RESOLUTION ll 第1章(6)

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<6>


「私たちに、一体何の恨みがあって…!恥を知りなさい…っ」
 虐殺の光景がにわかに甦る……

 怒りに我を忘れて立ち上がりかけた雪は、だが傷の痛みに思わず絶句した。
 司が雪の両肩を素早く支え、その後を継いで続ける。
「聞かせてください。勇敢な者には敬意を表すると言うあなた方が、…なぜ、罪のない市民たちの乗る船を一方的に攻撃したのですか?!」

 提督ゴルイは難しい表情で口を噤んでいる。
「…すべてが…移民船。…乗っていたのは…市民たち」
 金髪が、驚愕の面持ちで繰り返した。「それは事実ですか?…提督!やはり我々は…騙されていたのでは……」
 ややあって、ゴルイが重々しく口を開いた。
「……あなた方地球人に対する攻撃は、大ウルップ連合の議決である。我らは11の列強が名を連ねる大星間連合国なのだ」
「大ウルップ…連合…?」


 我らが列強を率いるのは、最大勢力を誇る<SUS>国である。

 今より溯ること2週と3の日、罪無きSUSのいち艦隊が、地球の戦艦に無惨にも破壊された。
 地球人は、危険な種族である。かつて大勢力を誇った他の銀河の星間国家を、彼らはいくつも破滅させてきた。その矛先が、ついに我ら列強諸国へと向けられたのだ。彼らが我が星域にやってくるのを、阻止しなければならない…!!


「…連合国会議では、SUSのその主張が全面的に支持された。地球から出発した巨大な無数の船舶の積み荷は、機械化兵士である、と報告された。地球人たちはサイラム恒星系へ侵略の手を伸ばすつもりなのだ……地球の船舶は発見次第、拿捕せずその場で破壊せよ、と我らはSUSより命じられていた」
「そんな……誤解です!」
 司が叫ぶ。
 一体なぜ、そんな根も葉もない誤報を… 
 雪も怒りに顔色を沈ませる。
「だが」
 その様子を注意深く見守りつつ、ゴルイは続ける。
「私も…このシーガル艦長ルークも、そのSUSの主張については納得しかねていたのだ」

 護衛艦が、あのように身を盾にして機械化兵士団を守るだろうか…?
 私は…あなた方の戦いぶりをこの目で見て、改めてそう感じたのだ。

「あなた方を襲撃した艦隊は、SUSを始め我らエトスまたフリーデ、ベルデルの4国混成軍である。最大勢力を誇示するSUS国の決定に、我らはおいそれと逆らうわけにはいかぬ…。だが、攻撃を続けるうち、フリーデの将軍もベルデルの総帥もやはりこの作戦にはどうも承服しかねる、という通信を私の元へ送ってきた」
 険しい目でこちらを睨みつける女性たちを憐れみの目で眺めつつ、ゴルイはおもむろに立ち上がると再度、身を屈めた。

「……我々を、どうか… 許して頂きたい」
「…は?!」
 司が逆上して席を立ち、裏返った声で叫んだ。「…何を?!何を許せって言うんです?!…殺された地球の人々は、もう二度と戻って来ないのに?!」
 お腹の大きいお母さんやお年寄りも…子どもも赤ちゃんもいたのよ…!
 あんたたちは、地球の未来を殺したんだ!!

「……虐殺者の誹りは甘んじて受けよう。だが、SUSの監視の目を誤摩化すためには…ある程度の犠牲はやむを得なかった」
 目を伏せてそう言葉を継いだゴルイ自身、己の所業を深く悔いているように見えた。
 ある程度ですって?!やむを得なかったですって…?!
 怒りに涙を流しながら叫んだ司を、だが雪がそっと押しとどめる。
「…待って、…司さん」
 思い出した。私たちの他にも、たくさんの人が…… 救助されていたわ……。

 我に返って雪を振り返った司の脳裏にも、目覚めてすぐに目にした不思議な光景が甦る。何百、何千と連なる、まっ白な寝台。横たわる、人々の姿……


「……古代艦長。あなたの話の通りであれば、あの場にいた巨大船のすべてに非武装の市民たちが乗っていたと……であれば。我々は…取り返しのつかない罪を犯してしまったことになる…」
 ゴルイは目を伏せたまま続けた。
「せめてもの罪滅ぼしと取って頂ければ幸いであるが…。あなたが身を呈して守ろうとした巨大船の人々は、全員、我が艦隊が収容し本国へ連れ帰った。あれだけの数の巨大船、すべてを救い出すことは不可能だったが、あなたが守ったあの一隻だけは、我らの手で保護することが出来た。本国では負傷者に充分な手当てを施し、客人としてもてなしているはずだ。…もしも機械化兵士団であれば即刻抹殺するべき所だが、…あの船の内部にいたのは兵士ですらなく…非武装の男女、年寄り、そして子どもたちだったからだ」

