RESOLUTION 第3章(6)

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「陛下。軽はずみですぞ…、あのような異星人の若者に気安くなさるとは」
「……妬いているのですか?パスカル」
「は!?またそのような戯れを…!!」

 侍女を下がらせ、イリヤは自室の瀟洒なソファにゆったりと沈み込んでいた。
 複雑な幾何学模様の織り込まれた厚みのある青いじゅうたんが、イライラと歩き回る将軍の足音を吸い込む……杓子定規なパスカルは、地球の外交団が若者ばかりであることに不満を募らせているのだった。
 彼らは移住を希望しているというのに、やってきたのはなんとあんな若造ばかり。地球の代表者自らが来朝し、もっと我が国に礼節を尽くして地球の供物を持参するべきではないのか。その上、あろう事か陛下は、あのような青二才をここに招かれた。気まぐれにもほどがある…陛下は、この事態が招くやも知れぬ深刻な問題に、あまりにも無頓着すぎるのではないか。
 パスカルは戦闘用の重い胸当てや兜を外そうともせず、深く溜め息を吐いて腕組みをした。


 すべては、あの星からの通信を女王が戯れに受けてしまったのが始まりだった。

 大ウルップ連合国として名を連ね、この星の資源と引き換えに領海を守ってもらう…という盟約を交わしたSUSからは、地球という星について良からぬ噂を聞いている。銀河系中心部からアンドロメダ星雲方面を広く治めるガルマン帝国と、SUSとは相容れない。地球はそもそも、あのガルマン帝国と同盟を結んでいる敵国なのではないか……


 イリヤはパスカルの苛立った様子を横目で一瞥し、溜め息と共に言葉を継いだ。

「…あなたのお父様、クレイトン元帥が健在だったら、なんと言われるでしょう。我がアマールが…いつまでも、あのSUSに蹂躙されていることを、元帥は良しとされるでしょうか」
「………」

 パスカルにとって、猛将と歴史に名高い父親の話をされるのは苦痛だった。父はアマールの勇者だった。長く続いた、この星域の戦国時代に名を馳せた傑物。だが、SUSが実質主権を握った7年戦争で父は名誉の戦死を遂げた……その悲願は、アマールが独立国家として立つこと、であったはずだった。
 この星域の平和は、突如君臨し始めたSUSという謎の軍事国家がいわば恐怖政治を敷いて保っている、かりそめの平和なのだ。



(確かに、父クレイトン元帥は勇猛果敢な軍人でした。女王陛下、あなたが独立戦争に踏み切りたいお気持ちも、私は理解できないわけではない…。しかし)



 7年戦争を経て、ようやく生気を取り戻した都市。SUSの隷属の元になし得た平和とはいえ、人々の暮らしはやっと安定し始めたばかりだ。子どもたちが、安心して学校に通える世の中。年寄りや幼い子どもを抱えた母親が、貧しいながらも屋根の下で暮らすことが出来る世の中…。
 私、このパスカルは一の将軍とはいえ、そのささやかな平和を維持することだけで精一杯なのです。
 それなのに…やっと手に入れたその幸せを放棄しても、それでも独立を勝ち得たい、とおっしゃるのですか、陛下……。



  難しい表情で沈黙しているパスカルをじっと見つめ、イリヤはおもむろにティアラを外した。

「…陛下」
「忘れたとは言わせませんよ、パスカル」


 ティアラの下に現れた女王の黒髪は、まるで男のようにばっさりと短く切られていた。
「わたくしは、…この星がかつて在ったその姿と同様、独立した誇り高き星として甦るまでは…女を捨てると誓いました。そのためであれば、どんなことでもするつもりです」 

 例え、わたくし自身の誇りを捨てても…ね。

 イリヤは、ハッとこちらに向き直ったパスカルに、にっこりと微笑んで見せた……

「地球の若者たちには良い知らせを持って帰らせます。我が星の、衛星プラトーを…彼らの移住先として提供する由、よもや異存はありませんね」
「……陛下……」
 パスカルはうなだれた。

 女王は、SUSからとがめだてされることを承知で、地球人たちを迎え入れるつもりなのだ。盟約を破れば、SUSからの制裁を受けることは間違いない。地球人もろともSUSの攻撃を受けるか、地球人たちの力を借りて共に蜂起するか。近い将来に待ち受けるのは、その二つに一つ、である……


