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「……えらい事になったな……」
幕さん、真っ青である。同じく青ざめていた真田が、ふと何かに気付き顔を上げた。
「……島が居なくなってから、どのくらい経つ?」
「さあ……明け方抜け出したとして、もう半日経つからな… 行こうと思えば、あいつなら月か火星か」
「…幕…ちょっと来い」
真田はくいと目線を投げ、幕ノ内を執務室内部のモニタールームへ誘った。
階下にある司令本部の1/10くらいのマルチ・スクリーンが部屋の壁一杯に広がっていて、ピーピーと小さなランプが一つだけ、音を立てている。
「ここから、日本自治州全域の交通情報と地球半径の大気圏内外の移動物体、木星までの通常宇宙航路全線をモニタできるんだが」
ヒョー、流石は地球一のストーカー施設!うっかりそう言って真田に睨まれるのもつまらないから、幕ノ内は掠れた口笛だけ吹いた。だが、島の身体に発信器でも付けてなきゃ、ヤツの行方は追えないんじゃないのか?
「…盗難防止装置があってな。ここのスタッフの自家用車には全部付いてる代物なんだが、さっきから、島の車の防犯装置が反応してるんだよ」
「は?」
ああ、これか。
ピーピー言ってるのが、そうらしかった。
「この盗難防止装置を付けた車が、登録した場所(まあ大体が自宅だな)からある一定距離以上移動すると、ここに信号が届くようになってるんだ」
「ほう…?」
「…本人が使用している場合は、大概アラームは鳴らないように外すんだが、…島や俺の車は100キロ以上移動した場合にだけ警報が鳴るように設定してる、まずそんな長距離を俺たちが車で移動することは無いからな」(ああ、100キロもあったらキミタチは航空機だよな、と幕ノ内も頷いた)。
「で。今目の前で、島の車の盗難防止装置が作動した状態で走ってるわけだが…」
「………」
「おかしいだろ。半日も経つのにあいつが車で、しかも100キロしか移動してない、なんてわけがない」
「……その辺で買い物かなんかしてたんじゃないのか?」
「ヤツはハイキングに行ったわけじゃないんだぜ」
「……あー、まあ、そうか」
「しかも、探さないでくれと書き置きしておいて、この防犯装置のことを忘れていたとは思えん」
無数のポインタがモニターのマップ上に表示される。科学局のメインスタッフの車がメガロポリス地区内に集中する中、そのうちのただ一台が、まるで「見つけて下さい」とでも言うように、どんどん関東から離れて北へ向かいつつあった。
「…恋に破れた男は、北へ傷心の旅に出る…ってのは本当なんだ」
言ってしまってから、真田の「張り倒すぞ」という視線にあわわわ。いやいやいや、ただの独り言だっつの…。
真田は視線を戻すとモニタ画面をしばらく凝視した。
ややあって、ふむ、と結論を出す。別のモニタを立ち上げ、手元で何か検索コマンドを出した。
「…島は車を使っていない。おそらく、移動してるのは車だけだ」
「なんでそんなことが分かる?」
というか、そんなこと、出来るのか?
