RESOLUTION ll 第1章(4)

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「…ワープアウト10秒前!」
 折原真帆が右手で胸元を押えながら前方操舵席の小林に言った。ロングワープはやはり相変わらず苦手だ。このヤマトは防衛軍のどの戦艦より、そしてかつて存在したどの艦よりも高性能だというけれど、ワープの不快感だけは個人差によるものが大きい…… 出来るなら早く終わって欲しいものだわ。

 小林の「了解」の声とともに、前方の“景色”が急激に変化する……見えてきた、真っ暗な通常宇宙空間だ。



 後ろの艦長席から、古代進の声が凛と飛んだ。
「…総員、敵襲に備えろ。ワープアウトと同時にプローブ発射、策敵後味方全艦隊のコレスポンデンス<識別信号>を確認せよ!」
「了解!」
「……ヤマト、ワープアウトします!」
「護衛艦隊…全艦、本艦の後背にリアライズ!」
「時空震制御システム、解除」
「…プローブ発射します」
「…通信、回復!」

 同時に艦内全部署から<システム、オールグリーン!>の声が届く。
 息を詰めて、敵襲はまだかまだか…と身構えていた折原は、レーダーに動くものの反応がないことに拍子抜けした。コスモレーダー、次元レーダー、およびタイムレーダーも作動させているが、この先の宙域に反応するものは何もなかった。赤外線レーダーだけが、前方の宙域で未だ起きている燃料の爆発と思しき反応を捕えている……それ以外に、意志を持って動こうとしている物体は何もなかった。

 操縦は、ワープに入る前から小林に代わっていた。戦闘が予測されたためである。桜井はサブ操舵席に移っていた。
「……敵は…撤退したのか?!」
 クソォッ!と操縦桿に拳を叩き付け、小林が唸る。

「動くものが何もない」それは敵が撤退したということを意味するが、同時に生存者がいないことを示すものでもあった——


<ヤマト……!ヤマト…応答せよ。こちら地球連邦宇宙科学局、島!>

 地球本部からの遠距離通信が、回線を開くよう求めてきていた。ノイズと共に聞こえてきたのは古代にとっては聞き慣れた、親友・島大介の声だ。

 通信長の中西が勢いよく次郎を振り返った。(地球との直接交信が可能になったって言うのは本当なんだ…!すげえ…!!)

 この場所は地球から2万光年、通常のスーパータキオン・ネットワークでは地球からのダイレクト通信はもはや届かず、中継ブースターを経ても3日かかる位置である。わずかなタイムラグがあるとはいえ、その音声はまさかそれほどの遠距離を飛んできているとは思えないほどクリアだ。
「……受信状態良好。多少ノイズが残りますが、映像も出ます。…パネルに投影します」
 次郎が専用回線の受信装置を調整し、画像を天井のパネルに投影した……
 パネルスクリーンいっぱいに映った次郎の兄・島大介の姿を見て、古代の目が僅かに和む。2人はさっと短く敬礼し合った。

<古代。襲撃現場の状況を報告してくれ>
「プローブによる探査結果では、周囲半径1万宇宙キロ以内に敵艦はいない。…撤退したと見ていいだろう。第一次移民船団の状況については…現在探査中だ」
 報告する古代の目元に、苦渋が走る。
<…そうか。真田長官から、生存者の捜索と同時に敵艦内部に例の紫色の粘体があるかどうか、調査するよう伝えてくれと伝言があった。……>

 ……雪の<サラトガ>は……どうなったんだ…?

 親友が、その厳しい表情の下で同時にそう問い掛けていた。古代はそれを察したが、目を伏せると画面を切り換えるよう指示を降す……
「…見てくれ」
 

 科学局の全方位マルチスクリーンに、ヤマトから送られて来る映像が投影された。


「………ああ…!」
 大介の背後で自席コンソールに向かったまま、その映像に目を上げたテレサは、思わず両手で口元を押さえた。コマンダー・ブースの下部に広がるコンピューター群に張り付いているスタッフたちの間からも、同様の嗚咽が上がる。

 ヤマトの前方には、仄かに明るく染まった宇宙が見えていた…

 その明るさの原因は、いまだ大規模な誘爆を続ける、地球の移民船の残骸、護衛艦隊の残骸だった。ヤマトの至近距離にも、爆発で四散した艦隊の名残が飛んで来ていた。大小様々な金属の塊。装甲板と思われるもの、砲塔と思われるもの。そして、目を凝らして見なくとも、その中に無数の細かい市民たちの遺留品が混じっているのが分かった。

