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「驚いたな…」
彼ですら驚くような出来事が、矢継ぎ早に起きている……それも、幾つも、だ。
第一次移民船団の襲撃現場で生存者の捜索を続けるヤマトからの報告もさることながら。
真田は今、目の前で古代美雪と『手をつないで遊んでいる』テレサと大介の娘、みゆきに驚愕していた。
たった一晩で、みゆきは0歳児から3歳児へと姿形を大きく変えたのだ。そして、その発する力もさらに大きくなった。一方で、みゆきのテレパスを中継しているテレサは疲労が激しいのか、今またコマンダー・ブースの隅に置かれた長椅子でぐったりと眠っていた。
佐渡が、テレサに掛けられた毛布をそっと直してくれている。それに礼を言って、大介がこちらへ歩み寄ってきた。
「……真田さんにも休んでもらいたい所ですが…すみません、先にこれを見てください」
大介がこれを、と言ってマルチスクリーンに投影したのは、移民船団を襲撃した敵艦の映像だった。
「生存者の目撃証言からも裏付けが取れましたが、確認されたのは少なくとも4種類以上の異なるフォルムの船でした。つまり、敵は4つ以上の星間国家の連合軍…であると推定されるんです」
「連合軍…」
ええ。
直立する尖塔のようなフォルムを持つもの。
横に広がる巨大な翼のようなフォルムのもの。
比較的地球の艦船に似た、細長い船状のフォルムのもの、
「そして…<沙羅>を襲ったのと同型のものが、この艦隊です」
下部に、左右に対になる10の赤い銃眼を備えた、特徴的なフォルム。大介は次いで、背後に遊ぶ2人の「みゆき」に目をやった。次の映像は子どもたちには見せられないので、と前置きすると真田の抱えたデータボードに画像を転送する。
「……むう…」
思わず目を背けたくなるような、ヒューマノイドの遺体が、数種類…。
敵艦に残された兵士の遺体である。友軍が破壊した敵艦の数は少ないが、調査によって各々の艦船にどんな異星人が乗り組んでいたのかが判明していた。
「4種類のうち3つには、我々と同じようなヒューマノイド型の異星人が乗り組んでいたと考えられます。ですが」
この、<沙羅>を襲ったやつらの艦内部には……
「これが、あったと——」
「……!!」
紫色の、小鳥たちの死骸——。
「……単に、彼らがヒューマノイドではない、というだけのことかもしれませんが」
「……謎だらけだな」
「……はい」
生存者を捜索するヤマトに対し、敵襲がないのは不幸中の幸いだった。また、みゆきのテレパスが増大したおかげで、通信も現在非常にクリアな状態を保ち安定している。だが、事実が明らかになるにつれて謎もまた、深まるばかりだった。
「それから…」
大介は再度マルチスクリーンに別の映像を流した。データである…
「何隻かの移民船<パンゲア>と同型の<ユーラシア>のうち、数隻が完全に行方不明なんです」
「行方不明…?」
「この空間に存在する残骸の質量を計測すると、3000隻いた移民船、192の護衛艦すべてには到底及ばない。つまり」
「なるほど」
——移民船、および護衛艦の何隻かが無事にこの宙域を離れた可能性が高い、とそう言うことか。
「…はい。戦域をワープで脱出して行った僚艦がある、という生存者の証言もあります」
ただ、彼らがどこへ逃れたのか。
アマールまでの予定された航路上には、その痕跡は…発見できませんでした。
「…………」
そういえば…!
背後で嬉しそうに笑う声に、真田はハッと我に返った。
「雪は、生きていると言っていたな…!」
まだ乳児だったみゆきが、自分に確かそう言ったことを真田は思い出した。どこにいるのか分からない、だが雪は生きている、と。
飛び上がった真田の剣幕に驚いた大介が、慌てて娘の所へ先回りした。
「美雪ちゃん、ごめんっ」ちょっといいかい?
みゆきと手遊びをしている美雪の傍へ飛んで行き、2人の目線まで屈む。
「あ、島さん♪」
もうびっくり!みゆきちゃん、こんなに大っきくなったんだね!
