奇跡  再会(26)




 その頃島は、真田と共にヤマトの艦内工作室で、アレス・ウォードが送ってきた金属片のデータの解析を行っていた。ほぼ徹夜の作業である——。
「…真田さん」
「うん。…テレザリアムだ」

 反物質を遮断する防御壁の元になるのは、同じく反物質を帯びた金属、まさしくテレザリアムの残骸から取られた薄い未知の鋼鈑であった。碧く発光する半透明のこの金属は、ナノ構造の中で意志のようなものを持ち、壊れるとほぼ自動的に損壊部分の修復を行うのだった。
「……やはりすごかったんだな、…テレザートの科学力は…」真田が呟いた。「自動修復能力を持つ金属…か。信じられんが、これなら…テレザリアムが意志を持って彼女を守っていたと考えてもおかしくない。彼女の超能力を増幅したのも、その一端だったんだろうか…」
「でも…あのコンテナに彼女をずっと閉じ込めておくなんて…。それじゃあんまり,酷過ぎますよ…」
 暗い表情で島が言った。食料サンプルの大型コンテナに混じって届いた5メートル四方の立方体を、島も真田と共に確認した。出航まで極秘扱いにするため、そのコンテナはポセイドン本艦の船底に厳重に保管されることになったが、中身の大きさ・広さは一目見ただけで知れた。本当に万一の場合のシェルターだとしても、あれでは狭過ぎる…。

 二人の目の前の実験台では、カッターで切断された金属の断面がゆっくりとつながろうとしているところだった。そのスピードは毎秒0コンマ数ミリというところだったが、この金属が完全に機能していた頃は、これよりもずっと速く修復が行われていたに違いない。
「ウォード博士のコンテナは、この金属で形成したものを、さらに鎧のような別の構造物で二重にケーシングする作りだ。二重に防御されているからこそ反物質すら遮断できるのだろう。…しかし、テレザリアムの欠片だけでなく、外側の装甲板の複製も必要だな……。まあ、場所さえあれば、そのうち城なみに広いスペースを作れるさ」
 二重のゲートをもつ、城を作る。
 …そう、さながら…過去にテレザートで見た、鍾乳洞の中のゲートのように……

 真田は、はっとした。——鍾乳洞の中のゲート…?

 何か、重大なことを見過ごしているような気がする。
 真田は手元のボードに並ぶ数列をざっと見渡した。たった今、手を着け始めた外装甲板のナノスキャナデータに現れる数列だ。テレザリアムの残骸から採取された金属と、ウォードが独自に付け加えたこのコンテナの外装とは働きは同じでも、何か根本的に構造が異なっていた。

 ——二重のケーシング。

 テレザリアムを封じていた、二重のゲート……一番外側は彗星帝国が設置したと思われる鈍色のゲート、そして…内部にあったのはテレザート星人の手によると思われる、複数の蒼い金属のゲート……
 真田は急いでテーブルの上の幾つかのデータボードをかき集め、立ち上がってマザーコンピュータの検索エンジンに何かを照合するようコマンドを出した。真田の狼狽えぶりに、島も思わず腰をあげる。
「…どうしたんです?真田さん」
「……これは……ガトランティス数列じゃないか…!」 
 真田のうわずった声に、島もぎょっとして目を見張る。

 過去のヤマトの旅の途中、真田の率いる工作班は、遭遇したすべての異星文明のデータを可能な限り採取してきた。かつて、ガミラスやイスカンダルだけでなく、テレザート星にテレサの導きで降り立った際にも、ガトランティス陸上部隊の戦車そのものや迫撃砲の砲弾、テレザリアムに到達するまでの間に通過したゲートの構造など、持ち帰れるものは持ち帰り、それが不可能であればCT画像や立体ホログラムスキャナに読み込ませ、データとして持ち帰っていた。白色彗星母艦がテレサとの接触によって壊滅したその後も、ヤマトは付近一帯に飛散した瓦礫を可能な限り回収している。

 今、目の前にある解析中の数式の大半が、ガトランティスで用いられていた高度な数列を流用すれば簡単に解けることを、真田はすぐに突き止めた。
「そうだったのか…!」
 内部はテレザートの科学で、外部はガトランティスの科学で二重に防御された封印装置……。
「驚いたな。…俺は、彼がガミラス人だとばかり思っていたから…。まさか他の銀河の概念でこれを作ったのだとは」
「ちょっと待ってくださいよ…!」島が怒ったように真田の言葉を遮った。
「あのウォード博士は、…ガトランティス人だとでもいうんですか!?」


