奇跡  基点(6)


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 一方——。古代進は仏頂面でスツールに座り、実験用のテーブルに頬杖をついていた。
 ここは、地球防衛軍司令本部、科学技術省の真田ラボの一室である。


 
 半時間ほど前のこと。
 室内には相原、南部、真田が集まっており、室内のモニタには火星基地の徳川太助が、リアルタイムで映像を送って来ていた。
「………だから、どうして島なんだよ」
 古代が引っかかっているのは、その一点だった。
「ただの輸送だったら、島じゃなくてもいいじゃないか」
 ヤマトが護衛艦として付いて行くのに、島が遠距離航海に副長として操縦桿(かじ)を握らないなんて、そんな馬鹿なことがあるか。そう古代は言いたいのだ。
「古代、島にとっては大出世だぞ。輸送艦のうち2隻はあいつの無人艦隊コントロール技術が必要な艦なんだ。素直に喜んだらどうだ?」
 真田が古代を慰める。
「別にひがんでるワケじゃないですよ。だけど、リモコン艦隊だったらヤマトから操作したっていいじゃないですか…」
「またそんな無茶なことを言う……。それに、リモコン艦隊、っていうの、太田が嫌がりますよ」
「うるさいな、南部。あれをリモコン艦隊、って最初に言ったのは島だぞ」
 南部が眉をひそめると、古代はそう食って掛かった。
「太田が航海長じゃ,古代さん嫌なわけ?」
 相原が溜め息をつく。
「う、…いや……そうじゃないけど……」
『太田さんだって素晴らしい航海士です。出航やワープの指揮だって、島さんに劣らないですよ!?』徳川がモニタからちょっと非難めいた声で太田の援護に回る。太田本人は今コスモナイト輸送勤務の最中で、この会合には参加していないのだった。
「甘ったれてるだけでしょ、島さんがいなくなると寂しいもんだから」
 南部が肩をすぼめてそう言い放ったので,古代はぐ、と詰まる。

 藤堂長官からの通達で、ヤマトがトライデント計画に参画すること、島が計画の要となる輸送大型艦に艦長として乗り組むことが知らされた。ヤマトの航海長には太田が、補佐には北野が任命され、それぞれ1階級昇進となったのだった。
『大変なのは、島さんの方ですよ…。元ヤマトのクルーを誰も連れて行けないんだから。クルーについては全部、軍部じゃなくて連邦政府が人選してるんだって話ですよ。特殊コンテナは南部先輩のところで作ってるんですってね?』
 火星基地にいるモニタの中の徳川が、南部の方を見ながらそう言った。

 南部重工では随分前からこの計画のための放射能遮断コンテナを開発していたらしいが、南部自身、自分が関わることになる計画のためのものだったとは知らなかったようだ。
『結婚の予定がなくて、万一放射能を浴びても最悪子どもに影響がない人間を選んでる、って噂ですね』
「失礼な話だろそれ自体!」
古代がモニタの徳川に向かって鼻を鳴らした。
「いくら島が、………」言いかけて、言葉に詰まる。
 いくら島が、テレサに思いを残していて、もう誰とも結婚しないと決心しているにせよ……。
 その場にいた全員が,島のことは大体理解していたつもりだったから、古代が何を言いたいのかは概ね予想が付いた。だからそれ以上、ことさらにそれを言い立てる者はいなかった。
「まったく新しい部下を教育する所からやらなくちゃならんのだから、確かに俺たちより島の方が何倍も大変だよ。ぐだぐだ文句を言っても仕方ないだろう、古代」
 真田がそう言って苦笑した。


 島は早速輸送艦の乗組員の面接と特殊輸送訓練のために、すでにワシントンD.C.へ発っていた。しかもそのまま、トライデント計画は7月に発動する。古代たちが次に島と会えるのは、出発の直前になる、と聞かされていた。つまり、ここで誰がどう文句を言おうと後戻りはできないのだ。
(あの野郎…。俺にひと言の断わりもなく行っちまいやがって。……お前はヤマトの副長じゃなかったのかよ)
 部下の去就を決するのは、確かに艦長の自分ではない。まして島が受けたのは、最高権力者である大統領の特命なのだから、島が「ヤマト副長を辞めてもいいかな?」と自分に打診して来なかったからと言って、むくれる筋合いなどないのだ。
 真田が入手した新造艦の青写真を広げ、感嘆の声を上げる友人たちを尻目に、古代はぶっきらぼうに頬杖を付いた。





 そんな話し合いの後。

 古代は仏頂面で、真田のデスクに座っていた。
 今室内にいるのは、真田と古代だけだ。

「……本当を言うと、俺は……、島がヤマトを降りた訳は、他にあるんじゃないかと思ってるんですよ…」
 古代が力なく言った。
 真田は壁面に設えてある実験データのサンプル棚を整理しつつ、無言でそれに応える。
「…この間、雪にセンサーフォトの話を聞きました」
「ん」
「あいつ…、テレサのことなんかとっくに忘れた、って態度でしょう、もうずっと。あいつが本心を出さなくなったの、気づいてますか…真田さん?」

