RESOLUTION ll 第1章(1)

<第2部>

 氷の墓標・アクエリアス氷塊ドックにて改造を受け生まれ変わった、新生宇宙戦艦ヤマト。
 深宇宙から帰還した古代進を再び艦長に迎え、人類の最後の希望が今、氷塊ドックから飛翔立った。

 ——地球防衛軍残存艦隊112隻と共に。

 時に、西暦2220年、3月某日——

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<1>



 今にも泣き出しそうな、曇天の下。

 佐渡フィールドパーク管理棟の中庭と、飼育動物たちの棲息するフィールドを隔てる林の中で、古代美雪はひとり、踞っていた。


 ……ごめんね… ピッピ。

 木々の根元に、泣きながら穴を掘る。小さな…穴を。

 命の大切さは、身体の大きさとは関係ない。ヒトも、ライオンも、小鳥も……命の尊さ、重さはみんな、いっしょ。
 美雪はそう思っている……

 動物は、種類によってみんな同じ顔をしている、性格の違いなんか無いという人がいる。でも、それは間違いだ。とっても似ている子もいるけれど、同じ顔をしているようで好き嫌いも癖も、みんな違う…それは驚くほど、違うのだ。
 小さな穴に埋めるのは、管理棟で飼っていたコザクラインコだった。「ピッピ、ピッピ、かわいーねー」と美雪の真似をした。
 アナライザーが傍を通ると、カン高い声で電子音の真似をした。
「ミユキチャン、ミユキチャン」と佐渡先生そっくりの声で美雪を呼んだ。
 まだ、たった8年しか生きていないとおじいちゃん…佐渡先生は言っていた。

 ……8歳。
 ……美雪と同じ。


 良く喋る、賢い子だから、とフィールドパークの鳥類飼育舎から1羽だけつれて来た、奇麗な色の小さなインコだった。でもたった一羽でいると、小鳥は自分では体温調節をすることが難しい……そのことを美雪が忘れていたのだ。
 とても寒い夕方に、ピッピの籠を、ベランダから部屋の中に入れ忘れた。
 ……真夜中に気がついて慌てて籠を入れたけど、ピッピは…うずくまったきり、もう目を開けなかった。


「……人間が他の動物の命の世話をする、ということは… とても難しいことじゃなぁ……、のう、美雪ちゃん」
 佐渡先生は、そう言って号泣する美雪の背中を優しく撫でてくれた。誰も美雪を叱らなかった。美雪のせいでピッピが死んだのだ、とも、それがピッピの運命だったのだ、とも言わなかった。

 ピッピに対して、ごめんね、と思うことは大事じゃ。
 でも、自分を責める必要はないんじゃよ。
 その涙のおかげで、二度と同じ失敗はすまいと心に刻まれるじゃろ?
 ピッピの命の重さが、心にしっかと刻まれたじゃろ?


「……みんなの所へ返してあげれば良かった…」
 みんなから引き離して、ごめんねピッピ、と美雪はまた泣いた。
「…そう思うことも出来るよ」
 しかしな、と佐渡は小さな目を細めて言った……


 こうすれば良かった。
 ああするべきだった。
 そう考えることは悪い事じゃない、が。
「失敗した、じゃあ今度、次はこうすればいい、とそう考えればいいんじゃ」
 ピッピは幸せだったと、ワシは思うぞ?
 あんなに小さな小鳥が人の言葉を真似るのは、彼ら自身がそうしたいと願うからじゃ。幸せでなければ、ピッピから美雪ちゃんに話しかけてきたりはせん。


 それが本当だったら、どんなにいいだろう。

 美雪はそう思いながら、傍らに置いた小さな亡骸をそっと手に取った。せめてもの罪滅ぼしにと、母からもらった、大事にしているイチゴの刺繍のついたハンカチでピッピを包んだのだ。
 命の抜けた亡骸は軽くて、また涙が溢れた。ハンカチの中には何も入っていないのではないかと思うくらいだった。掌で温めていたら、生き返るんじゃないだろうか、何度そう思ったことだろう。
 美雪は佐渡に促されて、イチゴのハンカチを穴の底にそっと入れた。


