「私のお気に入り」=2=

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「あのさ…テレサ

「……はい」
「アルプスの少女ハイジ、じゃないんだからさ…」
「…………」


 それはしばらく前のことになる。

 ある月に一度の休暇に、大介はとんでもないことに気がついた。小枝子が洗濯物を外の物干しに干すために庭に出ていたのだが、母について庭へ出て行ったテレサが、いつのまにか突っ掛けていたサンダルをどこかへ脱いで来ていたのだ…
 うっかり脱げちゃったの、と言う訳では無さそうだった。
 小枝子は「まあ良いじゃない」などと言っている… ちょっと前から知ってたな?と思える発言だ。
 次郎もそれを聞いて苦笑した。
「ああ、知ってるよ。…テレサ、靴嫌いなんだよ」
 ね?
 
「ね?」じゃないよ…… おい。

 まあ、うちの庭は芝生だし、砂利の上を歩かなければケガもしないでしょうし、良いんじゃない?家の中に入るときは、ちゃんと足、拭いてるんだし。
 母や次郎はそんなことを言うが、大介にとってはそれは想定外、論外であった。



「アルプスの少女ハイジ」じゃないんだから。
 そう大介に言われたテレサは、ちょっとシュンとした。「ハイジ」の物語も知っている……ヤマトの裏番組だったし(>違)。
「……裸足で土の上、草の上は気持ちいいかもしれないけどね…」

 ちょっと足、見せてごらん!



 ベッドに腰かけたテレサの、はい、と持ち上げてみせた足は、かなり…荒れていた。
「………」あーあ、こんなになっちゃって。と大介は額を押える。
 実は大介にとって、テレサの足は… 非常に重要だった。心理学、人類学的に言うならば嗜好の問題?いわゆるFetishismというやつ(笑)、日本文学的に言えば谷崎趣味とも(爆)。


 身長170はあるテレサなのに、足のサイズはなんと22.5センチ。白くて透き通るような脚からつま先にかけて伸びる、しなやかな甘い果実のような、それがテレサの足である…… 初めて彼女とベッドを共にした夜に、彼が心底驚愕したのがこの足だった、あまりに美し過ぎて…である。

 もともと、彼女がいたあの宮殿内の床には、不思議な弾性があった。踏みしめるのに心もとないということはないくせに、すべての衝撃を心地良く受けとめるような弾力と、包み込むような温かさ、心地良い湿度。聞けば、彼女のあの長いドレスの下はずっと裸足だったのだ、というのである。
 テレザリアムの床は、テレサにしてみればまるで暖かな陽を浴びた、地球の大地のような感覚だったのかもしれない…



 だが、それとこれとは別だ。

「……足、痛くないの?」
 小指、固くなってるし。所々、傷ついて治った痕
まであるし。
「あ…ええと」
 痛くはないです。…大丈夫なのよ?
 だが、問題はそういうことじゃないのだ。

 大介は、ベッドに腰かけたテレサの前に膝を付き、その裸足の両足を捕まえて自分の膝の上に乗せた。
「……地球では、外へ出るときは靴を履くんだ。子どもならある程度は仕方ないけどね、君は…大人だろう」
 いつになく、尖った声になっていた…(まあ、俺が。ただ俺自身がもったいない、と思うってだけの話だよ、ホントは…)
 それなのに、テレサを咎め立てするような声音でお説教するなんてちょっとどうかな、とは思う…
「……ごめんなさい…」
「…謝ることはないけど」


 よくよく話を聞くと、靴が嫌いなのはやはり「慣れていない」せいと、「窮屈」なせいだった。小枝子が彼女に買い与えたのは、華奢なサンダルとモカシン風のローファーが数足、だったのだが…。
(……ホント言うと、俺としては7センチのピンヒールを)

 いやいやいや。



「…わかった。じゃあ、今度……僕が君に靴をプレゼントしよう」
 それなら、履いてくれるかい?
「……はい!」
 彼女の目が嬉しさにパッとまん丸になる。…可愛い。普段は大人ぶったような顔をしているけれど、テレサのこういうちょっとしたあどけない仕草がどうにも愛らしいのだった。俺がプレゼントする、というとテレサはなんでも有り難がる。…それ自体もどうかと思うが、この手が一番効くだろう、との計算だ。
 もちろん…、理由を正直に言ってもいいんだが、ちょっとそれは、さすがに恥ずかしかった。いや、足フェチってのは…有名な文学作品には案外出て来るじゃないか、だからそう気後れすることなんかない、などと大介は自分に言い訳してみるが… 言葉では、やはりどうにも説明し辛い。



「あ… あの…?」
 たしかに、…今、……わたし… お風呂上がりですけれど…
「島、さん」


 まるで唇にするように、大介がそこにキスしたのでテレサはちょっと驚いた。今までも、何度か… こういう風にされたことはあったけど…
「…ねえ、くすぐったい……」
「裸足で外を歩くのが平気なくせに?」
 これが駄目?…そうは言わせないからね。

 あ…あん。
 …裸足でいるのと、それとは……違います………



 唇にされるより、胸や…その他の場所にされるより、なんだかずっと、恥ずかしかった。身体の一番下、踏みつけて歩く場所なのに、まるで崇めるように幾度も彼はキスをする…… 気がつけば、テレサもすっかり恍惚としていたようだ。申し訳程度に、抗議してみる。

「……もう……島さん、おかしいわ」
「おかしくないよ」
「だって、足なのに」
「…奇麗なものは… そのまま、…大切にしたい」
「え…」
「……嫌じゃないだろ」
「……………」

 嫌じゃないって、どうして解るの?と訊こうとしたが、思いとどまった。
「ほら…」
「………ぁ…」 

 なんでなの…??

