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「待たせたな」
第1ブリーフィングルームに入るなり、島が室内の皆にそう言った。
全員がその声に素早く立ち上がり敬礼する。島はそれを軽く制して皆を座らせ、後に続く司を紹介した。
「……航海班長の司中尉だ」
第一艦橋は、全長450メートルを超える14万t級輸送艦ポセイドンの中枢であるが、そこに常駐する人員はそれほど多くないと言っていい。
島以下航海班班長の司、副班長の大越、護衛班班長神崎、通信班長鳥出、観測班長片品、レーダー手赤石、工作班班長坂入、機関長渋谷、そして放射能対策班…またはアトミック・ウエスト(核廃棄物対策)班の桜井……以上10名が常時勤務することになる。
「……顔合わせの時には、いなくてすみませんでした!よろしくお願いしますっ」
司は精一杯笑顔で言い切った。だがまだ、全員の顔をしっかり見られない。ここにいるのは、太陽系内惑星基地から各基地司令の推薦により集められた強者ばかりなのだ。その中に自分が入ること自体、なんだか申し訳ないような気分になって来る……
「護衛班の志村をのした、ってのは、…本当?」
確か、通信班長…、鳥出といったか。突然不躾に、流行のメガネ(メンズ雑誌では必須アイテム、と言われている)をかけた男がそう訊いた。常にヘッドホンをつけていなくてはならない任務だろうに、彼の耳たぶの上の方には光るピアスが3つ、付いていた。
「鳥出通信班長」島ではなく、護衛班班長の神崎が割って入る。「さっきも言ったでしょう、うちの志村の方に非があるんですから、もうその件は」
司は神崎をちらりと見た。
……礼儀正しそうな、優しい顔つきの好青年。穏やかな物腰が戦闘員にしては珍しいタイプだ。
その右横の、こちらにはまったく興味のなさそうな、切れ長一重の目つきの鋭い男が片品観測班長だった。そのとなりで赤石が、ニコニコしながらこちらを見ている。
「……護衛班長の仰る通りです。私は正当防衛したまで。もめ事にするつもりはありませんでした」
精一杯、知的な感じを装って鳥出の質問に答えたつもり。
だんだんと皆の表情が見えるようになって来て、司は改めて第一艦橋のメンバーが皆、自分を比較的快く歓迎してくれていることに気がつき始めた。
「ふっふっふ、航海長が若い娘さんだって聞いた時には少々わたしゃ不安だったんだが、護衛班の凄腕を撃墜したとなれば話は別ですよ。よろしくお願いしますよ、航海長」
航海長とあ・うんの呼吸を保たねば話にならない立場の機関長、夷顔の渋谷が司に会釈する。
渋谷の一言を皮切りに、皆が笑い始めた。
「カリストから来たエリートって言うから一体どんな…って思ったけど、志村さんとの一件がなければ俺も不安でしたよ〜、正直な所…だって班長って、まったく普通の……」大越がそこまで言うと、クツクツと一人で笑い出した。
正直な所、まったく普通の……何よ?
司はムッとしたが、こういう言われ方にはもう、慣れっこだった。
つまり、司の外見…見てくれと実績とのギャップ、について言っているのだろう。
月面基地の艦載機隊に数名いたようなクールビューティー、姿も性格も精悍な女性戦士、というのには確かに憧れるが、自分は彼女たちのように徹底的に無愛想にはなれなかった。ガキっぽい性格なのも、身長が低いのも童顔なのも、てんで「戦士」という感じがしないのも、自分でも嫌というほど判っている。大越は特に、式典で腹痛を起こした司を医務室へ連れて行ったのが最初の出会いだったのだから笑い出したのも無理はない。
(なによ…美人で無愛想な女戦士だって、下痢くらいするでしょ!?あたしがお腹痛い、って医務室に駆け込んだからって、なんでそんなに笑うんだか。まったく、失礼だよね、この男ども…)
「…はあ、まあ、皆さんそうおっしゃいます……」
司はだが、力なく笑いながらそう言った。
……腹の中ではムキになっても、結局迎合しちゃうんだよね…あたしってば。だから、成績順なんてナンセンスだっていうのにさあ…。あたしなんか、「長」の器じゃないんだよう………チェッ。
島がそこで、全体に対して口を開いた。
「どうだ、遅れて来た航海長はこんな感じだ。早速明日からの輸送シミュレーションで航海長として腕前を発揮してくれる予定だから、楽しみにしていてくれ」
そこから先は、司がむくれていようがいまいが、活気のあるブリーフィングになった。
放射能遮断コンテナの搬入においては工作班、AW対策班が地球輸送部隊と共に一足早くミッションを開始している。第一、第二艦橋と各部署に対しては、放射能漏れ対応非常体制レベルA〜Fまでの模擬訓練が連日行われる予定だ。
通常宇宙服から放射能対応防護服へ着替える訓練から、それは始まった。
