奇跡  基点(4)


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翌日。

 地球防衛軍総司令本部の長官室に、島の姿があった。


「島中佐、参りました」
 さっと敬礼をする島に会釈して、藤堂長官は彼に椅子を勧め、自分も席に着いた。長官室の応接テーブルにはあと5つ席があり、そのどれもに資料が置かれ、ソーサーにはコーヒーカップが伏せられていた。島以外に呼ばれている人間があと5人いるということだ。
「しばらくぶりだな。火星基地での功績はしっかり見せてもらったよ、島。連邦議会のお偉方に私も鼻が高い」
「ありがとうございます、長官。ですがあれは私一人の功績ではなく、火星基地司令をはじめ、全員で団結して出した成果です」
「いや、基地司令の大崎君は、君をたいそう褒めておったぞ」
「とんでもありません、まだまだです」

 オートドアが静かに開いて,藤堂の孫娘、雪の後輩で同じ長官秘書の相原晶子が姿を見せた。にっこり会釈し、鷹揚に敬礼する様子が相変わらず愛らしい。
「ご無沙汰しております、島中佐。長官、連邦政府副大統領と首席事務官、及び連邦宇宙安全保障理事会のユーロ自治州理事がお見えです。UK・USA連合自治州理事も間もなくお見えになります」
「副大統領…?」島は目を丸くした。
「極東連合圏の代表理事も来るよ」
 藤堂の言葉に、島はさらに呆気にとられた。
「なんですか?首脳会談でも始まるんですか?」
「まあ、ちょっと君に聞いて欲しい話があるのだ」
 藤堂は微笑みながら、しかし有無を言わさぬ調子でそう言った。



 晶子が粛々と各自治州代表者の資料を整えコーヒーを注いで回る中で、島は一人居心地の悪い思いでかしこまっていた。
 自分がここに居るのは場違いなのではないかと思いつつ、藤堂に勧められるままに、同時通訳のイヤホンを耳に付ける。
 ひとしきり各々の挨拶は終わっており、なぜここに副大統領やら宇宙安保理の常任理事やらが集まっているのか、その理由が語られようとしていた。


「……トライデント計画……?」
「そうです。実を言えば、これは21世紀初頭から立てられていた計画です」連邦議会首席事務官がゆっくりと口を開いた。
「はあ、…そんなに長期間、凍結されていた計画なんですか…」
「理由を話そう」
 島の問いに,藤堂が答え、話し始めた。



 21世紀初頭、人類の生活の基盤となっていた厖大な電力をまかなうために、各国は競って大規模な原子力発電所を次々と建設した。しかし、原子力発電所の稼働に伴い、地獄の放射性物質と呼ばれるプルトニウムをはじめ、低レベルから高レベルまで様々な放射性核廃棄物が排出される。21世紀半ばまでには、地球はそうした核のゴミを完全に処理しきれない、と判断されるまでに汚染されてしまった。
 核廃棄物を排出せずには稼働しない原子力発電所、核廃棄物再処理工場、プルサーマル発電所など、人類にとって多大な恩恵をもたらす反面取り返しのつかない負の遺産を生み出した様々な施設は、21世紀の終わりには太陽エネルギー省の設立によって太陽発電施設にすべて姿を変えた。だが、前世紀の負の遺産、放射性核廃棄物はそのまま……平均地下1500メートルにある無数の貯蔵施設に眠っているのだ。
 すべての放射性核廃棄物が有毒な放射能を排出しきるまで最低でも約300年から500年……放射線の半減期が過ぎるまで、各国は厳重にそれを地中に貯蔵し管理し続けなくてはならない。管理施設や容器の破損は即、人類の破滅につながる。
 
 ガミラスからの攻撃の際、もともと地下に貯蔵廃棄していた高レベル放射性廃棄物を、各国は死にものぐるいで更に深い地下へと移した。地表からは降り注ぐ遊星爆弾の放射能嵐、そして地下からは自らが排出した放射性核廃棄物の恐怖が人類を蝕んだ。実のところ、一般市民には公にされていなかったが、地球は当時、地上と地下から同時に放射能の危機にさらされていた、ということになる。

