奇跡  射出(1)




 デスラー総統府の南に位置する宇宙港は、三段式二連宇宙空母、駆逐艦や巡洋艦などがすべて地下に格納される、多層式の巨大な港だった。ヤマトとポセイドンが停泊しているその一角の地下に、巨大なターミナルがあるのだ。偵察衛星で撮影されても、そこに目視可能な規模をはるかに上回る巨大な港が隠されているとは、一見分からないようになっていた。
 無論、例え偵察衛星などが地下の港を発見しても、この本星に攻撃隊が接近することはほぼ不可能と言って良かった。往路に見た通り、本星の周囲には厳重な防御網が張り巡らされていたからだ。


 古代進は戦闘班の部下を引き連れて、ガミラスの要撃戦闘機GOD-13の輸入を検討するため、テスト飛行をしにそのターミナルへやって来ていた。
「GOD型だってよ…。神様たぁ恐れ入ったな」ヤマトファルコン隊のファイター乗りたちが、ガヤガヤと格納庫にやって来た。
「無駄口を叩くな!4名、揃っているか?」
「はい!」「うす!」「はっ!」加藤四郎、坂本茂、鶴見二郎、揚羽武。ヤマト艦載機隊の生え抜きのパイロットたちだ。
 古代は、ヴァンダール将軍の案内のもと、彼らを格納庫の奥へと誘導した。GOD-13型はガミラス軍にとってはやや旧式と言ってよかったが、エンジンの構造や使用燃料に地球のそれとの互換性がなければ輸入する意味がない。その点で、この機は理想的と言えた。いずれ防衛軍では、この機体をそのままの形で利用することはまずないが、新型艦載機の開発に欠かせない資料として2機を譲り受ける手筈になっていた。今日は、この戦闘機の基本スペックを体感する意味でテスト飛行するのが目的である。
「俺を含めて5名で、テスト飛行を行う。だが、ただ上がって飛んで降りて…じゃつまらないだろう。そこで、仮想敵として、ポセイドン護衛班から5名、ファルコンで出てもらうことにした」
「ポセイドンから?」
「ドッグファイトっすか?!」「面白そうだな」
 鶴見二郎がポキポキと指を鳴らしている。見るからに嬉しそうだ。
 古代はにやっと笑った。「60分間の慣らし飛行の後に、仮想ドッグファイトに入る。ポセイドンからは手強い相手が参加してくれるぞ。…おい、入って来いよ」
 角度によって銀色にも見える明るい灰緑色のGOD-13の機体の影から、黒い制服の肩に黄色いベクトルがデザインされた、ポセイドン艦載機隊制服の人影が4…いや5名、歩み出た。うち一人は、白地に緑色のベクトルだ。
「ああ?!」出し抜けに頓狂な声を上げたのは、坂本だ。
 最後にとぼとぼと進み出たのは、航海班長・司だったのだ。

 司花倫が古代や坂本とともに次元断層内で活躍したことは、ヤマトの方でも話題になっていた。最初は「艦載機乗りをやめて大型航法科に乗り換えた変人」だの「裏切り者」だのと噂されたが、次元断層の一件があってのち、その噂は今では幾分英雄めいたものに変わっている。
「ポセイドン護衛班、志村、松平、土方、坂田以上4名と」そう言って志村が振り向き、司を手で示して付け加える。「航海班から司班長です」
「………よろしくお願いします」
 司はまったく気が進まないようだった。


(……坂本先輩、いるし。よりによって、加藤先輩、揚羽先輩が揃ってるし……しかも、鶴見先輩は、昔あたしのこと裏切り者って言ってたそうだし……(あたし、知ってるんだから…)。それに、あたし、大体ファルコンは苦手だし…!)

「司ァ、何でお前が」坂本はそう言いながら、大喜びでのしのしと花倫の傍に歩み寄った。「それにしてもこないだは、えらく活躍してくれたな、どこも悪くしてないのか?」
(坂本先輩、チョーうざい……)司は困ったように愛想笑いをしたが、坂本は司が大のお気に入りだったので嬉しくてしょうがない、といった風情だ。
「…俺たちの班長に怪我させてくれたお礼に、班長の代わりに出てもらうことになったんですよ」志村がにやりとしながら嫌味たっぷりにそう言った。
 花倫はムカっとして言い返す。「…またっ、そんな風に…」
 古代が二人を両手で制して、にこやかに言った。
「まあまあ。仲間割れするな。俺と坂本は次元断層内で何があったかこの目で見てるんだ。だが、今回はそんなこととは無関係だ。手加減しないからそのつもりでいろよ、ポセイドン護衛班?」
「はいっ」志村だけはフン、という顔をしていたが、他の3名は志村にかまわず気持ちの良い返事をした。彼らも今では、神崎を司が決死の覚悟で連れ帰ったことを高く評価していたのだ。
 いやいやながら司がこのテスト飛行に参加したのには、ちょっと込み入った理由があった。



