RESOLUTION ll 第1章(2)

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 地球連邦宇宙科学局。
 
 新たに編成された地球防衛軍の護衛艦隊を率いて、ヤマトは今、第一次移民船団が襲撃を受けた宙域へと向かっている。移民船の生き残り、および護衛艦隊の生き残りの数は非常に少なく、状況は絶望的だった……だが一刻も早く現場へ駆けつけなくてはならない。

 科学局スタッフの声に、真田は顔を上げた。

「…ヤマト、および全護衛艦隊、2度目のワープに入ります」
「襲撃現場まで、あと1時間で到達する予定!」



「予定されるヤマトのワープアウト地点は、すでにコンタクトライン(通信最大限界距離)の外だ。そこから先のダイレクト通信は、テレサとみゆきちゃんのテレパスに頼ることになる」
「…はい、真田さん」

 コマンダーブースから眼下のモニタ群を見下ろしている真田の表情は硬い…… 無数の画面の青白い光に照らされた鼻梁とその広い額に、僅かな苦悩が走る。その横顔を無言で見つめていると、真田はふと何かを思い出したようにこちらへ向き直った。
「テレサは…ちゃんと休めているかい?」

 ええ…ご心配なく。と島大介はうなずいた。 

 第一次移民船団襲撃の報を受け、急遽防衛軍に復帰した大介と共にこの科学局にやってきたテレサと、娘のみゆき。
 以来一昼夜、ずっと彼女たちは大介と一緒にこの作戦指令室にいた。だが、不眠不休で動く事に慣れている夫たちとは違い、彼女には休息が必要だ。
 今テレサは真田が用意した仮眠室で、みゆきと一緒に眠っているのだった。

「……お前は休めたのか、島?」
 真田さんこそ。相変わらず俺よりもずっと長い間、ここに詰めているのに。
 そう思い、大介は苦笑する。
「ええ、ちょっと前に少しだけ。…これから、彼女を起こしに行きます」
「…長丁場になる。お前も出来るだけ、休んでおいてくれ」
「はい」

 

 地球からのダイレクト通信は、じきヤマトに届かなくなる。
 襲撃現場はここより2万光年。中継ブースターとリレー衛星を経ても通信が届くのに通常は3日を要する距離だった。だが、そんなに時間がかかっていては万一の事態に備えることなど不可能だ。

 大介の娘みゆきは、かつてその母が持っていたほどではないにしろ、それと類似したテレパスの持ち主だった。
 みゆきは無意識のうちに大好きな次郎と古代進の息子・
守の存在を追う…… 

 みゆきが次郎と守に向けて発する<想い>、そのテレパスは、かつてヤマトの通信機がテレサの発する<祈り>を電気的に受信したと同様、無作為の文字列や数列となってこの科学局の受信装置に反映される。その中から意味を成す数値や言葉を抜き出し、デバイス上でいわば『通訳』するのがテレサの役目だった。それを元に、ヤマトが航行する銀河座標、他の艦隊の現在位置などが刻々と割り出され、モニタ表示されていく。いわばダイレクトにヤマトを追い、思念波を飛ばすみゆきのおかげで、ヤマトとの直接交信が可能になったのだ。ヤマト側でそのための受信装置を扱うのは、みゆきの大好きな次郎である。

 絆、と言っても良かった。
 
 じろう、だいすき。
 まもる、だいすき。

 みゆきのその想いが、2万光年を経てヤマトまで届いている。

(…俺とテレサ…君の娘が、次郎…そして、古代の息子へ…)
 ——それが今、地球とヤマトを繋ぐ絆……。

 不思議な運命だな。
 複雑な思いで、大介は仮眠室のドアをくぐった。



                   *



 殺風景な室内に引かれた白いカーテンの向こうで、テレサは眠っていた。

 みゆきを抱いて眠っている彼女は、昨日の服のままだ。長い睫毛が頬に落とす影が、普段よりも濃く、深く見えた。……酷く疲れさせてしまったようだ。 
 みゆきのテレパスが電気的信号となって表示されるモニタを、彼女はずっと見続け、翻訳機の操作を続けていたのだ……無理もなかった。
 大介はベッドの端に腰かけ、彼女の閉じた瞼にかかる髪を指でそっと後ろへ撫で付ける。こんなにぐっすり眠っている彼女を起こすのは、気の毒なような気がした…

 ふと、罪悪感を覚える。

 テレサ。…君を、こんなことにまた巻き込んで…すまない……

 例え地球が未知の敵の攻撃を受けても、例え君とみゆきを守るためでも。二度と戦いには行かない——この手に武器は取らない。——俺は…退役する時、君にそう誓ったのに……

 だがテレサはきっと、笑って答えるのだろう。
 いいえ島さん、あなたは武器を取ってはいないわ。私たちは、誰かの命を奪うためにここへ来たのではありませんもの。
(…だが、ヤマトは今後、確実に戦火の渦に飛び込んで行くだろう。そのヤマトを、俺たちはここでサポートするんだ。一丸となって戦うも同じことだ)
 直に手を下すわけではない、直接殺意を誰かに向けるわけではないのだから。そう自らに苦しい言い訳をしながら、この作業を手伝おうと健気に立ち回る彼女が、不憫でならなかった。 


