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2213年12月25日午前5時50分。
<……実験コロニーNo.5へ向かう臨時便が、メガロポリス宇宙港を予定通り出発しました>
太陽系交通管理局からの通信を受け、地球連邦宇宙科学局の長官真田は、うむ、と深く頷いた。
早朝の科学局、大スクリーンを前にしているのも、真田一人である。古代進と加藤四郎の護衛も、これで無事任務終了、というわけだった——。
真田のデスクの上には、メガロポリスの小学校の生徒たちから贈られた、幾つかの品が飾られていた。中でも、発光クリスタル製のカラフルな立体パズルで出来た小さなクリスマス・ツリーは真田のお気に入りである。
真田が時折臨時講師として出向くその学校は、いわゆるIQの高い子どもたちを集めてマルチな人材を育てようという、一種の職業訓練学校に属するプライマリ・スクールだった。
デスク上のその小さなツリーは、直径0.5センチほどの球体を様々な形につなげた立体が38個組み合わさって出来たもので、この円錐形に組み上げるためには18497通りの組み上げ方がある。このツリーを自作したのは、折原真帆という高学年の女子生徒だった。
「私、将来、長官(せんせい)の宇宙科学局に入りたいんです!」
目をキラキラさせてそういった折原真帆を、真田は微笑ましく思い出す。
どうして宇宙科学局に?
そう問い返すと、真帆は頬を赤らめてこう言った……「宇宙には、無限の可能性があります。不思議な天体、不思議な空間。それをぜぇ〜〜んぶ、私はこの目で見たい。そして計算して奇麗にまとめたいんです!」
宇宙を数字にまとめる、だと?
この俺ですら不可能だと諦めたような事を……
苦笑した。その心意気こそ、まさに将来の地球に必要な人材として相応しい。真帆はそんな少女だった。
さて、そして…昨日の晩遅く、島が初めてこの科学局にテレサを連れてやってきた…今生の別れというわけではないが、テレサも真田に挨拶をしたいとずっと願っていたからだった。
島と真田がしばしの別れを惜しんで会話している間、テレサはこのパズルに目を奪われていた。確かに、デザイン性といい大きさといい、インテリアとしても美しくまとまっている。その上、これはなんと立体パズルなのである。
「どうぞ、自由にやってごらんなさい」
テレサがひどく興味を引かれているのを見て、真田はつい、そう言ってしまった。
ただし、一旦これをバラバラにしてしまうと、組み上げるのに(真田ですら)十数分かかってしまう……真田は島と話しながら、目の端でテレサが嬉しそうに一気にそのツリーを両手でバラバラにするのを見ていた。——さあて、何分かかるかな。
島はしきりにこれまでの真田の尽力に対して礼を言い、加えて次郎の件で再び彼に頭を下げた……ところが、真田は半分もそれを聞いていなかった。
「…島。……俺は、非常に残念だ」
「……?」
唐突にそう言った真田の視線を島は追う。
真田は島の後ろでデスク上にパズルを組み上げるテレサを見ていたのだ。
彼女はほんの少しの間散らばったパズルを見回しただけで、淀みなく組み上げ作業に移った……ピースを無作為に選んでいるように見えるが、おそらく彼女の頭の中では数千通りの組合せが瞬時に浮かんでいるに違いない……。ひとつひとつ形の違う38のピースを円錐形に組み上げるのには、真田ですら真剣に頭を使う。それでも驚くべきことに、テレサは2分ほどで一度完全に元通りのツリーを組み上げ、再び嬉しそうにそれを崩すと再度、今度は違う組合せで別の配色のツリーを組み上げ始めたのだった……
夫の大介は驚きもしないが、真田は感嘆の溜め息を吐く。ああ、彼女ほどの人材がいたら。さらに地球の護りは盤石なものになるだろうに、と。
「エデンへ行ったら、テレサにも電算を手伝ってもらうつもりです。…優秀なオペレーターになってくれるでしょう」
「…うん。それが、俺は残念なんだ。……科学局に欲しかったよ」
そう唸った真田に、テレサが振り向いて微笑んだ……最後のピースをツリーのてっぺんに乗せながら。
その知的なキラキラした瞳を、どこかで見たな…と、そう思い出したのが、折原真帆だった。
テレサ、そして幼い折原真帆。そのどちらも、戦いのために生まれた頭脳ではない……だが、それをまさかの有事の際に有効に利用したいと思ってしまう、科学者の呪われた性に真田はまたもや苦笑する。
太陽系交通管理局からは、刻々と臨時便の動向が伝えられていた。島とテレサを乗せた連絡艇は予定通り月軌道を通過し、火星軌道へと向かっていた。
