Jealousy  <2>

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 数週間後。
 科学局の通路で、島大介は難しい顔をした科学局局員の一人に呼び止められた。

「あの…、島参謀。ちょっとお話が」
「なんだ?」
 システムトラブルか?と訊いた島に、局員から意外な言葉が返って来た…
「あの…奥様のことなんです」
「?…彼女が何か?」
「ええっと…」
 口籠ったその局員を、他の局員が見咎めた。「おい、なにやってんだお前」参謀に何バラしてんだよ……!
「……は?」
 こいつら何か隠してるな。
 島はうっかり口を滑らせたもう一人を捕まえ、にっこり笑った。キミタチ、オレになにをバラすのかな〜?

 だが数分後、島は別の意味で笑っていた。落ち着け。これは何かの間違いだ。とりあえず笑っとけ。
 行って良いぞ、と局員2人を放免すると、彼の顔から笑みは消えた。

 …そんな。



 怒らないから自由に話せ、と言った途端。2人は先を争って話し出したのだった。

 奥様がですねえ、このところ毎日のように長官を尋ねて来られるんですよ。しかも、島参謀が居ない時間に、わざわざ、といった感じなんですよ…?それで、お二人で執務室の、ほら…使ってない応接間があるじゃないですか、そこへ籠るんです。
 2時間程度ですけどね…

「何してるか、なんて怖くて訊けませんよ」
「…もちろん、その…。長官が率先して、という風じゃないんです。最初は、あの…参謀の奥様が、泣きながら長官を訪ねて来られて…」
「はぃ…?」

 泣きながら、って。

 なんでテレサが、泣きながら真田さんを訪ねなくちゃならないんだ?
「で、それを長官が奥の部屋で宥めていたようで…」
「一度二度だったら、我々もそんなに気にしなかったですよ」
「……一度や二度じゃないということか」

 はあ、今は週3回のペースですね。あっと、今は嬉しそうに来られて、嬉しそうに帰られますよ?長官もことのほか、楽しそうで…。
「この間、でも…ちょっと聞いちゃイケナイよーなことを、聞いちゃったんすよ、自分」
「…………」
「“真田さんは島さんよりずっと頭が良くていらっしゃるから”って奥様が楽しそうに」
「…………」
「で、それを聞いた長官も楽しそうに」
 …島には内緒だよ、って言ってたんです…
「おい、そこまで言ったら」
「…………」

 バラしすぎ。ふたりの局員は、笑顔の固まった参謀を見て、そそくさと逃げ出そうとした。島はそれを、とめなかった…ああ、行って良いぞ。大体、分かったから。


「…………」
 そりゃ。
 真田さんは俺よりもはるかに優れた頭脳の持ち主だ。否定はしない。けど。なにそれ。なんでテレサが、泣きながら真田さんのトコに?しかも、なんで俺の居ない間に…?…楽しそう? 2時間? 週3回…? 

 あの2人の局員は、さすがにはっきりとは言わなかったが。
 フツーに見て、「オクサマ、長官と×××してるんじゃ?」と言いたかったんではなかろうか……

 科学局の通路の隅で、島は石化した挙げ句風化する寸前になっていた。


 

           *            *           *




(………最悪だ)
 これが、頭を抱えずにいられようか。

 悪い事に。島大介が悩みを相談できる相手は、ずっと前から一人くらいしかいなかった。それが真田志郎なのだ。

 古代はダメ、相談するだけムダ…引っ掻き回される。雪は…十中八九、俺に非があると決めつけるだろーし。その他の3馬鹿は論外。ネタに飢えてる奴らだ。 次郎?…そらみたことか、と言われるだけだな…。

 真田さん。
 あの人は、俺の人生の里程標、だと思ってた。古代がお兄さんを慕う気持ちが、真田さんを見ていたら理解できた、そのくらい。俺は…。



「島さーん、お夕飯、用意できましたよ〜」
 階下から聞こえた歌うようなテレサの声に、我に返る。島は、仕方なく座り込んでいたベッドから腰を上げた。

 このところ、彼女はすこぶる明るい。どういうわけか、料理の腕も上がっている。何を悩んで真田さんのところへ相談に行ったにしろ、その理由は島にはまるで見当がつかなかった…。

「……あの、美味しいですか?」
「……!」
 しかも、今日の酢豚はビックリするほど美味しかった。酢豚自体、あまり好きではないメニューだった…だが、上の空だったから皿の上に何が乗っているのかなんて気にせず口に運んだら。しかも、作ったのが彼女なのに…この酢豚は本当に美味しかった。こんなに美味しいモノだったなんて、知らなかった…
「うん、…美味しい」
「本当ですか!?…嬉しい!!」
 はにかんで笑う彼女の顔が、とても眩しい。
(……この顔を、真田さんにも見せているのか…)

