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固く閉じた瞼の裏側には、突き抜けるような光芒が刺さったままだった。
「う…… うう…ん」
自分の周囲は、眩いほど明るい……瞼は閉じたままなのに、それが分かる。
爆発。
焔……
目の前で、古代艦長が爆発の焔に巻かれたのを、見たと思った。
(そんな……いやだ……)
短い呼吸が、引き攣れた……
「ふっ…ぐ…うぁ…」
自分の呻き声で目が覚めた。肺がパンクしそうだ……過呼吸か…
天井が、痛いほど白く眩い。ここはどこ?!なぜ……
『……動かぬ方がいい』
司の呼吸が止まった。誰かが近くで、見ている……!?
『安心しなさい。…我々は…お前たちの敵ではない』
そう言われて、はいそうですかと寝ていられるか!
自分でも驚くほどの気力で、司花倫は上体を起こした。途端に背中と言わず肩、腹と言わず、千切れそうな激痛が走る。
『動かぬ方がいいと言っているのだ』
声は、男である……少なくとも司にはそう聴こえた。呻きながら崩れた司の上半身は、くたくたと捩じれて再び寝台へへたばった。だが、視界は次第に拓けてきた………
そこは、明る過ぎる照明に照らされた…医務室のようなところだった。
目玉だけをゆっくり動かし、辿った先にあるのは、同じような白い寝台が連なる光景…。
「こ……古代艦長」
見開いた司の双眸に映ったのは、隣の寝台に横たわる古代雪の姿である。
「か……かんちょう……」
力の入らない膝と下半身を奮い立たせ、司は寝台から降りた…いや、転げ落ちたと言った方がいいかもしれない。
『…恐るべき体力だな…この娘』
またしても声が言った。
当たり前だ。
私の身体は普通の地球人とは違う。忌まわしい過去を、我知らず思い出す。
……私と兄は、かつての混乱した世の中で、特殊配合の人工体液や血液を極秘裏に移植されるという…非合法の実験体として、政府に飼われていた実験動物だった。親を失った戦災孤児達の辿ったなかでも、最も惨めで過酷な生態。だがそのおかげで、私は幾度も生き延びた。今となっては感謝すらしている……私をこれほどまでに丈夫に作り上げた、顔の見えない鬼畜どもに。
司はひりつく喉で無理矢理呼吸をしながら、寝台に手をかけて立ち上がると、雪の横たわる隣の寝台へ手を伸ばした……古代雪は、死んだように動かない。
…こだいさん、…古代さん…!!
『休んでいなさいと言うのが、わからないのか?』
『まだ錯乱しているようだ』
『眠らせるべきだな』
幾つかの違う音色の声が、たしなめるようにそう言った。まっ白な床、まっ白な壁……何台あるのだろう、同じような寝台が延々とはるか向こうまで連なるその先から、無数の足音が響いて来る……
「うぐぁ…あ…」
奇妙な叫びにしかならない自分の声。司は雪の寝台にすがって、必死で声をかけた。
古代艦長……雪さん!!
守らなきゃ。この人を、守らなきゃ………
その時、司のぼんやりした視界に、雪の向こうの別の寝台に横たわっている男の顔が入った。
……雅人
「まさ…と……!!」
それは、夫の志村雅人だった…
気がつけば。
左右前後に整然と果てしなく連なる、白い寝台に横たわる人間は、すべて見覚えのある<サラトガ>のクルーたちだった。司は呆然と立ち尽くした……周囲に広がる、何万もの、病床……
しかし、それにしても数が多過ぎる。<サラトガ>のクルー達ばかりではない。これは……ここに寝ている人々は一体……!?
白いシーツに巻かれたような体、顔と肩だけが露出した、蒼白な人間の……
突如背中に僅かな痛みを感じ、司は振り返る。
そこにいたのは、白いカッチリした服装の、金髪の男。地球人と見紛うような姿形の……男だった。
『……もうしばらく眠っていなさい』
急激に意識が薄れる。何か注射されたのか………?
何も判断できぬまま、司は再び意識を失った。
それから、何時間経ったのだろうか。
肩を揺すぶられ、司は目を開けた。
「……司さん」
目の前に、古代雪がいた。飛び起きようとして、激痛に呻く。見れば、古代雪は<サラトガ>の艦内服を来ているが、その下の全身至る所に何か半透明のバンテージのようなものを巻いている。目を落せば、自分の身体も同様であった。
「こ…だいかんちょう」
ご無事でしたか…!!
人差し指を、シッというように唇に当て、雪は囁いた。
「…ここは……どうやら敵艦の内部みたいよ」
「…!…捕虜にされたということですか…」
反射的に腰に手をやる。だが驚いたことに、ガンベルトも左腰に吊っているホルスターもそのままだった。もちろん、コスモガンも…である。
「わからないわ。でも……彼らに敵意は無いようなの」
自分と古代雪は、学校の教室ほどの広さのがらんとした部屋の隅に座り込んでいるのだった。部屋と言っても、窓もドアも何もない、白いコンクリートの箱の中のような場所だ。天井から光が落ちてくるが、照明らしきものはどこにも見当たらない。
「艦長、お身体は」
「……大丈夫」
酷い有様だけどね。これは包帯なのかしら。彼らがみんな、手当てしてくれたようだわ…
「彼ら……」司は先ほどの白い服の男を思い出した。あれは、幻ではなかったのだ。
「ただ、時間が分からない。襲撃から、一体どれくらい経っているのか。ここはどこなのか、サラトガがどうなったのかも」
「…自分が調べに行きます、古代艦長はここにいてください…」
「司さん」
押しとどめようとする雪の手を払う。司はコスモガンを抜くとふらつく脚で立ち上がり、白い床の上を壁伝いに歩いて行った。
『……気がついたか』
唐突に、聞き覚えのある男の声が頭上から降ってきた。
「……誰!?」
「待って。私が…」
いつの間にか、司の後ろへ這うようにして古代雪が来ていた。司は腰を低く落とし……射撃体勢をとって雪を後ろへ押し戻す。
「退って下さい…!」
「司さん」
『……あの闘いぶりからして、てっきり益荒男なる将が率いているのだと思ったが…。なんと…こんな手弱女どもとは』
別の声がそう言った。
その声は、驚いた…と言わんばかりだった。
…その声の主と思しき影が、白い壁の中からぼんやりと現れる。背丈が2メートルを越えると思われる、いかつい白髪の男、そして…もう一人は先刻司が見た、金髪の若い男だった。
大柄な白髪の男が、厳かに口を開いた——
『…私はエトス星統合軍、提督ゴルイである。……地球の戦艦の長よ。あなた方のことを、お教え願いたい』
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(6)