奇跡  基点(7)

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 地球連邦USA自治州、ワシントンD.C.

 オクタゴン(旧アメリカ国防総省ペンタゴンに宇宙セクションが増設され、建物が八角形になったことに由来する)に特設されているT=プロジェクトシンクタンク。
 現在そこは、地球連邦政府T(トライデント)=プロジェクトチームのメインキャンプともなっていた。
 全長450メートル、艦幅95メートルを超える3隻の巨大輸送艦は、このオクタゴンに併設された地下ドックで建造されており、竣工は約一ヶ月ほど先であった。乗組員は通常よりもかなり少なく、201名の予定だ。全員が各太陽系内惑星基地から特殊な条件のもと選ばれているいわばエリートであり、出航前の最後の半月をこのキャンプで特殊輸送シミュレーションを繰り返しつつ過ごすことになっていた。

 元ヤマト副長・島大介が輸送艦隊司令となることはキャンプのメンバーにすでに知らされていた。さすがに、その年齢の若さに抵抗を感じる者もいたが、それを別にすれば艦長として彼以上に好条件を備えた将校はいない。彼はヤマト乗組員としての功績、また無人機動艦隊の成功という実績も兼ね備え、防衛軍内でも機密度の高いコスモナイト輸送においても、他の追随を許さぬ高度なワープ技術を誇る稀代の操縦士だった男だ。

 何より、この計画の根幹は前代未聞の長距離輸送だった。判明している限り、現在のガルマン星の位置は地球より80万光年のかなたであるという。この旅において必要不可欠な「ワープ航法」については、島の右に出る者は現在の地球にはまだ誰一人いないのだ。



                   *



 島は、キャンプに到着してからずっと、自分より体格のいい外国人ばかりに囲まれて少々辟易していた。自分だって日本人にしてはそんなに小さい方ではないが、それにしてもみんな、揃いも揃って200センチ近くあるのだから威圧感を感じるのは否めない。

 副長を務めるという男も、ご多分に漏れずガタイが良い。彼は眼光の鋭い30代のアメリカ人だった。
 2メートルを越えようかと思われる体躯に、盛り上がる上腕筋にはフェニックスのタトゥ、鳶色の髪と短く刈り込んだ顎髭。その顔は、海の男のように褐色に日焼けしている。帆船のデッキにでも立たせたら、さしずめ海賊船の船長だな…と島は思った。
「カーネル・ジョイスです。Nice meeting you、Captain SHIMA」差し出された大きな手を覚悟して握ると、意に反して非常にやんわりと握り返されたので、拍子抜けした。一体どんな荒くれ者かと思ったら、なんと5人の幼い子どもの父親なのだと言う。
「あなたのプロフィールはよく知っています……キャプテンとして来てくれて本当にうれしい。このTプロジェクトは、私の妻やジュニアたちを守るために必要な計画です。私の故郷のテキサスには、高濃度放射性核廃棄物が世界一多く埋蔵されている。この計画に心から賛同しています」

 防衛軍北アメリカ基地所属の長距離巡洋艦<ミルウォーキー>の艦長勤務を経てここにやってきたジョイスは、カラテと柔道の師範格を持つ猛者でもあった。元々は、老人施設のリハビリトレーナーをしていたのだという。だが、動乱の世に軍籍に入らざるを得なくなった彼は、それでも目覚ましい功績を残した。ディンギル戦では大型移住用宇宙船の艦長も務めたが、彼の艦は地球を発進することなく足止めされ、そのために壊滅を逃れていた。ジョイスは非常に物腰の柔らかい男で、まさに「護りの剣」といった人物であった。
「…よろしく。あなたみたいな人が参謀についてくれるのなら、私も安心です」
 根拠なしの直感だが、島は本当にそう思い、カーネルの手を力強く握り返した。

 思えば、その日紹介された各部署の管理責任者は誰もみな、ジョイスのように穏やかな人物ばかりだった。

 戦闘班を持たない新造艦には、「護衛班」がある。班長のミッドランド・神崎も柔和そうな男だった。戦闘爆撃機からの精密な爆撃を得意とする日系カナダ人の神崎は、島がいままで出合ったことのないタイプの戦闘員だ。古代や加藤、山本と言ったヤマト艦載機隊の連中とも違う。強いて言えば、南部に似ているのかもしれなかった。非常事態に常に冷静さを保ち、大胆な作戦行動にも物怖じしない狙撃手である。

