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相原義一が「藤堂義一」を名乗るようになったのは、それからしばらく後のこと…だった。
「結局、単にさ、お前が地球防衛軍総司令長官になった時にだよ?やっぱ『相原長官』じゃカッコつかねえからだよ」
「あ〜〜〜〜〜言ったなあ!ヒドいや古代さん!」
穏やかに天寿を全うした相原の母の葬儀には、旧知のヤマトクルーたちが集まった。通夜の食事の席で、彼を励まそうと憎まれ口を叩く古代に、相原は自分が藤堂の入り婿になることを告げたのだった。
古代進と森雪も、結婚当初は勤務上の便宜を最優先し夫婦別姓を名乗っていたが、今では雪が古代の姓を名乗ることで落ち着いている。ただ話に聞く限りその経緯も、決して穏やかなものではなかったようだ。
「あーあ、ホント面倒くさいですよねえ、この制度って。一体何百年続いてるんですよ…この不毛な仕組み」
こんなイミフな社会制度こそ、ガミラスの遊星爆弾で滅んで欲しかったよ。しぶとく生き残りやがって、なあ?
うんうん、と向こうで深くうなずいているのは、内縁の妻がいると噂の南部重工業CEO、そして子持ちの未亡人を嫁にもらう予定の太田健二郎である。
でもって、こういう話になるとかならず「いいよなあ島さんは」と始まるので、島はじゃあそろそろ…、と帰り支度を始めた。
「あ、逃げる気だな」
「……違うよ」
「いーよな〜〜、島さんちは自由で」
「ホント」
うるさいヨメの親戚もいないし、嫁さんの里帰りも必要ない。同居なのに、トラブルゼロ。信じらんないよ、なあ!?
「…お前らな」
付き合い切れん。俺はテレサを家で待たせてるから、とっとと帰るぞ。
もうあなたたち? 島くんは島くんで大変なの、知ってるでしょ?!
そう真顔で怒っている雪に軽く手を上げて会釈すると、島は会場をあとにした。
会場の外へ出た島のあとを、相原が追って来る。
闇に、小雨が降っていた。
「島さん」
「おう」
「…今日は、来てくれてありがとうございました。お袋も、喜んでますよ」
あ、降ってきちゃったなあ。…傘、使いますか?ちょっと戻って取ってきましょうか、と言う相原に、島はかぶりを振ってコートの襟を立てる。
「この程度なら傘なんかいらないよ」
「そうですか? でも濡れて帰って、風邪でも引かせたら僕がテレサに怒られちゃうな…」
その相原の顔に複雑な感情を読み取って、島はしばし返事に躊躇した。
通夜には、藤堂晶子の姿が無かった。藤堂平九郎から丁寧な弔電が来ていたが、それきりである。
上手く行ってないのか、とは訊けなかった。
相原は単に、母の存命のうちは藤堂を名乗るつもりが無かったのだろうが、もしやそのことで藤堂一族から何か反感を買っているのかもしれない…
そんなことで、晶子との仲が壊れるのは島にとっても忍びない。負けるなよ、と言ってやろうと思った。…が。
「…僕、へこたれませんよ」
唐突に、相原自身がそう言った。
「長官の腰巾着、って後ろ指差されてますけど、僕、将来かならず、自力で防衛軍総帥に上り詰めてやります。ただの通信兵だった僕だけど、縁故で昇格したわけじゃないってとこ、見せてやりますよ」
「…ああ」…ちょっと、ホッとする……
お前の通信の腕が無かったら、ヤマトの旅は成功しなかった。無人機動艦隊だってこれほど進歩を遂げていない。それは俺が保証するよ。
「……それに、テレサと俺を会わせてくれたのも」
相原。
お前の調整した通信波、…だったんだものな。
灯籠の光に、相原の顔がくしゃっと笑ったように見えた。
「…テレサに、よろしく」
「うん」
くるりと背を向け歩き出そうとして、島はそうだ、と振り返る。
「あ…と。…お前がいつか総帥になったらで構わないんだが」
「なんです?」「俺に、船を貸してくれ」
俺はテレサを、テレザートのあった場所へ、連れて行ってやろうと思ってるんだ。
島の言葉に、相原はきょとん。
「……こっから2万光年、ありますけど」
「だから、未来の総帥殿にお願いしてるんだよ。いつか俺に、波動エンジン付きの船を貸してくれ」
「………」
「俺はまだ、お嬢さんを下さい、って… 彼女の親御さんに頭下げてないからな」
「……墓参りじゃないんですか?」
「それも兼ねて、だよ」
あはは、わかりました。
——そう言った相原の声は、朗らかだった。
船は貸しますけどね、高いですよ!
