Abyss

)(2)

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 テレサは、アレスが求めるままに唇を開いた。
 それまで、何度かついばむような口付けを交わしたことはあった。だが、舌が舌を探るようなキスは、これが初めてである。
 
 窓の外に煌めくのは、中庭の灌木の枝葉……  

 星は息をひそめていたーー

 この唇が、頬を覆う手が、島さんではない…ということに、一度は感情が応えられなくなってしまったのは、何日前のことだっただろう。だが、頬にかかる吐息に目を開けて見上げると、そこには暗い肌に漆黒の目をした優しい人がいた。



 島さんではなくても
   愛してくれる人が いる

 この人は、命を賭けて私を守っている。デスラーの命令を、その目と鼻の先で退け…私のサイコキネシスが二度と再生しないようにと…尽力してくれているのだ。


 私は…
 あなたを。
 アレス、あなたを…


「愛しています…」


 治療のために、ずっとその身体を見守り続けていたから、彼女の裸を見ても何も感じないだろう…と最初は思った。しかし一枚ずつ着衣を剥がされるその白い肌に、思わぬほど熱くなる。

 後悔しないね、とは聞きたくなかった。
 あなたは必ず、後悔する。
 私に抱かれたことを……後悔するのだ。それでもなお、愛していますと…言って欲しかった。

 唇を愛撫しながら、裸の双丘に手を伸ばす。唇を放してしまえば、絶望的な響きが漏れるかもしれない、と恐れたからだった。彼女が苦しくないように、時折舌を抜いてやる。下唇だけを吸い、放して囁いた…
 愛している。テレサ、…愛している。返事など待たずに、戸惑い狼狽える彼女の舌を再び捕えて愛撫し続けた。自分の着衣を脱ぎ捨てている間にも、深いキスを続けた。

 


 テレサの身体は、アンテナだった。
 彼女がかつて、島とこうして睦みあったかどうかは知らない。じっと身を任せている様子からは、何も分からなかった。
 だが、これは彼女のテレザート星人としての特徴なのだろうか。愛撫や言葉に反応し、敏感になって行くのが解る。

 だから、今この瞬間だけでも、従えてしまいたい…と思う。

「私を…抱いてくれ」

 あなたの腕で、私の首を抱き。
 あなたの唇で私にキスを。
 …あなたの声で、私を犯してくれ……名前を呼んで、愛していると…言って欲しい——

 唇を放す度、テレサが吐息を漏らす。
 苦しい… 
 テレサにとっては初めてのまぐわいだった。貪るように揉みしだかれても痛いとしか感じない。何か言われるのを恐れるように、アレスはテレサの唇を、舌を捕えて塞ごうとするのをやめなかった。

 アレス。
 お願い。
 …私を…信じて。
 
 普段冷静なはずの彼が、酷く感情的になっている… 

 喘ぎを聞いて、思わず唇を放したアレスの目が、テレサの胸を打った。
「どこにも…行かないでくれ」
 私は…こんなにも、あなたを好きだ。
 あなたを失いたくない…… あなたの心が、永久にあの男のものだとしても。

「アレス…」
 テレサは彼の頭を愛おし気にゆっくりと……両腕で抱いた。


 アンテナは、魂の叫びに敏感に反応する。受け取って欲しいと叫ぶ心を、受け容れる… 熱い舌がなぞるどの部分にも、アビスが口を開ける。
 それは、彼女自身の持つテレパスに呼応する感覚なのかもしれなかった。こじ開けようとするアレスの慟哭に、身体の芯が反応する。声、愛撫、体温…そのすべてが火照りを加速させた。

 強張っていた身体が、次第に開き始める——
 ふいに、アレスの唇が捕えている乳首に、肩に、…その指の伝う柔らかな茂みに蕩けるような温かみを感じた。溶けてもいい。そう思えた。


「……今まで… ごめんなさいね…」
「…どういう…意味?」

 テレサの胸の鼓動に耳を付けながら、問う。

「あなたが…こんなに私を思ってくれていたことが…解らなかったなんて」
 ゆっくりと、アレスは顔を上げた。
 彼女の目尻から、豊かな睫毛の間から、ぽろりと涙が零れた。
「…どうして泣くの」
 テレサは答えない  ……ただ、笑って首を振った。