(今回の任務は戦闘じゃなく、あくまでも危険物輸送、だからな…)
 危険性の高い積み荷を安全に運ぶため、冷静沈着さが第一に求められる。いかなる緊急事態においても冷静さを失わない性格と行動判断、それが人事の目安の一つなのだろう。
 ——考えようによっちゃ、やり易いかもしれない。
 空間騎兵隊や、CT隊の連中みたいな気の荒いやつらとでは、まずぶつかってからでないと、話も始まらなかったからな。
 意気投合するまでに、いちいち殴り合ったりしているのは非生産的だし、そもそも性に合わない。殴り合いのケンカの仲裁ほど、無駄なエネルギーを使う行為はない…。



「隊長っ!!」
 考え事をしながらベルトウェイを歩いていた島の背後から、聞き慣れた声がした。
「大越じゃないか!お前も来てたのか」
 振り向いて、思わず声を上げた。火星基地で島の無人管制チームに所属していた大越学だ。ひょろっとした背の高い色白の青年で、いつも笑顔を絶やさない、人懐っこい性格の一等航海士である。

「いやあもう、島隊長が艦隊司令だって聞いたら志願しないわけにはいかないですよ!! 嬉しいですお会いできて!!」
 大越はユニバーシティ宇宙戦士訓練学校出身で、在学中からヤマト航海長の島に憧れて航法を学んだと公言して憚らなかった。コスモナイト輸送艦の航海士を経て、火星基地で島のチームに配属され、無人艦隊管制を担うようになってからは太田、徳川に次いで実力があると評判の管制官だ。彼は島を師と仰いで崇拝しているので、この再会に感無量のようである。

「他には誰か知っている奴は来ていないのか」
「ええと、今の所は…火星基地からは僕だけのようです」大越はちょっと考えて、続けた。「今回の任務は全面的に放射能との戦いだって聞きました。神部先輩や竹村先輩は子ども産まれたばかりだし、新田先輩は秋に結婚する予定だし…。なんかそういう制限があったんで、みんな残念がっていましたよ」
「そうか…。お前には『そういう予定』はないのか?」
 島はにやっと笑って聞いた。
「あははあ、全然ないです、残念ながら」
「…俺もだ。なんだ、じゃあモテない奴ばっかり集まったってわけだな」
「何言ってんですか、隊長…、俺知ってるんですよ〜、PXの皆川さんとよく二人で食事に行ってたじゃないですか」
「彼女とは…別に、そう言う付き合いじゃないよ」
「まーたまた!!」

 島が火星基地PXの女性販売員と一時期、意気投合していたのは本当の話だった。テレサとの件で、自分がみんなをまだ心配させている、と島は常々感じていて、こと恋愛話に関してはいつまでも腫れ物に触るような扱いをされるのにほとほとうんざりしていた。
 島だって普通の男である。いい加減、過去の思い出に縛られず『普通の』恋愛をしてもいい、と自分に言い訳する痛々しさから解放されたかった。しかしフタを開けてみれば、やはり皆川との付き合いはそのためのカムフラージュのようなものだった。幸い年上の彼女はそんな島の秘密めいた思惑に気付いていたのか、よく『協力』してくれたが。
「第一、皆川さんは去年結婚したぜ」
「えっ、隊長、…ふられちゃってたんですか?!」
「……まあ、そんなところだ」
「ひゃあ〜知らなかった〜…でも、他にもほら、観測の中舘さんとか、村上さんとか、輸送隊の滝川さんとか…彼女たちって一体どういう…」
「やかましい」大越が、過去に島と噂のあった女子隊員の名前を羅列して行くのを笑い飛ばしながら、島は午後の審査のために会議室へ向かう。
「今日はこれからやっと、航海班の二次面接なんだ。まだ上手く責任者が決まらなくてな」

「そうだったんですか?なら、島隊長が艦長と航海班長を兼任すればいいじゃないですか」大越は当然のようにそう言ったが、もちろんそんなわけにはいかない。「僕、副班長に、って通達受けたんです」

「そうか!お前が副班長なら俺も心強い」人選については連邦政府の宇宙安保理が口出ししており、防衛軍本部が全権を担っているわけではないので、人事の予測は立てにくい。気心の知れた人間が自分の下に就くのは確かに心強かった。「よろしく頼むよ、大越」
「イエッサー!」
 背中に大越の元気な声を聞きつつ、島はじゃあな、と片手を振った。
 

  



「……あれ……ここでよかったのかな……」
 明るいブルーのツナギに白いヘルメットと大きなカーキ色のザックを持った小柄な女子隊員が、きょろきょろしながら通路を行ったり来たりしていた。

