奇跡  基点(16)


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 特殊大型輸送艦<ポセイドン>の竣工が間近に迫っていた。

 進水式を終えた後、船体はニューヨークのマンハッタン島にテスト航海を兼ねて移動する予定になっている。

 2209年現在、「NYのマンハッタン」といえばかつての「ウォール・ストリートエリア」から「バッテリー公園」までの、小さな島を差す。現在そのマンハッタン島は、軍艦等の建造のみに使われる巨大ドック(マンハッタン・スーパードック)となっていた。そのドックの地下集積所へ、核廃棄物の埋設地から梱包された特殊コンテナが続々と運び込まれているのだ。

 過去、栄華を極めたアメリカの顔であったその島は、ガミラスの攻撃の際、比較的早い時期に全滅した。島自体が遊星爆弾の直撃を受け最南端のロウワー・マンハッタンを残して水中に崩れ落ち、人の住居としては完全に機能しなくなっていたのである。だが、イスカンダル製放射能除去装置コスモクリーナーDの改良と量産後、その島の中枢のあった部分を軍は浄化及び復旧し、地球防衛軍本部の位置する日本のトーキョー・シティに次ぐ新たな情報基地として再興したのであった。
 今回は、高レベルの核廃棄物を積み込むにあたり、そのマンハッタン島全体が海面下までドームで覆われ放射能漏れに対応している。出航式典には対岸のブルックリンシティに、乗組員たちの家族が世界各地から招待される予定になっていた。

 7月半ば。
 地球連邦政府の威信をかけた特殊輸送艦<ポセイドン>は竣工し、進水式を迎えた。


                *

                
 
「……こういうのは相変わらず古典的なんだな。最新鋭艦なのに」
 艦首に向けて、報道陣が一斉にカメラを向けた。
 オーロラビジョンに投影される、シャンパンの瓶の割れるその瞬間を見ながら片品が呟く。新造艦が竣工する度、この儀式は行われる。執り行うのは若くて美しい生娘と決まっている上、一発で瓶が割れないと縁起が悪いのだ。
「何千年も昔から、こうやって安全祈願してきたらしいですからね」大越はその瞬間を自分のホログラムヴィデオに収め、満足げにそう相槌を打つ。片品が腕組みをして退屈そうにしているのとは対照的に、イベント好きの大越は張り切っていた。

 この進水式典にはクルーと造船工事従事者および政府と軍の高官だけが出席している。直後に控えるマンハッタン島での出航式は一般に公開される予定だった。
 現在、ここトライデント=プロジェクトの地下ドックは天井部分がスライドオープンしており、夏の日射しが真新しい巨体に反射してキラキラと光っていた。3隻の船は、懸架台(サスペンションエリア)の上でドッキングした状態になっている…艦首近くに設えられた、サッカー観戦場のような階段状の座席に、楽隊やら報道陣やらが詰め込まれていた。これから乗組員が乗艦するまで、楽隊の演奏をバックにカメラが追跡報道するのだろう。

 地球連邦政府副大統領と、トライデント計画首脳団長のありきたりな訓示の後、副長のジョイス中佐がマイクで全員に指示を出した。
「総員、乗艦せよ」
 待ってました、といわんばかりに片品がさっと立ち上がる。ビデオをポケットにしまう分ワンテンポ遅れて、大越も立ち上がった。荷物はすべて、前もって艦内に運び込んであるので、身一つでの乗艦だ。
 学校の運動会の入場行進よろしく、景気のいいアメリカの歌謡曲が流れる。
「…これも苦手」
 隣で行進している大越に、片品が苦笑いする。
「ほら、笑えよ」
 報道陣がバラバラと走って来てクルーの列に並走し、ちょうど自分たち第一艦橋の面々にストロボを浴びせかけたので大越がそう言った。
「ちぇ。妹だの親だのが見てるからな。チャオ!」
 報道陣に向かってか、その向こう、テレビの前の家族に向かってか、片品は一瞬だけ右手の人差し指と中指をそろえて顔の横で振ってみせた。 カメラを持つ若い男が嬉しそうにその笑顔を撮る。
 早口の英語で女性のレポーターがまくしたてていた。
「……なんだかえらい褒めようね」
 聞いていた赤石が、ちょっと頬を染めて隣の司に言った。
 司はレポーターの英語があまりにも早口なので、ちょっと聞き取りそびれていたが、ポセイドンの危険な任務とそれに向かうクルーの勇気とかなんとか、そんなことを言っているのだけはわかった。
「あんまり、実感、わきませんけどね…」