「……幸せになれよ」
一人、呟く。
古代も雪も、頑張っている。……俺も、俺の出来ることをしよう。この平和な世の中を、少しでも長く守るために。
「さあて、朝飯は何がいいかな…」
地球連邦宇宙科学局長官はそう呟くと、巨大なスクリーンに背を向け、オペレーションルームを後にした。
——だが、この平和が、かつてのヤマト乗組員たちに思いがけない苦難をもたらすことになろうとは。
真田を含めまだ誰も、そのことに気付いてはいなかった……
* * *
「……ひどいことをしやがる…!」
加藤四郎が身体を震わせながら呟いた。
その傍らでは黙々と、古代進が周囲の芝土を小さなスコップで掘り起こしていた。
背後の沖田十三の像には、赤い塗料が乱暴に塗られている——
塗られているというより、まるでペンキの缶をまるごと、腹いせにぶつけたような有様だった。身体の前に組まれた立像の、両手の甲の部分が何か固いもので殴られでもしたように欠けていた。周囲の慰霊碑にも、毒々しい赤飛沫が飛び散っている。ようやく白んで来た夜明けの空…いつもなら雄々しく陽に映えるはずの銅像は、血にまみれているかのようだった。
夜明け前に島とテレサが宇宙港から無事出発するのを見送った古代と加藤だが、その直後に、この英雄の丘のある公園管理局から連絡を受けたのである。
『沖田艦長の像が損壊されているのを発見しました……すぐにこちらへ向かって頂けますか!』
英雄の丘は、メガロポリス中心部から南西へ少し離れた場所にある。
ちょうど、科学局や軍司令本部の建物のあるセントラル・コーストを対岸に望む見晴らしの良い丘の上に、現在は600にも上る墓石…慰霊碑が建てられていた。沖田十三の立像を中心に広がる無数の慰霊碑の列。それらは、かつてアメリカ自治州ワシントンにあった戦没者のための墓苑、アーリントン国立墓地を思わせる。
普段はまったく静かなこの墓苑であるが、しかしこの日は少々様子が違っていた。
駆けつけたヤマト艦長の古代進から、警察への被害届けは出さないで欲しいと告げられた元退役軍人の公園管理センター管理人は、後始末を彼らに託すとそっとセンターへと戻って行った。管理人も例の訴訟のニュースを伝え聞いており、そこへ持ってきてこの事件である。当時からずっとヤマトの艦長を務める古代本人から、他言無用にと言われれば、彼は関与せずに引き下がるしかない——。
「一体、何を考えてこういう行動に出るんだろうな。…恨むくらいなら正々堂々と向かってくればいい。なにも…こんな」
こんな…ひどいことを、しなくても。
赤く汚れた周辺の枯れ芝土を掘り起こし、袋に詰めていた古代は俯いてそう吐き捨てた。
怒りと、無念。
どこかの誰かが、ヤマトに恨みを抱いている。
だが、それを。
…沖田さんの慰霊碑に、
最初に地球を救った戦士たちの碑に、こんな風にぶつけるような真似をするなんて。
ただその一方で、こんな事件の引き金になったのがディンギル戦役での例の件だということも、重い事実として古代の心にのしかかっていた。畜生、許せねえ!!と怒号を上げたい気持ちはあっても、それを今ここで、この自分がすることは出来ない…。これら感情のうねりに起因する出来事のなんであれ。ただの逆恨みだと簡単に片付けることは、もう出来ないのだということを、彼も悟っていたからだ。
「……世の中が平和だと、悲劇に便乗して自分の欲求不満をただぶちまけるだけの輩もはびこるもんだ。きっとそういう連中の仕業だろうよ」
恨まれるより、まだその方がましだ……
ぼそぼそと言いながら、古代は管理センターから預かってきた修復用機材をぎこちなく組み立てる。小さなノズルから、研磨剤の入った水を噴射する。それで像を洗浄するのである。
赤い塗料はなかなか落ちなかった。数分が経っても、青銅で出来た立像は、痛々しく赤い汚れにまみれたままだ。
加藤はコンデンサーとポンプを古代の動きに合わせて移動させつつ、ホースを加減して繰り出していたが、ふと思い出したように古代に問うた。
「このことは、真田さんには」
「…知らせないよ」
「でも」
「いいんだ。島だけじゃなく、真田さんにも何も言わないでいい。この件で、誰にも何も背負わせたくない。本来なら加藤…お前にだって」
「古代さん…!!どうしてですか、水臭いです!!」
加藤は繰り出していたホースのリールを手放して叫んだ……
一人で頑張ろうとしないでください、被告当事者として名前が挙がってるのは古代さんだけかもしれませんが、俺だってあの時、現場を見ていたんです。必要なら俺も、証人として法廷に立ちますよ!!