 ええ…っ……

 雪、そして司の口から驚愕の溜め息が漏れる。
 金髪が深く頷くと、後を続けた。
「あの大型船の他に、何隻かの小型の船も拿捕しました。…非武装と判断された白い船が5隻。明らかに砲塔もミサイル発射孔もない船です。内部を調べて分かりましたが、それらは病院船でした」
「…緊急医療艇だわ!」
 雪が呟いた。友納や雷電の乗る緊急医療艇は、少なくとも7隻のうち5隻は彼らに救助されているということだ。
「SUSの監視の目を逃れ、それだけの船を拿捕して曳航していくのは困難を極めましたが、彼らはその他の艦船の滅亡の様相に目を奪われていたのか、どうやら悟られてはいないようです」

「ああ……」
 少なくとも……<パンゲア>018に乗っていた、10万人以上の市民たちが生きている。緊急医療艇も無事なのだ。

 雪と司は、その事実に思わず泣き崩れた。
 虐殺者、と目の前の男たちをなじったことに、僅かな後悔を覚える。彼らは連合の最強国を欺いてまで、独断で地球の船を救助してくれたのだ。

 


 シーガル艦長ルークが、目を和ませて言った。
「提督。…これで……はっきりしましたね」
「…うむ」
「やはり我らは、SUSに騙されていたのです」
 涙を振り払い、雪が言葉を挟んだ。
「…提督。私たちの同胞を救助していただいたことに感謝します。…ですが… 市民たちをあなたの本国、エトス星へ連れて行ったとおっしゃいましたね? ……私たちは、同じサイラム恒星系へ向かう所だったのです」
 ゴルイとルークは、言葉を振り絞るようにして懇願する雪にじっと目を注いだ。彼らが黙っているので、雪は続ける。司も先ほど彼らをなじった手前、謝らなくてはと思いつつ、雪の横に立ち上がった。
「お願いです、提督。…市民たちを、サイラム恒星系のアマールへ送り届けて頂くことは出来ませんか…?!」

 私たちは、アマールの衛星プラトーへ移住する手筈になっていたのです。


 ゴルイもルークも難しい表情を崩さぬままである。
「…提督…!」
「……それは…できぬ」
 ゴルイがおもむろに口を開いた。
「なぜです?!」
 言いすがる雪の必死の表情に、ゴルイは何事か思案するように目を伏せる…。

「…私たちの地球は、あと一月あまりで滅びます。…あなた方のような大規模な星間国家なら、観測しているでしょう? 移動性のブラックホールが、太陽系目指して進んで来ているんです」
「……SUSの言い分はその通りだった」
 ブラックホールに飲まれる運命の地球だからこそ、あなた方が我らサイラム恒星系へと侵略の手を伸ばしているのだと。
「だから!!」
 司が拳をだん!とテーブルに打ち付け、ゴルイの声を遮った…「違うって言ってるでしょう!あたしたちは侵略なんかしない! あのブラックホールが来ると分かるずっと前から、あたしたちはアマールと関わりがあった!」

 島さんの弟さんが、学生たちを連れて行って、あの星の女王と仲良くなって!それで…!!

 確かに両者の主張する事実が食い違っている。
 地球連邦移民局では島次郎を筆頭に、地球がブラックホールに飲まれると判明するずっと前からアマールと外交を続けてきた。
 一方、このサイラム恒星系に君臨する大ウルップ連合圏では、地球がブラックホールに飲まれると判明した後に、アマールへ使者を送った、と主張しているのだ……

(おかしいわ。…これだけの科学力を誇るエトス星の、これほど誇り高い軍人が恐れるほどの最大勢力国SUS。でも、恐ろしい軍事力を持ちながら、11あると言っていた連合諸国との結びつきは拍子抜けするほど希薄だわ。……そして、肝心のアマールのことは何も…)


 雪は必死で考えを巡らせた。
 異星人との交渉はいつでも、命懸けである。言葉における外交が不必要だと一方的に判断されてしまえば、直ちに問答無用の殺戮が始まる…
 共存か、滅亡か…… どちらに転ぶかはまさに運次第。
 運良く相手の指導者に心が届けばいいが、運命の神はそう簡単に味方にはなってくれない……
 
 かつて私たちは… 夫、古代進にすべての命運を賭して道を選んで来た。けれど、今は。

 ——私が、地球の命運を握っているも同然。

(古代くん…!お願い、私を……守って…!!)
 


 短く深呼吸する。瞬きする間に、夫…そして子どもたちの顔を脳裏に刻み、雪は口を開いた。
「…提督。大ウルップ連合国には、アマール国も…名を連ねているのですね…?」
 ゴルイが雪を見た。
 蒼い焔が揺らめくようなその静かな瞳にちら、と動揺が走る。シーガル艦長ルークが目を細めて提督と雪を交互に見比べた。
「……いかにも」
「そうですか。…アマールへ、救助した地球の人々を連れて行けない理由が分かりました。…感謝します、提督」

 雪の言葉に、司が「えっ」と呟く。
 こ…古代艦長、…どういう意味ですか…!?