 小さな墓標が、出来上がった。

「……さあ、部屋に入ろう」
 佐渡がそう言って、美雪を促す……そろそろ戻ろう。美雪ちゃんの身体もこんなに冷えとる。風邪を引くぞ……

「一番大事なことはな」
 まだ啜り泣いている美雪の背中を抱くようにして、佐渡は続けた。
「ピッピのことを、忘れないことじゃよ」
 すべての命は、何かを伝え残すためにこの宇宙に生まれる。その役目を果たさずに消える命など、一つもないんじゃ。
 だから……、出逢ったすべての命を、覚えているんじゃぞ。


「うん」
 忘れない。忘れないよ。

 美雪はもう一度、小さな墓を振り返った。

 


「…おじいちゃん」
 振り返って、ぽつりと呟く。
「何じゃ…?」
「命って、…なんなのかな」
 佐渡はその問いに、目を細めて微笑んだ…… 
 そうさなあ。
「……命というのは… その人、その生き物の願いや、気持ちなのじゃないかのう」
「願い?」

 そうじゃ。
 愛情とか、喜びとか。
 哀しみとか怒りとか。 
 そこに居たい、存在していたい…という願い。

「そういうものそのものが、命、なんじゃぁなかろうか。…わしゃあ、そう思っとる」
 例え姿形がどんなに違っていても…… それが、この宇宙全体に満ちる『命』というものなんじゃ。
「死んで身体が無くなれば、その人の願いも消えてなくなるように思うじゃろう。だが、そうじゃない。生きている者がその願いを覚えている限り、『命』は永遠なんじゃ」
 ピッピが美雪ちゃんを好きだった、——その思いは、美雪ちゃんがピッピを覚えている限り、永遠なんじゃよ……。


 それを黙って聞いていた美雪の頬に、また一筋涙が零れる。
 佐渡は慌てて、美雪の肩をぽんぽんと叩いた。
「…さ、戻ろう。…真田くんから珍しいものの分析を頼まれとるんじゃ。奇麗な結晶じゃよ。美雪ちゃんも一緒に見るか?」
「……うん」
 結晶?
 そうじゃよ。さっきちらりと見たんじゃが、アメジストみたいにキラキラ光っておった。それでも、生き物なのだそうじゃ。
 ふうん……

 佐渡と美雪は、手をつないで管理棟へと戻って行った。



 佐渡フィールドパークでは、かつてガミラス侵攻によって絶滅した動物のDNAの保存と、その保存DNAからの種の再生の研究を担ってきた。そればかりではなく、このパークは外惑星基地や植民惑星などで捕獲された、宇宙生命体などの分析も行う設備を備えている。ヤマトのイスカンダルへの旅以来、そうした分野ではこのノホホンとした獣医の右に出る者はいなかった。

「…ああ、先生」
 管理棟の地下にある分析室では、職員の村正がクリスタルケースの中に置かれたアメジスト色の結晶をCTスキャンしていた。
 白色の分析テーブルの上に載せられた歪な塊。両手に一抱えほどもあるその紫色の結晶は、透過光を受けてまるで宝石のようにキラキラと輝いている。

「これ…やはり生き物だったことは間違いないですね」
「ああ、真田くんもそう言っとった」
「触感はかなり固いですが… 死後硬直かな。最初はもっと柔らかかった、って報告書に書いてありましたね。…硬質のスライム状だったようです。この生物は死後どのくらい経ってるんですか?」
「あー…」
 佐渡は後ろについてきた美雪をクリスタルケースの内部が見下ろせる場所に座らせ、コンピューターに向かった。真田から回されてきた圧縮データのファイルを開きながらボヤく……アナライザーがおらんから、不便で仕方ないわい……
「古代が乗ってきた<沙羅>と遭遇したのが今から10日ばかり前じゃから…、単純にそれだけは経っていると思うんじゃが…」