「……なんてことだ……」
 島は絶句した。
 自分たちが命がけで29万6千光年の旅を続けていた間、地球は地上からも地下からも……、それこそ二重の恐怖にさらされていたというのか。
言いようのない恐れと怒りに駆られ、しばらくの間言葉が出なかった。
「……現時点では、その放射性核廃棄物はどうなっているのですか?」
 イスカンダルから持ち帰った、コスモクリーナーDはどうしたんだ。元々地下に埋めてあった核のゴミを浄化する能力はないのだろうか…?
「君たちがイスカンダルから持ち帰ってくれた放射能除去装置が、漏出する放射能をクリーンにしてはくれる。あれが稼働し続けている限り,地表は安全だ。だが、高レベル廃棄物そのものを地中から無くさなければ今後まだあと少なくとも200年間、我々人類が自ら産み落とした危機が、地球から去ることはない」
 藤堂は難しい顔で続けた。「2202年に、安保理の主導ですべての管理施設の点検と容器の移し替えを行うための世界協定が結ばれた。ほぼ1年間をかけて、管理施設そのものと容器すべてを、宇宙戦艦の外壁にも利用される硬化テクタイト製に移し替える作業が行われるはずだったのだ。だが、その後の侵略戦争と太陽の膨張、アクエリアス接近のために作業は幾度も中断され、それを放棄する自治州まで出始めた。一刻も早く、安全な対応策を取らねばならないのに復興そのものが追いつかず、それができない州もある…」
「コスモクリーナーでは、核廃棄物そのものの処理まではできない、ということですか」
「そうだ。放出される放射能を浄化することはできても、放射性核元素の消滅までは不可能だ。今まではどうにか侵略戦争の間、廃棄物の流出事故を起こした州はなかったが、あと数年で全世界の貯蔵施設は耐用年数を徐々に迎える。この先は、…安全の確たる保障はない」

 ——次に侵略戦争を迎えたら、地球人類は地下から蝕まれて終わり、になりかねない……
 藤堂の言わんとしているのはそういうことだった。「…これが、この計画を発動するきっかけになった事案なのだ」



 島は、一同の表情を見回した。
 そうしながら彼は、まず…この事実を今まで知ろうともしなかった自分を、地球に対して恥じた。…ついで、それが一個人ではいかんともし難い規模の問題だと言うことを認識するにつれ、目の前の最高責任者たちへの不信感が持ち上がる。
 一体、防衛軍だの安保理だの、連邦議会ってのは何のための機構だ。地球人類を守るのが仕事じゃないのか。それが、ガミラスから攻撃を受ける前から、とんでもないものを腹に抱えて……それを解決することに手をこまぬいたまま。
 放射能汚染に関する非難の矛先が悪の宇宙人にすり替わったのは、核のゴミを意図的に放置して来た責任者たちにしてみれば天佑ともいうべき出来事だったに違いない。当時の最高責任者たちはすでに引責辞任しており、現在ではとうに自分たちの与り知らぬこと、と思っているだろう。現連邦議会も問題を引き継いだはいいが、解決にはほど遠く、事態は進退窮まっていたのだ。

「……その、トライデント計画についても、説明をお願いできますか」
 集っている偉いさん方が話し辛そうにしているのを見て、島は業を煮やしてそう問うた。
「…うむ。トライデントとは、ギリシャ神話に登場する海洋王、ポセイドンの三つ又の矛から取った名前でな。大昔には原潜発射型の大陸間弾道弾の名称にも使われておった。この度はミサイルではなく、新しい大型輸送艦を3隻、極秘裏に建造中なのだ」
「輸送艦…?!」
「その高レベル放射性核廃棄物を地球外に運び出す。それが、トライデント計画と呼ばれている」
「ちょっと待ってください、地球外って、どこへ」
「……ガルマン・ガミラスへ、です」
 藤堂と島の会話をずっと黙って聞いていたUK・USA連合自治州理事が、唐突に口を挟んだ。
「ガミラスですって……?!」


 今から半年ほど前の出来事である。
 ガルマン・ガミラスから、特使が来た。冥王星付近には以前から次元断層が観測されているが、地球の艦がそこに入り込むことはまだできない。ところが、ガミラスの特使は中型の宇宙艇でその次元断層から姿を現し、冥王星基地に降り立った。冥王星基地では上を下への大騒ぎになったらしいのだが、その特使は、ガルマン・ガミラスはヤマトを通じた友好国家だと宣い、メッセージを地球へ届けるよう指示すると、再び次元断層内に姿を消した、というのである。
「厳重に報道規制が敷かれたのでな、君も知らなかっただろうと思うが」
藤堂が申し訳無さそうにぼそりと言う。
 その場で再生されたホログラム……ガミラスの元首、デスラー総統からのメッセージはこうだった。

“わが大帝星の同胞なる地球人類の諸君……久しぶりだ。
 ガルマン帝国宇宙科学局の観測によれば、地球内部には高濃度放射性物質が多分に埋蔵されているようだね。結晶の形から推し量るに、諸君らはそれを、人工的に封じ込めているのではないか?
 もしも諸君らにとってその放射性物質が不要のものであるなら、それを是非、我がガルマン星へ運んで頂きたい。我が国土拡大のための資源として、高濃度の核融合物質がぜひ必要なのだ。
 その見返りに、私は君たちに、瞬間物質移送システムの情報を譲りたいと考えている。
 一考の後、返答をもらいたい。
 そして、ヤマトの諸君に、私からの挨拶を伝えてほしい“