AW対策班の桜井から、放射能対応防護服を身につける手順が伝えられる。通常宇宙服から防護服へ着替えるのに、初回はほとんどの者が10分近くかかってしまう。だが、それを2分以内に短縮し、即座に任務に移る必要があった。これは艦内のどの部署にいようが同じである。
毎回コンテナ付近へ接近するクルーに対しては衛生班が検査を繰り返すため、グレイスたち医療関係者も出航前から忙しい。脱衣後の制服を清浄するにも放射性物質対応の特殊訓練が必要なため、生活班もフル稼働だ。
誰にとっても出航までの一月が、とても短く感じられたのは言うまでもない。
*
司と大越はほぼ連日、無人管制シミュレーション室に入り浸りだった。
『連続15時間以上の訓練を禁ず』
シミュレーターのあるこの訓練室のドアには、そう張り紙がしてある。副長カーネルが書いたヘタクソな日本語。しかし、島の組んだ訓練用プログラムは、ぶっ通しでやってもどうしても16時間はかかるのだった。
「……なにコレ…嫌がらせ?」
しかも単に上がって飛んで下がって、のシミュレーションではない。敵襲を回避しつつセパレートだの、積み荷が過積載の場合のランディングだのといった、イレギュラーのプログラムばかり詰め込んであるのだ。
「ほとんど全部のシミュがエマージェンシーって、どういうことよ…」
「…艦長はヤマト出身ですよ?」
大越が苦笑しつつ、隣のシミュレーターから顔を出した。
「わかってます」唇を尖らせて、応える。
いや、<ヤマト出身>…それがどういうことなのか、今頃ようやくわかってきたところだった。
シミュレーターのモニタ画面には島が映っていて、口うるさく講義をしている。
『敵襲に際しても、戦艦で通用する<肉を切らせて骨を断つ>式の回避法は、頭から捨てろ。艦には傷一つ付けない、と決意しなくては駄目だ。基本的に全弾回避、艦砲射撃に頼らず操舵の腕で切り抜けろ。貨物の破損は、即乗組員の命に関わるぞ』
「へーい…」無茶言うよ…艦長ってば。
隣では大越が大きな声で「了解っ」と言っている。
このシミュレーターは予めプログラムされたものだから、オンラインで島とつながっているわけではない。なのに、大越くんてばヤル気満々。…そんなに元気よく返答しなくたっていいのにさあ。
無人管制の方法は二通りあった。
ひとつは、大まかな機動のみを行うためのデータ管制。これはキーボード上で進路を細かく座標指定し、直線の連続で移動させる方法である。無人管制の基本、とも言えるだろう。複数の機体を同時に操縦する際に使用する方法で、修練を積めば一人で数十隻の艦船を動かすことも可能だという。現実に火星基地の島のチームでは、50隻を6人の管制官で操作していた。大越はこの方法ではすでにエキスパートである。
もうひとつは、今回初めて導入されたバーチャル管制だ。3Dバーチャルバイザーという小型のモニタをつけて艦を操縦する方法である。<シグマ>と<ラムダ>の第一艦橋のメイン操舵席ヘッドレスト、及び艦首・船体各部に設えられたカメラから送られてくる映像を元に、繊細な機動を伴う操舵が可能だった。専ら彼らはこの方法をシミュレーターで特訓しているのである。
「……グラビティが体感できないから、却って難しいな」
大越がフルペイロード・ランディングをワンセット終え、バイザーを外してそう言った。確かに、加速度や制動によって身体に感じる重力がない分、「操縦している」と言う実感は薄い。
「…シミュレーションゲームみたい」司もそう相槌を打つ。
<…ゲーム、得意だろうが>
突然、オンラインに島の声が入って来た。
(げっ…出た)
「艦長!」あからさまに迷惑そうな反応の司とは対照的に、大越が嬉しそうに声を上げる。
<そろそろシグマとラムダのシムは完成段階だろう。大越ももうオーバーランなしで着陸できるようだな>
シミュレーターの履歴はオンラインであっちに流れていたのか。ぐえー。声に出さずに、顔をしかめる。その司の耳に、新たな島からの指示が入った。
<次はドッキング状態の本体のコントロールに入るぞ>
「本体って」
「ポセイドンそのもの、ですか?」
<そうだ。これから3D訓練プログラムを転送する…>
送られて来たデータを解凍しつつ、司は頭を抱えた……だって、またもや何?…このプログラム…。所要時間、7時間って……
インストールされたプログラムに合わせ、座席の基部が電子音と共に可動仕様に切り替わった。ポセイドン本体は有人艦なので、座席も重力加速度の体感モード用に設定される。
「なんか、いよいよゲームみたいだな」大越は酷く嬉しそうだ。
「……大越く〜ん。連続何時間目?一旦休もうよー…」
「駄目っすよ!!せめてこれが終るまで」
「うえ〜」
大体、まだ始めてから10時間程度です。トイレなら待ってますよ、早く行って来てください?
