RESOLUTION ll 第1章(3)

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<3>


 テレサ。

 君は昔… テレザートが白色彗星に飲み込まれても彼らと戦うことはしない、と俺に言ったね。この星が彼らに潰されるなら、その運命を…受け容れるつもりだと。

「実は俺も、この地球がたとえブラックホールに飲み込まれるとしても、俺たちは戦わず、静かにその運命を待つ方がいいんじゃないか…って思い始めていたんだ…」
「…………」

 目覚めたばかりの自分にかけられた、その唐突な言葉。言いにくそうに…迷うように、大介は目を伏せる。

 …島さん…私に…何を言おうとしているの…?



「ヤマトは…これから間違いなく戦いの渦中に飛び込んで行く。みゆきと君の力を借りて通信を続ければ、否応なく俺たちもその戦いに加担することになる」
 きっとまた、大きな犠牲が出るんだろう、敵にも、もちろん味方にも。  
 …俺は、また……君の『戦いたくない』という願いを踏みにじることになる。…それは正直…辛い。

 ベッドに座る母子の足元に膝を付き、「だけど」と大介は続けた。 

 みゆき。この子を…
「この子を、俺は… 失いたくないんだ」
 ここで戦うことを放棄すれば、この子の将来はなくなってしまうかもしれない。…それは、…やっぱり、嫌だ……。
「自分勝手かもしれないが、俺は成長したこの姿を見て…今はっきり、そう思った……」
「…島さん…」

「君の気持ちは…知っている。俺だってその気持ちを大事にしたい。…だけど…」



 守りたいんだ。…愛しているから。
 ——かけがえのないこの子を、君と俺の娘を。



 その大介の声音に、テレサは瞼を閉じた。——島さん。あなたはこれまでずっと、私の願いを共に守ろうとしてくださった。…軍人であることを捨てて、武器を取らずに生きようとしてくださった。一緒に生きるということは、『同じ思いで生きるということ』…そうしよう、という約束を…あなたはずっと守ってきてくださったわ…

 そして、全霊を傾け、娘の自分を愛し護ってくれた両親の思い…。それと同じものが、彼の声にも宿っている。守りたいもの、守らなくてはならないもの。それが父また母となった私たちを変えて行く……。 

 テレサはゆっくり目を上げた。
「…私も、同じ思いです、島さん」
「……テレサ」
「島さん?」
 テレサは微笑んだ—— 島さん、どうかご自分を責めないで…?

 

「…テレザートで、たった独りで居た私は… 他に失うものが何もありませんでした。だから『この星が踏みにじられても戦わない』、そんなことが言えたのです。けれど、あの時だって私に…守りたい家族や大切な友達がいたとしたら、…そんな風にはきっと、思わなかったに違いありません」
 誰とも戦いたくない、というのは気高い思いかも知れません。
 ですがそれは、<愛する人を守る>ということが本当はどういうことなのか、知らなかったから言えたこと……
 みゆきやあなたを愛しいと思うのと同じくらい。
 次郎さんも、守くんも。古代さんや…雪さんや他の皆さんのことも、私は…愛しい。決して失いたくありません。

「……そのための戦いなら、私は喜んでお役に立ちます」
「テレサ…」
 我知らず目頭が熱くなる。
 
 大介の顔を見ていたみゆきが、心配そうに小さな手を伸ばして、こぼれそうになっている雫を止めようとした。
「パパ?…おなか、痛いの?」
「いや」つい笑みが浮かんだ。みゆき、お前は優しいね。…いい子だ。
「なんで泣いてるの?」

 そんな質問を。…昨日まで…赤ちゃんだったお前が。

 急激な成長に戸惑い感動しながら、大介は笑顔を見せた。
 こんなに嬉しいことって、滅多にないよ…。

「みゆき…涙っていうのはね、痛い時や悲しい時にも出るけれど、とっても嬉しい時にも出るものなんだよ…」
 みゆきが「ふうん」と母を見上げると、母の目にも涙が宿っていた。
 ママも、嬉しいのかな?

