奇跡  基点(19)

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「島!!真田さん!」
「シーーッ!」島が人差し指を口に当て、声を落とせと合図した。
「古代さん、雪さん!」次郎が満面の笑顔で二人に駆け寄り、古代にタックルしてくる。
 雪は満面の笑みを浮かべて、島に挨拶した。
「島くん、艦長就任、おめでとう!」
「ありがとう、雪」
「お久しぶりです、お父さん、お母さん…!」古代も嬉しそうに声を上げる。

 島の両親も古代を見つけて、大層喜んだ。島の両親が彼らに会うのは、古代と雪の結婚式以来実に2年ぶりだった。古代にとっては訓練学生時代から息子同様に可愛がってもらったかけがえのない人たちだ。それで今でも古代は、島の両親を「お父さん」「お母さん」と呼んでいるのだ。
「古代君、雪さん、元気そうでなによりだ。今回は息子の護衛でついてきてくれるそうだが、わたしゃあ本当に嬉しいよ…」
「父さん、つもる話はあとにしませんか。ここにいると絶対に捕まっちゃいますから」当の息子の方はそう言って、久しぶりの再会に感極まっている父を引っ張って行こうとした。「今は藤堂長官が捕まってくれてるおかげで、こっちは目立たないで済んでるんですよ…!」



               *



「いいのか島、艦隊司令のお前がバッくれちゃって」
 会場に残る、と言った島の家族と真田、そして雪を残して(雪も真田もそれほどお祭り騒ぎは嫌いではないようで、その場に残り次郎の相手をしてくれていた)島と古代は会場の外、イーストリバーの岸辺に抜け出して来ていた。
「いいんだよ、ちゃんとした挨拶は出航式の時に嫌でもやらされるだろ」
 島は持って来たスパークリングワインのコルク栓を景気よくポンと開け、古代の持っている2個のグラスに順に注ぐ。会場からさらって来たオードブルの大皿が、二人の腰かけている防波堤のテトラポッドのひとつにちょこんと乗っていた。
「乾杯」
 二人はグラスをキン、と打ち合せた。
 ……何に?
 お互い、立場上は出世したが前途は何かと多難。それが分かっているだけに、そう聞かないでいるのが精一杯だ。

 夜風が気持ちいい。護岸工事が細かく施されている川べりは、お世辞にも居心地いいとは言えなかったが、足元の無粋なコンクリートも大きな灰色の金平糖のようなテトラポッドも、マンハッタンの星のようなイルミネーションに程よく中和されている。もちろん会場の興奮気味の雰囲気も悪くはないが、あのひな壇に引っ張り出される危険を思うと、とてもではないが落ち着いて食事などできない。——そう二人の意見が一致したところで、ここまで非難して来た次第だった。



「どうだ、ポセイドンは」
 古代がシャンパンを一口飲んでそう聞いた。第一線のエリートばかりを集めて構成されたクルーを統制しての艦長業務である。例の、凄腕ファイター志村を航海班の島の部下が凹ました話も、古代にまで伝わっていた。
「ああ、最初はどうなることかと思ったが…案外、うまくいってるよ」
「ずいぶん漠然とした答えだな…新人が一人もいないってのは技術面では安心だろうが、艦長としてはやりにくくないか?」
 早速先輩風を吹かせる古代を見て、島はにやりと笑う。
「まあな。……でも最初の人選が良かったんだと思うよ。余計な説明は一切いらないし、始めからあ・うんの呼吸で動いてくれる部署も多い。…あの船の性能に至っては…そうだな、悔しいがヤマトより扱いやすいかもしれん」
「ちぇ、あんなにでかい船なのにか…?しかもあれ、フルオートパイロットだろ」
「チェ、ってなんだよ」古代がポセイドンに対して持っている、ヤキモチにも似た感情がわからないことも無かったから、島は苦笑しながらそう言った。「俺がずっとオートにしとくと思うか?しょっぱなからずっと手動だよ、手動」
 あっははは、違いない——と古代は声を立てて笑った。

「ほら、それと…、お前の部下が戦闘班のナンバー2を撃墜したって話はどうした?」
「ああ、あれか…」
 就任早々、島にとっては目の上のたんこぶ的なエピソードだった。しかし、その後は司も志村も接触することはなく、お互いに始末書を提出し謝罪しあうことで解決したはずだ。
「まあ、面白いやつらだ…って簡単に片付けるわけには行かなかったがな。航海班のおれの部下は、航法科を出る前に月基地のブラックタイガー隊にいたんだそうだ。坂本か揚羽が知ってるかもしれん」
「へえ?珍しいな」
「だろ?実にいい腕してるから、ヤマトへ配属されたら役に立ったろうに…と思ったんだが、そっちの艦載機隊には今回は女はいなかったよな」
「…そいつ……女なのか?」
「ああ」

