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「お父さんに着いて行くなら、俺の出す条件を飲んでくれ。でなきゃ俺は……賛成できん」
——父親についてヤマトに乗ると言った守。…大介は膝をついて、その目を見据えた。
ちらりと古代を見上げる。守は俺の息子だぞ、と言わんばかりの古代を、大介は目で牽制した……(お前がいなかった間、父親同然に面倒見ていたのは誰だと思ってる)
守の両肩を抱いた手に、力を込める。止めろと言っても、この子の決意は揺るがないだろう…ならば。
「アナライザーを連れて行け。片時もそばを離れるな、約束だ。…いいか」
「…わかった」
「それから、必ず通信がすぐ受けられるような場所にいるんだぞ」
「うん」
それから……
——息子が戦場に行くというのは、こういう気持ちなんだろうな。
守は実の父親と一緒に行くのだ…俺がこんなに心配してどうする。そうは思っても、離れがたかった。まだ、あれも教えていない、これも教えていない……足りないと思うことが無数にあった。 この短い時間のなかで、自分がこれほどまでにこの小さな、親友の息子を大事に思うようになっていたとは。大介は、自分が守のためにヤマトへ着いて行ってやれないことを、改めて悔しい…と思った。
地面に膝をついて、息子の両肩を抱きながら…親友が一つ一つ約束を確認しているのを見下ろして、古代の方も複雑な心境だった。
あんな風にするべきなのは、父親であるこの自分でなくてはならないはずだ。だが、島の方がはるかに守の信頼を得ている。こりゃぁ一体、どういうことだ……?
(島。…ありがとう。お前はやっぱり、俺の…いや、俺たち親子の最高のダチだ……)
我知らず、目頭が熱くなっていた。
……と、古代の隣で誰にともなく「うん、うん」と頷いていた佐渡が、不意に目を上げる。
守にあれこれと言い聞かせている大介の向こう、林の中から、テレサと美雪が出てきたのだ。
「……美雪…!!」
「…さすがじゃな」
佐渡が美雪としっかり手をつないでいるテレサを見て、そう微笑む。古代はと言えば、思わずそちらへ駆け出していた。
科学局付きの陸軍の兵士が、連絡艇のエンジンの回転数を上げている。……中庭の枯れた芝が、嵐に嬲られたように散り、舞い上がり始めた。——時間が迫っているのだ……
古代は、テレサから離れて自分に飛びついてきた小さな娘をしっかりと胸に抱いた。
「……美雪……!」
「パパ!!」
「ごめんよ、美雪。本当はパパはお前を連れて行きたい。お兄ちゃんとパパは、ママを助けに行くんだ。お前一人を…また、置いていってしまうけれど…。許してくれるかい?」
「お兄ちゃんも?」しかし、そうか…、と美雪は納得したようだった。自分と違って、お兄ちゃんは島さんといつも宇宙のお勉強をしていたからなのね。
「大丈夫。テレサと、…島さんが、一緒にいてくれるから。だから、パパは……ママを助けに行ってあげて……」
「美雪……」
「古代さん。……必ず、ご無事でお戻りになってくださいね」
美雪を抱きしめ、涙に濡れた頬を隠しもしない古代に向かって、テレサが精一杯、微笑んだ。 父と共に旅立つ守が、両腕を広げてぎゅっと大介の身体を抱きしめる……
「お母さんとお父さんを…頼んだぞ、守」
「うん」
互いに頷き合う親友と幼い息子を眺め、ほんの少し古代が羨ましそうな顔をした。それに気付いたのか、大介は笑った……
「古代。……テレサとみゆきのテレパスを利用した新型通信システムの端末を、次郎に預けてある。まだプロトタイプだが、それをヤマトに積んで行けばおそらく、リレー衛星経由の最大コンタクトラインより遠い場所からでも地球との通信が可能になる」
「島……」
「……俺もお前も、子どもたちに助けられる時代が来たな。守はきっと、お前の役に立つよ。俺が保証する…」
大介にそう言われ、誇らしげな顔を上げた守の肩に、古代は手をかけた。
「……そうだな。……ありがとう…、島」
佐渡が小さな目を眼鏡の下でしょぼつかせた。
「守、気ぃつけるんじゃぞ…」
「先生、やだなあ、泣かないでよ」
守は苦笑して、タラップの上から佐渡に声をかける。すでにタラップを昇り切っていたアナライザーが、腕を伸ばしてサムズアップしてみせた。