「そうよ」
 ……愛しているわ、みゆき。
 愛しているわ、…あなた。
 そして、私に「愛すること」を教えてくださった、愛しい人たちへ。
 私の出来ることすべてを。——その愛に応えるために。


 みゆきは母の腕の中で、父に抱きしめられた。
 パパ、苦しいよ。
 見上げて、父と母の唇が深く触れ合っているのを不思議に思う。
 <愛している>
 それを言葉ではなく、別の方法で表しているのだと…それだけは分かった。これはね…<キス>というのよ。<大好き>という意味よ、と母がその脳裏にテレパスで教えてくれた……



 うふふっ。キス?
 大好き。
 ……パパ、ママ、じろう、まもる、…みゆき。
 わたしの、大好きなひとたち。 
 
 みゆきはゆっくりと微笑んで。
 父が母を抱きしめて長い口付けを交わすのを、2人の腕の中で……満足そうに見守った。



          *         *         *



「…なんですって?!…まさか」
 一方、科学局本部で佐渡から連絡を受けた真田は心底仰天していた……まことに、彼らしくもないことではあったが。

「紫の小鳥が一羽、生きていた」。

 佐渡は、古代美雪の言葉を借りて、真田にそう報告したのである。



「<沙羅>で古代たちがあの紫色の粘体の残骸を回収したときは、完全に生命反応は消えていたはずです。こちらへ運んで来られたときも、そんな兆候はなかった」
 通路を足早に歩きつつ、真田はモバイルに向かってそう繰り返す。「…仮死状態だったということでしょうか!?」
<いや、ワシにも何が何だかわからんのじゃ>
 通話相手は佐渡である。
 佐渡は村正と古代美雪を伴って、例の紫色の宇宙生物を真田のいる科学局へと搬送してきたのだった。

<とにかく、ワシは美雪ちゃんと地下の分析室におる。今のところ、攻撃の意志があるとか毒物を吐き出すとか、そういう危険な様子はない…真田くん、急がんでもええ、もうじきヤマトがワープ明けするのじゃろう>
「いえ、…この目で見ておきたいのです」

 ヤマトが護衛艦隊と共にワープアウトする地点は、第一次移民船団が襲撃された宙域のすぐそばである。可能性としては、ワープアウト直後に戦闘に突入することも十分考えられた…だが。
「…観測と通信は、テレサとみゆきちゃんのおかげでほぼリアルタイムで行うことが出来ます。作戦本部の指揮所では島にスタンバってもらっていますから」

 島がテレサとみゆきを連れて、科学局の作戦指令室に戻ったと数分前に連絡があった。ヤマトのワープアウト後に起こる、危険な可能性に対処するため何をすべきか、島になら俺と変わらぬ判断ができる。万一の際の戦闘指揮も任せられる。

(この俺の分析の目を誤摩化すような宇宙生命体か。…どうあっても、直に見ておかなくてはならん)

 科学局には、佐渡に託した標本の他にまだ多数の紫色の残骸が保存されている。その中にも、同様に息を吹き返したものがあるとすれば、由々しい事態だ……佐渡先生は「危険では無さそうだ」と言うが、そもそもあれは、古代の乗った<沙羅>を襲撃してきた敵艦の内部にあったものなのだ。100%の安全など有り得ない。

 モバイルをシャットダウンし、真田は駆け足で地下の分析室へ通じるエレベーターに飛び込んだ。


            *         *         *


「……骨格は無い。成分組成も未知のものだ。……バラノドンと似とるな……」
 分析室では、佐渡が延々と出て来るデータをボードの上に眺めつつ首をひねっていた。
「……地球上の生物だと、美雪ちゃんの言うように、小鳥…っていうのもアリですが、目や口らしいものがないところは…“クリオネ”みたいじゃありませんか?」
 村正が分析室の技官にフィールドパークで出した分析結果を手渡し終えて話に混ざる。佐渡は腕組みをして「ほう、言われてみれば確かにそうじゃな」と再度クリアガラスの向こうに見入った。

 ここは科学局分析室。
 佐渡フィールドパークのDNA解析室を一回り大きく、高度にしたものがこの分析室である。機能は言わずもがなであるが地球一、だ。


「…ねえ?バラノドンってなに?」
 美雪が訊ねた。クリオネは知ってる。流氷の天使、という別名があるくらいだけど、あれはこれよりもずっと小さいよ。
 その目は、例の小鳥に注がれたままだ。
「バラノドンか?…バラン星に棲む現住生物じゃよ。…標本はないんじゃが」
「…あれは、一個体がもっとずっと大きかったじゃありませんか」
「おお、真田くん!」
 皆の背後に、息を切らした真田が現れた。と同時にオートドアが音もなく閉まる。状況はどうですか、と彼は村正、佐渡、そして局付きの技官たちの顔に順に視線を送った。

「いや、個体同士が結び付いて、自在に形を変えられる…という特徴がバラノドンと似ている、と思ったんじゃが…」
 分析室の中央に設置された、大型の実験台。クリアガラスに覆われた台の上には、佐渡が運んで来た例のアメジスト色のキラキラ光る結晶と、その上で今やゆっくりと翼を閉じたり開いたりしている宇宙生命体が載っていた。

