(1)(2)
*******************************************
私の身体は、全身がアンテナのようだった。
一本一本の、髪の毛の先。
指先、つま先は言わずもがな……肩、肘、膝や胸元。触れればそこに、異空間へのゲートが現れる。迸る力の出口が、現れる……
サイコキネシスは全身を駆け巡り、私の望んだ方角へアンテナを通して迸った……祈り、という形を通して、私はそれを…どうにか制御していたのだ。
だが、かの総統の星で目覚めたとき、私にはその力が無くなっていた。…いや、私を愛してくれた人の尽力で、ただあれはこの身体に、眠らされていただけのことだった。
それでも……アンテナが、時折疼く。
彼の声が…私を呼んだ。
……テレサ……
******
総統府の特別医療室からテレサを引き取り、邸で世話をし始めて数ヶ月。
その晩も、総統専属医師団団長、アレス・ウォードはテレサの部屋にいた。数日前から、テレサとは押し問答が続いている。
「……あなたの決定には、敬意を表する。だが」
アレスは再び、そう口を開いた。
テレサは俯いたまま、ソファに腰かけていた。膝に置かれた両手は、固く握られたままだ。
島さん……
それが、私の生まれて初めて愛した、ひとの名前。
愛しい。彼のためなら、私はどうなってもいい。
引き裂かれようと… 焔に焼かれようと、
あの人のためなら。
この身体も命も、惜しくない…
その思いが、数百万のガトランティスの民を死に追いやった。その中には、あの禍々しい獣の胎内で、ただそこに生を受けただけの、罪の無い者達の命もあったのだ。
彼女の記憶には、彼女が島大介一人のために殺戮した人々の断末魔が、精神感応…という形で凄惨に残っている。
思い出させたくは……なかった。だが、ガルマン・ガミラス総統の命により、アレスは医師としてテレサの記憶を再生し、彼女がガトランティス母艦に対峙する際に呼び出した、反物質の質量と破壊力を調査しなくてはならなかった。
「……半分は、あなたの身体と記憶を再生させた私の責任だ」
それについては、責めを負おう。だが、あなたの言っていることと これとは、別だ…テレサ。
「いいえ」
テレサは首を振る。
「…私のしたことは、私一人が忘れても… 永久に宇宙に残ります」
島さん一人を助けたのは、私の我が儘。
人として…。たった一人を生かすために数百万の犠牲を出すことが許されるとは、思いません。
「私は、……罰を受けるべきなのです」
「あなたはもう、充分すぎるほど罰を受けた…!」
アレスは振り向いて言い返す。「ガトランティスは、あなたが止めなければさらに多大な犠牲を出し続けただろう。あなたは、7年間も凍てついた宇宙で、ずっと眠り続けていた、あんな姿になってまで。…これ以上苦しむ必要がどこにある」
「……アレス」
窓辺に立ち、激しい口調で言い募るアレスに感謝する……
思い出した記憶。だが、この身体には、あの呪われた力は感じない。それもすべて、この人のおかげなのである。
「良いんです…。私は、ここに居ると決めました。だから、お傍において下さいと…お願いしているのです」
「……島を愛したままのあなたを、私が受け入れられると思うか」
「………」
「記憶など、私の技術でいくらでも消してしまえる。…だが、私はそれこそ、人として」
いや、…男として。「…そんなことは……できない。…したくないんだ」
わからないか、テレサ。
愛した男を人為的に忘れさせて、それであなたを手に入れたと、私に思えと言うのか。…あなたはまるで、己の心身にさらに罪の焼き印を押そうとしているかのようだ…… 私は、ズォーダーの妾腹だ。あなたを救ったのは、ガトランティスの医学と、この私の…手。己が滅ぼした帝国の末裔に救われ、そしてその手に身を委ねようとする様は、まるで…
「島を諦め、私の傍に居る。…それがあなたの、自らに課した…罰なのか」
テレサは、唇を震わせた……
「…そんな…つもりは……」
だが、アレスの言うことも理解できた。そう思っていないかと言えば、幾らかは嘘なのだろう。
だが……
ただ…悲しい、と思った。
嫌われた、——そう思った。
アレスの身になってみれば、島さんをこれほど恋い焦がれていながら彼を忘れる、そしてここに居る、と私が言うのは…理解できないことなのかもしれない。
「アレス…。あなたと過ごした時間は、……私にとって…救いでした…。それだけは……信じて欲しいの」
熾き火のような、アレスの想い。爆ぜる焔のような激しさはないが、テレサを包み込み温めようとするその心は痛いほどに…感じたのだから。
「ごめんなさい…」
そのまま、顔を覆って泣き崩れる。それ以外に、何が出来る…?
しばらくの間、2人はそのまま、黙っていた。
二つ目の太陽が、ゆっくりと沈んで行った。……中庭の灌木が、日没の陽を浴びて揺らめき始める。発光植物。その光は夜の間、星の見えないこの邸の庭に、光る深海の藻のように仄かな灯りを点し続ける……
アレスが、呟いた。「…すまない」
どうせこの手から零れ落ちていってしまうのだ。
であれば。
「条件がある」
テレサの腰かけるソファの前に、そっと膝をついた。顔を上げた彼女の睫毛が、涙に光っている。
「<わたし>を、…愛して欲しい」
え…?とテレサが問い返した。
「…あなたが、私の姿に時折島を重ねていることに気がついていないとでも思ったかい」
思わず俯くテレサの顎をそっと上向かせた。
「……だから。島ではなく…私を愛して欲しいんだ」
その意味が…わかるか?
「…当然です」
決然とそう言ったテレサの瞳には、また涙が浮かんでいた。「私、何度あなたに言いましたか…? 忘れられない思い出があっても、今の私は…あなたにどれほど感謝しているか。あなたがいなかったら…私は…」
この儚い人の思いを、理解しよう、と思った。
アレスは、テレサをその腕にそっと抱き込む。抱きしめた途端、自分が途方も無く緊張していたと、思い知った。
後悔させるだろう、と頭では分かっている。それが幾重にも彼女を傷つけることになるだろうことも。だが、アレス自身、かつて自分以外の誰かをこれほど必要だと感じたことが無かった。
感情…?
手につかむことの出来る、現実として…?
そのどちらにおいても、私には…テレサが必要だ。放せない…、もうこの人を、手放すことが出来ない。そう思い詰め、そのあまりに呼吸が止まるかと思った……
思って、ふいにおかしくなる。
「……テレサ」
この笑みは、感動なんだろうか。
それとも。
彼女がここにいてくれる、と思い始めたがゆえの…、安堵なんだろうか……
***********
(2)