 ——話はその日の午前中にまで遡る。
 
 司は、結局その日の早朝、ジョギングに出たのだった。ただし、行き先はテレサのいるであろう中庭ではなく、宇宙港の見える総統府の建物の外側だった。
 そこで運悪く、護衛班の志村と鉢合わせしてしまったのだ。

  

                  *

   

「おい、あんた!」
 とぼとぼと元気のない走り方をしている司を、誰か男の声が呼び止めた。
「え…あっ…おはようございます。…あなたは?」反射的に朝の挨拶をしてから、司はきょとんとして相手を見た。
「ご挨拶だな。…大恥かかせた相手の顔を、未だに憶えられないのか?」
「……!!…し…志村さん!?あの、こんな朝早くに何を…」
「俺は毎朝自主トレしてるんだ。キャンプでもそう言わなかったか?ここじゃあ外を走るより今のとこやることがないからよ…」

 トレーニングスーツの男はかなりムッとしたようだった。彼は、出航前のトライデント=プロジェクト・キャンプで、ブラックタイガー同士で偶然ドッグファイトをするはめになった相手、志村雅人だったのだ。

 司はその一件のあと、志村に顔を合わせることもなく、始末書を書いたのみでうやむやにしてしまっていた。一方、志村の方では、当初は女航海長に対して腸が煮えくり返る思いだったが、次元断層の一件以降、やはりちょっとだけ司に対する見方が変わって来ていたようだ。志村の仲間も、今では「あの司中尉」にだったら凹まされても致し方ない、という目で見てくれている…だが、志村自身はいまだに納得が行かないのだった。今でも彼は、なぜあの時ブラックタイガーの腹に3発も食らうハメになったのか理解できない。


「あ、あの、ええと…ごっ、ごめんなさいっ」司は慌ててペコリと頭を下げた。
「は?」志村は拍子抜けしたようだった。「なんで謝る?」
「あの、だって……は…恥かかせたって…」
「……あんた、俺が仕返しにでも来たと思ってんのか?……まったく、どう見ても『班長』ってナリじゃねえよな、ヘコヘコしやがって」
「…そんなの」司はチラリと志村を盗み見て口を尖らせる。なんだ、とりあえずお礼参りとかじゃないのね? ふー、あぶないあぶない…「そんなの、防衛軍が成績で勝手に決めた役職だもの。私だって自分が班長だなんて、いまだにピンと来てないよ」
「呆れたな」志村は鼻を鳴らした。「そんなやつに、俺らは命預けてるのか」
「……だから…ごめんなさい、ってば…」
「てめえ…ふざけてんのか」志村は右の拳を脅しのつもりで振り上げた。
「キャ…」
「おい、ちょっと待てよ!!まだ話の最中だろうが!」
 ——反射的に身を翻して逃げ出した司の後を、慌てて志村は追いかけた。

 ところが、またもや志村は誤算をしていた……すぐに追いつけるとたかをくくっていたのだ。しかし、あろうことか自分と司との距離が、どんどん開いて行くではないか……「なんだ、あの女!?」


 総統府の外側には、中庭と同じように曲がりくねった遊歩道が設えてあり、背の低い夜光性の灌木でその遊歩道の両側が覆われている。所々、建物の中に入り込む横道があるが、それ以外は総統府の反対の端まで延々数キロに渡って遊歩道は続いていた。
(なんだっ、どうしてこのオレが追いつけないんだ…)
 志村はだんだん焦り始めた。100メートルを10秒フラットで走るこの俺様が、なんだってあんな奴に追いつけないんだ!?
 司は総統府のエントランスを一度走り抜け、慌てて急ブレーキをかけて、くるりと方向を変えると、中へ走り込んだ……
「きゃっ」
「うわっ」
 ……ドスン…。
 この航海が始まって、一体何回他人様にぶつかれば済むんだろう……
 司は情けなくもそんなことを思いつつ、とっさに鼻の頭だけはかばう。
「いっててて……」


 さて。
 ——今回ぶつかった相手は、ヴァンダール将軍を後ろに従えて総統府の玄関から出て来ようとしていた、ヤマト艦長古代進だった。



「古代!大丈夫か」ヴァンダールが慌てて古代を抱き起こす。「貴様はなんだ!?」
 司は反射的に飛び起きて、敬礼した…なんとなれば、明らかにぶつかった相手は艦長服と思われる黒い制服で、もう一人は明らかにガミラスの偉いヒト、という感じだったからだ……「す、すみませんっ!!!」
(ああ、もう…なんでいっつもいつも、偉いヒトにぶつかるかなあ…アタシ……)
「うわっ」その時、後ろから志村が続いて全速力で駆け込んで来て司にぶつかり、二人はまとめて床に転がった。古代とヴァンダールはまたもや身構えるはめになる。
「お前たち、一体何をしてる!?」
 怒鳴った相手の声が島でないことを瞬時に理解し、司は心底ほっとした……だがよく見れば、そこにいたのは島艦長の親友、古代艦長ではないか。これじゃ、島艦長にぶつかるのと、大差ない………
 後ろから飛び込んで来た志村といっしょに、司は腰を抜かしたまま、その場に固まってしまった。