 あなたとなら、一緒に…溶けてもいい。そうすれば、その思いがきっと判る。
 アレスもわずかに微笑んでもう一度、軽くキスをした。そのまま、身体を起こして軽く愛撫していただけの茂みに唇を埋める。

 アレスの身体が、両膝の間に入っている。それを恥ずかしいと思う理性を、アビスが乱暴にぬぐい去った。なぜその部分にそんなに激しく舌を、指を入れるのかわからない… 判らないが、身体の芯は溶け始めていた。 
 無意識に身体を引こうとしていたのか、アレスの手が腰にかかる。行かないでくれと言われたら、従うしかなかった。放り出されたままの、濡れた乳首が空気に触れて寂しい。だから、自分で乳房を強く抱いた、そこにもアビスが口を開けている。息がいつの間にか荒くなっていて、喉が…からからだった。

「…アレス…」
 名前を呼んだ。
 アレス。…私の…アレス…。
 唇を舐める。吐息が激しくて、唇も乾いている… 覆い尽くすような、アレスのキスが欲しい、と思った。
「アレス……、あ…ア」

 ようやく、アレスは身体を起こした。愛撫に応えて、テレサの両脚の間は光る沼のように潤っている。泣きそうな声に、愛しさが募った。言葉では、いくらでも嘘がつける…けれど、愛おしいと思わない相手には、こうはならない。
 彼女の両手が、来て、というように差し伸べられた。

 後悔しないか?とは聞きたくなかった。
 自分の身体の一部を従順に受け入れてくれる、密やかな滴り…吸い上げるように絡み付く襞の感触に、思わず息を止める。
 こじ開けるというより、迎え入れてもらった、という風だった。ただ、その扉のぎこちなさに、初めてなのだと感じた。彼女の心のこれほど奥に達したのは、この自分が初めてなのだ……

「…テレサ」
 奥まで自身を埋め、そのまま、訊いた。

「……誰を、…愛している…?」

 私なのか……それとも。

 テレサが応えるのを待った。貫かれたまま、彼女が掠れ声で答える…
「…アレス… あ…あなたが……」
「ああ…」

 

 愛しい。あなたの何もかもが愛しい。
 思い切り抱きしめたら、壊れそうだった。自分の身体の半分ほどの厚みしか無い、華奢な身体。蜻蛉のように儚い四肢。あなたが心の中で誰を愛そうと、この場所は…私のものだ。あなたの身体にアビスの門を開けるのは、私しか…いない。そしてその門から共に旅立てるのも、私一人だ………

 最初はゆっくり、そして次第に激しく、浅く深く貫く。痛い、という表情を次第に恍惚のそれに変える方法は、一つしか無い。声で…脳裏に呼び掛ける。愛している、あなたを愛している、と。呼吸をする間を惜しんで、言い続ける。…テレサ、あなたが好きだ。あなたを愛している… どこにも行かないで…離れないでくれ、…と。


 

                 *****

 



 テレパスの悪戯なのか…
 アンテナが、あまりにも敏感になり過ぎていたのか。

 テレサは、気付くと泣いていた。
 後悔は、していなかった。ただ。
 アレスに抱かれ、信じられないような昂揚に思わず我を忘れたその間。彼女は、過去の出来事を確かに一瞬…忘れていた、そのことに驚きは感じたが、悲しいとは思わなかった。

 

 傍らに眠る、黒髪の人。
 最後まで、優しく語りかけてくれた……愛している、と。

 何百回でも何万回でも言おう、あなたが望むなら…… と。

 

 アレスとなら、一緒に溶けても、いい……
 目覚めても、その思いは、変わらなかった。
 ここで…この星で。
 過去の罪を忘れて、愛されて生きたい……

 

 もうそう思っても。いいですよね……?

 

 その問いを、遠い彼方のあの人に向けて。
 テレサは、最後の涙を一粒、零したのだった——。




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