続きの日記

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 さっきは、なんだかうやむやにされてしまったけれど……。
 リビングの隅に置いてある紙袋から、私は目が離せませんでした。

 島さんはあれを、基地からもらって帰って来て… ひとつも、開けてみなかったのかしら。

 気になって仕方ありません。

 でも、何も訊けないまま…時間だけが過ぎて。


 これ、上手に出来てるね。美味しいよ。
 そう笑いながら、私の作ったほうれん草のシチューをまた一口ぱくり。隣には先に空っぽになったステーキのお皿。私はまだ、本当はお肉は苦手です。生きていたものだと思うと、どうしても躊躇ってしまう。でも、島さんがお肉食べたい、とおっしゃったから… 頑張って焼きました。火力調整だけなら、グリルにまかせればいいのですから。

 でも、どうせヴァレンタインなら、夕ご飯ももうちょっとそれらしくすれば良かった。そういえば、数日前からスーパーウェッブで何か盛り上がっていたのは私も知っていたけど、自分のこと、としては…捕えられなかったのですもの…。

 はー やっと人心地ついた〜、ご馳走さま。
 あ、片付けは俺がやるからね、そのままにしておいて。
 そう言って、島さんが嬉しそうに笑いました。
「実はさあ、今日は何にもまともに食えなかったんだ。…どこへ行ってもチョコもらって下さい、だろ。…僕が甘いものそんなに好きじゃないって知ってる子は、別のもの持って来るけどどっちにしろ酒かコーヒーだし」

 …えっ。

 キッチンの方に置いてあったダンボールの箱と袋。…小箱に入ったブランデー、ウィスキー… 見たことのない珈琲豆。箱にはリボンがかかってた……… じゃ、あれも全部?
 
「まともに…食えなかった、んですか…?」
「落ち着けなくてね」
 …ヴァレンタインはもう毎年、基地への飲食物持ち込み禁止にしようかな。…それと、仕事に関係ないグッズも。と島さんはブツブツ。
「それから、…ええと…、そうだ」
「何ですか?」
「……隠しておくのは気分悪いから言うけど」

 島さんがそう言って持ってきたのは、二階へ続く階段の下に置いてあった袋。



 こういうのは…さすがにもらえない、って断ろうと思ったんだけど…
「これが最後です、奥様がいらっしゃるのは知ってます、なんて泣かれちゃったから…」
 ごめん、もらってきちゃった。…君が使うかい?
 謝りながら出して見せてくれたのは、奇麗な編み目の、生成り色のマフラーです。
「……これ」
「手編みだって」
「〜〜〜〜〜〜…」
 ああほら、テレサ…そんな顔しないでよ。
 私、とっても嫌な顔、してしまったみたいです… 
 気がついたら島さんはもう笑ってなくて、ちょっと困り顔。
「こういうの、どれだけもらっても、僕はその気持ちには答えられないよ、って必ず言うようにしてるんだ。だとしても君に隠してはおけないし隠しておくのはイヤだし」

 嫉妬、という感情は、初めて抱くものでした。私の中に、こんな気持ちがあったなんて…。なんだか、自分が嫌になります…

「気持ちだけもらっとくよ、なんて言うのはもっと変だろ?バレンタインなんだし。…正直、困ってるんだよ…僕だって。だから、このマスラーも、奇麗に出来てるからじゃあ、君に上げようかなって、そう思って…」
 段々しどろもどろになって行く島さんと、奇麗なマフラーを見ていて、ふと思いました。

(このマフラーを編んだ人は、どんな気持ちで…編んでいたのかしら)

 チョコレートを作った人も、

 箱にリボンをかけた人も。

 小さな手紙を書いた人も。

 

 目の前の、この人に。その気持ちを分かって欲しくて…?
 彼のためなら、死んでも構わないと思うくらい……?

 ………私がそうだったように?




「……テレサ?」
「ああ、どうしましょう…!!」
「は?」
 急に心臓がドキドキしてきました。島さん、…皆さんの…気持ちに「答えられない」ってお答えになったのですか?…皆さんは、それを聞いて、大丈夫なのですか? …まさか、思い詰めて命を…
「ちょっとテレサ?」
「チョコレートや、プレゼントを下さった方の気持ちを分かって差し上げないと、大変なことになるのではありませんか…?!」
「……はい…?」
「しかも私にそのマフラーを、だなんて。頂けません、これはだって、…あなたのためにその方が」
 泣くほど、あなたを想って、編んだものなのでしょう…?!
「テ、テレサ」
「…ああ、私……私が、私なんかがいるから…」

