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午後の餌やりの準備をしている職員達の手つきをじっと眺めながら。
佐渡は腰に当てて組んだ手を溜め息とともにもう一度、組み直した。
草食動物の餌はまだいい…問題は、肉食動物の餌である。いくら運営資金が先細りだとしても。このフィールドパーク内で食物連鎖…などという事態はなんとしてでも避けたかった。園内で飼育している草食動物を、肉食動物の餌にする、だなんて、そんなことは間違っても出来ない…
(……人間が動物達を管理すると言うのは、…じゃから…そもそも間違っておるのじゃ)
宇宙でどれだけ異常な事態が進行しつつあれど。
命を管理するこの仕事に、しかし…休息はない。
佐渡自身も、飼育する動物達の健康管理票を見るため、給餌室をあとにする。
古代進と守は、アクエリアスで出撃を待つヤマトへ向かった。
無謀。狂気。
そう判断するのが普通だろう……守はまだ、たった10歳なのだ。
だが、守を古代と共に行かせた島の気持ちも理解できる。島は最初、守を置いて行くよう古代を説得しかけた。だが、愛する者たちが離れ離れでいることの辛さを知っているのも、…島だったのだ。
美雪は、管理棟屋上のサンルームで、いつものようにライヤにミルクをやっていた。
島とテレサが「科学局へ一緒に行こう」と勧めたが、美雪は首を横に振った。 ううん、いいの。美雪はここにいる。
「…おじいちゃんが寂しがるから」
(まったく。なにを言っちょるんじゃ。わしのことなんぞ……)
素直に、動物達が気になるから、とか、テレサと島の作業の妨げになるから、とか。もっと体のいい言い訳が出来んのか。あの子なりに、気を回しとるのは分かる。だが言うに事欠いて…わしのことなんぞ……。
しかし、佐渡はそう言ってくれた美雪を、改めて愛しいと思ったのだった。
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<発進5分前!>
床下のどこかから、静かな震動が伝わって来る。座っているシートは壁に直接固定してあって、4点式のシートベルトが今しっかりと守の体を支えていた。隣には、アナライザーがどっかりと腰を据えている。
だが、ここ医務室の中ではまだ、白衣の医師がふたり、忙しく立ち働いていた。
(……先生達は座らなくても平気なのかな)
守の心配そうな顔に気付いたのか、医者の一人が笑って言った。
「……大丈夫だよ。1分前になったら、あたし達も座るから」長い黒髪を揺らした、唇の紅い奇麗なお姉さん、……佐々木美晴先生である。
もう一人は、佐々木の1.5倍は横幅も背丈もあると思われる、立派な体格のおばさんだった……武藤薫先生だ。武藤は手元で何かの蓋を閉めながら、美晴に訊いた。
「天井の氷、今どのくらいの厚みになってるって?」
「……約30メートルですね。午前中まで天板が太陽に向かってたんで、ちょい薄くなってます」
「にしても突き破るんじゃあ。結構震動来るわね…」
とっとと済ませなきゃ。
武藤は医務室のあちこちの最終チェックをして回っていた。発進して以降は何もかもがノンストップになる。低重力での特殊機動も予想される……あれもこれも固定してあるかどうか。確認しとかなきゃ。
「武藤先生、そろそろ」
「ああ、はいはい」
美晴に促され、そして武藤は最後に自分を、座席に固定した。
「……アクエリアスドックって、氷の中にあるの。来る時に、見たでしょ?」
美晴が隣のシートの守にニヤッと笑いかけた。
まったくね。古代艦長…あんたのお父さんって、色々ぶっ飛んだとこあるとは思ってたけど。復帰第一戦に、まっさか子連れで来るとはねえ……!
