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「……で、テレサを拉致した奴らだが…」
違法異星人研究機関、としか報告されていないが、なんでも脳波を測定するだけで異星人か地球人かを見分ける装置を開発したらしいんだ。
「…そんなもの…。野放しには出来ませんね」
そんな装置も違法機関も、俺がぶっ潰してやる。
報告を受けた島の声がいつになく低音だったので、防衛軍と軍警察からの警戒速報を伝え損ねた局員AとBが心無しか恐怖に震えたように見えた。
彼らには非はない…だが、もう少し早く分かっていたら、と真田も臍を噛む。
しかしそんなことで動きの止まる科学局長官と参謀ではなかった。
「手がかりは『白い車』だけだそうだが、大丈夫か」
心配顔で訊ねた幕ノ内に、真田が答える。
「…ここだけの話だが、俺たちの縄張には大概、仕掛けがしてあってな」
「ええ…任せて下さい」背中でそれを聞いていた島が、ぞっとするような声で笑った(そういう風に幕ノ内には聞こえた…)。
こうなると、テレサを本当に誘拐した連中がどんな目に遭うのやら……考えるだに恐ろしい……
真田の長官執務室のモニターを囲み、「テレサ奪還」の新たなる作戦がすでに着々と進められている。…だが、実を言うとさっきから、幕ノ内には彼らの手元で何が行われているのか、さっぱり分からないのだった。
真田と島は、各々別のモニタを操作し何かを検索している。熱源探知レーダー、タイムレーダー、その他幕ノ内が戦艦の内部でしか見たこともないような機器が一斉に作動しており…サーチの範囲は車両、航空機、地下都市の熱源から地上の歩道を移動するイヌネコばかりかスズメやネズミ、アリ一匹にまで及んでいる、……ようだった。
2人が無言で機器の操作を始めて、僅か10分足らず……
「…該当する車の車種とナンバー、出ました」
「よし…こっちは足跡から靴のメーカー、販売先、付いていた砂の出所まで分かったぞ」
「該当車種以外の赤外線追尾を外します」
「…路上に認められる靴あとの一つに、科学局のエントランスに残されていた砂と靴型に合致するものを確認した。犯人たちはこのビルに入って行ったな」
「……セントラル・リバー地区、10A223…。地下6階パーキングに、該当する車を確認」
「ここからもそう離れていない。車でも10分程度の距離だ」
「監視衛星TR3からLL02、軌道を離れます…子機分離。12000メートル降下……指定域拡大撮影を開始」
「……すげ…」
撮影・転送を続けながら墜落するような速度で高度を下げる監視衛星からの映像に、幕ノ内は酔いそうになる……無人の戦艦を20隻以上同時に操る島の腕前だ。大気圏外から監視衛星でビルの窓の隙間からその内部を盗撮する、なんてのも、島にとっては造作もないことらしい……
屋上にヘリポートまで備えた、地上23階・地下5階のその建物は、中小貿易企業を装った、民間の異星人研究シンクタンクだった。真田のデータによれば、その手の組織としては弱小集団だ。
監視衛星が舐めるように様子を探る。……赤外線探知装置に反応する、人間の体温。20階フロアの一室、ガラス張りのはめ殺しの大窓から中を覗き込んだ子機からの映像で、長い金髪の女性が窓の近くに座っているのが幕ノ内にも分かった。何か手に持っている。温かい液体の入ったコップ?…飲み物、だろうか。縛られたりはしていないんだな、と安堵する。同じくそれを確認した島が、画面に飛びついて鼻を啜った。
「……テレサ……、無事だったかぁ、良かったあぁ〜〜……!!」
「慌てるな、島。彼女の居る部屋には…女が一人、居るだけだな?」
「はい。…ビル内には……男性が26名。全員階下にいます!」
「よし。……催眠ガスを使うぞ」
メガロポリス都市ガスの供給路と元栓を、遠隔操作で切り替える。
「テレサの居る階より下の全室に、ガスを流します。…いいですか、やりますよ…」
島が振り向いた。頬に浮かんだ屈託のない笑みが、なんだか怖い(笑)。
幕ノ内はごくりと生唾を飲んだ。
監視衛星の画面に映っている赤外線反応、ビル内部にいると思しき人間の体温反応が次第に赤から黄緑へと変化し、一人、また一人と床に転がる。赤外線反応だけでなく、映像でもそれが確認できた。見守るうちに、テレサと同じ部屋に居た女性が階下の様子を見に行き、然る後そこで彼女もくたっと倒れ込む姿が確認された……
「あっ…」
…と、島が小さく叫んだ。
「どうした」
えへへ。
そう笑って振り向くと、島は頭を掻いた……「しまったな…。催眠ガスに、ちょっと毒性の強い神経ガスが混じってました…」
「おい」
真田がちょっと慌てて島の手元を覗き込んだが、フム、と鼻で息を吐く。なんだ、ビックリさせるなよ。
「…まあ命に別状はないだろう。…記憶はかなり飛ぶと思うがな」自分たちが誰で、どうしてあそこに居たのか、何年間かは思い出せないってくらいなもんだろうさ。
「……ですよねえ」
あっはっは。
「さあ、テレサを迎えに行くぞ」
(いや、島のやつ…わざとだろ。絶対わざとだろ……)
こいつらを敵に回したら…
悠々と部屋を出る真田と島について走り出したが、そう思うと笑えない幕ノ内、であった……。
* * *
科学局所有の多目的アンビュランスを使い、サイレン鳴らして現場に向かうこと6分半。念のため、と後部座席で防弾チョッキを着込み、パルスガンにサイレンサーを装着している島を見て、幕ノ内はまた笑顔が凍る始末である。
「島さん…?」
テレサっ、無事かっ?!
叫びながら部屋に飛び込んで来た島に、きょとん…とするテレサ。なんとなれば、島の顔にはガスマスク、手にはパルスガン、だったから。
だが、続いて入って来たガスマスク無しの真田と幕ノ内の顔を見て「まあ!」と嬉しそうな顔になった。島さんに、ちゃんとお話をして下さったのね……!!
「テレサ…、ああ良かった…!」
島はやにわにマスクをむしり取ると、それを放り捨てて彼女を抱きしめた。後ろで真田と幕ノ内が目のやり場に困っているのなんか、おかまいなしである。
「……島さん……島さん!」
こういう時、島より無頓着なのがテレサだ。抱かれるままに彼の身体に腕をまわし、溢れるような笑顔で応えた。
(外国映画だと、確かにまあ、こんなだよな〜)
幕ノ内はこそっと真田に囁いた…… 無事に生還した人質と、その夫の感動的な再会。抱き合って、熱烈に×××〜〜〜〜……
(……バカ。見ないでやれよ…)
真田も囁き返し、幕ノ内の肩口を引っ張って後ろを向かせる。
(俺たちはこの間に、件の異星人特定装置を見つけて没収するぞ…。ここのメンバーは軍警察へ引き渡しとこう)
どうせあの2人は、しばらくあのまんまだろうから。
真田に引っ張られながら、幕ノ内は部屋を出た。
閉まるドアごしにちらりと見えたふたりは、数時間前まで壊れそうな兆しが見えていただなんて、まったく思えないほど幸せそうで。
「ちぇ〜…」
バッカみてえ。
俺たちゃ、いい面の皮だよ。
「まあまあ。お前にはまだあと一仕事、してもらわにゃ」
そうブーたれるな。な、頼むよ、幕?
我知らず舌打ちした幕ノ内に、真田は声を立てて苦笑したのだった。
* * *
さて。
幕ノ内の最後の一仕事、であるが、それは………
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