「あいつは宇宙戦艦をパイロット無しで戦わせていた男だぜ」
言われて幕ノ内は「あ」と合点した。 島大介が、無人機動艦隊の名コントローラー且つ開発責任者だったことを思い出したからだ。運転手無しの車をプログラミングだけでまるで意志があるかのように走らせるのは、島にとって造作もないことだろう。しかし、はたと考える。
「でも、島のヤツ、なんでこんな手の込んだことをするんだ?」
「探さないでくれと書いたところで、追っ手がかかることが分かってるんだろう。追っ手と、あとは…野次馬の撹乱だよ。それに、…あいつは…多分…」
「多分?」
「…………」
島は俺だけに、気がついて欲しかったんだろう…。俺と差しで話がしたいのだ。誰も邪魔の入らない場所で。
そうは思ったが、真田はそれ以上言わずに口籠った。野次馬だの追っ手だのを遠くへ引き離しておいて、2人で肚を割って話したい。真田さん、俺は…あなたもテレサも大好きだ。どんな結末でも、俺は受け入れます…ただ、その前に…あなたと2人だけで、話をさせて下さい。
島がそう言っているような気がして、真田はちょっとの間モニタから目を逸らした。
バカめ…。
俺がこんな馬鹿げた話を無差別に漏らすとでも思ったのか。手の込んだ細工をしやがって……まったく…世話の焼ける弟だ……。
「ま、いずれにしても、あいつの可愛いところは。…俺が一番初めの元祖無人艦隊の共同開発責任者だったことをすぐに忘れるところだな」
真田は我知らずふふっ、と笑っていた。
無人機動艦は優秀な人工知能を搭載しているが、結局のところアレも通信で動いてるんだ。
幕ノ内がきょとんとしていると、モニタの一つから先ほど真田がコマンドを出していた、新たな検索結果が音声で流れ出した………
<地下しぇるたーヨリ、1分間ニ2回程度ノ微弱ナたきおん通信波ノ発信ヲ確認。車載A.I.なんばー00012ヘノ発信ト思ワレマス>
「…見つけたぞ」
「……タヌキとキツネの化かし合い、みたいだな」
感心する幕ノ内に、俺はタヌキもキツネも嫌いだ、鍋焼きがいい、とぶつくさ言う。そして真田は勢いよく立ち上がった。
「行くぞ、幕。急げ」
「おう」
島は、この科学局の地下シェルターにいる。
とっとと取っ捕まえるぞ。
* * *
「…島ぁっ!このバカヤロウ!!」
しかも途端に怒鳴るし。幕さん、かなりビビり気味。おいおい真田…何もそんな怒らんでも…
「妙な勘違いもいい加減にしろ!……とっとと出てこい!」
「さ…真田さん」
暗黙の了解で科学局内では長官の真田と同権の、島参謀である…
大統領が潜伏するような機会もあろうかと配慮された、科学局地下シェルターの内部。食料も給排水も冷暖房も完備、しばらく籠るにはうってつけの居心地の部屋もあるというのに、だが島は、ソファがひとつしかない一番小さな部屋に踞るようにして座り込んでいた。
ドタドタとなだれ込んで来た真田、…と幕ノ内を見て、島は一瞬嬉しそうな顔をした……だが、即座に怒鳴りつけられて首を竦める。
「…バカかお前は!ちょっと考えれば、分かりそうなもんだろうが!いっちばん最初に、テレサが俺のとこにタッパー持って相談に来た、って話しただろう!!あれが発端なんだ!!」
「え……」
島の目が丸くなる。味覚音痴、料理下手、って悩んで、彼女が真田さんに味見をしてもらいに来た、っていう、あれ…??
「お前が彼女の悩みにちゃんと向き合わずに、外食なんかしてるからこういうことになったんだぞ!」
「なあ、嫁さんがコイツと浮気なんて」
するわけないじゃないか、と言う前に真田に睨まれ、幕ノ内は曖昧なにやけ顔で後半を誤摩化した。
「…し…しかし」
「シカシもカカシもない!お前がミョーな誤解をしてる間に、えらい事になってるんだっ」
あ。
幕ノ内は、口を開けた……が、真田が「シメコロス」という顔で180度首を急旋回させてこちらを見たので、思わず黙る。
(……あいつ、テレサの狂言誘拐やらかして島をおびき出そうとしたのは無かったことにするつもりだ)…まあ、当然と言えば当然である。
その後の島の剣幕を目の当たりにして、幕ノ内はその判断が正しかったことを痛感した………
「な…なんだって…!?」
テレサが、誘拐された…?!
誰に?…どの組織ですかっ!?
「こうしちゃいられません。すぐ出ましょう…!!」
島はたった今までしょげていたことなんぞすっぱり忘れてしまったようだった。彼は先頭を切って地下シェルターから飛び出したが、はたと思い出し、狭い通路で立ち止まるとガバッと真田に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした、真田さん!!自分が、バカでした!」
……バカは分かってる…けどその上に「単純」ってのが付くな……
幕ノ内がそう思ったことは、もちろん、内緒である。
真田を見ると、よしよし、と笑っていた。
(……?真田……、お前が好きなのって、どっちかと言えばテレサなんかじゃなくて)
だが、そんなことをそれ以上例え心の中でさえ具体的に呟いたら。
真田の目からビームが出て焼き殺されるかもしれん……
俺としては、知らんぷり見ない振り。
走りながら、それしかない、と悟りを開いた幕さん、だった……(笑)。
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