眠れぬ夜 <3>

*****************************************



「あ…んっ… はぁ…あっ…」
 浴室の壁に手をついた彼女が、さっきよりずっと艶めいた悲鳴を上げる。


 互いの身体からカーペットの小さな繊維を洗い落しているうちに、彼女の手が俺の身体に回り、俺の手が彼女の身体に回った。そうしてくれとは言っていないのに、彼女が膝をついて俺のものを口に含んでくれたので、またもや止まらなくなる。
 そう簡単に何度も昇天させられるのは不本意だが、強がる意味は、それこそない。
 君の舌が、唇が…あまりにも艶かしく心地良く俺を包んで上下するから、それほど動きもしないうちに頭がまっ白になる。

 しばらくして、口元を押さえて小さく咳き込んだテレサに、ちょっとだけ謝った…「ごめん」…苦いだろ…。そんなもの、無理矢理飲まなくたっていいのに…

 ああ、でも。俺の気持ちはまだ全然収まらなかった。

 


 温かい水しぶきが、ずっと身体にかかっている…… その中で、後ろから彼女の火照った身体を抱いた。両手でそっと濡れた乳房を包むと、それだけで彼女は声を上げる。
「ああぁん… 」
「テレサ…ちょっと体重増えた?いや、太った、って意味じゃなくて。…おっぱい、大きくなった」
「え……っ」

 彼女の身体がぴくんと震えた。
 腰回りも前よりちょっと肉がついて、すごくセクシーだ。…こういう方がいい…… とても…素敵だよ……

 俺が小声で囁くたび、テレサの背中が強張る。恥ずかしい?後ろから見ていても豊かな睫毛が震えるのが分かる……乳房を愛撫していた手を片方下に滑らせると、密のような滴りが濃厚な滑りになって指を伝ってくるのが分かった。

「…ぃ…いじわる… ぅん…」
「はいはい。俺は意地悪だよ。…もっと意地悪してあげる」
「やだ……もう……」
 半分笑いながら、半分、涙目。肩にキスして、時折歯を立てながら首筋へと舌を這わせる。掌に収まる形の良いヒップ…後ろから前へ愛撫…後ろから、なんて…多分ちょっと久しぶりだ。それも、こんな…ところで、こんな、やり方で、ああ…

 立ったまま浴室の壁に手をついたテレサが、俺の腕の中で可愛い啼き声を上げる。金色の髪が…濡れて、ほつれて…滴っていく。背中に落ちる水滴が玉になって、俺と繋がりながら撓るその腰のあたりで踊った。彼女の身体の前に回した両手で、敏感になっている乳首と陰核とを探り続けると、俺のものを飲み込んでいる部分がきゅぅ…と締まってくる。

 ああ、大介…大介…

 喘ぐ彼女の背中に頬擦りして、そのまま首筋まで舌を這わせた。
 その途端あっけなく、…彼女がまた先に行ってしまう。そして俺は、それを追いかけて突き上げて——。



 俺、そう言えば勤務明けなんだよなあ。

 まだ浅い呼吸をしながら自分で自分の両肩を抱きしめているテレサの身体を、バスタオルでそっと拭いてやりながら。
 大介は思い出した。

 身体は疲れている…はずなのだが、感情が昂ってやめられない。まだまだ何度でも君を抱けるような気がする。勤務明けにこんな暴挙、俺だって初めてだ……

「…島さん… 」
 半身の映る脱衣所の大きな鏡が、彼女の艶かしい背中を美しく反射している。
「……奇麗だ」
 火照った背中をバスタオルで覆ってやりながら、耳元で囁いた。「…君が好きだ。大好きだ…愛してる。好きで好きで、…おかしくなりそうだよ」
 テレサがああ、と熱っぽい溜め息を吐き、唇を寄せて来た。それを優しくついばんで放す…
「私もです。…おかしくなりそう、…あなたが…愛しくて」


