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「守。…状況は変わったんだ。ヤマトは戦いに行くんだぞ。…ただ第二次移民船団の護衛旗艦として船団について行くのとはわけが違う」
自分の上着の裾をぎゅっと握って頬を赤くしている守に、大介はそう静かに諭した。
「僕だって役に立つよ!」
守は大介にそう言い返した。「島さんが教えてくれたんじゃないか。座標の見方も通信のやり方も、配線の繋ぎ方も怪我した時の応急処置も!」
「……島」
古代が大介を振り返る。
佐渡が目をしょぼつかせながら、ああ、そうじゃったな、と頷いた。「…随分色々と守に教えておったよ、島は」
よおし、これだけ覚えておけば宇宙へ出た時にも万全だ。お前がこんなに役に立つと知ったら、お父さんきっとびっくりするぞ。
大介がそう言う度、守は嬉々として新たに沢山の知識を得ようと努力した。もしも自分に息子がいたら教えてやろう、と思うことは全部…守に教えようと思った。だが。
(……確実に戦闘が予想される場所へこの子を行かせるために…教えたんじゃない)
大介は苦い溜め息を吐く——。
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一方、大介を古代と守のそばに残し、テレサは次郎の案内で林の中へ入って行った。
「美雪ちゃん、もうかれこれ1時間以上篭城してるんだよ…」
まったく、頑固なとこはオヤジさん譲りだよね。そう言って次郎は苦笑した。だが、実際のところ、こんな風に もたついている時間はまったくないのだ……一刻も早く、古代を連れてヤマトの待つアクエリアスへ行かなくてはならないのに。
「コノ木ノ“ウロ”ノ中デス」
アナライザーが指差した、それほど太くはない樫の木の根本に、小さな穴が穿たれていた…アナライザーのキャタピラ音に気付いたのか、その穴から「ミャウ」と啼きながらライヤが這い出して来る。
「……美雪ちゃん?」
ウロの前にしゃがんで、テレサは呼び掛けた。
「テレサよ。出てきて頂戴…」
ウロの中から、青白い小さな顔が覗く。
「……テレサ…?」
ライヤが、喉を鳴らしながらテレサの膝に乗りに行った。ライヤはウロの中の美雪に呼び掛けるように、テレサの膝の上で向きを変えるとまた、ミャウ、と啼き。そしてテレサを振り仰ぐ。……澄んだ金色の瞳。
「……このライオン、テレサのこと、覚えてるんだね…」
「そうね…よく懐いていたから」金色の背を撫でながら、テレサは微かに笑った。
次郎自身は、それほど動物が好きなわけではなかった。小さいとは言ってもライオンである。齧られたら、と思うと迂闊に手が出せなかった。6つ7つの美雪が、よくもこのライオンを抱いていられるものだな、と時折我に返って呆れるほどだ。テレサもテレサである。
植物、動物、虫、花。スーパーバイオテクノロジーの専門家たるこの自分も、もちろん地球の生き物すべてに愛着を抱いてはいる……だが、そう言えば自分は、テレサや美雪のように「まるで家族みたいに」それら物言わぬ命を愛することはなかった……
生命倫理、食物連鎖。…自然淘汰はいわゆる大自然の掟、でもある。ブラックホールによる太陽系の消滅は、ある意味で宇宙規模の自然淘汰と考えることが出来る…だが、人類が自分勝手に甦らせた生命をここへ見捨てて行くのは、自然淘汰とはほど遠い。自分で甦らせたものなのだから、見殺しにするのも自由だというのは、エゴイズム以外の何ものでもない……
唐突にそう思い至り、次郎はこめかみが冷たくなったように感じた。
…花を咲かせて地球を守ろう。そう思って進んだ道だったはずだ。それなのに。
バイオテクノロジーばかりでなく、地球工学の分野すら征服した、と思い込んだ俺は……滅びる命があることに、心を痛めたり、涙を流すことを……忘れてしまっていた。
