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私は…呪われた子どもだった……
かの星の、驚くべき科学力を持ってしても制御できない、超常の力を持った——忌み子。
テレサの髪を撫でていた島の左手が止まる。
どんな子だって、わが子を忌み嫌う親なんかいない。そう言いたかったが、時に現実はどんな作り話よりも冷たく残酷だ。
だから、何を言うんだ、と彼女を否定するような真似はすまい、と島は決めた。私は呪われた子だった。彼女がそう言うのなら、それが事実なのだろうから。
「君のお父さん…お母さんは、君を…嫌っていたの?」
「……いいえ」
嫌われていたのか、と訊かれたテレサは、だが強くそれを否定した。
「テレザリアム。…あれを作って下さったのは、お父様でした…」
神秘のヴェールをまとった碧の宮殿テレザリアム。
だがあれは同時に、真田をして「今までのどの異星文明の科学力をも凌駕する、超テクノロジーの粋」と言わしめたほどの人工建造物だった。
あの宮殿の移動を制御していたのはおそらく重力波推進装置であったと推測されるが、理論はともかく、それは地球を含むどの宇宙国家においても、いまだ実現化に至っていない動力装置である。その内部、無駄の一切省かれた室内には、慈愛に満ちたメンタルケア・アレンジメントが行き渡っていた。耳には聞こえない周波数で流れる、心地の良い旋律。どこからか漂って来る、気持ちを鎮める香気。あの宮殿の内部で、テレサは常に堅く護られていた。ガトランティス母艦を道連れに、力を使い果たしたはずの彼女を7年の間ずっと護り続けていたのも、あの宮殿の名残だったのだ。
「そうか…。それなら君は、とても…愛されていたんだね」
大事な娘さんだったんだね。…お父さんやお母さんにとって。
「そう…ですね」
テレサは言い淀む。「愛されていた…と、思います。けれど私は…」
父母を不幸に陥れたその経緯を、彼にすっかり話すのはまだ、テレサにとって辛過ぎた。
島さんは、テレザートがどんな末路を辿ったか、その目で見ていらっしゃる。あの星を滅ぼしたのが…この私だったと、知っている。両親にとって、私が呪われた子どもだった、ということの意味も……。
テレサがそれきり口を噤んでしまったので、島もそれ以上は訊こうとしなかった。
かまわないよ。
……話したくなったら、その時に話してくれればいい。
僕は、いつまででも待ってるから。
ただそう伝えたくて、左胸に乗った彼女の頭を、右腕で抱きしめた——。
「僕がどうしてこんな事を言い出したか、っていうとね」
相原の話を、かいつまんで聴かせる。
この国には、恋人と結婚する時に「お嬢さんを僕にください」と男が彼女の両親に断る習わしがあるんだ。
僕らが一緒になるまでの道のりは、そんなに容易くなかった。僕は最初は君を護れなかったし、一緒にいてあげることも出来なかった…でも今は違う……
「ご両親が想いを託したテレザリアムで、あれほど大事にされていた君なのに。それを僕が、連れ出してしまったようなものだろう?」
胸に抱いている彼女が、黙ったまま僅かに息を詰まらせた。ああ、泣かしちゃった……。
「…そうすることを選んだのは、…私、です…もの…」
「ああ」
それも解ってる。
でもね…、それでもさ。
「大事なお嬢さんを、今度は僕に任せて下さい、って…言いたかったな」
半分は。
涙を堪え切れないでいるテレサを、さらに泣かせてみたいと思ったのかもしれなかった。地球人相手なら、クサい台詞、と思われても仕方ない。だが、もう宇宙のどこにも存在しないテレザート、そして彼女を護り続けたその父母の愛情に、島は本心から報告したい…と思ったのだ。
これからは、あなた方の大事にしてきたこの人を…僕が護ります。
僕に、まかせて下さい…、と。
「泣くなよ…」
島はそう言って笑った。パジャマの左胸が、テレサの涙で熱く濡れていくのが分かる。そんなところで涙拭くなってば。あとが冷たくなるんだぞ……?
「ごめんなさい」
くすん、としゃくり上げて、彼女は顔を上げる。
これ以上彼女の涙がこぼれないように、いっそ抱いてしまおうかとも思う……だが、キスだけに止めよう、ともう一度苦笑した。
「…この国には、亡くなった大事な人の眠る場所に詣でる習わしもある。だから、もし状況が許すなら…いつか…」
2万光年の彼方に残る、君の星のあった場所へ。
——2人で行こう。
そんな所で涙を拭くなよと言われたのに、テレサはやはり、それをやめられなかった。
島さん。
あなたのために、私は故郷の星を犠牲にし、父母の守りの宮殿をも捨てた。父のプログラミングした宮殿の機能が押しとどめたにもかかわらず、文字通り命を削ってあなたに血を分け与えた。身体も心も、私は島さんにすべてを捧げた……だが、それで本当に良かったと、テレサは繰り返し思った。
たった独り……あの惑星の人々を殺めた罪に苛まれつつ生きて行かねばならなかった私を、ずっと護ってくれたお父様、お母様。
あなた方が、私をずっと護っていて下さったのは、私を…この人、島さんに逢わせるためだったのだと、…今なら思えます。
本当に…ありがとう。
「…ありがとう…」
消えそうな呟きを胸に聞いて、島はテレサの頭をもう一度、そっと抱きしめた。
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