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「ね…ねえ島さん?!」
テレサが慌てている。
例えば酸素がなくなったら。
例えば太陽が照らなくなったら。
例えばこの身体の中の機能がすべて止まってしまったら。
———それ以上に、君がいなくなってしまったら、俺は…!
(なのに、君って人はこんな呑気に)
テレサの着ているネグリジェの前ボタンを引きちぎるような勢いで全部外した。下着を付けていない肩が、胸が露になる。クローゼットの中の照明が、真上から白くそれを照らす。——泣きたいほど美しい。
「し…島さん、ねえ」
はだけた寝巻きの中のテレサは例によって何も身に付けていない…ヤマトの俺の艦内服だけを恥ずかしそうに胸に抱いて、両脚を竦めた。…禁断の果実、というイメージ。
「…どうしたの…?」
「どうもしない」
「だって」
「……愛してるから」
テレサがきょとんとした。説明、しなきゃ分からないだろうな。俺が帰宅した時にキミがいなかった、いやいないような感じがした、だから…ただそれだけのことで俺は死ぬほど心配した、泣きそうになっちゃった……だなんて。説明無しにこれじゃ、ただの発情期、直情バカだ……
ところが、テレサは目を細めて優しく笑ってくれたのだ。
「…島さん……」
ヤマトの艦内服は案外重い素材で出来ている。はらり、と落したようで、実際はバサリ、と聞こえる。
——バサリ。
テレサは胸を隠していたそれを落すと、俺の身体に抱きついてきた。それこそ、なんで裸で…こんな狭いクローゼットの中で、君に押し倒されなきゃならないんだ…?
「…あぁ…」
島さん、いい匂いがするわ。お風呂…入ってらしたのね…
乱暴だと思わなくもないほど愛撫されているのに、君はそんなことを言う。感じて欲しいのに、今日はどうなさったの、遅かったのね、…なんて言う。
テレサの身体を下にして、置いてある靴の箱や旅行用のキャリーバッグにぶつけないように片手で頭を抱いた。そうしておいて、首筋にキスを、鎖骨に、胸にキスを繰り返す。なのに彼女は、お食事はいいの、今日はほうれん草のキッシュを作ったのよ。あなた、お夕飯は何を食べたの、…なんて言う。
俺独り、勝手に息が荒くなってるのは、やっぱり、気に入らない……
「あっ…あぁんっ」
俺は会話しようとなんかしてない、君のそういう声だけ聴きたい。ああ、どこまでいっても俺は自分勝手だな…… だけど、分かって欲しかったから態度を変えなかった。
いつもならもっと丁寧に前戯を繰り返すけれど、自分の切羽詰まった気持ちを抑え切れない。本当は君を、24時間、一秒たりとも放したくないんだ。出来ることならこの身体の一部に取り込んでしまいたい、本当はそのくらいに思ってるんだ……
帰宅して、あんなに焦ったりしなければこんな気分にはならなかったに違いない。
「島さん、ぃたい…」
喉の奥で引きつるような声を立てて、ちょっと君が顔をしかめた… 入れ方が急だったからか、中がいつもより狭い感じがした。こっちも思わず声が出る… あゥ。
でも、そのままゆっくり突いていると段々広がってくるような感じがしてきた…… 広がる、というより…俺の身体にねっとりまとわりついて、一緒に動いてくれているような、そんな感じ…艶かしい感じだった。
テレサの頭をかばって抱いている俺の右手が、何かにぶつかっている。
ぶつかって、離れて…またぶつかって離れて。その音に、また君が心配そうに目を上げた、島さん、ぶつけてるわ……手、大丈夫?
