RESOLUTION 第4章(1)

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「…真田長官、申し訳ありません。こんなところにお呼び立てして」
 ……時折吹き付ける風が錆臭い。
 いや、この匂いは懐かしくさえあるよ、と水谷に微笑ってみせ。
 真田はその部屋に入った。



 地下1200メートルの大空間に今も残るメガロポリス地下都市——

 過去、侵略戦争の折りに何度も使われた旧防衛軍司令本部。やっと動いている換気装置が醸し出す通風口からの風は、長く使われていなかったせいでひどく嫌な匂いがした。



「……ここに来ると、思い出すね」
 我々は進退窮まると…ここへ希望を求めてやってきたものだ。水谷は、どうぞこちらへ、と言いながら先に立ってさらに奥の部屋へと真田を招き入れる。彼はその真田の独り言に対し「なにを?」とは問わなかった。彼とてその思いは同じだからである……水谷肇は2203年の最後の戦いで多大な功績を残した<冬月>の艦長だった。

「真田長官、お久しぶりです!」
 旧司令本部の解析室には、水谷の他に3名ばかりの男たちが待ち構えていた。「……君たちは」
 ひとりひとり頭を下げつつ、真田に握手を求める。「…<冬月>の機関士をしておりました、本山です」
「通信の瀬川です」
「分析担当でした。篠田です」


「……ひどいことになりましたね…」古代のことである。<冬月>艦長だった水谷は、ずっと古代の身の潔白を主張していたことを、真田も知っていた。
「冥王星会戦の現場まで、調査委員会が行ったとか。…でも、何も見つからなかった」
「…そうだ」
 そのせいで、古代の立場はどんどん悪くなっている。


 
 <冬月>を除く7隻の月面艦隊は、ヤマトの盾になって散った。
 ヤマトは、それを拒否しなかった。
 艦長の古代進、そしてヤマトは、僚艦を犠牲にして生き延びたのだ。

 ——それが、まことしやかに囁かれるようになってすでに数年。生還し、意識不明のまま治療を受けている兵士は残り2名……当時、7隻の戦艦に乗り組んでいたのは合計で609名、そのうち607名がすでに亡くなっている。その命の責任を取るべきであると弾劾され、軍と政府…そして個人としては古代進がやり玉にあげられてから久しい。
 裁判の度、証拠不十分で再調査が申請されている。であるから、古代進はまだ起訴されたわけではない……だが、社会的立場から見れば彼は世間から追放されたも同然だった。


「実は…長官をここへお呼びしたのは…」

 水谷が真田に示したのは、やっとのことで画質を保っている壁のメインスクリーンだった。

「………!」
 真田は画面に釘付けになった。「…これは、アクエリアス」
「そうです。…実験コロニーなどへこれの氷がずいぶん運ばれましたから、現在あの氷塊の大きさは元の半分になりました。しかし、小さいと言ってもご存じの通り空に肉眼でも見えるほどの小惑星です…」
 水谷は元部下たちに手伝わせ、メインスクリーンに次々と画像を投影し始めた。

「我々は、古代さんが悪いのではないことを…知っています」水谷は幾度か公判で証言台に自ら希望して立っているが、確たる証拠を提出することが出来ず、自身嫌がらせを受けてなりをひそめているのだ、と言った。「……<冬月>と<磯風>その他の僚艦とで、数回やり取りした通信内容がある。それを提出できれば、ヤマトと古代さんへの批判を一掃することが出来ると、我々は考えているんです」
「…それは本当ですか?!」
 真田は身を乗り出した。
 だとしたら。それは貴重な証拠だ。
 水谷は頷いた。「あくまでも可能性でしかないのですが…」



 その通信内容は…氷の星アクエリアスの中に沈んでいる<冬月>のブラックボックスの中。しかもその記録が無事に残っているという保障はありません。


「我々月面艦隊は確かに、出撃前に全艦隊、本当にほぼ全員で意志を確認し合ったんです…万一の際は、艦ごとあのミサイルの盾になってヤマトを守ろう、って。同意できずにあの時月面基地に残ったヤツも、僅かですがいました。僕は通信でしたから…ブラックボックスがまだ無事なら、出撃から100時間経っていない、ボイスレコーダーの記録も残っているはずなんです」
 通信担当だった、という瀬川が熱っぽい口調でそう言った。だが、ここに水谷を含めて4名しか集っていないことからも分かるように、その考えを支持して協力しよう、という元<冬月>乗組員も非常に少ないのだ。…皆、批判の矢面に立ちたくないのである。この平和な世の中で、何も自ら不幸を背負い込む必要がどこにあるのだろうか。

