奇跡  永遠(1)




 第一艦橋では、エマージェンシーコールが鳴り響く中、消火活動と船体の立て直しに皆が奔走していた。ポセイドンは降下を続けており、艦内はそのために激しく振動している。ヤマトの第一艦橋と通信が繋がり、メインパネルには古代が映っていた。

<島!どうしたんだ、右舷のシグマから爆煙が上がっているぞ!?>
「降下中に電圧異常が起きた。現在消火作業中だ。推力が上がらないからこのまま着陸地点を修正してランディングを続行する。そちらでも2種類の異常電波を観測しているだろう?一つは未知の異常パルスで、もう一つは…電気エネルギーだ」
<異常パルス…?!>古代は雪を振り返る。<シグマの爆発の原因になった異常電波か?こちらではそれしか観測していないが>
 レーダー席にいる雪が、即座に数分前に遡ってデータ記録を調べ……島に向かって小さくかぶりを振って言った。<ヤマトでは一回だけ、異常な電気エネルギーを観測しています>
「そんなはずは無いだろう」
 島だけでなく、ポセイドンの第一艦橋のメンバー全員がざわついた。

「じゃあ、あのうなりみたいなものは…ポセイドンだけを狙ったものだとでもいうのか?」
<確かに異常な電波は観測しているが、…それはシグマが爆発する直前の1種類だけだ>

 島の手元に、鳥出がよろけながらやって来て、数分前からの記録データボードを手渡した。鳥出は最初のパルスをヘッドホンでもろに聞いてしまったので、いまだに耳の辺りを押さえて顔をしかめている。
「…最初がなんか叫び声みたいなパルスで、その後が電波でしたよ」
 無言でそれをざっと眺めた島はぎょっとした。………そこに見てとれたのは、ひとつはまったく未知の衝撃波の波形だったが、もう一つは……、過去に見たことのある独特の電波の波形だったのだ。
「古代……これは…」
 見上げると、メインパネルの中の古代、雪、そして真田が深刻な表情で自分を見ていた。真田が怒りにも似た表情のまま、目を伏せて自席に深く座り直す。

 ——サイコキネシスだ…

  どうにかディーバに辿り着くことはできたが、”彼女”の身体からはまた、あの呪わしい力が解放されようとしている。

<……島艦長、観測した異常パルスのデータをこっちへ送ってくれ…

「わかりました」
 真田の依頼に惨めな気持ちでそう応え、島は鳥出に指示を出した。艦の降下速度は次第に下がってきていたが、いまだに振動が続いている。司と渋谷機関長が怒鳴り合いながら逆噴射のパワーを上げ、片品が必死で着陸地点の修正を試みる中で、島はしばし呆然とした。
「艦長、ここから1200キロ南西に、湖…いえ、海があります!」
 片品の叫び声に、我に返る。
「水深は!」
「浅いです……20メートル程度です。…この水深では着陸のショックを受け切れません!」
「海底の成分はなんだ」
「……砂岩と思われます。一部ケイ素、粘土質も認められます」
「…よし、腹をこするのを覚悟で、そこに降りるぞ、司!」
「はいっ」
「方位SW25度に修正、降下角15度、距離1200キロ前方の位置に広がる海へ着水する。艦底のクルーは上部へ避難、ファルコン隊も機体を固定して上に上がれ!」
「了解っ!」


 司が操縦桿を全身で引っ張っているのを見ていられなかったのか、大越が席を立ち、よろけながらメイン操舵席に駆け寄った。司の掴まっている操縦桿に手をかけ、引っ張る……「班長っ、手伝いますっ」
 大越をちらっと見て、司はにっと笑った。「…さんきゅっ」
「機関長、第1から第6までエンジン逆噴射!!司、大越、艦首上げろ!」
「はいっ」「了解っ」
 司と大越が力を合わせて船のスピードをセーブし、ポセイドンの巨体を浅い海に軟着陸させようと奮闘しているのを見て、島は微かに笑みを浮かべる。この二人なら、やり通すだろう。

 

 第一艦橋のキャノピーが、ディーバの大気に触れてビリビリ震え出した。赤く熱した鋼鈑が、次第に元の鈍色に戻って行く……
「大気圏に突入!」
「よし、補助翼第1から第6まですべて展開!」
「補助翼、展開します!」大越が司と一緒に操縦桿を引っ張りながら、片手でコンソールを叩く。
 急激に浮力がかかり、ポセイドンの艦首が奇麗に水平線の上を差した。
「……着陸、15秒前、対地速度1600キロ!」
「衝撃に備えろ!」

 水深20メートルほどの海にこの重さ、この速度で着陸……第3艦橋の飛び出しているヤマトだったらとてもできないな、と思いつつ、島も艦長席のアームレストに掴まる手に力を入れた。医務室のテレサとグレイスは大丈夫だろうか…!?
 ポセイドンは轟音を引きずりながら紺碧の海に飛び込み、海底に艦底を激しく叩き付けながら着水した。海底の泥と砂岩、珊瑚の死骸などが大量に舞い上がり、白い粉塵のようにポセイドンのデッキに降り掛かる。そのまま、巨体は数千メートルの軌跡を引いて、海を切り裂いた。
「…この先すぐ、浅瀬から水深が変わります…ほんの少しですが、深くなってます!」
 片品が艦首のソナーを操作しながら叫んだ。「水深、30から100へ!プール状になっています!」
「片品、深い部分の広さはどれくらいだ!」
「…前方へ1,500、幅約2,000メートルです、艦長!」
 島はメイン操舵席の二人に呼び掛ける。
「司、大越!この先のプールで停止できるか!」
「はいっ、やってみますっ」