「…司、…と、」古代は志村を見て言い淀む。「君は」
「はっ、自分は護衛班コスモファルコン隊の志村雅人中尉であります」志村は慌てて立ち上がると、拙い相手に見つかった、という顔で古代に向かって最敬礼した。
「はは〜〜ん?お前たち…因縁の相手同士だったな?こんな朝早くからもめごとか?」
「いえ!自分は自主トレで中庭を走っておりまして」慌てて志村が言った。どうやら今まで二人が鉢合わせしなかったのは、互いにジョギングしている場所がただ単に総統府の建物の、内側と外側だったというだけのことらしい。
「はぁ、私もたまたま…」司もしぶしぶそう言った。
「なんだ、一緒にジョギングか? それじゃあ、二人とも仲よくなったんだな?」
「はあ?」志村が露骨に嫌そうな顔をする。
「えっ?」司はきょとんとした。
 志村と司が正反対の反応をしたので、古代は思わず吹き出しそうになる。司は志村を相手にしていないが、志村の方では司をギンギンにライバル視しているのだと、すぐに分かったからだ。

 そこで古代の頭に、幾つかのアイデアが閃いた。いずれ司にはどうにか口実を付けて会いに行こうと思っていたのだ。いいところで捕まえた……
「お前たち、これから俺はヴァンダール将軍とガミラス要撃機の下見をしに行くところなんだが、一緒に来ないか?」
「えっ?」司も志村も呆気にとられる。
「今日の日程はどうなってる?可能であれば時間を空けてくれると助かるんだが。…島に出向の要請を出す必要があるかい?」
 古代の問いに、司は目玉をくるりと回して今日のスケジュールを思い浮かべた。航路の演算は大越がやってくれている。その他に、特に予定はなかった。ポセイドン艦橋付近をふらふらしていると島に見つかってしまいそうで、司はどうやって過ごそうかと正直悩んでいたところだった。
「……いえ!今日は自分、オフですから」
 先に志村がそう言った。そこで司も、それに付け足すように言い添える。「……私も、まあヒマですけど…」
「よし、それなら話は決まりだ」古代はにっこりすると、志村と司の背中を両手で押すようにして総統府のエントランスを出る。半ば呆れたような顔でヴァンダールが彼らを先導し、一行は格納庫に向かうエア・カーに乗り込んだ。




 島のところに、ポセイドン護衛班のファルコンチームの精鋭を3人、宇宙港の格納庫に寄越してくれと古代から連絡があったのは、その2時間後であった。
「ガミラス要撃機のテスト飛行に?…3人でいいのか、古代」
<うん。もう2人キープしてあるんだ>
「キープ?誰をだい」島は首を傾げる。
<朝っぱら、彼らがジョギングしてるところに会ってね。護衛班の志村君と、航海班長の司君だ。ヤマト艦載機隊VSポセイドンファルコンチーム、で空中戦、と行こうかと>
「は?司??…志村はともかく、なんで…」
<……俺からも、ちょっと話をしたくてさ>
 島はどきりとした。司と志村が一緒にいた、ということの理不尽さにはもちろん気がついたが、それもとっさに後回しになる。
「…話って、何をだ?」
<なんだよ、心配か?お前の悪口なんか言わないから、安心しろ>古代はぬけぬけとそう言い、あっはっは、と笑った。
<それに、純粋に彼女の腕も欲しいんだ>
「…そうか」
 島は、ちょっと心配になって窓の外を見た。古代がそうすると言ったら,止められないだろう。司をテスト飛行に借り出すことを護衛班の連中が容認するかどうか、それ次第だな、と返答すると古代からは威勢良く返事が返って来た。
<それはもう了承済みだ。志村隊の隊長自ら、俺に太鼓判を押してくれたぜ、仲良くします、ってな>
 ちっ…。
「…くれぐれも、志村と司がもめないように気を配ってくれよな」
<OKOKまかしとけ。じゃ、商談成立だな>
 古代は嬉しそうに通信を切った。



 結局、昨晩は徹夜で真田と二人、彼の工作室で例の金属のデータ解析をし続けた。寝不足で瞼が重いが、仕事はその他にも山ほどあったから、仮眠をとってすぐにまた作業に戻るつもりだ。
 ガミラス要撃機の輸入はもちろん予定していたし、テスト飛行とデータの集積も予定内である。だが、そのために司が借り出されるのは…想定外だった。

 この分では、出発までにあいつと腹を割って話す時間があるだろうか。
 古代にはもちろん、司と自分の間に何があったか…ということなぞ話していない。だが、雪に打ち明けてある以上、それが古代に伝わっていないとは考えにくかった。何も知らない司に、古代が余計なことを言わないかどうか、それだけが気がかりだ…と思いつつ、島は鈍痛のするこめかみを、指で押さえた。

 

 

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