RESOLUTION 第3章(1)

*************************************




 武蔵野丘陵に作られた、美しい人工湖のほとりにあるニュータウン。
夕餉の時刻、家々の窓からは団欒と光が零れている。
 ニュータウンの外れの大きな邸のひとつは、留守のようだった。窓から漏れる明かりはない。
 ——と。
 湖に面した2階のバルコニーで、小さなライターの火が灯った。


「…げほっ…ごほっ」

 気分が落ち着くぜ、ともうずいぶん前に同僚からもらった青い箱の煙草。一箱5000円もするんだから有り難く思えと言われ、勿体なくてしまい込んだが、こうしてごくたまに思い出してバルコニーに出て火をつける。だが、十数年前に宇宙放射線病をひどく患って以来、酒も煙草もろくに飲まなくなった……吸おうとすれば、こんな風にむせるのが関の山である。

 カッコよく葉巻でもくゆらせたら、俺だって絵になるんだがなぁ……。
 
 古代進はそう思って苦笑した。
 昔、訓練学校の校長室のドアを開けたら、教官の土方竜が校長と一緒に黒い皮張りの椅子に腰掛け、美味そうに葉巻をくゆらせていたことがあった。——あんな風に、貫禄がありゃあ、煙草も似合うんだろうに。



 風が湖面を渡って来る。…寒い。

 家の中で煙をたなびかせて拙い理由はない。子どもたちは、佐渡先生の所だ。……だが、雪が帰って来たら「家の中で吸っちゃいやよ」と言われるに決まっている……吸わない人間にはあの煙の残り香も苦痛なのだ。苦笑して、バルコニーから室内を振り返った。雪の姿が見えるような気がした部屋の中は、真っ暗だった。しつこい取材攻勢を避けるため、夜間は留守を装って照明を点けない、と決めてから、一体何日経つだろう……

 それに。
 この家に、皆で戻って来られるのは、一体いつになるんだろう……?

 いつの間にか、フィルタの所まで短く燃えた煙草の灰が、
バルコニーの手すりに落ち、古代はハッ…と我に返る。そしてまた、大きな溜め息を吐いた。




 西暦2216年、早春——


 島とテレサが地球を発ち、緊急医療艇<ホワイトガード>を筆頭とするドクターシップ事業が軌道に乗って以来、三年目の春だった。水産省の実験コロニー<エデン>には、<ホワイトガード>を始めすでに3隻の緊急医療艇が配備されており、航行中の船舶内の救急患者への対応、火星基地・木星基地、さらに以遠の惑星基地からの患者の搬送にも威力を発揮している。
 
 <エデン>は初期型スペース・コロニーとはいえ、地球環境を手厚くフォローする動植物再生プラントを有しているため、内部の自然環境は素晴らしい。そもそも<エデン>は、地球環境へ移植するための、厳選された植物や動物の胚を生産する実験コロニーである。厳重に衛生管理された定期便と、ドクターシップ以外は出入りを許されないため、移住したテレサも至極安寧に暮らしているそうだ。

 先週送られてきたホログラム映像の中のテレサは、ようやく傍目にも妊婦とわかる姿になっていた。きっと出産も近いだろう。
 時折、島大介からそうした近況を報告するハイパーコムサット通信が来る。だが、古代の方からはそれほど頻繁に彼らへ便りを送ることはなかった。


 ……いや、送りたくても…送れなかったのだ。


 2213年のクリスマスに、英雄の丘で沖田艦長の立像が損壊されるという事件が起きた。その後、最初は静かに、だが次第に扇動的に、防衛軍・連邦政府への批判が高まって行った。13年の暮れに行われた初公判では、古代は参考人として喚ばれただけにとどまったが、その後次第に状況は悪化して行ったのである……

 自宅への取材のみならず、軍施設までも古代進に密着しようとする記者で溢れるようになった。かつての英雄が翻って事件の被告人である……世間の1/3は同情、1/3は懐疑心、1/3は好奇心で古代とその家族を取り巻いた。
 雪の職場、<磯風>の乗組員・菅沼芳明の入院病棟にも記者たちが押し掛けるようになった。守と美雪の通う保育所にも、幾度となく彼らはやってきた。
 肝心の、調査委員会の調べは遅々として進まなかった。現存する証拠がヤマトのボイスレコーダーだけであることから、冥王星の会戦現場まで出掛けての再調査も行われた。デブリの中に当時の記録となるものが残っていないか。そのための、雲を掴むような調査である…