 久しぶりに見る画像の中のデスラーは、少し歳を取ったからなのか、物腰が柔らかになったように感じられた。だが、その瞳の奥に潜む貪欲なまでの征服欲,支配欲は、少しも衰えていないようだった。

「……これが半年前のメッセージですか…。それで、返答はどうしたんです?」
「む……、冥王星基地から次元断層へ向けて了解の通信を飛ばしているが、ガルマン帝国からそれを受信したという連絡がない。……返答イコール行動だ、とあの総統は思っているようだな……」
 なるほど…、確かに尊大なデスラーのことだ。ちまちま「了解」の返事などするより,とっとと持ってこい、ということなのかもしれない。しかも、彼は地球人類が自分をないがしろにするはずがない、とも確信している……。そもそも、現在のガルマン・ガミラス本星の位置から彼らは地球に直接アクセスできるが、地球からはそれができない。科学力の差、圧倒的技術力の差が未だにそこにあるからだ。彼らを敵に回せば、恐ろしいことになるのは連邦政府も承知の上だった。

「……未だに、ガミラスから見ると地球は格下なのだよ」と首席事務官が不機嫌そうに言った。「我が同胞なる、だと。まったく持って癪に触る」
 藤堂がそれを宥めて言った。
「仕方がありません。寄らば大樹の陰、ということです」 

 地球にとって、危険な地中の高レベル放射性核廃棄物が消えてなくなるのは願ってもないことであり、一方ガミラス側では新国土拡大のために、それを手に入れたがっている。彼らの今は無き母星、大マゼラン星雲サンザー太陽系第8番惑星ガミラスには、ガミラシウムという放射性物質が豊富に埋蔵されていた。彼らにとって、放射性物質は生活するために必要な燃料、いわば地球人にとっての石油や石炭のような無害かつ有用なものであり、さらに軍事面においては絶大な力の源となる物質だった。だが、数年前暗黒星団帝星によってガミラス星は破壊され、対になる双子星イスカンダルに眠るイスカンダリウムも今では手に入らない……その代替品として、彼らは地球の放射性物質に注目したのだった。
 プルトニウムは自然に精製されることはなく、ウラン化合物から人為的に造り出さねばならない。ガミラスの科学力を持ってするならば、人工の放射性核物質を造り出すことはそれほど困難ではないはずだが、かつて母星の星としての滅亡を食い止めることが不可能だったように、彼らにも出来ないことはあるのだろう。

 そこで、これを受けた世界各国の旧核兵器保有自治州、旧原発保有自治州は一同に会してトライデント計画の復活を連邦宇宙安全保障理事会に諮り、このデスラーからの要求を受諾することに決定したのだという。
 しかし、連邦議会の狙いはもちろん、瞬間物質移送装置のシステム情報であろうし、今年度末に予定される大統領選挙にも大きく影響するからだろう…と島は思わずにいられなかった。
 この件が世間に公になれば、まず間違いなく政府に対する批判が噴出する…核のゴミを放置し続けて来た政府への怒り、そして不信感。それは島がここで最初に感じたのと同様のものだ。地球連邦政府は、その不信感と非難の誹りを越える、何か栄誉ある壮挙を同時に人民の前に打ち立て、彼らの目先をそちらへ逸らさなくてはならないわけである。トライデント計画は必要以上の美辞麗句を持って語られ、世紀の偉業としてもてはやされるだろう…。

(……俺たちが、文字通り血を流してまで戦ってきたことの意味は、この狸親父どもには永久に分かるまい…)
 苦々しい、というより空々しい気分になってくる。
 島は、藤堂だけが一人切々と状況を話す中、腕組みをして半ば目を閉じて聞いているだけの閣僚たちに冷たい視線を送った。
「21世紀に立てられていた最初のトライデント計画は、核廃棄物をロケットに詰めて宇宙へ打ち出すというだけのものだった。だが、惑星間航行が可能になった現在では、それは宇宙ゴミを増やすだけの行為であり無責任かつ危険極まりない。どこかへ責任を持って運び出し、完全に消滅させる必要がある。だが、その方法が今まではまったく確立されていなかった。……デスラーが地球内部の観測までしてくれたのは偶然とはいえ、人類にとっては不幸中の幸い、とも言えるだろう」
 説明を加えていた藤堂の言葉が一段落したと見て、島は尋ねた。
「……デスラーはヤマトの諸君によろしく、と言っていましたね。でも、…古代には何も知らせていないようですが…?」
「ああ、技術省の真田君には伝えてあったんだがね。実はまだ、他言しないでもらいたいんだ」
 ……真田さんは,知っていたのか。
「もちろん、特使が来た時点ではこの話を受けるべきなのか、そもそも受けられるのかどうかも分からなかったのでな…、真田君にも詳細までは知らせておらん。…もちろん、その艦隊の指揮官に、君が主力候補として上がっていることもな」

 

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