だが不満顔の加藤の言葉を、古代は笑って遮った。「駄目だよ」
研磨剤を含んだ、肌に痛い水しぶきを避けもせず、古代は真顔で向き直る…
「…お前は、関わらないでいい。それこそ、平和な今の世の中だ。戦え、っていわれりゃ俺は法廷でも戦うさ。まあ、調査委員会がボイスレコーダーを調べているから、ヤマトではどうとも出来なかったって事がそのうち証明されるはずだよ」
「……古代さん…」
加藤は上官を見つめたまま、絶句した。
「さあ、とっとと終らせよう。俺たちだけで奇麗にして、ここんとこの修理もしちまおうぜ…」
古代は借りてきた脚立によじ上ると、手を伸ばして沖田の像の手の当りをそっと撫でた。何をぶつけたのかは知らないが、ひでえことをしやがるなあ……
「…雪さんは承知してるんですか」
加藤はうなだれたまま、古代の足下でぼそりと言った。「古代さんが一人で責任取るって言ったって、雪さんだって一緒でしょう」
研磨剤の量を調整しながら、ノズルの水で、像の欠けた部分についた塗料を丁寧に削ぎ落す……。古代は加藤を見下ろすこともなく、その問いに答えた。
「雪も、一緒だよ。…<磯風>の乗組員の治療を、彼女が専任してくれている。雪の担当する生存者からの証言が得られれば、事態はかなり好転するはずだ。俺たち夫婦で全力投球、徹底抗戦、さ」
「お子さんたちは」
子どもさんたちが、肩身の狭い思いをしませんか。
加藤はそう言いかけて、ふと見上げた古代の横顔に再び言葉を失った。
「……守は、ヤマトがかならず勝つと信じているんだ」
俺の兄さんの名を受け継いだ、勇敢なやつさ。そう、もしかしたら、俺よりもずっと…な。
そう微笑んだ艦長の横顔が、あまりにも自信に満ちていたから——
加藤はそれ以上、何も言えなくなる……
「……俺に出来ることがあれば、なんでも言ってください。何でもしますから…」
俯いて、ようやくそれだけ口にした加藤の傍らに、古代がドサリと飛び降りてきた。
「本当か?」
慌てて顔を上げる。古代が嬉しそうにもう一度訊いた。「何でもするって、本当かい?」
「え……は…はい」
「じゃあ、頼みがあるんだ」
なんでしょう!?
意気込んだ加藤に古代が頼み込んだのは、実に意外なことだった。
「は?……艦載機隊の制服を…?」
「うん、そうだ。お前の制服を、守に譲ってやって欲しい」
「え…は、はあ……でも」
「ははは、なに、あいつが着られるようになるまでにはずいぶんある。だが、…コスモタイガーの制服はあいつの憧れらしいんだ」
「は…はあ……」
「しかも、エースの加藤四郎の制服だって言ったら……あいつ、喜ぶだろうな!!」
あの野郎、チビのくせに俺の戦闘班の制服よりも、黒い方がカッコイイ、なんて言うんだぜ!!
はあ、解りました…と言いながら、内心変なことになっちゃったな、と加藤は頭を掻いた。
さ、急ごう。公園が開場する時間までに、ここを元通りにしなくちゃな!
だが、あっけらかんと作業を続ける古代艦長の姿に、加藤はなぜだか改めて、揺るぎない信頼を感じた。
この人は、やっぱり…俺たちとは違う。
ヤマトを愛し、地球を愛し…その愛で、自らの家族も…そして島さんや真田さん、そして俺たちのことも、包んでくれている。…そう感じるのである。
兄の三郎が、命を賭けてこの人を守った理由が、四郎にも解る……それは理屈ではなく本能の部分で感じるものなのだ。
この人のためになら、何でもしよう。そう思わせる力が、いまだ古代進にはあったのである……
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