——ふと思った。
美雪ちゃんの、「人間だけでなく、動物達みんなを助けたい」と言う思いは、「地球を守りたい」という思いと同じなんじゃないのか。いや、そうでなくては「守ったことにはならない」んじゃないのか……
何か、途方もなく大切なことを、俺は…俺たちは。…忘れかけているんじゃないだろうか……
黙って突っ立っている次郎を後目に、テレサはウロの中の美雪に声をかけていた。
「…出てきて、ね…美雪ちゃん」
状況が、変わったの。
やっぱり、お父さんは一人で行かなくちゃならないと…思うわ。
ウロの奥に見える、青白い顔が「え…」と上向いた。
「……雪さん、…お母さんの船団が…事故に遭ったの、遠い宇宙で。だから、お父さんはきっと、一人でヤマトに乗って行くことになるわ」
「……本当?」
次郎はテレサを見た。……言うのか、そのことを。
「…だから、テレサと島さんと一緒に、ここにいましょう。美雪ちゃんがそうしたいなら、お母さんとお父さんにいつでも連絡が取れるように、真田さんの科学局へ一緒に行ってもいいわ。みゆきも今、真田さんのところにいるの。……しばらくは、第二次移民船団の出発も見合わせることになるでしょうし…」
美雪がもぞもぞとウロから上半身を出す。テレサの隣に立っている次郎に、本当なの?と不安そうな顔で問いかけた。厳しい表情を隠せないまま、次郎が「うん」と頷くのを見上げ。……美雪は、ようやくウロから這い出してきた。
テレサはしゃがんだまま美雪の頭を撫でた。そして、小さなその体を抱き締める。……膝に乗っていたライヤがまた小ネコみたいに啼いて、美雪のカーディガンの袖をくわえて引っ張った……
「…ああ…身体、こんなに冷えて……寒かったでしょうに」
「……テレサ…」
テレサの温かい胸に顔を埋めながら、ママみたい、と美雪はまた思った。ピカピカ光る大きな目が、美雪の前に寄ってきて、身体の側面から温かい風をこちらに向かって吹きつけてくる……「アナライザー」
「マッタク。風邪デモヒイタラドウスルンデスカ? ミンナ、心配シテタンデスヨ…」
さあ、お父さんのところへ行きましょうね。
テレサと美雪は手を繋ぎ、後ろに次郎とアナライザーを従えて、管理棟の中庭へと歩いて行った。
次郎はほっとしながら、林の中からふと上を見上げた。……小鳥の声が聴こえたからだ。見上げれば、針葉樹の枝葉、垣間見える青い空。シジュウカラかスズメか…、冬空に飛ぶ小さな鳥たちの姿。気付けば、木々の幹には小さな哺乳類達の歯の痕がある。下草の間に積もった落ち葉の中には、小さな虫達がいるはずだ。地球と言う名の、大きな命の上に息衝く…無数の小さな命。
「…………」
これから、ヤマトで出撃するって時に。一体俺は……どうしちゃったんだ……?
数歩、歩みを止めた次郎をアナライザーが振り返る。
「島サン?ドウカシマシタカ?」
「…いや…」
機械のコイツに、訊いても仕方なかろう、と思いつつ。次郎は呟いていた。
「なあ、命って、なんだろうな…」
「ハ?」
「あはは、いいよ…何でもない」
笑い飛ばす。最も命と縁遠いものに、一体何を訊いてんだ、俺は。
だが、アナライザーが独り言のように呟いた答えに、次郎は目を丸くした。
「……命トハ……意識、デハナイカト、思ッテイマス」
愛情、トカ。
哀シミ、トカ。
怒リ、喜ビ。ソシテ、<ソコニ居タイ>、<存在シテイタイ>トイウ願イ……
ソウイウモノガ、命…ソノモノナノデハ、ナイデショウカ?
「……お前、変なロボットだな」
次郎はそれだけを、絞り出すように言った。他に、どう言えばいいんだ…?
「ハイ、ヨク言ワレマス」
ロボットはけらけら、と笑うように側面のランプを目まぐるしく点灯させた。
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