奇跡  基点(5)

       

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「……自分がですか…?!」
 島は突然、自分がここに呼ばれた理由を突きつけられ、戸惑った。
確かに、…“危険物を『輸送する』”のがトライデント計画の根幹、である。「宇宙の運び屋」。彼の軍での任務の大半は、それが主なものだった。 
 だが。
 これは、輸送だとはいえ、「闘い」だ。しかも、これまでとはまったく質の異なる戦いだと言える。島は、慎重に口を開いた。
「……しかし長官。…やはり古代が適任なのではありませんか?」
 古代は輸送艦隊の護衛を何年も務めている。ガミラスへ、デスラーの要請を受けて危険物を運ぶ任務に、なぜ古代を任命しない?
 藤堂は居並ぶ閣僚に一渡り視線を送った。副大統領が眉を上げ、島の質問に答えるよう、藤堂を促す。
「古代についてはわしも推したのだが、彼は彗星帝国戦で一度ならず二度、謀反を煽動しただろう……あれが議会においてのネックになっている。此度は戦線の展開ではなくあくまでも平和目的の事業、それも輸送が主な目的だ。君が最も適任だというのが、大統領と議会、及び連邦安保理の常任理事全員の意見なのだ、島」
「しかし……」古代があなた方の言う『謀反』を画策しなかったら、地球はとっくに滅んでいた、と喉元まで出かかる。しかしそれを飲み込み、島は低い声で続けた。
「…あの時は私も参加していましたし、結果的にはあれが…地球を救うきっかけとなったのではありませんか」
「…古代では適任とは言えん…それが理事会の判断なのだ。地球は勝利したとはいえ、反乱の事実は消えん。その後の功績を考えれば彼には充分な資格があると、私個人は考えるがね。…一方、君は当時の反乱計画の首謀者の中にいなかったことが記録に残っている…しかも、彗星帝国との和平交渉決裂の際には、ヤマトを操縦していなかった。それが大事なのだ」
 島はひどく反抗的な気分になったが、それを押し殺した。

 …彗星戦役でヤマトが勝利したというのは錯覚だ。事実は第一級機密として口に出すことも禁じられているが、地球は敗戦したのだ。それなのに、連邦政府は『彼女』の与えてくれた勝利をまるで自ら勝ち取ったもののように吹聴した……「地球は再び勝利した」と呼ばわったのだ。
 ヤマトの生還は壮挙として語られ、その栄誉は「連邦政府」に帰された、ヤマトにでもなく…ましてテレザートのテレサにでもなく。そして当時自分はたまたま、被弾負傷していたため確かにヤマトを操縦していなかった…いや、乗ってさえいなかったのだ。しかもそれは、意図して選んだことではない…

(お上の立場上、煽動のリーダーと追随しただけの俺とでは罪の重さが違う、という『言い訳』が必要だってわけか……)
 そう理解し、島は心底…彼らに辟易した。

 しかし、さらに問題があることに気づく。デスラーが地球を友好国と宣う背景には、ヤマトと沖田十三、そして古代進の存在が欠かせないものだ。だが、古代が加わらないとすれば、一体、かの総統とのネゴシエイションをどう計るというのだろう…?
 島の思案顔に気づいたのか、藤堂が言葉を添えた。
「デスラーに対しては、君もヤマト副長として何度も彼に会っているだろう。ガルマン・ガミラスに対する経験値では古代に劣らないはずだ。それに、君は古代の最も親しい友人だろう」
「それは……そうですが……」
 実を言えば島は、自分がデスラーからどう思われているか、ということなど考えたこともなかった。いつも「ヤマトの諸君」とひとからげにする総統だから、副長だろうがヤマトを操っていようが、彼は自分のことなど気にも留めていないのではなかろうか?


 ふと、一同の視線を感じて島は面を上げた。
 地球連邦副大統領が、アイスブルーの瞳で島をまっすぐ見つめている。
「特殊輸送艦は、7月半ばには竣工します。ぜひ、引き受けて頂きたい」
 (……最初っから俺が引き受けるものだという前提で話をしてやがったくせに…)
 島はまたちょっとムッとする。
「……これは,命令ですか」
 長官が島を見つめた。
「……そうだ」
「…分かりました」
 一同がほっと胸を撫で下ろしたのが感じられた。
 藤堂が立ち上がり、島の両手をぐっと握る。
「寝耳に水のような話で本当にすまんが…、人類のため、地球の未来のために君の手腕が必要だ。よろしく頼む、島中佐」
「はっ」
 自らも立ち上がり、島は一同に向かって敬礼した。