そんなことはいいんだ。
こんなの痛くも何ともない。
そんなこと……気にするだけの余裕が君にある、それが不服。
勝手な思考がまたもや暴発。だからなのか、俺は乱暴にもう一度彼女の頭を抱き寄せると自身をずっと深く彼女の中に突き立てた、音がするほど。……ごめん、と頭の片隅で謝りながら。
あ… じゃなくて、う…、と呻かせている、突き当たる柔らかい寝床が少し固くなって来る。
君がいなかったから悪いんだ。
俺を独りぼっちにしたからだ……
テレサ、…俺のテレサ。
真上から降る照明に、テレサの表情がとても…色っぽい。眉を切な気にしかめて、閉じた目尻に涙…、でも唇が半開きになっていてそれが少し微笑んでいるようにも見える—— すごく…いい顔だ。
可愛く喘ぐ声が聴きたくて、空いている左手で彼女の乳首を弄んだ。
「あ…ァん…んっ…」
会話なんか、後でいい。
俺が言いたいのは一言しかない。
「愛してる…テレサ、愛してるよ」
「ああ、し…まさん…ン…ぁぁ…ぃ…」そう、会話になってないけど…分かる、だから……いい。
あいしてる。
いっちゃう、と言ってくれないのがちょっと不満だったけど、ともかく。全身をぶるっと震わせて、彼女はポン、と意識を上に…飛ばす。呼吸が荒く短くなって、一人で先に……
だから、追いかけた。
「……ああ、…いや…ぁああッ…ァ…」
こういう時の嫌、は嫌じゃないって知っている。何度も「波」が来ちゃうのが恥ずかしい、腰がひとりでにしなって捩れてしまうのが恥ずかしいんだと…この間言っていたね… いいじゃないか、と俺は思った。こっちは一回に一度なんだもの、羨ましいよとその時の俺は言ったっけ。
俺が動くたびに泣きそうな声で、彼女が呻いた…何回くらいだろう?
「……もう……島さんの意地悪…」
「…嫌じゃないくせに」
「……ばか」
狭いクローゼットの中で、やっと身体を伸ばしてふたり、笑いながら寝そべった。テレサはすぐには起き上がれない。きっとまだ、胸や下半身に触ると嫌だ、って言うだろう… だから、その身体をそっと抱き寄せて俺もゆっくり息を吐いた。
この家の中で、愛し合ったことのない場所は、もうあまりないかもしれない。その都度彼女はベッドへ行きましょう?って言うけれど、大体そんな余裕はすぐなくなる。俺は時々、膝を擦りむいてたり手の甲をぶつけてたりするけれど、そんなことは大した問題じゃない……
「……帰って来たら、君がいなかった。…いないと、思っちゃったんだ」
「?昼間、お帰りは遅くなる、って連絡をくださったじゃない」
待っていたのよ?でも、たまたまここで…寝ちゃっただけ。
テレサは言いながら、ようやくゆっくりと半身を起こした。
こんな狭い所にいないで、あっちに行きましょ?
緑矢印の艦内服が傍らにくしゃっと丸まっている。それを改めて拾うと、彼女はそれをふわりと羽織った。
「……うふふ…」
大きい。思ったより重いんですね、この服。
そうだな、…セラミックファイバー製の防弾仕様になってるからな…とりあえずはね。
目の前で彼女の脚がよろっと立ち上がる。
俺の艦内服から、その白い脚がすらりと出ている光景は驚くほどセクシーだった。
「……あの青いドレスより似合う」
「え?…」
何のことかと首を傾げたテレサが、数秒して赤くなった。
出逢ったあの頃は、まさか君がこの服をこんな風に着て…俺に抱かれるようになるなんて、思わなかったよ………
「…そういうことを言うから、意地悪、って言うのよ」
もう。
…はにかんで口を尖らせる仕草が、超キュートだ。
あはは。
こんな時、俺が何を言っても、君は意地悪…って言うんだろ。
「でも意地悪してるつもりはないんだぜ…」
はにかんでる君も可愛い、君は何をしていても、何を着ていても可愛い…。口に出して言うと、きっとまた「意地悪」って照れるんだろうな…
クローゼットから出て、だぶだぶの艦内服を羽織ったテレサを部屋の中に追いかける。さっき点けた間接照明のおかげで、寝室内は碧い水底のようだった。テレザリアムをイメージするように、俺が苦心して設計した照明だ。その中で、彼女が羽織っている俺の艦内服が仄かに白い光沢を放つ。
「…お帰りなさい」
くるりと振り向いて、テレサが改めて微笑んだ。
その身体を、抱きすくめる。艦内服が、邪魔だ。唇にキスしながら、そっとそれを脱がした。
「……ただいま」
うふふ。
キスを。微笑む彼女の首筋に、頬に、唇に…何度も何度も。
…ねえ、朝になっちゃうわ。
「そうか…。じゃあ、今夜は…寝かせない」
そう言いながら、大介はぷっと吹き出した。一度、言ってみたかったんだこの台詞。でも言える相手がいなかった……そこまで時間を忘れて「欲しい」と思える相手はいなかったんだ。
「寝かせない、って…」
でも、やだ…… さっきしたばかりでしょ、私……
狼狽える彼女がまた、可愛い。
ねえ、床で寝たあとだから…
そう言って、浴室を指差したから、そうだな、とうなずいた。クローゼットにバスタオルを置いてきてしまったが、そんなの放っておけばいいさ……
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