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Raindrops on roses and whiskers on kittens
Bright copper kettles and warm woolen mittens
Brown paper packages tied un with strings
These are a few of my favorite things……
メロディーは知っている。古いが有名な映画だ……
劇中に登場する自然がとても美しいことと、今でもヨーロッパのオーストリア自治州のミュージアムに残るあの古い城の佇まいが、テレサの好みにクリーンヒットしているのだろう。小さな子どもたちが出てきて歌を歌うのも、彼女のお気に入り、のようだ。
大介はキッチンから聞こえるテレサの鼻歌を耳にして、くすっ、と笑った。古典映画のライブラリはウエッブ上に充実している。よくもまあ保存したものだと思うが、人類の遺産としての名作映画の類は何千何万となくあり、テレサの退屈しのぎにはもってこいだろうと思われた。しかもテレサときたら、原曲通り英語で歌っているのだから微笑ましい……
(…しかし、耳に入るものはそのまま何でも吸収する柔軟さがすごいよな)
自分が30代になって、色々と10代の頃のようには上手く行かないことが増えてきたからか。彼女の聡明さが以前にもまして大介の気を引いた。
偉そうにソファに沈み込んでペーパーのニューズウィークを広げているが、俺……あの歌の歌詞、英語で全部言えるだろうか?
(……ちぇ)
どうやら、語学に関しては異星人の彼女に負けるようだ。いかんなあ、と苦笑した。
「…These are a few of my favorite things…」
お気に入り・お気に入り……
後ろでテレサの呟く声がした。いい香りを連れている… コーヒーのいれ方も、すごく上手くなってきた。
「はい、どうぞ」
「…ありがと」
ブラックのが島さんの。私のはこっち。
カップを二つ、ソファ前のテーブルに並べて置くと、テレサは大介の隣にぽふ、と座り込んだ。
「…その歌が一番気に入ったみたいだね」
うふふ、と彼女は笑った。「あの映画、ミュージカルなのですものね。でも、これが一番好きです」
有名な曲が目白押しだからね。でも、君なら「エーデルワイス」なんかが好きなのかもしれない、と思ったけど。
「…お気に入り。……お気に入り、って、……素敵な感覚だ、と思ったものですから…」
彼女は、ちょっと考えてそう言った。…言ってみた、という感じだった。
「…そう…?」
「ええ」
大介は敢えて訊いたりはしない。
——テレサには、お気に入り…といえるものなど、ほとんどなかった、…それを思い出させるようなことは。
辛い記憶だけに苛まれて孤独に生きるしかなかった”テレザートのテレサ”である…。兄弟姉妹といっしょに歌ったり走ったり笑ったり、などという幼い頃の思い出は彼女にはない。そればかりか両親にすら容易に会うことも出来なかったのだと聞いた。あの地の底の宮殿からは、美しい景色も…窓の外にさえ見ることが出来なかった——。
「私のお気に入りは…」
テレサは砂糖とミルクをたっぷり入れた自分のコーヒーカップを両手で持つと、考えながら歌うように言った。「…コーヒーの香り」
それから…
コットンのワンピース、お庭の木の葉っぱ。キラキラ光る木漏れ日、屋根に来る雀の声、雲、雨、風……雪。それから…あなたとお揃いの指輪。
「…チョコレート…… 島さんのシャツ」
「僕のシャツ?」
こくり、とうなずいて恥ずかしそうにする。「…あなたのいない間、こうやって、ね…」
言いながら大介の肩に頬をそっとくっつけた。「目を閉じると、あなたの匂いがするから」
「…じゃ、シャツだけ脱いでここに置いて行こうか?」
「………意地悪ね」
頬を膨らませたテレサを、笑いながら片手で抱き寄せる。
「あん、コーヒーがこぼれるわ」
「大丈夫」
ええ。今は…目の前にあるものすべてが、私のお気に入り——。
「それと」
やっとあれも、好きになりました。今ではお気に入りよ。
悪戯っぽくテレサが笑った。
「…あれ?」
「はい、『あれ』です」
ああ、あれか…と大介も突然笑い出す。「嫌いだったものな」
「……嫌いではないですけど」
お気に入り、ではなかっただけ。「今は、ちゃんと履いてます」
テレサの苦手だったもの、それは… 靴、だった。
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