても仕方がない。まずは、身体を治してもらうのが先だ>

 モニタの中の真田が、肚を決めたようにそう言った。
 古代からのそのハイパーコムサット通信を受け取った大介は、科学局の真田と次郎にも古代の状況を知らせたのだった。

<早急に、医薬品の発送と医官の派遣を考慮しよう。民間の病院に頼るしかない状況では、ヤマトの改造完了までにはとても間に合わん>
「ええ、そうですね」
<……では、ブラックホールの接近と移民計画の本格化については、古代さんに対しては、敢えて知らせなくてもいい、と言うことですね>
 真田の横から、次郎がそう言った。
 新たなプロジェクトが進行しつつある。古代を艦長に迎えることが、あらたなヤマトの復活を意味するのだ。次郎には派遣した桜井へ、その旨指示を出す必要がある。
<現時点ではな。……いずれにせよ、古代が慌てて地球へ戻って来ても、今の地球防衛軍にあいつの乗る船はない>
<………>
 その真田の言葉に、次郎も黙って頷いた。

 ……こんな時こそ、雪に行ってもらえたら。

 大介だけでなく真田も次郎もそう思っていた……だが、皆、思っただけでもちろん口には出さなかった。なぜなら、古代雪は今、かつてない重要任務に就いていたからだ。
 雪が副艦長として乗務するスーパーアンドロメダ級戦艦<サラトガ>は、すでに地球を発つ準備に入っているのだった。カスケードブラックホールの進路妨害を画策すべく、地球防衛軍の主力最新鋭艦<ブルーノア>を筆頭に、主力有人戦艦合計200隻あまりが各地の基地から結集する手筈になっていた。

 地球防衛軍第一護衛艦隊旗艦<ブルーノア2220>。

 人類の目下の希望と期待は、<ヤマト>ではなく、その最新鋭艦が一身に背負っている。

<ブルーノア2220>——。

 2203年のディンギル戦役当時、この船は建造予定段階にあった次世代主力戦闘艦だった。初期型<ブルーノア01>の就役は2208年、その後改良が加えられ、現在の<ブルーノア2220>は厳密に言えば3代目に当たる。
 改良型2220は、主砲・三連装衝撃砲を前部甲板に6基・後部甲板に2基搭載、通常の収束型波動砲はもちろん、それに加え自動追尾型ホーミング波動砲を装備する。この艦の最大の特徴は、優れた艦載機運用能力であった。両舷に備えられた巨大な艦載機収容ウィングを左右に展開し、一度に多数の艦載機コスモパルサーを発着艦させる事が可能なのだ。
 艦隊戦必勝の定石は、常に艦載機による先鋒攻撃である…いかに敵に先んじて多くの艦載機を発進させるかが勝敗を左右すると言っても過言ではない。ブルーノアが搭載する艦載機総数はヤマトの2倍、そして全機発艦に要する時間はヤマトの1/3。まさに、最新鋭にして史上最強の戦艦である。
 カスケードブラックホールの接近を受け、再び活気を取り戻した地球防衛軍……この<ブルーノア>に乗務する事は類い稀な栄誉であり、それ故に乗組員たちは皆、並々ならぬ矜持の持ち主であると言って良かった。

 実質、彼らが名実共に、現在の地球防衛を担って立つ新たな力なのだ。


                    *



 地球防衛軍の汎用戦艦・スーパーアンドロメダ級戦艦の一隻、<サラトガ>の第一艦橋でも、着々と出航準備が進められていた。出航予定時刻はニーマルサンマル。
 

「各部署、発進準備完了しました」
 副艦長席には古代雪がいた。
「高峰艦長、司令本部より通達です。予定通り、銀河系中心部へ向かい27万光年、カスケードブラックホールの進路上にある矮星スォーレンを波動砲にて集中砲撃、直後にワープ回避。スォーレンの爆破により超重力空間を形成し、カスケードブラックホールの進路を歪曲することで作戦終了です」
「うむ」
 優秀なオペレーターとしての腕も持つ副長に、第一艦橋のメンバーは皆並々ならぬ信頼を寄せている。高峰も例外ではない。あの<宇宙戦艦ヤマト>における戦いの旅をすべて経験し、生還した戦士は数少ないが、彼女はその中でも唯一の女性クルーだった。他のヤマトの戦士たちの退役が目立つ中で、彼女だけは防衛軍の現役の戦士としてとどまった……伝説の艦長と言われた彼女の夫さえその足跡が知れない中、古代雪は気丈にも危険な今回の任務に自ら志願して来たのだ。