 ゆっくりと、真田は古代を振り返る。
 問いかけた古代の方は、俯いたままだった。
「俺には時々、あいつの考えていることが分からなくなることがあるんです」
 自分がいなければヤマトが動かなくなるのは承知しているくせに、島は平気で白兵戦に出て行ったことがある。最初は白色彗星戦でのこと、初めて持ち場を離れて島が白兵戦に出て行った時には、彼は甲板で被弾し、危うく命を落としかけた。真田や太田は、島が艦首の破損状態を調べに行ったのだと言うが、古代にはそうは思えなかった。
 その後も、ディンギル戦で白兵戦に出て、瀕死の重傷を負っている。しかもその時は、自らトリアージのグリーン・タグを指につけていたにもかかわらず経過観察を事実上拒否し、負傷したのを隠して操艦を続け、結果的に重篤な状態に陥った。
 元来島にとって、接近戦は得意分野ではない。訓練学校からいっしょだったのだから、それは古代が一番良く知っている。第一、メインの操舵手が負傷でもしたら、その後の艦全体の戦闘行動に支障をきたす。そんなことも解らないほど、あいつは馬鹿じゃない、なのに……。

 得意ではないのに、銃弾に身を晒すように白兵戦に出る。
 この矛盾は古代には恐ろしいものに感じられた。

「自分はいつ死んでもかまわない、って、あいつは…思ってたんじゃないでしょうか」
 もちろん、さりげなく島自身にそう問うても、「何を馬鹿なこと言ってる」と一蹴されるのは分かっている。だが、あいつ自身、気が付いていないのではないだろうか。

 
 一見冷静そうに見えるがあいつは、この自分ですら呆気にとられるほどの激情家なのだ。しかも、あの外見からは想像もつかないが信じられないほど侠気が強い…それが良い方へ作用しているうちはかまわなかった。だが、古代は時折ぞっとすることがある……
 戦いで散った友の死を目の当たりにする時、それを見る島の表情は哀しみや苦悩ではないのだ。羨望にも似た眼の色。島は過去、地球の存亡をかけた大きな戦いで二度、九死に一生を得て生還している。それは喜ぶべきことであって、決して悔やむべきことではないはずだった。だが、戦士として、この時代に生きる男として…心の奥底でそれを恥じていないかと言えば、きっとそうではないのだろう。

 惚れた女の後追い自殺なんぞする奴じゃない。しかし、戦士としておめおめと生きて帰ったことを恥じ。それがために「いつ死んでも良い」と思っているとしたら——。
 『彼女』の存在は、死ぬに死にきれなかった島にとって、「生きる理由」の一つなのだろう、と古代は思った。『彼女』も、島の家族も、あいつに生きて欲しいと願っているのだ。死んで英雄になれなくても、あいつ自身の心の願望は成就しないとしても。島はただ「彼ら」のために、懸命に生きているんですよ…。
 それほどまでに、島の心の傷は深い。……あいつが『彼女』の写真なんか作って持ってたのは、そう言うことなんじゃないか。

 俺にはそう思えて仕方ないんです。……上手く、言えないんですけど…。

 言葉を選びながら、ぽつりぽつりと古代が話すのを、真田は終始無言で聞いていた。

 島がそう思っていても、まったく不思議はなかったからだ。
 真田自身も、ヤマトで過ごして来た時間の中では痛いほど、命の儚さを感じずにはおれない。ことに島のように、特殊な運命に翻弄され、死ぬこともできず立ち止り泣くことも叶わず、ただ理性の命じるままに任務を果たすだけの日常であれば尚のこと辛かろう…。
「……あいつは、…強いな。地球を奇麗なまま次世代に渡す任務は素晴らしくはないか、と俺に言ったよ」

 真田の声に、古代ははっと顔を上げた。

 ——守るべき家族のために生きようとすることは…不思議でもなんでもないじゃないか。

 島の家族は現実に、彼に自分たちの暮らしも命も安心も、すべて賭して暮らしている。愛する女を失った絶望感から彼を辛うじて救ったのも、その家族を守りたい、という思いだったに違いない。

「だから、戦うためだけの戦艦(ふね)を降りてもそれは……、あいつの信念として筋が通っている。俺は…立派なことだと思う」
 手元のデータをサンプルと比較する作業を続けながら,真田は穏やかにそう言った。

 そして。

 『テレサが、自分を…自分と、この地球(ほし)を守ってくれたように……俺も、大切な家族と彼らの暮らす地球を守りたい』

 島ははっきり口に出して言いはしないが、真田にも古代にも、加えて島がそう思っている事が分かっていた。



「南部が言う通りかもしれませんね。俺は……ただ、寂しかったんですよ」
 ——ヤマトでは…あいつと、いつもいっしょだったから。


 古代はそう言って、寂しげに笑った。


 

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