 膝が震えて上手く歩けないテレサを、ベッドに抱いて連れて行く。濡れた髪をバスタオルに包み、そのままそっと彼女を横たえた。
 頬に張り付いた髪を、優しく撫で付け… 微笑み合う。
 青い照明に、美しい身体がぼんやりと浮かび上がる。テレサの指が、俺の肩から腕へ、胸へとゆっくり動いた。
 …私にはない、固い…身体。

「…あなたの身体、とても素敵…」
 好きよ。離さないで… ずっと捕まえていて。



 ねえ?
 どうして私たちは… ふたりなの…?
 こんなに好きなのに…どうして身体は別々なのかしら……

 小さな声で、テレサは呟いた。「…ずっと…繋がっていたいのに…」
 繋がれる部分は、ごく一部。時々、私…。ずっと繋がったままでいられたらいいのに、って思うの……
「…テレサ…」
 
 …いつでも…あなたと、一緒にいたいの。…あなたの精子って、私の身体の中でも6日くらい生きているのよね…?役目を果たさなくても、私の身体の中で… それさえも愛しくて…恋しくて。自然にしていたら出て行ってしまうものだけど、あれがあなたのものだと思ったら、何度でも…いくらでも…注ぎ込んで欲しくて…… 一緒にいて欲しくて。

「テレサ…」
 ちょっと驚いた。そんな風に、考えたことがなかった。抱き合ってそのまま、意識も身体も…溶けて同化してしまいたいくらいだと、俺だって思うけど…

 

 昔… 君が言ったという言葉を思い出す。

 “一緒にいることばかりが愛し合うということではありません”——……

 あれは、君の精一杯の強がり、懸命についた嘘だったんだ。
 ……そうなんだね……

 俺もそうだった。君がこの身体の中に血となって生きている、それが物理的に証明された後でも…俺は死ぬほど寂しかった。
 君の名を呼べば、いつでも君が返事をしてくれる。抱きしめれば君の身体が応えてくれる、キスをすればキスを返してくれる、俺の脳裏にキラキラ光る何かを…見せてくれる。今になってやっと…その幸せを手に入れた、だけど…… 何度でも抱き合いたい、ずっと繋がっていたい……そう痛いほど願っても、身体はやっぱり別々。それがこんなに切ない…だなんて、俺も…知らなかったよ……。 


「…島…さん」
 お疲れでしょう?眠くない…?
 大丈夫。疲れてるけど、キミを食べたから…眠くないよ。
「…あなたったら」
 ゆっくりと微笑んで、優しいキスをかわす。

 こうしていると… あなたが何を考えて…何を想っているか…全部分かるような気がします……
 目を潤ませて、彼女はそう呟いた。
 そう…?
 俺もそうだ。
 君が何を考えて、何を想っているか…… きっと、全部分かる。

 もう一度…?

 ふふ、と2人して笑った。
 これ以上はない…というくらい、優しく… キスを。彼女の舌が、優しく俺に応えてくれる。ゆっくり唇を離すと、唇同士が離れ難い…とでも言うようにしっとりした音を立てた。


 ……まだ薄暗い窓の外で、小鳥の声がする。

「…スズメね…」
 ——もうじき朝だわ。

 ……本当に?


 自分で驚いた。勤務明け、それも帰宅したのは午前一時なのに…?一睡もせずに何度抱き合ったんだろう?
 見つめ合い、ちょっと微笑みながら…彼女の膝の間に自分の体をもう一度そっと沈めて行った。俺自身で探るようにしていれば彼女の身体が導いてくれる。
 俺よりも、ほんの少し低い体温。
 柔らかい…身体。
 ゆっくりともう一度繋がりながら、そっと…口付けを。

 


 優しさに、泣きたくなるのは男も女も関係ない。激しく求め合うより、いたわるような動きが、却って胸を熱くする…
 テレサが、俺の頬に片手を当てて包むようにしながら喘いだ。
「……私の…大介… ああ…」
「テレサ… 」
 俺は君のものだ。…君も俺の… 
 俺は君の血となり肉となり細胞の一つ一つまでが君と同化する、愛しい君の…君そのものになる。……そんな夢を…俺に見せてくれ…。