「気張るな、古代」と高峰は声をかけようとした——だが、顔を上げてこちらを見た彼女の表情に圧倒される。

 古代雪は、微笑んでいた。

 しなやかな、美しい笑顔だった。
「司航海長、波動エンジン起動開始を」
 凛とした声に、<サラトガ>の操舵席に座る航海士が応える。
「メインエンジン始動5分前!自立航法A.I.起動。…動力、接続」

 これから、<サラトガ>は<ブルーノア>ら他の200隻あまりの船と共にカスケードブラックホールの近距離まで出撃する。相手は宇宙の超自然現象である。

 これが成功すれば、地球には再び平安が訪れ、移民の必要もなくなるのだ。




       *        *        *

 



 夫の大介がフィールドパーク管理棟の通信室で科学局の真田と連絡を取っている間、テレサは一人みゆきを抱いて夜の庭をゆっくり散策していた。

(……雪さん……出発した頃ね……)

 管理棟の食堂では、その様子がホログラムテレビジョン中継されている。守も美雪も、佐渡に促されてその様子を見ているはずだった。見上げていれば、このメガロポリスの夜空にも見えるはずだ……数十隻の戦艦が夜空へ出撃して行く様が。
 
 虫の声。
 草の呼吸する匂い。
 風が吹き抜け、樹木の葉がさらさらと音を立てる。

 ……この地球が、無くなる。

 そう考えれば、雪の気持ちはテレサにも良く解った。……自分に出来ることをしないでいることは、雪にも…、できなかったのだ。

(……昔のような力が、もしも私にあれば)

 どうしてもそう思ってしまうのを、だからテレサは止められずにいた。
 制御できずに放出するだけで、一つの惑星を破壊することも可能だった私の超能力と反物質……
(私がその移動性ブラックホールに対峙できるなら。……遠い宇宙で、誰も巻き込むことなく、ただ力を放出するだけで良いのなら……)

 腕に抱いたみゆきが、手を伸ばしてテレサの頬に触った。「まんま…」
 はっと気を取り直す。
 みゆき。
 この子にも、その能力のいくらかが受け継がれている……

(でも、それは…この子にとって幸せなことなのか……)

 自分が辿って来た辛い過去を思い出せば。それが喜ばしいことかそうでないかは明らかだった。
 娘の私に、恐るべき破壊の能力があることを突き止めた時。私の父は、母は、どう思っただろう…? 制御不能な事象など何もないというほどの、叡智を極めたテレザートの科学でさえ、私の超能力を封じることは出来ず。反物質の発現を抑えることはできなかった……
 

 轟音が遠く響いて来る……夜空にはっきりそれと分かる巨体が数隻、数十隻…浮上していくのが見えた。

(……雪さん……)

 

「テレサ!…ここに居たのか」
「……!」
 背後に夫の声を聞き、テレサは止めどない思惟の淵から我に返った。
「…食堂で皆と一緒にテレビを見てると思ったら……」
 ほっとしたような顔で、大介がそばにやって来た。「……お」
 空に遠い轟音。見上げれば、メガロポリス軍港から発進して行く数十隻の戦艦の航海灯が、遠い上空にひしめいている……

「……ここからも見えたんだ」
「ええ」

 ……雪さんは、どの船に乗っているのかしら。彼女は言葉には出さなかったが、テレサの見つめる空に視線を注ぐと大介は言った——
「……サラトガは二陣だから、ブルーノアの後続グループにいる。…でも、さすがにここからじゃ見分けはつかないな」

 2人はしばらくの間、夜空を遠離る光の群れを見上げていた。

 大介が、テレサの肩をそっと抱き寄せた。
「……きっと上手く行くさ」
 みゆきが、父の顔を見てきゃあ、と笑いながら手を伸ばす。
「ん〜?どうした」
 パパが抱っこするか?よしよし…おいで。
 テレサからみゆきを抱き取る。
「……島さん」
「なんだい」

 自分の名を呼んだきり、また黙ってしまったテレサに、大介も何も思うところがなかったわけではない。
 女の雪が戦いに出て、男の俺が…ここに居る。
 古代は仕方ないとしても、俺は……行こうと思えば行ける身だ。
 テレサは、自分が俺を引き止めていると、——思っているのだろう。

 だから、改めて…テレサの肩を強く抱いた。
「雪が言っていた。……私の守りたいのは、古代進の名誉と…古代が守って来たものなんだ、と。だから彼女は…この作戦に参加したんだ」

 みゆきが大介の静かな声に、丸い目をして聴き入った。何かお話をしてくれているの?とでも言いたげだ。

「……俺の守りたいものは、ここにある。だから、俺はここに居るんだ」
 ママと、お前だよ、みゆき。
 みゆきの丸い瞳に語りかけるように大介は続けた。
「……島さん」

 

 娘を抱いた温かな腕に頬を擦り寄せるようにして、テレサはそっと大介に寄り添った——。


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