美晴の笑いは、呆れているようでもあり感心しているようでもあった。
とにかく、古代進って、型破り。
守はちょっぴり、ムッとする。子ども、イコール足手まとい。このお姉さんがそう思っていることは明らかだ。
(ちぇ…見てろよ…)
確かに、ここへ来るまでに見た肝を潰すような光景の数々は、守をおののかせた。アクエリアスドック内部も、ヤマト艦内のどの通路も、まだ10歳の自分が居ていい世界だとは到底思えなかった。
(でも……)
冷静になって観察すれば。
どの機器も、大きなのも小さなのも、島さんが教えてくれた基本通りに落ち着いて操作すれば、みんな知っている動きをするような気がした。
いいかい、守。人が作ったものにはどれも、その作り手の意志が必ず刻まれている。その意志を、読むんだ。
(僕は、足手まといにはならない)
足元からぐんぐん上がって来る規則的な震動に胸を高鳴らせながら、守はこれまで、島が自分に教えてくれていたことを一つ一つ…思い出した。
何事も、基本をしっかり押えるんだ。物事の優先順位をよく考えろ。一つのことに関連して、常に3つ、覚えること。聞くことを恥としてはいけない。知らないでいることの方が恥だ。だが、誰にも頼れないところでは自分を信じろ……自分には無理だと諦めたりせず、常に自分なら出来ると思うんだ。…お前には、その能力がある。
「そろそろ、出るわね」
艦内放送の声が、ヤマトの発進を伝えた。
<発進10秒前>
<……ヤマト、発進!>
お父さんの声だ。
アクエリアス氷塊の表面を砕き、ヤマトはその姿を現す。コスモナイト装甲で覆われた艦首フェアリーダー、3重装甲のスペースド・アーマー……600メートルクラスに改造された、かつてない強化ボディの船体は、30メートルもの厚さの氷も薄氷のごとく切り裂いた。
太陽光を反射した七色の氷の粉塵を後に、ヤマトは漆黒の宇宙(そら)へと飛翔立った。
*
<宇宙戦艦ヤマトは、これより第二次移民船団護衛艦隊112隻と共に、第一次船団会敵宙域へ向かいます>
「……うむ。頼んだぞ、古代」
艦長古代進が、科学局移民本部の大マルチスクリーンの中でこちらに向かって敬礼している。それを受け、真田志郎が右手の先をこめかみに当て、返礼した。
彼の隣で、島大介が同様にスクリーンに向かって敬礼する。
彼らの後方ではテレサがみゆきを抱いて、古代の姿を見上げていた。
マルチスクリーンに大きく投影された古代進の姿。その前方に位置する乗組員の中には、次郎がいる。中西の通信席の隣に次郎のために設置された新たな通信用コンソールがあった。そこには今、テレサの目の前にあるモニターと同様の画面があるはずだ。
防衛軍および太陽系交通管理局が運営する、リレー衛星群が取り持つ通信限界距離、最大コンタクトラインより遠くへヤマトが到達した時。その前途は、私たちの送る電波がヤマトを導く……。
テレサはみゆきを見下ろし、微笑んだ。
雪さんは、生きています。
テレサがそれを伝えた時の古代進の顔は、感謝に満ちていた。みゆきが発する精神感応波<サイキックウェーブ>は、正直なところ地球製のデバイスでは受けきれないものだ。だが、テレサが居るおかげで、そのいわばオーバーテクノロジーはどうにか地球言語に置換され、不完全ながらもタキオン変調波によってヤマトにまで達している。みゆきは不鮮明ながらも古代雪の生存していると思しき座標を認識し、その位置を知らせていた。
<会敵宙域への到達は、明日の午後、ヒトフタイチマルを予定しています。本艦隊は月軌道に到達次第、連続ワープに入る予定>
古代の報告を背中で聞きながら、テレサはみゆきを膝に抱いたまま、自分のモニタの前に座った。慣れないヘッドフォンを、また耳にかける。
画面に流れる目まぐるしいスクリプトをドローパッドの上に指で追い、適切な言葉と数値に置換する作業に入った。
モニタを見ていると、驚いたことにみゆきの意識がヤマトの動向を辿っているのが分かった。刻々と地球から遠ざかるヤマトと地球艦隊の位置が、モニタに現れている……
(……?)
そうではなかった。
みゆきが我知らず想っているのは、次郎と守、の意識の痕跡なのだ。
「……心配なの?」
話しかけると、みゆきはつぶらな瞳で母の顔を見上げた。
じろう…だいすき
まもる……だいすき
大好きだから。あの2人がどこへ行っても、みゆきは見守っていたいのだろう。
「そうね……」
だから。ママといっしょに…ヤマトを助けましょう。
私たちが出来る可能な限りのことを、しましょうね……
早くも自分の仕事に勤しんでいるテレサを振り返り、大介と真田も微笑んだ。
「24時間あのままでは、テレサが疲弊してしまう。みゆきちゃんのテレパス言語をある程度パターン化して、我々でも解析できるように工夫しなくてはならんぞ、島」
「はい」
急ごう——!
* * *
その頃……
2万7千光年彼方のアマール星では……
「……なんですって」
もう一度おっしゃい…パスカル!?
イリヤは将軍パスカルに詰め寄った。
「…は…はっ。エトス、ベルデル、フリーデの三軍がSUSの要請で…、地球から我が星に向かうはずだった移民船団を襲撃したと…」
将軍の、戦装束の胸ぐらを掴むような剣幕。女王の間に報告に来たパスカルは、思わずたじろいだ。
「……10万人の乗る、あの大きな移民船を…!」
「報告では…3000隻。およそ3億人が犠牲になったと思われます」
女王はその報せに、喉の奥で小さな悲鳴を上げた……なんということを。
「……エトスでもフリーデでも構いません。すぐに…連合諸国へ連絡を。なぜ…我らアマールに何も知らせずそんなことをしたのか、問い正すのです」
「はっ…」
碧い宝石の散りばめられた重い扉の前にいる衛兵たちを押しのけるようにして、パスカルは足早に通信所へと向かった。
イリヤは長椅子に額を押えて沈み込む……
(SUS……! 我がアマールへの見せしめだとでもいうのか。我らに制裁を加えたいのであれば我ら自ら、それに甘んじましょう。しかしなぜ、何も知らない地球の民を、…連合諸国に虐殺させたのか…!?)
イリヤの脳裏に、地球の外交官……島次郎の顔が浮かんだ。
……地球の民をここへ招いたのは……惨い死に方をさせるためではなかった。
私は彼に……どう言い開きをすれば良いのだろう……?!
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<第2部へ>