奇跡  射出(27)



 ガミラス本星、そして外宇宙への里程標<バスカビル>からの最大コンタクトラインを遠く離れてから、数万光年。

 通常のワープと連続ワープを日にそれぞれ一回ずつ繰り返し、艦隊は一路ディーバへ向かって帰路を急いだ。ディーバ1903までは、5日で到達するスケジュールを組んでいる。しかし、はじめての連続ワープの繰り返しに、ポセイドンの乗組員らはだんだんと音を上げ始めた。
 ところが、連続ワープの日程3日目に、司が意気揚々と第一艦橋に復帰すると、全員がそれに発破をかけられたのか、再びぞろ士気が上がって来たのだった。



「おえええ、って!ゲロ吐いてる場合じゃないですよ、通信班長!」
 サブ操舵席で、ワープアウトの瞬間に振り返り、鳥出の顔を見た司はそう言ってけらけらと笑った。「艦長、操縦系統、オールグリーンです!」
「重火器系、異常なし!」
「機関、異常なし」
「……通信関係、異常なし……。司、何でお前そんなに元気なの?しかもね、お前ゲロとか言うんじゃないよ……マジ吐きそう…オエ」

 点検を終えた途端にベルトを外し、ぴょこんと立ち上がった司を見て、ワープ酔いの残る鳥出が情けない顔でそう言った。
「元気が一番だろうが」渋谷がわっはっは、と笑いながら言った。
「それしか取り柄がないんですもーん」司は大越からデータボードをもぎ取るように受け取ると、艦長席へ走りよる。
「艦長、集積です」
「うん」

 島は司が復帰したことを嬉しく思うと同時に、彼女がだんだんと自分から遠くに離れてしまいつつあるのを悟った。今の司には、島に対する戸惑いも、躊躇いもないようだ。…まるで、出航した頃のように、彼女はただひたすら朗らかで、自分たちの間にあったことなど、何も覚えていないかのようだった。
 もちろん自分も、司とのことにははっきりと線引きをしたつもりである。幾ばくかの寂しさは感じても、彼女が優秀な部下であることは変わらない。


「艦長、次の推定航路計算も上がってるんで、見てくださいね」
 司は続けて、にこやかに左手に持っていたもう一つのデータボードを差し出した。まるで子犬が投げられた棒をくわえて誇らしげに戻ったときのような顔をしている。
「ワープ前、フタマルマル(午前2時)の観測では、Kポイントまでの航路には直線航行が可能な場所が見つからなかったんです。でもその後ヤマトの太田航海長と観測をし直しました。これです」
「太田と?」いつの間に…?「俺が非番の間にか?」
「もちろん。貝原さんと3人でさんざん討議しましたよ…」
 島は司の顔とデータボードをしげしげと見比べる。
「この先、座標SH9675から10時方向へ向けて小規模ですが流星帯があります。なので、進路を変えて、……こちらを見てください…」

 司は艦長席の後ろ側から島の居る席まで上り、座席のパネルを操作し図表を出す。
「太田航海長は座標AY6550から小ワープをして迂回すればどうかと仰ったのですが、えっと…具合の悪い人もいることですし…。で、こっちの航路はどうかと提案しました」
 島の目の前で、司はたくみにポインタを操り、ディスプレイ・パネルに3次元航行図を描き出した。「これだと流星帯の下部をくぐり抜けて行く形になりますが、そのまま座標GH6982から連続ワープに入れますし…」


 島は、司の動作を見ていて思う。
(……船を任せて居眠りできる相手は太田の他にはそういないと思っていたんだが…やっぱりお前は…素晴らしい相棒だ…)
 司の描き出した予定航路は距離をとっても安全性をとっても、太田の提案に劣らないものだった。しかも乗組員の健康状態まで考慮している。
「…太田は、なんて言ってた?」
 感心しつつ、ヤマト航海長の太田の意見も聞いておくことにする。
 司は照れたように鼻の頭を小指で引っ掻きながら笑った。「それで行こう、って言ってくださいました」島も思わずつられて一緒に笑う。
「よし、この航路を使おう。司、上出来だ」
 司の顔が、ぱあっとほころんだ。「ありがとうございますっ!」

 よう、ちょっと見せてよ、と口を尖らせる大越に、データボードをひょいと手渡し、司は弾むようにサブ操舵席へ戻る。その後ろ姿を見ながら、島は複雑な思いにかられた。



 こう言っては大げさかもしれないが、年季の入った航法士でも、「航法が三度のメシより好き」だという人間はそう多くない。太田はそういう仲間の一人だったが、まさか他にもそんな人間がいるとは今さらながら驚きだった。司はまさに、そんな仲間の一人だったのだ。司の出して来る提案はいつも的確で、航路の選択は悔しいくらいセンスが良い。観測からのオプティカル・エンコードや演算のスピードも速く、まるで自分がもう一人居るかのような錯覚に陥ることすらあった。