      *     *     *


 長官室には、また島と藤堂だけになった。

 島は、まだ実感が湧かずソファに身体を沈めたままだ。
 あれこれと、要らぬ考えが胸に去来する。
 自分の昇進はこのためなのか。古代にはなんと言えばいい。輸送艦とはいえ、前代未聞の航海だ。ヤマトにはもう乗り組めない、ということなのか? 放射能は大丈夫なのだろうか。デスラーが返答をしてこないのはなぜなのか。もっと急がなくてはならないのではないか……?
 相原晶子が官僚たちを見送って部屋に戻って来たが、祖父と島が向かい合って黙りこくっているのを見て、慌てて冷たくなってしまったコーヒーをもう一度温かいものに取り替えようと立ち回る。
「ああ、晶子さん…おかまいなく」
 島は晶子を見上げ、会釈した。本音を言えば、この会議室のコーヒーはあまり口に合わない。
 藤堂が静かに話し始めた。
「島、今回の任務に就くにあたり、一両日中に一階級特進の通達があるはずだ」
「え…」事実上の2階級特進。その意味は……。
「危険な任務だからな…」
 藤堂は溜め息をついた。
「古代を任命しなかった訳は、実は他にもあるんだよ。彼は6年前に受けた放射線障害がやっと完治したところだ。しかも、結婚してまだ間がないだろう」
 島ははっとした。
「放射能、ですか…」
 藤堂は頷いた。
「今回の任務に付く者は特殊なテスト及び面談を受けたものに限られる。放射能の影響を考え、結婚・出産を予定している者、当然新卒者は対象外だ。トライデント計画は3隻の大型艦を使うとはいえ、そのうち2隻は、きみの火星無人艦隊の指揮系統技術を組み込んだ無人艦を予定している。積み荷はその無人艦に収容されるのだ。輸送艦は細心の注意を払って作られているが、それでも放射能漏れを完全に防げるという保障はできん。行き先がガミラスだからな…万が一輸送中に攻撃にさらされた場合は更に危険度は高くなる」
「そうですか……だから…、自分なんですね」
 藤堂は再び苦しそうに頷いた。
「君の無人管制技術と、ガミラスに対する認知度が必要なのだよ…」
「……それに、結婚しそうもないですしね」
 藤堂は困ったように苦笑した。彼は島とテレサのことを知っている、数少ない人物の一人だった。
「いや、すまん。嫌味を言うな。しかしそれが事実だ」

 島は少し前、両親がどこからか見合い話を持って来たのを思い出した。 
 当然、あっさりと断ったが、この話は軍上層部からの紹介だから、先方に会うだけ会ってみなさい、と母でなく父が妙に推したことが腑に落ちず、気になったのを覚えていた。……あの、「軍の上層部」というのは藤堂だったのではないのか?
 両親は、今でも大介が地球に帰還するたびに見合い話を勧めたがる。危険な任務ばかりを次々とこなす長男は彼らの誇りでもあったが、2度も半死半生でどうにか生還した、という過去を持つ息子である……両親が常に身を切られるような思いをしていることも大介は知っていた。息子も家族を持てば、それほど危険のない地上勤務に落ち着くだろうと両親が思っていることは、重々承知していた。
 島がインターポールでコネまで利用して、極秘裏にテレサのセンサーフォトグラフを作ったのは、自分がなぜ結婚しようと思わないのか……その理由を、いい加減両親にもちゃんと説明しようと思ったからだったのだ。

 藤堂は続けた。
「しかし、だからといって君が将来結婚しないとは思っていないから、もちろん事前に君のご両親にも打診させてもらったよ。今回の任務に関しても、快諾頂いている」
(………断われそうも無い縁談を勧めておいて、俺が梃子でも断るのを親父とお袋に見せておかなくちゃならなかったわけか——)
 島は軽く溜め息をついて苦笑した。
 藤堂はバツが悪そうに、しかし力を込めて続けた。
「放射能対策技術については各分野の最高水準を持って当たっている。真田君も非常に良く協力してくれているのだ。ワープ中にもタンク漏れしないように、廃棄物は高温で溶かした硬化テクタイトに混ぜて冷却し、棒状の鉛の筒に収め、更にそれをコスモナイト合金製のコンテナに詰めている。そこまでの過程を埋蔵現地で行っているし、コンテナも完全オートメーション化された専用車両で地下を輸送されて来る。コスモクリーナーDの小型複製版を数台、同時に積み込む予定だ。ガミラスへ到着後は、貨物に接触することなく先方へ渡せるようにシステム設計してある」