「先生、大丈夫。ワタシガイッショデスカラネ」
連絡艇のタラップを上がる古代に続いて、次郎が最後にテレサと兄を振り返る。
「…次郎さん」
どうか……お気を付けて。いつになく不安そうなその顔に、次郎は微笑んでみせた。
「…テレサ…」
守のように。
両腕を広げてテレサを抱きしめて行きたい、と次郎は思った。自分に取っても、初めての戦闘を伴う旅になるからだ。だが無理矢理、テレサの隣でいつになく神妙な顔をした兄に視線を移した。
「……兄貴」
「必ず、帰って来い。……いいな、次郎」
うん。
一瞬。幼い日、前人未踏の宇宙へと旅立つ兄に造花で作ったレイを手渡した時のことが思い出された。頑張れよ、兄ちゃん。ああ。お前もな。
俺が、今度は…兄貴とテレサを護るから……
兄の瞳が、微笑んだ。任せたぜ、と声が聴こえたように思った——
連絡艇がエンジンの回転をさらに上げ、垂直に上昇していく。
次第に天気の崩れてゆく薄曇りの空から、一条…二条…と光彩が差した。
連絡艇の小さな窓から残して行く妹を見下ろしていた守が、あれ…と呟く。
「…お父さん。テレサが……光ってる」
「………」
同時に見下ろした古代が、目を見張る。
上昇する連絡艇に向かって手を振っているテレサを中心に、美雪と大介、佐渡を包むように不思議な光が広がるのを、次郎も見た……
——航海、ご無事で……
その優しい声を、古代も次郎も、はっきりと聴いたような気がした。
* * *
「…そうか。行ったか……」
大介からの短い通信を受け、真田は頷いた。
地球連邦宇宙科学局、移民対策本部…。
コマンダー・ブース内の、真田の傍らに置かれたベビーサークルの中で、島の娘のみゆきがこちらを見てニコニコ笑っていた。
「ん?…次郎おじさんが、古代と一緒にヤマトへ行ったんだよ。お父さんとお母さんは、もうじきここへ戻って来るからね」
澪を育てていた時にも感じた、不思議な感応。
真田は、感じるままにみゆきへそう話しかけた。
みゆきは先ほどとは打って変わって、終始ニコニコしていた。遠い宇宙での惨劇は、もう終わった…とでも言いたげだった。背の高い真田を、伸び上がるようにして覗き込み、目が合うと笑うのである。
「みんなの言葉がわかっているんだね、…きみは」
テレザート星人の1歳児と言うのは、地球人の6歳程度に相当するらしい…だとしたら、この子には今、何が起きているのかちゃんとわかっているのかもしれない。
それだけでなく。
この先何が起こるのかも……
そうしている間にも、みゆきの背後にある大型モニタには複雑な数列と意味不明のスクリプトが目まぐるしく表示されていく。テレサがいないので解析出来ないが、それはみゆきの脳波に現れる言語を読み取る装置であった。
(SUSという文字……複数の宇宙国家のものと思われる、フォルムの違う戦闘艦隊……なぜ、彼らは地球人類の移住を妨害する?……カスケードブラックホールとの関連性は…?)
難しい顔をして心の中でみゆきにそう問い掛けると、みゆきはきょとんとして真田の目を見つめ返した。
だが、歯のまだ生えていない口が、笑うように歪み。
「……ゆき」
みゆきが一言、そう言った。
「?」
「ゆ…き…いたい…」
はっとする。
先刻、テレサは幾度も娘に「雪さんはどうしているの、どこにいるの」と訊いていた。みゆきはそう問われ、その時は答えずにただただずっと、泣いていたのだ……
真田は思わず、みゆきをサークルから抱き上げる。
「雪がどこにいるか、わかるのかい?」
ん、とみゆきは頷いた。「ねんね…」
「ねんね?」
寝ている、っていうのか?……死んでる、という意味ではないのか…?
みゆきは真田に抱き上げられ、嬉しそうな笑顔になった。
「ゆき、…まま、…ねんね。いきてる」
生きている…!
そのひと言は大きかった。それが本当なら、事態は好転する……!
だが、次にみゆきが呟いた言葉に、真田は愕然とした。
「ゆき…いたい。こわいの……たすけて」
雪は、生きている。
だが、生死の境にいて、一刻を争う予断のない状況に追い込まれているということなのか……?
真田は、正面の大スクリーンに投影されるアクエリアスを凝視した。
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