 ……居心地が良いよな……。


 司と航法を語っている時にはいつも、ついつい声を出して笑っている自分がいる。安心と信頼、それに裏打ちされる笑顔が、そこにはあった。
(………この任務が終わったら、もう司とは航海に出られないのかもしれないが…)
 自分がそれを寂しい、と感じていることに、島は少々戸惑いを覚える。しかし軽く溜め息をついて苦笑し、司がヤマトへ航路確認をするのを黙って聞いた。
 返事をしているのは相原だった。傍に太田がいるのなら、きっとニコニコして聞いているに違いない。



(艦長と仕事してると、時間を忘れちゃうな…)
 …いつまでも、二人で艦を動かしていたい。変なしがらみなんか忘れて、このままずっと…星の海で。

 司も正直、そう感じる。
 疲れも眠気も感じないほど、島と艦を操っている時間が楽しかった。


「チクショウ、センスいいなあ…」
 向こうのサブから、大越が感心したように言う。「俺もこれはちょっと思いつかなかった。観測は俺だって貝原さんとしてるんだけどな…。チェッ…」
 島はその声に微笑む。大越は輸送艦隊で一緒だったとは言え、規定の航路を進めるだけがこれまでの仕事だった。未知の宇宙で、観測を重ね航路を策定しつつ進む旅は、これが初めてなのだ。
「航路策定は尽きないぞ。お前もどんどん意見を挙げてくれ、大越。ディーバまであと9回は、連続ワープをしなくちゃならんのだから」
 楽しそうに笑う司が、左の腹に手をやっている。彼女の仕草を目にして、島は声をかけた。
「……無理するなよ。痛かったら休め」
「はい!ありがとうございます!全然大丈夫です!」
 にっこりする司に、苦笑した。
(全然大丈夫です、か……。よっぽどあいつのほうが、気持ちの切替えが早いな…)

 


 
 そして、日程の最後のワープを終えて、眼前にL-59恒星系が目に入ると、司は自分から島に申し出たのだった。

「……ランディングを、私にやらせてください」
 フル・ペイロードのポセイドンを?無人管制でラムダだけを着陸させたことはあっても、満載の本艦を着陸させるのは、島自身自分の仕事だと思っていたから、少々面食らう。
「できるのか?なんて聞きっこなしですよ。伊達に入院中、シミュレーターで練習してたわけじゃありませんからね」
 司は医務室に居た間、何度もそこを抜け出してシミュレーターでフルペイロード・ランディングの練習をしていた、とグレイスからは聞いていた。
「……そうか。よし、じゃ…任せる。しっかり頼むぞ」
「はいっ!!」
 大越が、驚きと羨望の眼差しで自分を見つめているのを感じながら、司は威勢よく返事をした。

  

                  *




「歌姫(ディーバ)の惑星引力圏の影響を受け始めました。降下、開始します」


 司の指示を大越が復唱する。それに続いて、別のモニタからは北野の声が響く。
<ヤマト、60秒後に速度30宇宙ノットにて降下を開始します>


 ディーバの薄い大気が、突入の際の摩擦熱でキャノピーを赤く火照らせる。地球大気圏よりも大気密度が低いため、摩擦係数が低い。そのために、最大積載量まで貨物を積んでいる大型のポセイドンはスピードを最大限に殺しながら降下する必要があった。ゆっくりと制動のかかる巨艦に、僅かながらびりびりと振動が走りはじめる。
 島は、艦長席からメイン操舵席に座る司の後ろ頭を見つめ、微笑んだ。自分が初めてヤマトを着陸させたのは、火星だった。当時、火星は訓練学生の自分にとって庭のようなものだったから、初めて操縦するヤマトでも着陸させるのはそう困難なことではなかった。しかしここディーバは過去の観測で多少のデータは得ていたものの、誰一人として降下着陸したことがない前人未到の惑星なのだ。
(そうだ、引力データもまだ正確じゃないんだから、ゆっくり…な…)
「重力14.3パーセント。第3・第8エンジン、逆噴射制動かけます」



 医務室でも、グレイスとテレサが座席に身体を固定して着陸に備えていた。
「…このディーバっていう星は、大気が少し薄いみたいね。ほら…見て?空が…低い」
 艦首のカメラから全艦へ送られる映像。医務室へも送られてくるその惑星の景色を見ながら、グレイスは言った。「この星の近くでは通信電波が不規則に乱れることがあったんですって。混線した回線の立てる音がまるでソプラノの歌声みたいに奇麗に聞こえるから、ディーバ、って名付けられたとか…」
 もちろん、それはもうずいぶん
前の話で、今じゃディーバの出す電磁波の影響を受ける電子機器なんか、どの船ももう積んでいないんだけどね。