 ハラハラしながらポセイドンの着陸を見守っていたヤマトの面々は、上空からその巨体が一点だけ深い緑色に変わっている歪な円形の深みに入り込み、その中で斜めに傾ぐようにして停止したのを確認した。蒼いプールから、白い巨大な波頭が幾つも迸り、八方へ波紋を広げて行く。その波頭が幾重にも浅瀬を渡り、津波よろしく岸辺に次々と打ち付けた。
 誰からともなく「はああ…」と溜息が漏れる。



「よおし、よくやった…」古代はランディングを担当していた司をねぎらって、我知らずそう呟いた。「どうなることかと思ったぜ」

 上空から観察した限りでは、この浅い海には大きな生物は見当たらない。ポセイドンの船底が切り裂いた海底は、一本の溝になって岸辺の先から蒼いプールまで続く深い水路に変わっていた。
「土門、加藤!コスモハウンドで基地建設予定地の観測をしてくるんだ」
 古代は艦内マイクに向かってそう叫ぶと、相原に頷く。

 ポセイドンの第一艦橋に通信がつながった。

「島!みんな、無事か?!」
 メインパネルに投影された古代を見上げ、島は艦長席から満足そうに笑った。
<古代!見ての通り、積み荷も無事、怪我人も無しだ。今船底の被害状況を調査中だよ。ただし、シグマだけは…ちょっと大規模な修理が必要だな>
「優秀な乗組員たちのおかげだな!」
<うん、その通りだ>
 古代に褒められて、メイン操舵席では司と大越が照れ笑いしていた。
<ありがとうございます、古代艦長!>
 元気よくそう叫んだ司を見て、相原が呟いた…

「……やっぱり、似てるよなあ…」
「誰に?誰が?」南部がそれを聞きつける。
「……え?いや、その…司くんさ。ほら、テレサに、だよ」
「どこが…?」
「あの、にこっと笑ったときの目元がさ」
「そうかあ……?」
 南部にはどうもピンと来ないようだ。

 相原は、この司中尉の方がテレサ本人よりも可愛いなあ、と内心思ったが、そこまでは口に出さないことにした。まあ、単純に「趣味」の問題だろうから。
「島、これから基地建設予定候補地をいくつか探索する。土門と加藤を先ほどコスモハウンドで出した。候補地を決定して、船台を建設するまで君たちはシグマの修理に専念してくれ」
<分かった……ありがとう。積み荷の点検もその間に済ませてしまおう>
 
 古代との通信を終えると、島はシグマの被害状況を調査するために消火班、作業班、工作班についてシグマへ向かった。本当は、すぐにでも医務室へ飛んで行きたかったが、艦長席の内線インカムにグレイスから「異常なしです」との連絡を受けたので、それは思いとどまるしか無かったのだ。





 テレサは、過呼吸を発症しベッドに突っ伏していた。島からは、艦が停止したらすぐに貨物エリアにある資材倉庫の例のコンテナへテレサを隔離するよう指示が出ていたが、この状態のテレサをそんな所へ動かすのは無茶だと、グレイスは勝手に判断したのだ。

「……す…みません……」引きつけるような荒い呼吸が静まらぬまま、テレサはグレイスに謝り続けていた。
「いいのよ、大丈夫よ……ゆっくり呼吸して…」
 口元にビニールの小さな袋を当ててもらい、酸素量をセーブする。さっきの叫び声のようなものが何か、テレサには分かったようだった。だが、まだ何かを訊いても話ができる状態ではない。
 テレサは、室内のモニタが火花を出して壊れたことや、天井の照明のヒューズが吹っ飛んだことをしきりに謝るのだった。あれは電圧異常で、あなたが謝ることはないのよ、といくら言っても分からないようなのだ。
「あなたのせいじゃないわ。安心して。しばらくしたら、艦長が来てくださるわ。それまで…辛抱してね」

 テレサは酷く混乱していた。
 あの叫び声のようなものは…地球の人、それも…司さんと波長の良く似た、地球人の思念波だった…。それを、どう説明すればいいのか。何がなんだか、彼女には訳が分からなかった。
 なぜそんなものが突然ポセイドンを襲ったのだろう?
 そして、叫び声といっしょに轟いて来たあのどす黒い悪意は…一体何だったのだろう? 常軌を逸した、尋常でない悪意があのパルスには感じられた。…それが、あたかも盲目の殺人鬼のように、自分を捜して彷徨っているような気がしたのだ。
その恐怖から逃れようと、テレサは無我夢中で力を解放してしまったのだ

 しかし、怖がっているのは自分だけではなかった。叫び声の主は、さらに大きな恐怖に首根を捕まえられて絶叫していた。


 怖い、…苦しい、……地球へ…帰りたい


 ——声の主はそう言っていた。

「……ツカサ……」突然テレサが呟いたので、グレイスはその口元に耳を寄せる。
「何?…何か言った?」
「…ツカサ……カズヤ……地球人の名前は、……ツカサ・カズヤ」
「え?」


 ——テレサは思い出した。


 ガルマン帝国総統府の中庭で、初めて口を利いたとき……司花倫が言っていた事を。
「……司さんの…お兄さんだわ……」

 

 

 

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