「……こんにちは… 真田さん」
 難しい顔で飛び込んで来た真田にちょっと遠慮しながら、古代美雪がぺこりと頭を下げた。
「ああ、こんにちは美雪ちゃん」
 今しがた美雪の存在に気づいた、と言わんばかりの真田の態度に、村正が苦笑する。紫の小鳥に最初に気付いたのは、美雪ちゃんなんですよ?
「そうなのかい?」
「伊達に古代とユキの娘はやっとらんよ、なぁ?美雪ちゃん」
 それは半分冗談。
 だが、『子どもならでは』の勘には確かに侮れないものがある。それは稀代のサイエンティスト真田としても、否定できない事実であった。



「この生命体は、幾つかの個体が寄り集まって一つの意志を持っていたのではないかと考えられるのですが、この小さな個体は非常に大人しく非活動的です。……しかし、一体これは何なのか。異星人なのかそうでないのか、どこのものなのか。やはりいまだ一切、分かりません…」

 村正が、今しがた局のCPUが弾き出したデータを真田に渡しつつ、そう言った。
 確かに、この…クリオネのように翼部分をまったりと広げたり閉じたりしている小さな個体を見ている限り、悪意はまるで感じない。ただしクリオネという生物も、その可愛らしい外見とは裏腹に補食する時はグロテスクかつ攻撃的だ。この紫色の小鳥にも、そういう恐るべき変化が急に現れたとしても決して不思議ではない……


 ねえ、真田さん?
 美雪の声に、真田は彼女を振り返った。
「この子…元いた所に、…お友達の所に、返してあげられないの…?こんな遠い宇宙に来ちゃって、独りぼっちで…可哀想だ、っておじいちゃんにも言ったんだけど…」
「…可哀想…?」
 驚いて言い淀んだ真田に、うん、と美雪は呟いた。
「他のお友達は…死んじゃってるんでしょう?それならお墓も作って上げないと。こんな風に、いつまでもさらして置いておくのは可哀想だよ」
「…そ…そうかい」
 うーん…でもね、これがどこから来たのか、私にも先生にも、分からないんだよ…。
 申し訳なさそうに言った真田にまた背を向けると、美雪は「なあんだ、そうなんだ…」と残念そうに言った。溜め息を吐いた背中が、紫色の宇宙生命体に向かって「ごめんね」と呟く。


 真田は面食らって目を瞬いた。
 ……古代。
 お前の娘は、随分…ロマンチストだな。
 宇宙生命体の死骸にお墓だって?
 仮死状態から息を吹き返した宇宙生物に、独りぼっちで可哀想、だと…?
 だが良く思い返せば、古代、お前自身がそういう感傷の持ち主だったかもしれんな……。

 だが、<沙羅>を襲った5隻の敵艦内部に大量にあったのがこれの死骸だ。よもや、とは思うが…、この宇宙生命体数百の個体が寄り集まって意志を持ち、敵艦を動かしていたと考えるとすればどうだ。
(だが……わからん。なぜそれが<沙羅>に敵意を持つ?なぜこの無垢な生命体が一方的に彼らを攻撃して来たのだ?)


 真田は思案しつつ、おもむろに分析台の下部からインカムを取り、作戦司令本部へ伝達する。

「…島」
<はい>と短く音声のみの返事があった。
「……古代たちが第一次移民船団襲撃現場に到達次第、調査を依頼してくれないか。襲撃現場で<沙羅>で回収したのと同じ、紫色の宇宙生命体が発見できないかどうか」
<…はい、承知しました>
「現場へ到達すると同時に戦闘に突入する可能性も大だ。その場合はもちろん調査は後回しでいい。だが可能な限り早く行え、と伝えてくれ」
<わかりました>

 インカムに向かって話す真田を見ていて、美雪がふと思い出したように言った。
「……テレサもここ(科学局)にいるんだよね?」
「そうじゃよ。みゆきちゃんも一緒じゃ」
 佐渡は、美雪はテレサと娘のみゆきにも会いたいだろう、と思っていた。…だから、ここへ美雪を一緒に連れてきたのだ。
「ただ、テレサは今、大事な仕事中じゃ。美雪ちゃんと遊ぶ時間はないぞ、いいか」
「…お仕事してるの!?科学局の??」
 テレサすごぉい!!
 やっぱり島さんの奥さんだから? すごい、雪ママみたい!!
 目を輝かせた美雪に、真田も微笑んだ。あとで、テレサのいる作戦司令本部へ一緒に行こうね。

「はい!!」
 それを聞いてほころんだ嬉しそうな笑顔が、父・進にそっくりだった。


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