背後からそう付け足されたので、振り向いて右手で拳を作り、しかめ面をしてみせる。
小雨の夜道を、テレサの待つ我が家へ……
島は足早に戻って行った。
< Fin.>
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<あとがき>
さて……
「ヤマト2」本編を見ていてとっても気になったのは。
あの驚くべきオーバーテクノロジーの塊とも言えるテレザリアムを作ったのは、一体誰だったんだろう…?ということでした。
テレサ本人だとしたら、彼女は紛れもなく真田さんを凌ぐ、異星文明の天才科学者、ってことになります。…でも、そんな感じでもない。通信機器の扱いや地球の航法理論を理解した上での彼女の通信内容から考えると、多少の心得はあるように見受けられますが、科学者…ではなさそうです。
私は以前、あの宮殿を作って彼女のために備えた誰かがいたに違いない、と感じて『ヤマト2』をテレサ視点で描いたラノベ、「碧」を書きました。
その誰かとは……、彼女のご両親、じゃないのか?と。
ERIンちの島とテレサは、おそらくヤマトの二次創作界ではかなり珍しい二世帯同居でございます。まあもちろん、新居と母屋は別々ですから完全同居じゃないんですが。
こういう形にしたのは、なんでかと言いますと…。
本編での島大介が、SFバトルアニメのキャラクタにしては突出した「家族思い」の青年として描かれていることが原因です。
しかも、侵略戦争を幾度も体験しているのに、島の家族はおそらく、誰一人として欠けずに生き抜いている…ような気がします。父母や弟が、島大介を語る上で、大きな役割を果たしている。それはヤマトのどのシリーズ上でも(SBヤマトですら!)変わりません。
島の、あの包容力に溢れたキャラクタは、きっと彼自身が家族の愛をいっぱいに受けて成長したからに他なりません。その彼とテレサが結ばれるとしたら、彼女は彼の家族とも仲良くやって行く必要があります…
つまるところこれは、望んでも得られなかった温かな家庭、というものを、島を通してテレサにも味わって欲しかったという、ERIのお節介な老婆心……なのですね。笑。
そして、島の名台詞「任せておけ!」
これはお仕事の時(任務。操縦してるとき。)には絶対言ってもらいたい名台詞、殺し文句(w)なのですが、今回はちょっと状況が違います。
元ネタは、お彼岸(?)をモチーフにした古〜〜いフォークソング(笑)。案外好きだったんですよ、昭和の香り漂うあのメランコリックなヤツが。
彼女のお母さんの墓前で、彼氏が心の中で誓うヤツね。
「あなたの大事な人を僕に、任せて下さい…」必ず、幸せにします、と。
今時は、こんな事言わないのかな。
良く分からんのですが、私が親だったら、娘の彼氏がクソ真面目にこう言ってきたならば、まあ正直嬉しいですね。こう言ってくれるような男性なら、きっと娘を大事にしてくれる。任せても良いと、親としては思うでしょう…(口だけじゃ駄目だけどさ)。
テレサにとっても、キミのご両親はもういないけど、それでも僕は大事にしたいんだよ、という島の姿勢はきっと感涙ものに違いないです。
相原くんも頑張ってます。彼の家の事情は、Part1から推測しました。妙にお年を召したご両親。そして、晶子さんとの関係。防衛軍長官は別に世襲制じゃないから(w)、相原が入り婿だからと言って何か有利なわけではないでしょう。でも、晶子さんとはうまく行って欲しいものです。
相原は、ちゃっかりした性格のコミカルなキャラとして描かれることがありますが、実はホームシックになったりノイローゼになったりと、色々真面目に悩むコなんです。島もそれなりに几帳面なんでしょうが、実は相原の方がずっと繊細なんだと思う。……おちゃらけ3バカトリオ、なんて言われますが、第一艦橋ではカレが一番、胃薬の消費が激しかったんじゃないだろーか(w)。常に自信過剰な島の方が、ずっとのほほんとしてますよ、本編を見てるとね。
古代んちも、雪の両親のことを考えると多分苦労したんではないかと思われます。森家こそ、古代進に入り婿になって欲しいところでしょうね(w)。
まあ、200年後の地球で家制度が復活してたら、かなりイヤですが(苦笑)、親が子を思う気持ち、子が親を思う気持ちは何百年経とうと不変であってほしい。姻戚関係の中で、昨日まで他人だったものをわが子同然、親同然と思えるなら、そんなに幸せなことはありません。ま、「現実」はどんな作り事よりも醜くて非道な場合が多いですが…(苦笑)。
そんな苦労は、ERIワールドの島とテレサには背負わせたくはありませんから。
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