 真田は、自分がこの場所に呼び出された理由を察した。水谷や、元<冬月>乗組員の有志が真田志郎に求めているのはなんなのか。

 <冬月>を、アクエリアスから見つけ出す。
 …そのために、今動かせる人やモノを用立てることが出来るのは、この俺しか…いない。

「……やってみる価値は…、ありますな」
 真田の呟きに、水谷がハッと顔を上げた。「では」
「科学局権限で、極秘裏に<冬月>をサルベージする算段をつけましょう」
「真田長官!」
 <冬月>の元乗組員たちは、やっと肩の荷が降りた、と言わんばかりに明るい表情で顔を見合わせた。「よし、早速古代さんに知らせましょうよ!」
 本山が勢い込んでそう言ったが、真田はそれには首を縦には振らなかった。
 なんとなれば。

「……残念だが、古代は…」

 古代進とは、数日前から連絡が取れなくなっていた。
 次の公判には必ず戻ります、とだけ言い残し、彼は真田の前からも姿を消したのである。
「そんな…」
 絶句する元<冬月>乗組員たちに、しかし真田は言った…
「次の公判までに2ヶ月ある。その間に、証拠を見つければいい」
「!?…出来るんですか」
「やるしかないさ」

 水谷は、そう呟いた真田の表情をじっと見つめた。…やるしかない。この人がそう言うのなら…それは、可能だ、ということだ。…昂然と、顔を上げた。
「感謝します、真田長官」
「…何を言ってるんだ。感謝するのは、…俺の…いや、『俺たち』の方さ」

 真田は笑うと、水谷らが用意した<冬月>の位置に関する他のデータを矢継ぎ早にチェックし始めた。




        *        *        *




 一方、地球より1万光年……

 地球への帰途にある宇宙商船大学訓練船<フラナガン>のブリッジで、頭を抱えるヤマトの係累の姿があった。


「……そんなに嫌がることないじゃありませんか島さん」
「うるさい…お前に何が分かるんだバカ」

 …オレがなー、いくら年上好みだって…あれは…ムリなんだよ…。

「美人じゃないですかあ、あのヒト。役得だと思えばいいのに〜」と首を傾げる桜井に悪態をつきながら。島次郎はゲッソリしていた。
 バカってことはないじゃないですか、バカってことは。
 口の中でぶつぶつ文句を言いながら、桜井はそれでも笑いそうになるのを必死で堪えている。



 イリヤの部屋に呼ばれて、数十分後に帰って来た次郎の頬に、確かにあの唇にあった色と同じ紅の名残を見つけてしまい。
 桜井は次郎に襟首を捕まえられ、「誰にも言うな」と脅されたのだった。
 ただし、次郎が持って帰ってきた女王からの返答はすこぶる望ましいもので、<フラナガン>艦長の石田、その他の乗組員の誰もが、島次郎の外交手腕に
感心したのだった。



「地球に万一のことがあった場合には、あのアマールの月、…衛星プラトー全体を地球人類に移住地として即時提供できるそうだ。自治権はもちろん認めるし、アマール本星にも自由に通航できるように取計らうって。…これが王家からの証文だ」
 心無しか不機嫌そうに、次郎は一片のデータチップを皆に示した。

「…アマールの文化や科学は一部が非常に突出しているけど、水準自体はそれほど高くない。あの惑星自体に自治国家が一つしかないことをみても分かるように、彼らの総人口はとても少ないし、国民は二階層に分かれる。王家とそれに追随する貴族・武士階級と、一般農工市民とだ。貴族以上の階層は高度な科学文明を自由にできるが、市民は専ら農工水産のみに係わり政治や軍隊には参加しない……その代わり、王侯貴族が軍を形成し、一般市民をその義務として完全に守っている」

 上下関係、ではなく望んで手に入れられる主従関係によって、市民も王侯貴族に入ることは出来る。だが、その後世襲で貴族に生まれたものは、強制的に市民を保護する義務を背負って生きることになるようだ。

「一種の…ノブレス・オブリージュ、だな」
 高貴な身分にあるがゆえの、果たすべき責任。
「考えようによっちゃ、彼らは地球人よりよっぽど責任感が強い。強い者が率先して弱者を守ろうという気概のある人たちばかりだ」