 ——いっそのこと… 

 この地球が滅びる運命なら、俺たちもそれに逆らわず、ただひっそりと過ごしていさえすればいいのではないだろうか。…君がかつて、彗星帝国に潰される運命の星テレザートで、そうしようと心に決めていたように。

 気丈に笑顔を見せるテレサの心の奥にあるものに思いを馳せるたび、大介の気持ちは沈むのだった。二度と戦いに手を染めたくないというテレサの願い。だが俺は、君にその誓いを…またしても破らせてしまうのではないだろうか——


 腕のクロノメーターがピッ…と小さな音を立てた。
 ヤマトのワープアウトが20分後に迫っている。
 あの船が通常宇宙空間に出た時、そこは第一次移民船団が壊滅的打撃を受けた戦場だ——

(……テレサ…)
 申し訳ない気持ちで、また妻の寝顔に視線を落す。…と、その腕の中でうつぶせになって眠っていたみゆきが小さな欠伸をして瞼を開いた。
「……ん…パパ…?」

 ………?

 娘の口から出た言葉の滑舌が、急に達者になったような錯覚を覚え、大介は目を瞬いた。みゆきはテレサの腕の中でくるりと寝返りを打つ。大介が心配そうな顔をしているのを見てか、よいしょ、と身体を起こした……
「パパ、どうしたの…?」
「……?!」 
 言葉が急に達者になっていると感じたのは、間違いではなかった。
「みゆき…?」
 もぞもぞと薄い掛け布団の下から這い出てきた娘の身体に、大介は驚愕する。

 ……成長しているのだ、それも…大幅に!
「みゆき…!!」

 さっきまで、みゆきの見てくれはこの3年間ほぼ変化のない、月齢12ヶ月の乳児…という様相だった。だが、今目の前にいる娘はどう見ても3歳か4歳、という姿なのだ。


 ……メタモルフォーゼ…?!


 もしかしたら、とその可能性については真田も語っていた。
 「赤ん坊」という無防備な姿をいつまでも続けることは、種の本能としては危険極まりないことだ。だが、その成長の形態にも何か、我々地球人類には理解できない意味があるのだろう。もしかしたら、テレザートの人々はある時期が来ると急激に姿形を変える変態——メタモルフォーゼを経て、成長するのかもしれんな、と。

「…パパ?」
 口も利けずにいる父親を、きょとんとして見つめるみゆきの顔は、もうすでに「幼児」である。今になって気付いたが、波打つその髪も随分伸び、色も昨日までの鳶色ではなく赤みがかった金色に変化していた。

「……みゆき…」

 こんな時でなければ、盛大にお祝いするのに…。
 その成長に思わず胸が詰まる。テレサをそのまま小さく作り替えたような、愛らしい姿。大介は、満面の笑顔で両手を差し伸べた娘をそっと抱き上げ、その柔らかな頬に頬擦りした。
「テレサ、起きて…」
 彼女を片方の手でそっと揺さぶる。
 みゆきを見てごらん、テレサ…!



 ママ、と呼び掛けられて目を覚ましたテレサも、娘の姿に驚き…そして、涙を見せた。
 そう…… そうだったわ。
 私たちの星の人間は、成人するまでに、何度か大きな変化を迎えるの。
 ——思い出したわ…。


「みゆき自身には、負担はないのかい?」
 大介の懸念はそれだけだ。さなぎから蝶が羽化する、卵から小鳥が孵化する……そのどちらも、直後は非常に無防備で弱々しいものだからだ。
 テレサは心配そうにそう言った夫を見上げ、微笑んだ。
「…大丈夫です。眠って…起きて。起きた時には変化は終わっているはずですから」
 夫は娘を、それは大事そうに抱いていた。このパジャマはもう小さいね、新しい服を揃えてやらなきゃぁ、と言って微笑む夫は至極幸福そうだった。
「…こんな時でなかったら、……みんなを呼んでパーティーでもするのにな…」
 ベッドの上に降ろしてもらい、今度は母に抱きついてニッコリする娘を見て、大介は悔しそうに呟いた。



 急に……彼の中に沸々と熱い思いがこみ上げる。
 この子を。
 ——この運命の渦の中で見失うのは…嫌だ。

 


「テレサ…!」
 静かな決意が込められたその声に、テレサの胸に抱かれたみゆきが父を振り仰いだ。

 


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