ヤル気の大越はもう止められないや…と司は嘆息する。
…なら、とっとと終らせてしまえばいいんだ。7時間なんて長時間、だらだらやってられるか。絶対短縮してやる……
心を決めてバーチャルバイザーをもう一度装着し、司は鼻から勢いよく溜め息を吐き出した。
*
「…艦長、これがなんだって言うんです?」
第2艦橋の航海班最年長、貝原修造が腕組みをして島の指差すモニタを眺めていた。ここは工事の完了した<ポセイドン>の艦長室である……
「…まあ見ていろよ、貝原」
島は面白そうな顔でそう言った。
大型のモニタには、現在訓練中の司のシミュレーター画面と大越の画面とが映し出されており、その画面の片隅にもう一つ、別のパイロットの実行データが投影されている。
「第2艦橋としては、パイロットたちの腕は気になるだろう?」
「…それは…まあ、そうですが」
貝原は無愛想にそう呟いた。彼は、航海班長があの小柄な女中尉だということに納得しかねている者の一人だった。
「このシミュレーションプログラムは、3隻がドッキングした状態での離陸、大気圏離脱…そこから流星回避、セパレート、ドッキング…そしてランディング、と続く。積載量は最大の70%。…この隅にあるもう一人のヴィデオ・データと比較しながら見ていてくれ」
何なんだ…一体?
貝原の不審そうな眼差しなど意にも留めず、島は艦長室の椅子に深くもたれる。傍らのもう一つの椅子を貝原に勧め、楽しそうな笑みを浮かべてモニタに見入った。
司の<ポセイドン>も大越の<ポセイドン>も、シミュレータ—の中で離陸しつつある。
「……!」
貝原がはっと顔を上げる…司の操る<ポセイドン>の機体の方が、大越のそれよりも上昇角が高い。スピードも乗っている…
「…機関との相性をデータとして入れてるんだな。…手動航行に切り替えているんだ」
その理由を、島がさらっと説明した。結果的に、大気圏離脱までにかかった時間は司の方が大越よりも85秒早い。
「見てみろ」
そこまでの司のレコードは、画面の隅にアップされている別のヴィデオ・データの軌跡、そしてタイムとほぼ同じだった。
「……こっちのデータも、司…班長のレコードですか?」
貝原がそう問うたのに、島は笑いながら応える。
「いや。…それは、俺だ」
「えっ……」
シミュレーターとはいえ、元ヤマト副長兼航海長の、島大介とほぼ変わらぬレコードを出せる奴。それが、航海班長のあの女中尉なのか。
「…航海士としての適性は抜群なんでしょうね…しかし…」
あの小娘に指図されることを思うと、貝原はそれがどうしても気に食わないのだった。だが、今回のミッションはあくまでも輸送勤務だ。女がトップに立つことで士気が上がらないとしても。技術面を重視する任務なのだから、ある程度は…仕方ないのだろうか。
(……貝原は航海長候補だったからな。無理もないか)
慇懃に敬礼して艦長室を出て行った貝原の背中を見やりながら、島は考えた。上が決定した人事を、ここで自分が覆すわけにはいかない。だが統率が取れないほどなら、出航してから人事変更を考えるか…。
モニタの中では、シミュレーションが着々と進行していた。
司の<ポセイドン>は大越の<ポセイドン>に先んじること5分の差をつけている。その理由は、先刻島が指摘したように、「手動」モードで航行しているせいだった。大越は依然<ポセイドン>に備わっているフルオートマティックの航法システムをそのまま使用している。
(…フルオートのポセイドンを、いつまで手動で飛ばしているつもりだ…司?)
かつて、防衛軍の最新鋭艦アンドロメダをヤマトが征した理由を思い浮かべ。…島は思わず頬が緩むのを感じた。
まったく…面白い奴だな。
俺と同じ舵を取るやつは…そう見かけない。
前方に流星群を捉え、司の<ポセイドン>は速度を落とす。流星帯の規模と速度、そしてそれが流れる方向さえインプットすれば、<ポセイドン>の航法システムは自動でここを通過するだろう。ただしそのためには、流星帯の手前で停止し、十全な観測を行いデータを綿密に入力しなくてはならない。時間的にはかなりのロスタイムが出る。
大越の<ポセイドン>は、そのために機関を停止させたが、司の操舵にはその気配がなかった。
(…さあ、どうするつもりだ…? 俺なら…その程度の流星群は手動のまま突っ切るぞ…)
次に処理しなくてはならない作業を山ほど抱えていたにも関わらず。島はしばし、オンラインで送られて来る司のシミュレ—タ—画面に見入った。
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