 言われて古代は、以前に月基地に居たという優秀な、しかし一風変わった女性パイロットの話を思い出した。その話は、坂本から聞いたんだったか…それとも加藤だったかな…?
「……後で坂本に聞いてみよう。ちょっと心当たりがあるんだ。出航後、月からコスモファルコン隊が合流することになってるが、今はバタバタしてるだろうからな」
 島は、実は自分が司を古代や加藤と競わせてみたい、と内心思ったことは伏せておいた。
「しかしまた、どうしてせっかくファイター乗りになれたのに大型航法科へ行ったんだ?そいつは」
「さあなぁ。本人が話したがらないから、俺も訊いてないんだ。まあ、航法も申し分無いし操縦の腕は抜群だから、過去のことはどうでもいいさ。テスト航海ではかなり期待大だった。今回は俺が居眠りしていても目的地に着いちゃいそうだ。……太田には、内緒だぜ」

 ふうん…… 

 古代は島の満足げな顔をしげしげと見つめた。
 女だ男だということに比較的こだわらない奴だとは思っていたが、それじゃあそのクルーは太田の代わりか…もしくは、お前のこなしていた激務でも肩代わりできるような女丈夫なんだな……?
 それなら、かなり頑丈でガタイの良い女なのだろうと古代は思い、島とその彼女との組合せを想像して一瞬、にやりとしてしまった。



 二人は持って来た皿からオープンサンドイッチだの、パテの乗ったクラッカーだのを思い思いに取り、しばらく無言でかぶりついた。ヤマトの食堂のシェフもそこそこの料理を出すが、ポセイドンの厨房には日本料理や洋食の専門家が入るというのを耳にして、古代はそれもちょっと不公平だなと思う。だが、そんなことをここで言っても始まらない。
「…明日は、ニューヨーク見物でもするのか?」
 クラッカーの欠片が何をどうやってもジャケットの裾に飛び散ってしまうので、古代はちょっと前屈みになってそれをかじりつつ、そう聞いた。
「ああ。まずポセイドンを案内して、それからな。次郎がセントラルパークだのマジソンスクウェアだの、自由の女神だのを見たい、っていうからさ…」
 マンハッタンはなくなってしまったが、街並は東岸にそっくり移されて再現されている。
「たまには家族サービスもしないと」
「そうか」
「お前はどうなんだ?たまには雪にサービスしないと逃げられちゃうぞ」
「あ?ばか言え。俺はいつでも雪に大サービスしてるぜ」
「大サービスって何だよ……。雪、結婚指輪もしてないじゃないか」
「え?あ、それはだな、あー……」
 家事をするのに邪魔だから、とかどうせ仕事中は外してしまうから、と言って雪はそういえば指輪を欲しがらなかった。だから、ああそう、と古代もそれを真に受けて今まで気にも止めなかったのだ。
「馬鹿だな古代、邪魔だからいらないって…そんなの表向きに決まってるだろう」
「そ、そうなのか?」

 古代は、なんで自分の妻の真意がお前に分かるんだ?と反発しようと思ったが、それならどうして雪が積極的に指輪を欲しいと言わないのか、その訳までは皆目見当もつかない……
「……じゃ、なんで指輪頂戴、とか言わないんだよ…?」
「お前、本当に分からないのか?」
 島は呆れた、というように肩を竦めた。
「………それじゃあ教えてやる。『お前が』指輪をしたがらないからだよ」
「は?」
「旦那がしたがらないのに、自分だけ結婚指輪つけるなんて、女としては淋しいだろう?」
 たしかに古代は、俺は男だ、チャラチャラ指輪なんかできるか、とみんなのいる前で言ったことがあった。照れ隠しでなくても、指輪だのネックレスだのといったアクセサリーに自分は本当に生まれてこの方縁がない……、守兄さんならまだしも。(守はアクセサリーだけでなく、服もライターもバッグも靴も、進の知らないある高級ブランド品を使っていた……メンズフレグランス、というのまで何種類も持っていた。…進が単に、身だしなみに興味がなかっただけでもある)

「だ、だって…」
「だって、じゃないよ。ホンッと、何年経っても女心がわからないやつだな、お前は」
「う、うるさいな!お前にはわかるっていうのかよ」
「もちろん」島はニヤッと笑った。ことに、相手は雪だからな。…そう思った事は、もちろん口には出さない。
「それからな」島は、少し前に古代の家で雪に約束したことを忘れてはいなかった。「俺たち…もういい年齢だろう。そろそろ、子どものことを考えた方が良くはないか?」
「は?!」古代は突然真顔になった島に、たじたじとなる。「何で話がそこへ飛ぶんだ」
「飛んでなんかないよ。ユキ孝行しろ、っていうのは何もモノを贈れ、っていうことじゃないんだぞ。今度の航海が終わったら、考えてやれよ、子ども」
「……う……あ…ああ…、わかった」