 アマールの土地についても、面白いことが分かった。突出した科学力を持つにもかかわらず、アマールには未開発未踏査の大陸もあるんだそうだ。 
「女王の話では、結局、俺たち地球人類に対してその土地開発のための科学力、それから惑星自体を守るための軍事力を見返りとして要求したい、ということだった…

「要は、移住してくるなら用心棒になれって言うんですな」
「…土地開発って?」
「農林業・畜産・水産のノウハウとか、気象コントロールの技術とか、いわゆる都市開発の技術とかだよ」
 ……へえ。そんなんでいいのか。
 という顔をした桜井、石田に咳払いをしてちょっと待て、と右手を上げ。次郎は続けた。
「それは当然提供できる範疇のことだが、軍事力、っていうのが問題なんだ」




 次郎自身がスーパーバイオテクノロジーの専門家だと明かした途端、イリヤの態度はさらに柔和に寛大に、……過ぎるほどに柔軟になった。

「まあ……そうですか!あなたが」
 外交のみならず。おお、…何と素晴らしいのでしょう!!
 豪奢なソファから次郎の方へ身を乗り出し、女王は胸の前で両手を組み天を仰いだ…
「あ…はあ、そういった技術提供でしたら、お好きなだけ…取計らいましょう」
「ああ、島さん……!」
 感動のあまり自分に抱きつきかねないイリヤを必死でいなしつつ、次郎は話題を変えた……
「しかし、軍備に関する条件についてお答えすることは僕の権限を越えます。地球防衛軍からアマールのために派遣軍として艦船や兵力をいくらか回す、という程度であれば別ですが……」
「いいのですよ。あなたの一存で決められないことは百も承知です。どうぞ…地球へ帰って、代表の方々と話し合って下さい」

 ……ね?
 
 イリヤは慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、若い外交官の苦労を労った。

 ……ね?
 だなんて、シナを作られても困るんだが……
 次郎は困り果てつつ、ふと思った。

 イリヤの態度を見ていると、「軍事力」を見返りとして要求する、というのは単に、『用心棒を派兵して欲しい』というわけではないように思えたのである。
 彼女ははっきりとは言わなかったが、どうやら、波動エンジンや太陽制御のための装置など…いわゆる<地球が元々持っていたものではないオーバーテクノロジーをベースとした武力>、その技術そのもの、を要求しているのではないか、と思えた。まるで、何か…外界からの脅威に怯えているかのようだ、と感じたのは気のせいだろうか。

 


「まあ、それについては帰還して上層部に諮り次第、返答することになっているから、とりあえず交渉自体は円滑に済んだ、って言うことになるな」
「うふふん、さすが島さん」
 女王の口紅の件を知っているのは、桜井だけである。
 彼のニヤケ面をギロリと睨みつけながら、次郎はフン、と鼻から溜め息を吐いた。




 まあ、「上手く行った」事には変わりない。万一の際には本当に、理想的な移住先になるだろう…試験的に、技術派遣制度を作ることも必要になって来るに違いない。将来的には輸出入のパイプラインも整備することになるのだろう……
 次郎は思わずイリヤの見せてくれたホログラムの中の、豊かな自然の中に嬉しそうに微笑むテレサの姿を思い描いた……

 しかし、一瞬で現実に戻る。
 …そのためには、あの女王のご機嫌を、オレが!取っていなくちゃならないんじゃないだろーか。

(……うう、勘弁してくれ)

 宝塚の花形のような美形には違いないが、イリヤははっきり言うと次郎の趣味ではない。ただ、テレサのために操を立てたとて、彼女が自分に振り向いてくれるわけではないのだ。

(ちぇ……。この際、考え方変えようかな)ちょっと不貞腐れてみる。
 イリヤと上手く行ったら、俺…アマールの王様じゃん。



 女王のアップが脳裏に甦る。
 ……可愛い人。
 呟くようなイリヤの一言。同時に避ける間もなく、頬にキス。…いや、避けることも出来ないまま硬直した一瞬。



(だあああああああ…ヤだ)

 やっぱ、ヤだ。俺は移民交渉のための生け贄になんのはヤだよ。まだあの星に絶対移住するって決まってもいないのに……!



 次郎は、自席に沈み込みながら再度頭を抱えた。
 背後では桜井が朗らかにカウントダウンをしている……
「ワープ10秒前!……4、3、2…」


 
 ——……<フラナガン>は、地球へ向かう最後のワープに入った。

 

 

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