 深宇宙から帰還した古代進の乗った防衛軍のスーパーアンドロメダ<沙羅>を襲った、未知の敵艦隊。この美しい紫色の結晶は、その敵艦内部に無数に飛散していたという、宇宙生命体のなれの果てであった。
「不思議ですね。…敵艦内部には乗組員はいなくて、残っていた有機物はこの生き物の死骸だけだったなんて」
「……うむ…。敵意を持って攻撃して来るような、知能を持った生き物には見えんがのぅ…」

 だが、現実にはこの紫色の粘液の塊を積んだ敵艦が5隻、<沙羅>を襲撃してきた。残骸の残るどの敵艦内部にも、この紫色の結晶が飛び散っていた、というのだ。
「この生き物が、何かの遠隔操作に使われていた…とか…」
「遠隔操作?」
「ええ、脳内の伝達物質みたいに……ピピって信号を受けて動く、みたいな」
「はあん……?」

 佐渡と村正は、額を寄せ合って解析機から吐き出されるデータを眺めていた。だが、そこに表れているのはごくありふれた、地球上にも存在する無数のタンパク質にいくつかの鉱物の元素記号だけである…… これが生き物だったことは確かなのだろうが、村正が言うような可能性については何とも言えなかった。


 美雪は、クリスタルケースの縁に頬杖を付き、キラキラ光る塊をじっと見ていた……

 すごぉく、きれい…。

(……あのとんがったところが、ちっちゃな天使の羽根みたい)
 見つめていると、歪な塊が幾つかの小さな欠片の寄せ集めみたいに思えて来る。羽根のような突起が、ひとつ…ふたつ。
(……?羽根の根元に、…あたま?尻尾も…ある…??)
 はて、と眺め続けていると、唐突に見えてきた。
 あれ? この塊。
 小鳥さんが10羽くらい、お団子みたいにくっ付いて、丸まってるような。


「…ねえ、おじいちゃん」
 思わず佐渡を呼んだ。
「なんじゃ?」
「…この塊、小鳥さんがいっぱいくっ付いて…くしゃって丸まってるみたいに見える。…でも、全部死んじゃってるのかなあ。…かわいそう…」
 佐渡は、アメジスト色に光る塊にうっとりと視線を注いだままそう言った美雪をまじまじと見た。
「村正くん。…これ一つで一個体、ではないのかもしれんぞ」
 村正がぎょっとして解析方法を変える。透過光が再び幾度か塊の上を行き来した。

 


「…驚きました」
 村正の手にある新たな解析結果に、佐渡は唇を固く結んだ。
 結晶は、ひとつが25グラムほどの小さな個体が20ほど寄り集まって出来たものだった—— 一つ一つの形状は、美雪が形容したように「小鳥」に酷似している。両サイドに羽根のような突起、頭とも思える丸い物が中央に一つ。そして、胴体と尻尾のようなものがついた、左右対称の個体。

「紫色の小鳥さん、だね」
 まだ分析台の上の塊を眺めている美雪がそう言った。まさしく、紫色の小鳥……分析スクリーンに投影された一個体の姿形は、まさにその言葉がぴったりだった。
 …これ、生きていたら奇麗に飛ぶんだろうねえ。遠い宇宙へ来て、寂しかったんだね…。みんなで一緒に固まって…温まってたのかな……

 だが美雪がそう思いつつじっと視線を注ぐうちに、塊の一部がピクリと動いた。(…えっ!?)

「ねえ、おじいちゃん、村正さん。小鳥さん、生きてるよ…?」
「なんじゃと」
「…ほら」



 驚くべきことに……
 美雪が指差した先には、塊の内部で蠢く個体の一つがあった。


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