 その間、ゴシップがさらに広まった。
 古代進は公の場での弁明を一切行わなかったため、憶測だけが飛び交う。予定されていた次の護衛任務に彼は出ることもできず、ヤマトはメガロポリスの海底ドックに係留されたままだった。




 昨年の暮れに、ついに古代は決定した。

 雪。すまん。
 ……君はしばらく子どもたちを連れて家を出てくれ。もうこれ以上、君たちを巻き込みたくない。

 古代の苦渋の選択に、雪は黙って従った。守と美雪を連れて彼女が向かったのは、佐渡のところである。古代自身は時折軍司令部に顔を出す以外は、こうして自宅に潜伏していることが多くなった。それ以来、彼は妻と子どもたちに一度も会っていない。

 次期に数回目の公判が行われる。信じ難いことに、かつてヤマトで戦って亡くなった乗組員の遺族までもが、自分やかつての中枢メンバーに対して批判的であり…その中のかなりの数が遺族会の署名運動に名を連ねているのだという。
 それは、ヤマト艦長古代進の、軍からの追放を求める署名運動だった。



 古代進はデッキチェアから腰を上げ、バルコニーの手すりに凭れた。 
 寒空に、満月。
 その右へと視線を流せば、小さく歪な光が瞬いている……

「………アクエリアス…」



 2203年のディンギル戦役で宇宙の海に散った、8隻の月面艦隊。その内の一隻、<冬月>が眠る氷の墓標……
 自爆した<冬月>を飲み込んでその空間に残されたアクエリアスの水は、小さな氷の惑星となってそれ以来…月と共に秤動するようになっていた。


 水惑星アクエリアスから地球へ降り注ぐ、怒濤のような水柱を自爆によって断ち切り、地球を救った<冬月>。当時開発途上にあった自律航法A.I.<アルゴノーツ>による無人管制で、<冬月>は見事、最期の戦いを成功させた。

 その数年前に暗黒星団帝星デザリアムとの戦いであっけなく殲滅された地球防衛軍の無人艦隊であるが、有人艦隊をサポートするための無人の戦闘艦隊、という構想は細々と引き継がれていた。元無人艦隊コントロールセンターの責任者であった島大介及び徳川太助、そして真田志郎や相原義一の手によって格段の進歩を遂げた新しい無人管制システムが自律航法A.I.<アルゴノーツ>である。
 水惑星の接近によって地球全土が水没する危機を回避するため、当時ヤマトに積まれていた<アルゴノーツ>の試作機が<冬月>に急遽搭載された。艦内にトリチウムを満載した無人の<冬月>は、最後の戦いへと赴き、見事その任務を果たしたのだった。

 以来、現在の地球艦隊は、各々が有人艦と無人機動艦の組合せにより稼働するようになった。
 一個艦隊はどれも、有人艦4に対し無人機動艦6の割合で構成されている。高性能の<アルゴノーツ>A.I.を搭載した無人艦の有効性は、過去数年間に渡って繰り返し証明されてきた通りであった。
 2209年に行われた、太陽系規模での艦隊演習では無人機動艦隊が有人艦隊を降し、戦闘機動においても有人艦に劣らないことを証明している。
 また、金星から冥王星までの各無人機動艦隊基地による太陽系絶対防衛ラインを始め、遠距離の危険物輸送や有人艦の向かうことが出来ない超重力場、ブラックホールの観測や未知の惑星探査など、今ではほぼすべての分野で<アルゴノーツ>A.I.が無人艦を操り、威力を発揮しているのだった。



 ……あれが、もう少し早く…実用化されていたら。



 夜空に浮かぶ氷の墓標を見上げるたび、古代は無念に唇を噛む。ヤマトの盾となって散った有人艦隊を偲んで、幾度となくそう考えた。

 現在、無人機動艦を必ず有人艦隊に配備する理由のひとつは、公然とは言われないが「無人艦を有人艦の盾とし、尊い人命を最優先で守ること」でもあったからである——。


*************************************

 

)へ