 涙が。

 どうして涙は、こういう時…私に断りもなく出てきてしまうのでしょう。

「…私はやっぱり…帰って来ない方が良かっ」
 島さんが勢い良く立ち上がったので、椅子が後ろにひっくり返りました。島さんは急いでテーブルのこちらに来て、私を抱きすくめて…
「…な、ん、でそーなるんだ…?!」
「だって」ぐすっ。
「じゃ、僕が一人一人に『ありがとう、嬉しいよ』って答えて、チョコだのマフラーだのをもらってたら、どういうことになる?」
「…………」
「しっかりしてくれよ。愛情って言うのは、一個しかないの、少なくとも僕には。何人もに分けて上げられるものじゃないんだ。それで、僕が選んで選んで、決めたのが君だ、何をもらっても泣かれても、君以外は『僕が』困るんだ!」

 あ〜〜〜〜もう!!

 私の頭を大きな手で抱いて、叱るように。島さんは一息に続けました。

「でも断れば人間関係拙くなる、そしてモノには罪はない。君は、嫉妬する必要なんかない、何が来ても私が一番、と思っていればいいんだ。そう思ってないと、僕の妻は務まらない!」

 この口調。…あなたが艦でお仕事をしているとき、何度か聞きました。
びっくりしたけれど、なんだか…ほっとして。
「…私が、一番…」
「そうだ。僕を信じろ」
 ……はい。 

 なぜかそう、素直に頷けました。
 やれやれ…、といった顔の島さんが、苦笑してまたキスをしてくれたので、その後は…素直に甘えることができて……。



                    *



 自分以外の人の感情を慮る、と言うのは、ことほど左様に難しいこと、だと痛感します。自分の感情のコントロールさえ難しいのに、どうして周囲にいるこんなに沢山の人の思いを正しく計ることが出来るでしょう?
 私は長い間ずっと独りでしたから、他の人の感情を知るためには自分の感情に置き換えて想像するしか方法がありません。
 島さんが好き。その気持ちは単純で、すごく強かったから…彼のために死んでもいいとまで思ってしまった。けれど、その私の気持ちは島さんにとっては重過ぎて、逆に彼を苦しめてしまったのだと後になって理解しました。

 けれど、今は。

 戦いで命が奪われることのないこの日常では、感情は…もっと穏やかでいい。

 少しずつ、それが分かってきたところです。



 だから——。
 次の日、ちょっと出掛けて来ると言った島さんの首に、私は。

「…はい、これ」
 外は、寒いから。
 頂いたマフラーを、して行ったらいかがですか?

 くるりと巻かれたあのマフラーに島さんは目を丸くして、それから、履きかけていたスニーカーをちゃんと履いて……言いました。「……よし。さすがは僕の奥さんだ」
 そう言われて思わず私。頬が緩んでしまって…嬉しくて。

 ちょっと、得意げな顔をしていたかも…しれません。



 
 キッチンで、頂いた奇麗なチョコレートの包みを解きました。ごめんなさいね、と思いながら一つ、口に入れてみました……

 美味しい。そんなにたくさん食べられるようなものではないでしょうけど、色んなものがぎゅっと込められているような、幸せな味。

 ヤキモチ?
 それは、もちろん、ないとは言えないけれど。

 これは、島さんが…、これほど沢山の方に信頼され愛されている証拠だと、そう思うことにしました。そういう人たちなら、お仕事中の島さんのことを、大事にして下さる。島さんのお仕事を、きっと助けてくださる。…そう思ったら、山ほどのチョコレートも、お酒も、珈琲豆も、気にならなくなったんです。私も一緒に、ありがとう、と頂けばいい、…そう思えました。


 でも、一つ、……問題が。
 一つだけ、おかしな手紙が入っている箱があったんです。


「島さん大好きです  康雄」

 そのメッセージカードを見つけて、またもや混乱。
 康雄。
 康雄……って、女性の名前…じゃないですよね。じゃ、男性?


 得体の知れない不安感が、また胸にもくもくと湧きあがってきました…… 

 島さん、これは…どう理解したらいいのでしょう……?

 
                                  

                            多分、Fin.(笑)

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 ぶ。
 誰?康雄って(w)。特に何かを意図したわけじゃないです(w)。
 この後はどうぞ皆さんのご想像のままに…。

 地球人の気持ちって、わかんなーい、のテレサちゃん。つか、ERIだってちゃんとはわからんし(w)。

 大体、多分「友チョコ」の意味は分かっても、「義理チョコ」の意味は実感として捕え切れないかもしれないよね、彼女。「本命チョコ」だって、不透明な部分があるし、結果的にバレンタインなんて意思表示の小道具でしかないし。実は何もやり取りのないところに、本当の愛情があったりするものだしね。
 テレサちゃん、来年のバレンタインには、ぜひ最愛の旦那様に本命チョコを用意してあげてくださいな(w)♪

 

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