 そう思ったら、居ても立ってもいられなくなって来る。


 嬉しそうに食後のコーヒーをいれているテレサをアイランド型キッチンの向こうに見ながら、島は考えた……

(俺が…真田さんに勝てるものって…なんだ?)
 操縦技術?
 ……そのくらいじゃないか。彼女にとっては、そんなの…あまり意味がない。
(……頭脳では負ける。…でも)
 人類総出で挑んだって、真田さんにアタマで勝てる奴なんかそうそういない。俺が真田さんより頭が悪かったって、そんなの仕方ないじゃないか。
(顔?)
 まあ、そりゃ…ちょっとは。でも……顔なんか、歳取りゃ誰だって崩れて来る。髪の毛の量? …俺は30代にしては抜け毛もないしウス毛でもない…色男の南部でさえ悩んでるっていうのに、だぞ…
(…何か違う)

 ——だんだん、虚しくなってきた。

 テレサが、コーヒーカップを二つ盆に載せて、ソファのところへやって来た。
「はい、どうぞ…」

 俺が、真田さんに勝てるものって。

 島は、自分の隣へほっと腰かけたテレサに、思わず向き直った。「テレサ」
「?」
 どうなさったの?
 小首を傾げる彼女を、思わず抱きしめる…ちょっと乱暴かな、と思わなくもないくらい。
「テレサぁ…!」
「えっ…?島さん、ど…」どうしたの!?
 ソファに押し倒されて、テレサは(嬉しくて)狼狽えた。いやん、ちょっと待って?

 何が彼をそうさせるのかテレサには分からなかったが、どういうわけか島が…いつになく激しかった……

 



 翌日。

「…おや…いらっしゃい」
「こんにちは」
 にこにこしたテレサが、執務室のソファに座っていた。
「どうしました?」
 えらく機嫌が良さそうだ。今日は約束していた日ではないが。
 まあいつも通り奥の部屋へ、と彼女を手招きしながら、島と何かあったかな…と真田は思った。

「あの…」
 テレサは促されて立ち上がったが、同時に真田の両手をさっと捕えてきつく握った。執務室ドアの内側に立つ護衛の局員が、目だけちらりとこちらを見たような気がしたが、テレサはまるで気にしていない。「…真田さん、私…」
「テレサ、まあともかくこちらへ」
 慌てた真田に、テレサはさらに両手を広げてがばっと抱きついた。ハグ。
「真田さん!!」
 素直過ぎるテレサだから、全身全霊でお礼を言いたい…んだろう。それは分かる。でも、困ったな…これじゃ誤解される。島のやつ、こういう感謝表現の仕方はヨソのオトコにするなと彼女に教えてないんだろうか。地球式でも欧米ならば普通かもしれんが、ここは日本だ。

 護衛の視線を気にしながら、真田はともかく彼女を応接室の中へと引っぱり込んだ。

「おかげさまで、昨日のメニューはとても気に入って頂けたんです!」
「そうですか…、それは良かった」
 島が酢豚を嫌いなのは、真田も知っていた。そのアイツの嫌いなメニューを克服したのだから、もうこっちの役目は果たしたようなものだ。
「あの、是非何かお礼を」
「いや、礼ならコツを教えてくれた幕ノ内に言ってやって下さい」
 真田はにっこり笑うと壁面のモニタを仰いだ。

 モニタに投影されているのは「オトコの★美食」幕之内努責任編集オンライン・ホログラム・ヴィデオ。室内には料理教室よろしく食器や計量器、食材の入った冷蔵庫が置かれており。
 料理しながらオンラインで質問をすれば、編者の幕ノ内本人からレクチャーしてもらえるという特典付きのHVDを見ながら、真田はこれまでテレサに料理の指導をしていたのである。

 テレサの料理については、先に島の母親が文字通り「手取り足取り」教えていた。だが、さすがの島の母も、テレサの生物としての味覚自体が地球人と違うことには気がつかず、結局トンチンカンな味付けが直らないままになってしまっていたのだった。それを、知恵を絞って真田と幕ノ内が2人でなんとかマトモに鍛え上げた。
 これは、出来るなら極秘の方がいい。島には内緒、というのは、当然こんなことを部外者がしていると知れたら、テレサに最初に料理を教えた島の母親の沽券にかかわるだろうからだ。姑としてのプライドもあろう。テレサは島の母と同居しているのだ…余計な軋轢を生じさせるわけにはいかなかった。

「くれぐれも、お母さんには内緒にした方がいいですよ。…島にもね」
 島に言えば、母親に伝わる。そう思っての念押しである。
「はい、分かりました♪」

 やっぱり、真田さんは地球一、ですね!
 ははは、そんなことはないですよ……

 話は終わったな、と笑いながら、真田はテレサを部屋の外へと促した。これで、調理実習も終了だな…やれやれ。


 ところが。


 テレサを送り出そうと開いた部屋のドアの外に、思わぬ珍客が居たのだ。

 

 

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