 艦首部分から昇降用タラップまでの、短い距離の行進はすぐに終わった。
 タラップを昇り切ったところは小さなホールになっていて、そこに艦長、副長、防衛軍本部総司令長官が待っていた。タラップを昇って来た乗組員はそれぞれ、一瞬だけ踵を揃えて最敬礼し、次々に自分の受け持ち部署へ向かう。島、ジョイス、藤堂の3人も最敬礼の姿勢でメンバーを迎えている。
「ファーストブリッジクルーはすぐに発進準備にかかれ。正午にテスト航海に出発する」
 第一艦橋のメンバーがホールを通過する際、島がマイクでそう呼びかけた。
「へへ、艦長のこういうところが好きだぜ」鳥出がにやっと笑って言った。
 式典だからといって、だらだらとムダな待機はしない。艦内の模様を中継したいと言って来たテレビ制作会社の取材をあっさり拒否し、島はとっとと出航準備を進めた。彼自身が物事をテンポよく運ばないと気の済まないたちなのだ。悪く言えばせっかち、良く言えばスムーズ。しかし余裕の無い者、そのテンポに付いて行く能力の無い者にとっては地獄のハードスケジュールとなる。



「……これが、やっと……動くんだ」
 独り言ち、笑顔になる……第一艦橋では、各メンバーが自分の受け持ち部署のチェックに余念がない。司がなでているのはメイン操舵席のコンソールパネルだ。
「俺も待ち遠しかったです、班長」大越がにやっと笑って相づちを打つ。
 ポセイドンのメイン操舵席は、艦長席の真ん前、艦橋中央に位置する。その左右には切り離し可能な1番艦シグマ・2番艦ラムダの操縦席を兼ねた副操縦席(通称1番サブ・2番サブ)があった。その後列、艦長席との間に通信、砲術、観測のコンソールパネルが並び、ブリッヂ側壁にその他の部署のパネルが位置していた。 

「やっとこいつで大空へ舞い上がれる日がきたんですねえ…!!」
「……舞い上がる、っていうのはどうかと思うけど」
 司はクスッと笑ってそう呟いた。この巨体が空に向かって舞い上がる…という表現は、氷山に羽が生えて宙に浮くような感じで、まるで似合わない。
 今日までに、防御スクリーン動作点検のために補助エンジンまでは稼働させていた。だが、今日初めて…メインエンジンという生命に火が宿り、ポセイドンの心臓が動き出す。そして、初めて大気圏外へ出るのだ。


「失礼します」
 耳慣れない声に、大越と司は艦橋入口を振り返った。
 エレベータードアのところに、がっしりした男が一人、立っている——
「…だれ?あれ」司は声を落として尋ねたが、大越は「さあ」と首を傾げる。
「ああ、新字くん」副長カーネルが顔を上げてそう呼び掛けた。「みんな、第一甲板に予定外のものがあることに気がついていただろう?あれを担当する男だ」
 第一甲板にある、予定外のもの。
 それはまだ銀色のシートで覆われているが、46センチ3連装砲塔(前部・後部に2基ずつ合計12門)、…であった。

 当初の計画ではポセイドンは純粋な「輸送艦」だった。だが、気の遠くなるような遠距離航海を予定している上、ガミラスからの返答もない状態で丸腰のまま出航するのは危険だとの本部の判断から、急遽砲塔が建設計画に加わったのである。
「……砲術を担当いたします、新字隼人です。自分以下砲術班10名、乗り込みを完了しました」
 彼は砲術のエキスパートとして、ヤマトで南部康雄のチームに所属していた。イスカンダルへの旅、そして6年前には第二の地球探索の旅へも参加していたベテランである。