 
「SUSが次に行うのは… 地球の移民を受け入れようとしたアマール星への制裁措置。SUSにとって、アマールは地球人を引き込んで連合国に反旗を翻そうとする謀反人なのではありませんか。…地球の人々をアマールへ送り届ければ、せっかく救助したというのにまたもや戦火の渦に巻き込むことになる。…だからですね…?」

 音もない室内に、雪の声が凛と響いた。
 ややあって、ゴルイがゆっくりとうなずく。

「…古代艦長。あなたの聡明さには敬服する」
「そしてもうひとつ」
 雪はゴルイに見えないように握りしめた両の拳に、今一度力を込めた…… 
「提督。あなたのエトス国は、私たちを攻撃しました。ですがこの先は、もう……二度とSUSには与するおつもりはない。違いますか」

 ゴルイのサファイアの瞳が、大きく見開かれた—— 
 次いで彼は、大きく息を吐き… 呵々として笑い出したのだ。


「…なんという…」
 ルークが驚きのあまりのけぞり、その拍子に額に落ちてきた前髪を両手で押える。
 古代艦長、あなたという人はなんという…!私でさえ、それを提督に申し上げるのはまだ躊躇していたというのに!
 
 恐れ入った、と言わんばかりに笑い続けるゴルイと、真っ直ぐな瞳でそれを見つめる古代雪。その口元に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。


 一頻り笑い終えると、ゴルイは勢いよく立ち上がった。

「古代艦長。…あなたのような優れた武人に、我らは再三失礼なことを申し上げた。あなた方を手弱女、と言ったことはどうか、水に流して頂きたい!」

 あなたがおっしゃる通り、我らエトス軍、そしてフリーデ・ベルデルの心ある将軍たちは水面下で結託し、SUSに対する反乱軍を組織している最中なのだ。アマールという国は我ら列強の中にあっては弱小国だが、SUSにとっては重要な資源を供出する、なくてはならない星。アマールが離反しあなた方と同盟を結ぶとすれば、それはSUSにとって由々しき事態である。アマールが報復を覚悟であなた方と結託しようとしたのも無理はない……彼らも、虐げられることにこれ以上我慢ならなかったのだ。あなた方地球人を受け容れる見返りに、かの星の女王イリヤは何を…要求したのかね?


 ゴルイの言葉に、雪、そして司も愕然とする。
 唐突に、話の全貌が見えてきたからだ。

(……次郎くんが… テレサを自由にしてあげたいという一念で発見したはずの、美しい星アマール。でもあの星の女王は、移民を受け入れる代わりに、地球の軍事力を手に入れたがっていたわ。イリヤ女王にとっては地球からの移民の話は“渡りに船”だったのかもしれない。……その背景にはこんな…、こんな恐ろしい事情が隠されていたなんて)

「大方、イリヤはあなたがたに軍隊を、そして異星文明を基にした武力を要求しているのではあるまいか?…彼女はもうずっと先から、アマールのSUSよりの離反を願っていたのだ」
 雪の先見の明にすっかり心を許したのか、ルークのたしなめるのも聞かず、ゴルイはさらに語り出した。

「…そう、我らが目指すはSUSに対する一斉蜂起。これが露呈すれば我らもアマールともどもSUSの制裁を受けることは間違いない。だが、これ以上あの訳の判らぬ恐怖政治に屈しているわけにはいかぬ。
 無垢の地球市民を機械化兵士と偽り、一方的に被害を受けたと主張し、あれほどの罪なき犠牲者を生み出したSUSに、これ以上翻弄されるのは我らとしても本意ではない。古代艦長…!」
 揚々と志を振りかざし、提督は雪に向かって視線を降ろした。
「は…はい、提督」
「私は、あなたを我が栄光あるエトスの、友軍の長として迎えることを希望する。共にSUSと闘おうではないか!」

 えっ………。

「…て…提督?!」
 その巨大な両手に有無を言わさず握手を求められ、雪は驚いて言い淀む。

 待って…、どうしてそうなるの?!

 ゴルイは雪の右手を握りつつ、瞳を輝かせて続けた。
「我らは共に、あなた方の移民先アマール星への制裁を阻止し、SUSを撃ち破る。その暁には、地球はアマールの衛星に侘しく居を構える矮小な国ではなく、我らが列強の独立国の一つとして名を馳せることになろう!」
「ちょ… ちょっと待ってください…!」
 雪だけでなく、司も飛び上がりそうになっている。


 だ、駄目でしょそんなの、絶対困る…!!!

 だってそれ、共同戦線を張ってSUSに宣戦布告する、ってことでしょう?!
 アマールへの制裁を阻止する、っていうところまではいいけど、SUSに立ち向かうって……そんな勝手なこと、私たちだけで
決めるわけには行かないわ…!!


(古代くん、…進さん…!!私、どうしたらいいの…!?)


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