嬉しそうに話す古代美雪は、みゆきの急激な変化をそれほど異常だ、とは思わなかったらしい。子どもにとって自分や友達の成長というのは、起きてはいても変化に気づかない日常のようなものなのだろう。
「ああ、みゆきはもう赤ちゃんじゃなくなったよ。遊んでくれてありがとうね…」言いながら娘に向き直る。
「ところで…みゆき?…そういえば… 美雪お姉ちゃんのママは、どうしたかわかるかい?」
真田が大介の後ろで、熱心にうなずいた。俺もそれを聞くつもりだったんだ。
強面の真田が飛びかかるようにして娘を訊問しようとしたのを、島は慌てて妨害したわけである。……まあ無理もないか。
美雪の方はきょとんとしていた。
島さん、みゆきちゃんにそんなことが分かるわけないじゃない…。
変なの……
真田が大介と同じようにしゃがみ込み、真顔で同じことを訊ねた。
「守くんのパパは、次郎くんと守くんといっしょにヤマトに乗っているよね?じゃあ、守くんのママはどこにいるか、わかるかい、みゆきちゃん?」
「……ママ?」
訊かれて一瞬、みゆきは背後のソファで眠っている自分の母親を振り返ったが、そうではない、とすぐに思い直したようである。
「……あたしのママだよ?どこにいるか分かるの?みゆきちゃん、そんなことできるの?!」
大人たちが真顔でみゆきに訊ねるのを見て、古代美雪も思わず叫んだ。
「ママはどこにいるの…?!生きてるの?!」
お願い、みゆきちゃん。あたしのママを探して…!!
* * *
古代雪は、信じ難い速度で癒えて行く全身の傷に驚いていた。
焔に包まれ燃え飛んだ艦長服はともかく、下に着ていた防衛軍の制服はあらかた無事だった。だが、全身に酷い傷を負っていたのは確かなのだが…。
彼女は相変わらず、部下の司花倫と2人、外部からは隔離された例の白い部屋で寝起きしていた。自分と司の呼吸と脈拍が1分間に刻む回数を元に、おおよその時間経過を計測しているが、襲撃の後目覚めてから記録している時間はまだ120時間そこそこ、6日と経っていないはずだ。
(彼らの医療技術がそれだけ優秀だということでしょうけど…)
自分たちを救助し介抱してくれた男たちは、極めて紳士的だった。
……男。
彼らの見た目はヒューマノイド、地球人で言えば男性と思しき容貌。エトス、と言う名の惑星国家の、宇宙軍を代表するという男たち。しかも、旗艦<シーガル>艦長だという白いスーツを着た男は、金髪に青い目をした美しい青年だ。その肌の色も、地球人のホワイトアングロサクソンを彷彿とさせる象牙色。
雪のとなりに座らされた副長の司花倫も、戸惑っているようだった。
「傷の具合は如何かな」
そう言って片手を胸に軽く身を屈めたいかつい白髪髭面のゴルイ提督も、同じように白人のような顔立ちである。その堂々とした容貌は、北欧の海賊・バイキングを彷彿とさせた。
雪と司のふたりは、提督ゴルイの招きで、とある一室に連れて来られていた。
雪の乗っていたスーパーアンドロメダlll<サラトガ>は、司の操る7隻の無人艦隊と共に、移民船の一隻を包囲した状態でワープドライブに入った。移民船をなんとか敵の砲撃から逃がそうと採った、苦肉の策である。転移先は20宇宙キロ離れた空間座標… だがそこにも別の敵艦隊がいたのだった。
絶望に目が眩んだ一瞬後、雪も司も意識を失い。
——そして目覚めたのが、このエトス軍提督ゴルイの艦、<シーガル>内部だったのである。
「ゴルイ提督」
肚を括り、厳しい表情で雪が切り出した。
「……助けて頂いたことには感謝します。…しかし、なぜ」
この艦の内部は、どこもかしこも白色の、きわめて眩しい壁で構成されている。どこにも陰の出来ないような、多方向から照らし出す白。雪たちにとっては明る過ぎる室内だった。
その白く明るい室内の中央に置かれた、大きくて細長いテーブル。
それを挟んで、今提督ゴルイは雪と司の対面にどっかと腰かけていた。
彼の隣には、金髪のシーガル艦長が直立不動の姿勢を保っている。
「…何故?」
ゴルイはゆっくり繰り返すと、不思議そうに笑った。
「何故あなた方を助けたのか、と? …古代艦長。我がエトス星ではたとえ敵と言えども、勇猛な戦いぶりを発揮する戦士には敬意を表するのが、古来よりのしきたりなのだ」
「勇猛?」
眉をひそめて訝る雪を手で制し、金髪が横から満足そうに言葉を付け足した。
「提督閣下は、あなた方の戦いぶりに興味を持たれたのです」
「戦いぶり…?」
「輸送船を、身を呈して守っておられましたな。まさかあなた方のような手弱女が、あのような果敢な戦いを見せるとは。……提督閣下は、痛く感動せられたのです」
「輸送船……? いいえ、あれはすべて、一隻に10万人の一般市民を乗せた移民船です。例え死んでも市民たちを守り抜くのが、私たち護衛艦隊の任務!」
色をなしてそう答えた雪を見て、ゴルイの太い眉がぴくりと動いた。
「すべてが……移民船。一般市民…?」
「そうです!」
それを、…なぜあなた方は無差別に、虐殺したのですか…!?
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