 確かに、自分たちは結婚してもう2年にもなる。それなのに、生活スタイルは相変わらずで、自分が好き放題に地球を飛び出して行っても雪本人のみならず雪の両親からも「子どもはまだ?」などと一度も言われたことがなかった。つまり。…雪も、雪の両親も、自分が宇宙へ出て行くことを「止められない」と思っていて、…我慢している……ってことなのかもしれない。もちろん、それはしばらく前から古代自身も薄々気がついていたことだったが、雪が何も言わないから、「まだいい」のだろうな、と藐然と考えていたのだ。

 古代が神妙な顔をして考え込んでしまったので、島はお灸が効きすぎたかな…と思い、親友の肩をぱんと叩いて話を逸らした。
「いいこと教えてやる。ニューヨークには女が大好きな宝飾ブランドの本店が沢山あるから、さりげなく散歩でも行こう、って誘ってみろ。そうだ、多少でも名誉挽回しておけ。わざとらしくならないように、…そうだな、最初はぶらぶらしてNY名物でも食べるんだな…それからだ。くれぐれも店に直行するなよ?店の前に行ったらな、ウインドウ見てる雪の顔をよく観察してろ。ティファニーとかの安めのところから行け。素敵ねえ、とかいいなあ、とか言い出したらその店に入るんだぞ…」
「なんだよ、デートマニュアルみたいなこと言いやがって…。第一何でお前、そんなにそういうことに詳しいわけ?」
 憮然とする古代に、島はまた苦笑する。
「俺は独身貴族だからな。美女もよりどりみどりだし?それに、幾ら何でもこの歳にもなれば、ある程度は」
「ある程度って、お前」
 知らないな〜、俺はモテるんだぞ、と豪語する島のふざけぶりに、古代はちょっと安心し始めていた。白い麻のジャケットの胸ポケットには、例のメモリチップが2つ、入っている。島に会ったら今度こそこれを渡そう、そう思い詰めて大事に持って来たのだ。ヤマトの操舵席に座っている北野の後ろ姿に、つい「島」と声をかけそうになるのを何度もすんでのところで思い留まりながら、古代はその度にこのチップのことを思い出したくらいだ。



 今のこいつなら、もう……これを渡してもきっと、大丈夫だ。
 古代はなんとなく、そう確信した。


「なあ島、お前……今、誰かと付き合ってるのか?」
 真顔で話を逸らした古代に、島はちょっと戸惑う。
「……なんだよ急に? 俺のことはいいよ。…まあ、正確には付き合ってる子はいた。けど、振られたよ。彼女は去年結婚した」
「…振られた?」
「あのなあ。……誰も彼もなんでそういう質問ばっかりするんだろう…まったく」古代の前にも、大越に聞かれたからそう言った島だが、古代がこの質問をしたのは初めてだ。
「みんなに聞かれるのか?」
「はは、まあそんなところだ。女ってのは、ちょとでも粗末に扱うとすぐいなくなっちゃうんだぞ。お前も気をつけろよ」
 なんだか上手い具合にはぐらかされたな…、と思ったが、古代はそんなことよりメモリチップのことが気になっていたので深く追求はしなかった。
「ご忠告ありがとうよ。それじゃあ明日は雪を誘って、ニューヨーク見物にでも行ってきましょうかね」
「それがいい」
 二人はそよぐ海風に吹かれるまま、テトラポッドによりかかってほんの少し会話をとめた。
 潮風のまったりとした独特の匂いが鼻孔をくすぐる。持って来たオードブルは、あらかたなくなってしまった。満潮が近いのか、二人の腰かけているコンクリートテトラのすぐ下で、ざざああんと波の音がする……

「島」
「ん?」
 ちらちらと瞬く星を見つめながら、明日は晴れないと困るな、などと考えていた島の目の前に、小さな包みが差し出された。
「これ、……ずっとお前に渡さなくちゃと思ってたんだ…」
 差し出された包みを、島は目を丸くして不思議そうに見つめた。
「……俺にこのタイミングでプレゼントか?俺は雪じゃないぞ?しっかりしてくれよ…」
「違うよバカ!」
 古代は一世一代の決心をあっけなく一蹴されて、逆に本当に心から笑ってしまった。まったくこの、島の大馬鹿野郎め!
「開けてみろ。…ずっと、お前に渡さなくちゃならないと思っていたんだ。……ヤマトのブラックボックスから回収した通信記録」
「ブラックボックス?いつの……」
 受け取った四角い包みの封を切りながら、はっと思い至る。
「……そうだ。彗星帝国戦の時のだ」
 島は封を開ける手を止めたが、包みの開いた部分から透明なケースに入った記録用メモリチップが転がり出したので、慌てて受けとめた。

 それは軍艦用の厚みのあるメモリチップで、通常なら720時間分の通信記録がエンドレスで上書きされて行くタイプのものだった。

「安心しろ、これは本部で厳重管理してるオリジナルじゃない。真田さんが極秘に作っていたコピーなんだ。お前が…被弾して行方不明になった後の映像も入ってる。…彼女の…声も」

 

 

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