「おう、新字……よろしく頼むぞ」新字の後ろから、島が姿を現した。
 臙脂色の襟に碇マークの襟章のついた、黒い艦長服姿である。制帽を目深に被ったその出で立ちに、新字が眩しそうに目を瞬かせた。
「……副長…いえ、島艦長!ご無沙汰しておりました」
 ポセイドンクルーで、ヤマトから来た者はおそらく、新字だけだろう。ヤマト副長時代の島の制服は、ただ航海班員の艦内服に佐官の上着を羽織っただけのものだったから、今こうして艦長服を身につけている彼は新字にとって眩しい存在でもあった。
「南部先輩からしっかり言付かってきました。艦の守備は、自分に任せてください」

 




 島は全員の乗艦を確認し、第一艦橋中央奥の艦長席に付いた。
「テスト航海は、ここオクタゴン地下ドックより月軌道上へ、月軌道上にてシグマ・ラムダのセパレーションテスト、無人管制テスト、主砲発射および艦載機の発進・収容テストを行い、地球を一周したところで再度ドッキングする。その後約3時間28分後に大気圏に再突入、ニューヨーク州マンハッタン島の出航式ドームへ着陸する予定だ。約12時間54分の航海になる」
 ポインターを使い、島は航路を説明した。
「テスト航海のメイン操舵は私が担当する。司と大越は大気圏外にてサブよりシグマ、ラムダ、それぞれの無人管制を行う。護衛班は各人、艦載機格納庫で待機せよ。以上、各員部署につけ」
「了解!」
「みんな、よろしく頼むぞ」
 艦内放送を切った後、島は第一艦橋のメンバーにそう檄を飛ばした。
「…はいっ」
 ブリッジクルーは皆踵を返して島を振り仰ぎ、敬礼する。真顔で艦長席にいる島大介を見上げた司は、心なしか、彼の瞳がこちらに向って微笑んだような気がした。気がつけば大越も片品も赤石も坂入も……皆が目を輝かせ昂然と彼らの艦長を振り仰いでいた。

 渋谷機関長が早速自席について機関室と連絡を取り始める。
「機関部、波動エンジンチェック終了したか」
<チェック、終了しました>
「よし。補助エンジンスタート」
 島の声を受け、渋谷がまだ操舵席についてもいない司に目配せをした。「航海長…補助エンジン、スタートしてください」
「あっ、はいっ」
 司はパッと敬礼すると、転がるようにサブ操舵席に滑り込み、操縦桿の右サイドにある補助エンジン始動スイッチを慌ただしく順に押していった。6つあるスイッチのうち左から4つをONにし、その上にあるレバーをいっぱいに左へ移動させる。
 波動エネルギー増幅装置「スーパーチャージャー」付き新型波動エンジンが普及して以来、戦艦だけでなく一部の輸送艦の航続距離も無限大になった。かつてヤマトも搭載していた補助エンジンは、スーパーチャージャーの装備された艦にはすでに必要のない代物だ。だが、積載量の大きい輸送艦には昔ながらの補助エンジンが、スターターとして現在も装備されている。ポセイドンも最新鋭艦ではあるが、その大きさゆえに波動エンジンが3基、そしてそれぞれに補助エンジンが2基付いていた……それはもちろん、分離可能な2番艦、3番艦がそれぞれ波動エンジンを搭載しているからでもあった。
「補助エンジン、第1から第3まで、動力接続」
 この半月、シミュレーターでやってきたのとまったく同じ単純な動作だ。シミュレーターと違うのは、……腹の底から響いてくるような……本物の波動エンジンの音。
「……各補助エンジン内圧力上昇、エネルギー充填60%」
 渋谷が出力計を読み上げる。
 巨体が静かに振動を始めた。

 島は、そっと艦長席のコンソールパネルを素手でなで、制帽を取ってその上に置いた。おもむろに革の手袋を付けると、艦長席を立ってメイン操舵席へ降りる。ヤマトとは較べものにならないくらい、静かな拍動。…悔しいがさすがに最新鋭艦だ。
 輸送が主な目的とはいえ、戦闘機動も可能なように設計された特殊輸送艦。戦闘が主な目的のアンドロメダやラグナロクにもひけをとらない最新鋭装備満載の、海洋神ポセイドン……だが、もとよりこのフルオートマティックの艦も、制御するのは俺たち人間だ。完全機械制御に任せ切りにするつもりは、毛頭ない。
「補助エンジン出力最大、シリンダーへの閉鎖点オープン。……第1から第3波動エンジン内、各圧力上昇、出力120%」
 機関長も、その出力のスムーズな上がり方に満足そうだ。