 突然、島は勢いよく立ち上がった。スツールが音を立ててひっくり返る。
「もしもそうだとしたら、…ガトランティスの人間が、自分の星を滅ぼしたテレサを命がけで庇うことなんて、絶対にあり得ない!……これは何かの罠じゃありませんか?!」
「落ち着けよ、島」真田は島に目もくれず、テーブルの上のデータを再度一通り眺めた。
「……テレザリアムを作ったのは、テレザートの人々だ。あれも、反物質を制御する構造になっていた。まずテレザート文明が彼女を封じ、その外側、鍾乳洞そのものを幽閉していたのがガトランティスのゲートだった。……ウォード博士は、うまくその双方を制御装置に盛り込んでいる。我々だって、その双方が相互して上手く働いていたことを知っているじゃないか。だからこそ、テレサは反物質を解放する際にはあの鍾乳洞の外へ、そしてテレザリアムからも出なければならなかったんだよ…」
「俺は…信用できません!」島は憮然としてそう吐き捨てた。「真田さん、なぜあの博士が信用できると言い切れるんですかっ?!」
 真田は憤慨している島を宥めるように、穏やかな眼差しで彼を見た。
 
 ウォードが呟いたひと言を思い出す。
 “私も、彼女を…愛しているからです”
 ——それを島に伝えたものだろうか。
 こいつは普段冷静なだけに、ここまで激昂したらそう簡単には誤摩化せまい。本当のことを言うしかないだろう…

「…島、今のところ…彼の理論で作られたこの制御装置が、最も信頼度が高いのは事実だ。デスラーの科学局でも見破れなかったほどの性能なんだ。あの博士がしていたことは、事実上デスラーに対する反逆行為だとは思わんか?彼がどうしてデスラーに背いてまで…こんなものを丹誠込めて作ったのか…」
 島は自分の蹴倒したスツールを拾い上げ、元の位置に置き直した。
「……なぜなんです?自分の立場が危うくなるような真似を…。それも俺は腑に落ちなかった」
「彼は、テレサを…愛していると…俺に言ったんだよ」
「……なん」
 島は絶句した。


「彼が本当にガトランティスの人間だったとしても、命を賭けてテレサを護るために尽力していることは間違いない。デスラーの目と鼻の先で、ウォード博士はその命令に真っ向から背いている。伊達や酔狂でできることじゃない…一つ間違えれば命がないと分かっていて、彼はテレサのために…これを作ったんだよ」
 お前には癪かもしれないが、……だからこそ、信用していいんじゃないか、と俺は思うぞ。

 黙ったまま、嫉妬に顔を赤くしている島の内心に渦巻く疑念を、真田も理解できなくはなかった。
(主治医、だったな。……テレサも、あの男に信頼を置いていたのだろうか…)

「島…。テレサを、信じろ。…お前たちは…、そんなことで揺らぐような仲じゃないだろう。それにな、詳しくは聞けなかったが、ウォード博士は『自分の記憶はもうテレサの中には無い』とも…俺に言ったんだ。不安なら、それはお前が、…彼女に直接確かめればいい」
 諭すようにそう言われ、島ははっとする。

 でも、真田さん。
 俺たちは……、俺たちの時間は、あまりにも短かった。互いを信頼する、と言うには……あまりに。…あまりにも短い時間しか、いっしょに過ごしていないんです。

 その出会いの直後に、何も言わずにヤマトからテレサは黙って去ってしまった。今だって、彼女が一言も言わずに自分の元から去ってしまわない…という確信は、これっぽっちもない——
 だが、心の片隅に引っかかる罪悪感が、島を正気に引き戻した。
 ウォード博士が、命を賭けてテレサを護っている……?
 それに引き換え、俺はどうだ。独りで生きることに耐えられなくて、一体彼女以外の女性を……何人抱いた?今だって、どっち付かずの状態で……。
 それなのに、あろうことか嫉妬を剥き出しにしてしまうとは。
 矮小な自分に、にわかに腹が立った。

「…そうですね。…俺、どうかしていました。今度は俺が……彼女を命賭けで守る番なのに」
 うむ、と真田は頷いた。島のいいところは、こういうところだ。素直で打たれ弱いが、助言には前向きに耳を傾け、卑屈にならず懸命に努力しようとする。悪いと指摘されたところは真摯に受け止め、謙虚に改めようとするのだ。島をずっと支えているのは、そうした真っ直ぐな心根だ、と真田は思うのだった。
「…テレサを、地球へ連れて行こうな」
「…はい」
 島は、感謝の念を込めて真田に頷いた。

 

 

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