 どこもあまり代わり映えのしない、病院のような殺風景な通路が入り組むオクタゴン内で、行き先を見失ってウロウロする他所者は少なからずいる。
(ああ、砂っぽかった。面接の前に、どっかで髪の毛梳かしたい…)
 腰まで届く赤みがかったブロンドの彼女は、メットの中に収まるように長い髪を後ろに一つに束ねていた。

 オクタゴンが位置するのはワシントンD.C.とはいえ(元々の国防総省ペンタゴンは隣接するバージニア州アーリントンにあった)、この土地もかつてペンタゴンがあった頃とは大分様相が変わっている。ポトマック川から離れたこの付近一帯はガミラス戦役以来広大な砂漠と化しており、その中にぽつんと位置するこの施設に至る一本道は、舗装すらされていない。来訪者は1日に1回だけ運行される連絡艇か、PX(売店)専用の物販搬送のための貨物艇を利用している。
 ところが、彼女はそのどちらにも乗りはぐれ、仕方なく砂漠の一本道を延々何十マイルも自分のエアバイクでやって来たのだ。

「ああもう……どこもかしこもだだっ広くて、どこに何があるのか、わかりゃしない!」
 せっかく、何年ぶりかで地球の大地を踏みしめたと思ったら、なんちゅー場所なのよ、ここは!!鳥も通わぬ砂漠のど真ん中じゃない…。いくら機密保持のためったって、なんなのよこの陸の孤島みたいな施設は。しかもこの建物と来たら。外の砂漠と同じくらい殺風景で、どの廊下もみんな同じに見えるんだけど!



 彼女は帆布で出来たカーキ色のザックと白いヘルメットをドサリと床に置き、廊下の前後を見渡して誰もいないのを確認すると、束ねていた髪を解いて頭を振った。長い金色の髪がさあっと広がり、磨かれた廊下に砂がパラパラと散る。
(ああ、からまってるよぉ……)
 両手の指で髪を後ろへ梳くが、時々髪がもつれて指に引っかかるので顔をしかめた。
 溜め息をつきながら、腕時計をにらみ。彼女はもう一度荷物を背負うと廊下を歩き始めた。
(……面接前に着替えなきゃ。ちぇ…シャワー浴びたいなあ)
 それにしても、航海班の面接用控え室はどこなのだ。
 どういうわけか、どの廊下を覗いても人っ子一人いない。

 もしかしてあたし……建物間違えちゃったのかな?……

 時計をもう一度見て、その考えにぞっとする。
(間に合わなくなっちゃったら、ポセイドンには乗れない、ってことだよね…?!)
 そう思っただけで、慌てふためいてしまった。
 もう一度、ザックからくしゃくしゃに丸まった案内図を出して拡げ、廊下の端にある館内案内図と照らし合わせる……

 今自分が居るのは、将校用のフロアだった。
 面接用の会議室に行くには、まずこの下の階に降りなくてはならないのだ。
(でも、エレベーターは……どこよぅ?……)
 案内図上では、今来た廊下の反対端に、非常階段がある。階下に降りるためには、それが一番近い。
(非常階段かよ〜〜、んもうっ原始的)
 仕方なく、元来た廊下を早足で駆け戻った。

(ああもう、面接始まっちゃう)
 半べそをかいて非常階段を駆け下り、ある通路との交差点を横切った時だ。


「痛っ」「きゃあっ」
 通り過ぎ様にどしん、と誰かにぶつかって彼女は勢いよく転んでしまった。
(んもうっ!!気をつけてよッ!)
 声にならない抗議の叫びをあげ、彼女は慌てて立ち上がろうとする。
「…す、すまん、大丈夫かい?」
 そう言って、自分の肘を掴んで起こしてくれた人物の黒い服の胸には、碇マークと4本線の階級章…。
(げっ、大佐クラスのひとだ)
 反射的に飛び起き、最敬礼しつつ彼女は謝った。「申し訳ありません、大佐殿!」
 それからやや落ち着いて相手を見ると。
(………!!!!)
 テレビや雑誌、新聞でおなじみの顔がそこにあった。……それが、こともあろうにこの自分の顔を呆気にとられて見つめていたのだ。
「あ、あ、し…」
 ヤバい、言葉が出ない。
 どういうわけか、相手も言葉を失っているようだ。
「…き、君は」
「失礼いたしましたっ!!!」
 駄目だ。何、この展開!?
 ベタな恋愛ゲームじゃあるまいし、どうしてこんなことがあり得るのっ?!
 彼女の頭には、もうそこから猛ダッシュで逃げることしか浮かばなかった。
「…ちょっと」
「ごっ、ごめんなさいっ!!…」
 相手が呼び止めるのもかまわず、彼女は走ってその場から逃げてしまった。



 

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