 しかし。

「……地球の民は、承知するでしょうか」
「我が星と共に、SUSに立ち向かうことを…ですか?」

 その通りです…とパスカルはうなずいた。

「彼らの星は、現在平和そのものです。ガルマン・ガミラスやボラー連邦との戦いを経て、どれだけの科学力を擁するようになったかはわかりませんが、目下の所彼らには……地球を捨てて移住する明確な理由がありません。我々がいくらプラトーの提供を申し出たとて、我らと共闘する理由が、『彼らの方に』ないのです…」
「……あなたは正直者ですね、パスカル…?」
 あなたのそういう所が、わたくしのお気に入りでしたよ…。女王は小さく呟いた。ふふ、と僅かに笑うと、掛けていたソファから静かに立ち上がる。


「……メッツラーが、またもや…動き始めているのです」
「……?!」
「我らが11の列強国を恐怖で縛り上げた…彼らの手段を覚えているでしょう」
「なんですと!?」



 イリヤは自室のバルコニーから見える、小さな天文台を指差した。
「……観測団が、発見しました。地球の位置する天の川銀河の中心部に発生した、例の…ブラックホールを」
「銀河系に!」

 背筋が凍り付くような感覚に、パスカルは戦慄する。イリヤも同様に、過去の侵略戦争に終止符を打ったあの最終兵器を思い出したのか、唇を固く結んで身震いした。


 7年間の星間戦争の終わりに、突如台頭したSUS。
 彼らは強大な軍隊と共に、生き物のように自在に活動する、巨大な移動性ブラックホールを従えてやってきた。超重力場を近海に発生させ、星間戦争の文字通りただ中にそれを進出させたのである。

 争っていた13の星々のうち、2つがそのブラックホールに飲み込まれ、消滅した。残る11の列強惑星諸国は、SUSの要求通り争いをやめ…盟約を結び、停戦したのである。それ以来、彼らはその得体の知れない謎の侵略兵器に怯えるがために、偽りの平和を築いてきた。11の同盟星が一丸となって、彼らSUSのために資源を供出し、軍隊を出し、…いわば奴隷のように働くことによってのみ、現在の平和が保たれているのである。



「あの移動性ブラックホールの向かう先に、地球がある……彼ら地球人にとっては、あれはただのブラックホール。本当にあれが目と鼻の先に迫るまで、彼らはあれを自然現象としてしか感知しないでしょう。メッツラーとその本国がなぜ…地球を襲撃しようと決めたのか、わたくしにはわかりませんが…」
 
 ……地球はいずれ近いうちに、本当に移住を強いられることになる。

「我がアマールの衛星プラトーなら、充分地球の全人口を受け入れるだけの余地があります。彼らの生存に適した環境を、プラトーは持っている。…そして、彼らの使節団はわたくしの好意をはっきりと感じ、我がアマールと地球との間に明確な友好関係が築かれることを確信して地球へと帰るでしょう。メッツラーのブラックホールが地球へ向かっているとわかった時、彼らはかならず、……ここへ逃れて来ようとします」
 将軍は、イリヤの言葉にただ呆気にとられるばかりであった。移動性ブラックホールの脅威を知りながら、陛下はそれを彼らには教えないおつもりなのだ。


「…地球人類にはもはや、我々と共闘する以外に、生き延びる途はないのですよ……パスカル」

 そして、我らは地球の科学力と軍事力とを手に、SUSから独立を勝ち得る。

 その戦いに手を貸すことに…彼らはノーとは言えないのです。



「…陛下…!」
「これは、駆け引きです。…外交とは…そも、そういうものでしょう…?」

 美しく高貴な顔に、無慈悲な知略が煌めき、微笑んだ。

「…は…ははっ」
 パスカルは思わず女王の前にひれ伏した。


 年老いた母、戦で身体に傷を負った妻、そしてまだ幼い子どもたちのことが頭をよぎる。イリヤの策略には心酔するが、またしても…近い将来、戦いの中に愛する家族もろとも投げ込まれることを予感し、将軍は苦悩に唇を噛んだ。




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