 しばらく前、コスモナイトの輸送量が一時的に増えたことを島は記憶していた。新造艦の駆動部にしては妙に量が多い割に、多数の造船の噂などは聞かなかった。そうか、このためだったか、と合点が行く。また、放射能の恐ろしさについても島自身、過去の幾度かの戦いで痛感していた。高濃度の放射性核廃棄物ともなれば(100年前に人類がしていたように鉛やガラスで固めた物をステンレス製のコンテナに詰めただけの処理法であれば尚更)そのコンテナの傍に2分もいれば、放射線の急激な大量被爆により人間は死亡してしまう。人類がディンギル星のハイパー放射ミサイルの脅威を目の当たりにして以来、多様な放射線を防ぐ実戦用の防護服の性能は格段にアップしたが、それでもおそらく数時間が限界だろう。新開発の防護服とコスモナイト合金製のコンテナ。それを合わせて初めて、放射性核廃棄物を通常貨物として扱えるだけの安全性が生まれる。
 しかし、新型輸送艦はそれを大量に積んでガミラスまでの旅をするのだ。
 敵が目に見えている訳ではない。砲撃戦が必要なわけでもなく、そのために大量に死者が出ることを予想する必要はない……だが、命を賭して行う任務には変わりがなかった。

「………しかし、実のところは、地球連邦政府の方針にはちょっと感心したんですよ」
 島は藤堂に会釈してそう言った。
「ほう、なぜかね?」
「核のゴミを、宇宙に無責任に放棄しない、と決定してくれたからです」
 確かに、わざわざ何万光年も運んで行かずに、途中で宇宙に捨ててくることだってできるはずだ。現に過去の地球人類は、そうするつもりだったのだから。
 藤堂はまた苦笑した。
「そうだな。今までの人類であれば、…かつての指導者たちであれば、そう考えたかもしれん。しかし、我々の地球で排出したゴミを宇宙に捨てて来る、だなどと……太陽系のリーダーとして地球人類のすべきことではあるまい」
 そもそも、核のゴミを宇宙に運び出す事自体危険性が高いのだから、見返りがないのなら地下に貯蔵したまま何百年も知らん顔をし、将来の子孫たちにその処理を押し付け続ければいい話だ。
 しかし、ガミラスとの政治的利害関係が一致した今は、このように決定することは地球の指導者として,また政治のプロとして、連邦政府にとっては自明の理、であるわけだった。

「まあ、これをとばっちり、と取るか……、栄誉と取るかは君次第だがな」
 藤堂の言葉は的を射ていた。
 (——とばっちりか。運び屋にしては危険すぎるからな)
「長官、…僕は、これは栄誉だと思います。地球を奇麗なまま子孫に伝えることに直に貢献するわけですから、これまでにない素晴らしい任務かもしれません」
「…そうか」
 自分の台詞に、思わず苦笑が漏れる……奇麗ごと半分、そして自嘲が半分。どうです長官、俺はどんな任務にもNOと言わない、使い勝手のいい軍人でしょう。
 だが、自分がそんな役回りに甘んじるのには当然理由がある。
 どんなに敵性宇宙人の侵略から守っても、地球内部に自分の大切な家族を脅かすものが眠っていては安堵する暇はない。トライデント計画の根幹を聞いてしまった今、この任を果たさなければ、次の攻撃があった時には地球は一体どうなるだろう、と常に胸を痛める結果になるのは目に見えている。
 島にとって、宇宙戦士になったそもそもの理由、「守りたいもの」。
 それは、「家族」……弟や両親に他ならなかった。その愛するものたちが暮らす星。その意味で、地球はかけがえのない星なのである。もちろん、強いて付け加えるならば…「この惑星(ほし)は、『彼女』が守ってくれた星だから」でもあった。



「だが、実は古代にもやってもらわなければならないことがあるのだよ」
「古代にも?」
 藤堂はいたずらっぽく笑うと、こう続けた。
「この輸送艦隊に乗り組む人員は、通常より少ない。輸送が主な目的だから、戦闘班はないのだ。だから、護衛艦が必要になる」
 島は目を丸くした。
「そうだ。ヤマトをその任に当たらせる予定だ」
「ヤマトを…!?」
「君と古代は、同じ艦隊の輸送艦隊司令と護衛艦艦長、という関係になる」
 は……これはまた……
 島は呆気にとられ、次いで思わず本当の笑顔になった。
(まったく、長官も…人が悪い)
 そうか、古代が。ヤマトが…一緒に。
 それなら、デスラーとの折衝もまったく問題はない。
 あからさまに安堵したような表情の島を見て、藤堂は頬を緩めた。
「また、君たちで新たな戦いを戦ってもらうことになるな。…しっかり頼むぞ、島」
「……はい!」

 

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