 ……クマのぬいぐるみ。
 蓋の開いたトランク。
 降りしきる雪と見紛うような無数の小片は、凍り付いた人体の一部と思われる、色とりどりの布の切れ端である……

 その中を縫って、救命艇とコスモパルサー隊が低速で飛行していった——。



「ママ…大丈夫?」
 惨い画像の意味がまだ理解できないみゆきが、テレサの膝元で心配そうにそう言った。ママ、震えてる。泣いてるの?
「…みゆき…」
 テレサは娘の小さな手を膝の上で握りしめた。

 画像が僅かに乱れる。
 …みゆきのテレパスと、私のテレパスとでサポートしている通信波。だから、私が心を乱すと通信にも支障が出る……
「大丈夫よ。…ありがとう」
 心配そうに振り返った夫にも、顔を上げてうなずいて見せた。
「……みゆき。次郎さんは大丈夫ね?守くんも元気ね?」

 この幼い娘のテレパスは、理屈ではなく次郎と守に向けて一直線に飛んでいる。嬰児だった頃よりも、今は格段にその力が増していた。母にそう訊かれ、みゆきは「えーとね…」と意識を集中した——。



「……えっ」
 な…なんだこれ。

 小さく声を上げた次郎に、中西がもう一度目を剥く。
 あの島本部長が操作しているのは「地球〜ヤマト」間のダイレクト通信用プロトタイプ機器だというが、通信のプロである自分がその機器を任されなかった理由が、中西には理解できなかった。次郎がこの機器を直に扱う理由は、この通信機のプログラムが単純に「次郎を思うみゆきの思念波」によって動作しているからなのだが、当然中西にはそのことは伏せられている。

「なんだこれ?」なんて言っちゃうようなド素人に、どうして新開発の遠距離通信機を任せるんだ。いくらこの人が「移民船団本部長」だとしてもさ。
 ちょっと不服そうに中西は立ち上がり、次郎の背後からそのモニタを覗き込んだ。

「……なんだこりゃ!?」
 だがあろうことか、中西の口からもそんな台詞が飛び出す。
「どうした」
 古代の声に、次郎と中西が異口同音に答えた…
「通信速度が急激に上がってます!」
「地球側の通信出力、急激に拡大!」

 どういうことだ、と問い返す古代の目前のパネル上で、折原が接続している被害空域のプローブ探査網までが、驚くほどの速さで拡がって行った——




 科学局のコンピューター群にも出力増大の影響が出ていた。幾つかの回線が負荷により停止したが、すぐに大容量を送電できる回線に切り換えられた。ヤマトから返って来る映像はよりクリアになり、音声のノイズやタイムラグも急激に解消されていく。

 驚いて歩み寄る夫に、テレサはうなずいて見せた—— 大丈夫よ…、島さん。
「みゆきが成長したので、テレパスも強くなったのだと思うの。…私の持つ力はもう小さいけれど、この子の力が昨日よりもずっと大きくなっていますから…」
 テレサの膝にもたれている美雪が、大介を見上げて得意げにニコッ、と笑った。
「パパ、じろうさん元気だよ。まもるお兄ちゃんも」
 テレサと繋いでいる小さなその手から、見覚えのある金色の光がキラキラと零れていた。 

 ——テレサが厭うた超常の力。
 制御不能になれば、惑星を燃え盛る太陽にも変えてしまう、呪わしい能力…… 

 まだこんなに小さな娘が、すでにその強大な力の片鱗を見せ始めている。そのことを俺は…俺たちは、喜ぶべきだろうか、それとも。
 ——大介は娘のとなりに膝をつき…頭を撫でるとニッコリ笑い返した。

「……よし、えらいぞみゆき。次郎と守が大丈夫かどうか、ずっと見ていてくれるね」
「うん」
「パパとママと、みゆきの3人で、ヤマトを…守のお父さんを手伝おうな」
「わかった!」


 急激に拡大されて行く探査網…… 

 突如、生存者を捜索するコスモパルサー隊から、金切り声で第一報が入る。
<古代艦長!!生存者を発見しました!>
 クルーの間から驚喜の声が上がった

 やった…!すげえ!!例え一人でも…生きていてくれた!!

 古代は歓喜する第一艦橋を見渡すと、後続の全艦隊へ指令を降す。
 無人機動艦隊へは周辺宙域の哨戒を、そして有人護衛艦乗組員には生存者の収容を。
「よし!全護衛艦隊、大至急救助活動に当たれ!くまなく捜索しろ!一人も見落とすな…!」

 

 生存者の捜索と遺体の収容にはその後、二昼夜が費やされた……

 だが、彼らが救い出すことが出来たのは、3億人の市民と百隻を越える有人護衛艦の乗組員のうち、僅か60名あまりに過ぎなかった。


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