 ゆっくりと… 優しく。
 彼女の内部が柔らかに俺自身を包み、溶け合うように蠢き始める。なんだか鳩尾のあたりが温かくなってきて、それが背筋を昇って来る、君が愛しくて泣けてきて…身体中が蕩けてしまいそうだと思った……


 身体をずっと上下に重ねていたら、彼女が苦しいに違いない。
 そう思って、そのうち少しだけ体位を変える、互いに横臥して向き合うように。そしてそのまま、スズメたちの声を聴いた。
 テレサの唇が、耳元で何か言った。
 俺はその額に…唇を当てながら、ゆっくりと目を閉じる。

 会話になっていなくても、解る……
「愛してる」
 それが、言いたかったんだろ?—— 俺も、だよ……

 



 太陽がゆっくりと、姿を現したようだった。
 カーテンの隙間から、ちらちらと陽の光が差し込んでいるのが分かる。

 テレサはいつのまにか、目を閉じていた。すっかり眠り込んでいる。…まだ繋がったまま、だというのに。
(…おい。また俺を一人にしたな)
 そう思うと笑いがこみ上げた、勤務明けでお疲れでしょう?と言ったのは君じゃないか。
 でも、…俺もそろそろ、眠るとしようか……
 君の中に入ったまま…、ね…。


 満ち足りた気持ちで、大介はようやく、本当に瞼を閉じた——。

 

 



*****************************************

<言いわけ〜>

 


 ………え? 何をどうコメントしろと。


 歌う?…オフコースの歌とか?(>違)

「今夜は寝かせないよ」だなんて、ええと… 島、なんて精力的なんでしょう……っておい(どんなコメントだ…)。

 

 
 
 最近、1968年制作(たしか)の、オリビア・ハッセーの「ロミオとジュリエット」を観ましてねえ。あの幼くも激しい情熱的な恋!ありえねーだろ!と思うほど、互いのことしか目に入ってない奴ら!突っ込みどころ満載のトンデモカップルなんですが、あの互いに向けるひたむきな愛と言うか恋が、やっぱり島とテレサにオーバーラップしちゃってさあ。
 いや、島とテレサの場合は互いに自分の理性にブレーキをかけすぎて、それが恋の成就をメチャクチャ阻んでいた、その切なさがロミジュリに匹敵するほど痛々しい…… というだけの話なんですけれども。

 ロミジュリも島とテレサも、その置かれた状況に翻弄される運命、というのが切なさ・哀しさのミソです。
 こんなに愛し合っているのに、どうして私たちは「ふたり」なの?溶け合いたいくらい愛しているのに、身体は別々、それが切ない。作中テレサが島にそう言いますが、そういう気持ち、一度でも感じたことがあれば人間、幸せですよネ。

 彼らは辛い思いをして、這々の体で再会して、今になってやっとロミジュリみたいに「傍若無人な恋愛にどっぷり浸かる」という時代を迎えてるわけです(大概そのとばっちりを受けるのは次郎だったりする・w)。
 もう何をやらかしてても大目に見てあげましょうよ、ねえ?(爆)
 というか、こういう幸せなふたりを描けてERIも嬉しい(…にしても生々しすぎるだろって?ううああ、許してくだせえ!プラトニック純愛路線は描けないんだよ、そういう才能ないんだよ。それに奇麗な恋愛はつまんないんだよ…)←これはこれで問題(うぉい!)
 

 まあ、島、勤務明けなのに随分元気だな、とかそういうツッコミはナシで。 …年齢的にまだ不可能じゃないでしょ?!(え?そんなの知るか?……あああ自分で自分のクビを締めて行く〜〜〜〜)

 ま、ふたりが幸せだからいいじゃないですか。
 それが肝心なんですよ、ネ?

 



*****************************************

  その他の短編…へ戻る     Original Story Contentsへ戻る      Menuへ戻る