 腰のあたりが、むずむずしている。否定したいのに、脚を上へと辿ってきた彼の手がそこに触れると、もう言い訳が出来なくなった。彼に抱きしめてもらう時“そうなる”、痛いくらいに欲しいと感じてしまう——その感覚と同じだった、 …ただ、足にキスされただけなのに…。




 次の朝。

 大介は早々と起き出すと、スーパーウェブのシューメーカーHPへとテレサを誘った。
 シティの近場には有名なメーカーの店がたくさんある。ひとっ走り行って来るよ。
 幾つかテレサの好みの品をチェックすると、大介はよし、と上着を引っ掛けて飛び出して行った……

 そして、開店と同時に手に入れてきたのが『あれ』だった。



         *          *          *



「でもね、…あの踵の高いのは、まだ慣れないんです」

 『あれ』といっしょに、パーティー用に履いたらいいと買ってくれた、8センチもある細いピンヒールの赤い靴のことである。
「いいよ、それこそ履いて行く場所ないもんな」そっちはその、ちょっとした遊びでついでに買ってみたんだ、と大介が顔を赤らめた。
「そうなんですか…?」
「ああ」
 次郎に見つかって、すごく冷やかされたのは…テレサには内緒。


「でも、『あれ』…、あのリボンのついた白い靴は、とても好きよ」
 そう。『あれ』というのは
バレリーナのトゥシューズをモチーフにしたソフトシューズのことである。ヒールは3センチ、締め付け感はゼロ。足の甲と踵部分にシャーリング加工、ストラップは柔らかなシルクのリボン…… それを履いた彼女の足は、思わずガッツポーズしたくなるほど美しいのだ。
「良かった」
「あれが、私の…お気に入り」


 微笑むテレサを、改めて抱きすくめる。コーヒーのカップは、彼女の手から取り上げてテーブルに置いた。
「…ぁ…あん、もう…」

 


 
 さて。

 彼女には、もうひとつ……苦手な物があった。そっちは、いまだに慣れていないようだ。背中を触ってみるとすぐ分かる…… 着けた方がいいんじゃないかと(これは母さんも勧めているはずなのだが)幾度言っても、ふと気がつけば彼女は『それ』を省いている。
「慣れていない」し、「窮屈」だから。 
 それはそうだろうね…と確かに思う。靴と違って下手すりゃ24時間、着けている女性もいる、というし。

 不思議なのは、最初に出会って抱き合った時、自分がそれに気付かなかったことである。…グローブをしていたから、だったのかもしれないが、それにしても…惜しいことをしたと、今さらながらに思う。



 でも、まあ、いいか。
 今のところ、それは… 俺のお気に入り、だから。

 




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<あとがき>



 ……って。ああ、そんなはずじゃあなかったのに…。
 どういうわけかR指定の短編に……。なんでだ?(w)

 当初この話は、島がテレサに靴を買いたいから、ってユキに「一緒に買い物行ってくれ」と頼む…という内容だったのです。さらに待ち合わせ場所にユキは来なくて、代わりに古代が来て、で2人揃って苦労して靴を買い、その後ちょっと一杯と洒落込んだら飲み過ぎて御前様になり、結局ユキに大目玉喰らって……ってな展開だったんですよ(なに? そっちの方が面白そうだ?…うーん、出来てるんだけど、どうも冗長になっちまっててですね、今回は見送りました・w)。
 まあ、まっとうらぶな短編でほのぼのした方が精神衛生上良いかなと(誰の?)。

 というか。

 前作に引き続き、島を病気にしちゃってすいません!!(笑・病気なんだやっぱ)しかも「足フェチ」……… どうなんでしょうか、足、しかも指に一本一本入念なキス…っていうのは究極のエロティシズムかとERIは思うんですが…そうしたくなるほどの奇麗な足って……ちょっとウットリしませんか?(わああああ誰の願望なんだ誰の!) 

 さすがにこの話の挿し絵は描けないわ…… 




 作中、テレサが歌ってる英語の歌は、ご存じ「サウンド・オブ・ミュージック」に出て来る名曲「私のお気に入り」。今回の話の内容に関わらず、とても素敵な曲と歌詞です。
 雷鳴を怖がる子どもたちに、マリア先生がベッドの中で歌って聞かせる歌。

 ええ、ほんとはね、独りぼっちで「お気に入り」なんかとは無縁の人生を歩んでいたテレサにとって「お気に入りがあれば、嫌な気持ちも我慢できる」っていうコトを知って欲しかった、そしてテレサのお気に入りはやっぱり島さんだった。それを描きたかったんですよう。信じてよう。
 なのに、全体としてはなぜか「島のお気に入り」の話になっちゃったんです………それだけのことです……笑。

 

 ほのぼの、していただけましたでしょうか?

 

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