「……やっと半分……帰ってきたわね…」
 あなたの身体にも、何事もなくて良かった。そう言って、グレイスがテレサに微笑みかけた時である。



 突然、通信機から何かの叫び声が聞こえた。…いや、正確には叫び声ではない……うなりのような波動が、通信機から…、というより、どこかもっと遠くの方から、ディーバの大気を歪めつつポセイドンの第一艦橋を通り抜けたのだ。

 通信席の鳥出がヘッドホンをむしり取るように外し、耳を押さえて呻いた……「うああっ」
「……!?」
 司はその波動に一瞬悲痛な叫び声を聞いたように思った。
「なんだ今のは!?」片品が叫ぶ。
「どこから来てる…!?」
 同時に艦体がぐらりと揺らいだ。
 誰かの悲鳴が上がる。
「敵襲か?!」
 島はとっさに、グレイスの部屋にいるテレサを思った。しかし、この場を離れるわけにはいかない。
 司が瞬時に制動レバーの幾つかを元に戻すのが見える。艦を水平に立て直そうとしているのだ。島はその判断の正しさを評価しつつ、機関長に叫ぶ。
「渋谷機関長、第3・第8エンジン制動解除の上噴射出力80パーセント!司、推力を上げて艦を立て直せ!」
「了解っ!」渋谷と司のうわずった声が重なる。

 得体の知れないうなりは、高く低く、依然続いている。
「艦長!!」片品が観測パネルを見ながら叫んだ。

「上空、約3000メートル程度、広範囲に突発的な磁場が発生しています。おそらくそれがこの異常パルスの音源の方向と思われますが、…コスモレーダー、タイムレ—ダーともに…反応はありません!」
「上空からだと?司、上昇は中止、艦首を上げながらゆっくり降下するぞ」
「は…はいっ!」
「推力50%、サブノズル噴射!」
 司は操縦桿を精一杯引っ張っていた。パワーコントロール機能が利いているとはいえ、バランスを失った降下中の巨艦の舵の重さはかなりのものになる。いずれにしても降下スピードをセーブしながら角度を変えて再突入するしかない。

 

 

 エマージェンシーコールが鳴り響く艦内。降下中だというのに船体がバランスを失って大きく揺れ、鼓膜を引き裂くような“うなり”が駆抜けた。
 グレイスもテレサも、脳裏に悲痛な叫び声のようなものを聞き、戦慄する——
「い…一体、何なの!?」
 まるでこれは、ディーバ歌姫の悲鳴というより、地獄からの絶叫…のようだ。当惑するグレイスの横で、テレサが小さく叫び声を上げた…

 ——ああ……あ!!

 見開かれたその瞳に、恐怖の色が浮かんでいるのにグレイスは気付いた。
「どうしたの、テレサ?!」
 呼吸がひきつけるように早くなっている。尋常でないその様子に驚き、グレイスはやむを得ずシートベルトを外し席を立つと、テレサの足元へしゃがみ込んだ。
「大丈夫?!しっかりして!」
「……ひ……とが」
「え?何?」
 テレサは急に大きく息を吸い込んだ。何か、とてつもなく恐ろしいものを見たような、そんな表情だ。
「たすけ…を………地球の人が、誰か……助けを」
「どうしたの!?」
 テレサの顔は蒼白だった。その刹那、また例のうなりがポセイドンを襲った。


「あ…ああああああああ!!」


 その途端テレサは急に身体を縮め、頭を抱え込んで耳を塞ぎ、恐怖に叫び始めたのだ。
「い…や……やめて……!!!誰……?!あ……ああああ……っ」
「テレサ!テレサ、どうしたの、ねえ、大丈夫?!」
 グレイスがその身体に手をかけなだめようとした瞬間、電流のようなものがテレサの身体から迸り、彼女の手をはねのけ……部屋の向こう側のモニタをぶっつり消した。と同時に、船体のどこかから爆発音が聞こえ…艦がまた傾いだのだ。
「ああっ…」

 モニタだけでなく、室内の照明からも火花が吹き出した。辛うじて生きているインカムから、鳥出と司の怒鳴り声が交錯しながら響いて来る。
<艦長っ!全天球レーダー作動停止!シグマのエンジン付近で火災発生!メインエンジン、出力低下っ!!>
 テレサは小さく身体を丸め、喘ぎながら頭を抱え、恐怖に何事か口走っている。


「テレサ、どうしたの!?何があったの!?」 
 グレイスの声にはっと正気に戻り、周囲を見回したテレサは、照明やモニタから無数に火花が出ているのを見て、青ざめた。
「これは…私が……私がやったのでしょうか…」
「違うわ、何を言ってるの」

 グレイスはテレサの超能力の規模を知らない。テレサは室内を見回し、次いで自分の両手、そして身体に視線を落した。


 あろうことか
両の掌から、あの金色の粒子がこぼれ落ちていた……。


 

 

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