 島は中央のメイン操舵席に座り、正面を見据えた。第一艦橋からはワシントンD.C.のビル街が蜃気楼のように遠く一望できる。眼前には、かなたのビル街とこの訓練施設とを隔てて広がる、光る砂丘。サスペンションエリアがゆっくりと上昇し、海洋神ポセイドンの巨体を押し上げていく。陽炎に揺らめく砂丘の輝きが柔らかに眼球を射る——

「フライホイール始動。……メインエンジン点火10秒前」
「反重力バランサー作動、ガントリー、ロック解除開始」
「ガントリー、ロック解除」大越が復唱し、艦体下部を支えている50ほどの重機のロックを解除していった。巨体が反重力の浮力を得て、次第に上昇して行く…
「6…5…4…3…フライホイール、接続…点火!」
 全長450メートルを越える巨体が、3基の巨大なエンジンを一斉に噴射した。ガントリーロックの最後のひとつが離れると同時に、推力が上がり軽くGがかかる。
「…ポセイドン、発進」
 操縦桿を握る島には、両側にいる大越と司が、ほぼ同時にちらりとこちらを見たのが解った。
 自動操縦では上昇角40度で離陸するはずだが、島は当然それを解除し手動に切り替えているのだ。彼らが思っているよりほんの少し、上昇角を上げる。……よし、よく気がついたな…二人とも。
 島は目元でかすかに微笑んだ。
「…上昇角42、推力上昇。大気圏内航行、両舷可変翼展開。補助翼、第一から第六までオープン」
「補助翼、第一から第六まで、オープンします」大越が復唱し、左右6ヶ所計12の補助翼を作動させた。それを後ろから追うように、シグマとラムダの船腹にある巨大な可変翼がゆっくりと両舷へ張り出して行く。
 

「推力10%上昇」機関長もあ・うんの呼吸で島に合わせて来る。
「艦長、地上と通信がつながっています……NBBC放送の映像をビデオパネルに投影します」
「よし、切り替えろ」
 赤石がメディアからの要請で開いたホログラムテレヴィジョン映像は、地上のカメラが追っているポセイドンの上昇する姿、遠くから巨体を取り巻く報道ヘリからの同時中継の2画面だ。
「………ひゃああ……」
 我を忘れて、大越が頓狂な声を上げる。「うわー……かっけー……」
 司も口をぽかんと開けていた。ドックに係留されていたポセイドンは、なんだかカメの親子の様にしか見えなかったのだが、左右の可変翼をいっぱいに展開した姿は、まるで天空を翔けるペガサスのようだ。
 さっきの早口のレポーターの声がまだ鬱陶しいが、その映像はまさにレポータ—の言うところの「勇姿」そのものだった。

「……あれ、これだよね…」
 司は目の前の計器の針を目で追うのを忘れ、画面に食い入るように見入った。本当は計器を見つつ、目視で前方を確認しながら艦を上昇させる、というのがサブとはいえ航海士の当然の仕事なのだが、今は操縦してるのは島艦長だし…と自分に言い訳した途端。
「司、よそ見するな」
 操縦している島から、叱咤が飛ぶ。
「後で録画でも見ておけ。マンハッタンではお前にやってもらうからな、航海長」
「…は、…」
 司は、テレビで報道されている滅法格好いい巨大輸送艦の中に自分がいる…ということで頭が一杯だった(報道を見ているクルーのほとんどがそうだったに違いない)が、島のその一言にはた、と我に返った。
「……はい?」

 艦長、今なんて?
 大越が目を丸くして、メイン操舵席の島越しにこっちを見る。

 メインパネルには、報道カメラの撮り方もいいのだろうが、重厚な爆音をあげる巨大な煌めく艦が徐々に遠離って行く勇姿が映し出されていた。照りつける夏の陽光に乱反射するメタリックな巨体の輝きは、否が応でも見ている者の体温や心拍を上昇させ興奮を誘う。

 ——が。
 マンハッタンでは…、誰が……って言った??

 島はまん丸な目になった司をそれっきり見もせず、次々と指示を出し続けた。
「上昇角45、大気圏離脱準備!」


 ポセイドンは、まばゆい初夏の日差しの中から遥かな蒼穹へと、吸い込まれて行った。

 

 

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