RESOLUTION 第10章(2)

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 ECI電算処理室は、CICと第一艦橋を繋ぐヤマトの頭脳である。かつては真田志郎が第一艦橋で一手に引き受けて行なっていた仕事だが、現在はそれをECIが代行するような仕組みに変わった。
 「死亡率120%」と言われたほど危険で悪名高かった第三艦橋は、全方位特殊レーダーの巨大アンテナとして機能しており現在は最下部へ降りる人間はいない。当然呼称も変更され、下部レーダーアンテナ、と呼ばれている。ECIはその上部、船体内部にあり、下部レーダーアンテナからの観測結果をダイレクトに受信、分析する部署であった。

「真帆、真帆、お前…ここ(第一艦橋)で仕事なのか?!」

 さっきまでしょぼくれていたはずの小林が、折原のそばへ飛んで行った。折原真帆は小林と同期生。しかも、そろって真田が引き抜いてきた、天才同士なのだ。
 とたんに元気を取り戻した小林に、上条が渋い顔をする。郷田も木下も、肩を竦めて苦笑した……結局、男の友情が束になったところで美女一人にも敵わない。

「ええそうよ。私はこことECIを行き来することになるわ」
 胸に抱えたデータボードを見せながら、真帆も苦笑していた。皆さん、どうぞよろしく。小林君ったら。相変わらず浮き沈み激しいよね…
「でもね、私だけじゃないの。ECI担当としてここに常駐する人はもう一人別にいるんだ♪」
 真帆がそう言った直後。艦橋後部のエレベータードアが開く音がした——

 現れたのは、青い科学局の制服を着た男。

「島さん」
 待っていました、と笑顔で言った真帆とは対照的に、小林の顔が一体どれだけ渋いものを噛み締めたんだ、というくらい、苦くなった……
「……島次郎」
 冗談だろ?!こいつがなんでヤマトに…… 

 島次郎は一通り第一艦橋の皆を見回し、短く軍隊式の敬礼をした。自分は軍人ではないが、けじめとして彼らに合わせる必要はある。
「ECI、および第一艦橋のコンピューター管理を任された。科学局移民対策本部長、島だ。…加えて、アマールとの連絡交渉の際にはここで通信を行わせてもらうことになっている」
 居並ぶ全員がさっとこちらに向かって敬礼したと思ったが、一人だけお座なりな敬礼の仕方をした奴がいる。次郎はその男に気付き、小さく舌打ちした……

(…古代さんから<沙羅>での小林の活躍を聞いてなきゃ、俺が叩き出すところだ)

 だが、艦長のお墨付きでは次郎とて協力する他、ないのだった。

「あああ〜〜……」
 せっかく、第一艦橋全体がイイムードでまとまったと思ったのに……。
 次郎の登場で、せっかく懐柔した小林が新たな戦闘モードに入ってしまったようだ。睨み合う島次郎と小林を横目に見て、木下と郷田が、情けない顔で小さく溜め息を吐いた。


 

 一方同刻、古代は大村と共に第一艦橋へと向かっていた。

「…本当に良かったんですか?」
 第一艦橋へ上がるエレベーターへ先に乗り込み、大村は古代と向かい合わせに立つ。
 古代はほんの数秒、大村と視線を合わせ、静かに頷いた。
「もうこれ以上、家族がバラバラになっているのは嫌だったんですよ」
 大村はそうですか、と呟く。
(ですが…厳しい戦闘が予想されるところへ。あんな小さなお子さんを連れて……行くなんて)

 しかし大村は、それは声に出さなかった。もう、後戻りは出来ないからだ。

 



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 数時間前のことである。

 次郎が古代を迎えに佐渡フィールドパークへ連絡艇で向かったところ、古代は中庭の林の中で、娘を相手に進退両難、という有様であった。ここに残る、と言って、美雪は小さな木のウロから一向に出て来ようとしなかったのだ。
 次郎は、つい先刻入った第一次移民船団壊滅の続報、そしてヤマトが未知の敵に対峙するべく出撃命令を受けたことを手短に古代に伝えた…… 



「なんだって……」
 古代の表情が強張った。

 後ろで、佐渡がなんということじゃ…と呟いて、守の両肩をぎゅっと抱く。
「…お母さんは…」
 やっとの思いで声を振り絞り、守が次郎に尋ねる、お母さんの<サラトガ>は、無事なのか。と。
「わからない。今、…科学局で救難信号を分析中だ。ただ、識別信号を出してる残存艦はとても少なくて、…すぐには確認も出来ないらしい」
正直に、次郎はそう答えた。とにかく、情報が足りない。悲観するより、今は現場に向かう方が優先なのだ…

「古代さん。…僕といっしょに、すぐにアクエリアスへ、ヤマトへ向かいましょう!」
「うむ、子どもたちは…わしに任せなさい」
 佐渡も厳しい表情で、そう言い添えた。 
 ところが、古代はあろうことか首を横に振ったのである——

「今まで、僕たち家族はずっと離れ離れだった。…もうこれ以上、そんな状態を続けたくない」
「しかし…」
 行く先には、戦闘が待っているんですよ!?
 ブルーノアも沈んだ。いくらあのヤマトだからって……むざむざ子ども達を危険に晒すような真似は……

 次郎が呆れて古代にそう言った時、上空にジェットヘリのホバリング音が聞こえた。なんだろうと思う間もなく、そのヘリは着陸態勢をとって管理棟の中庭に降下し始めた。

 

 

                     *



「……兄貴!」
 陸軍の兵士が操縦する連絡艇に、兄の大介が乗ってきた事自体に驚いた次郎だが、兄の後から艇を降りたテレサにはもっと驚いた。大介とテレサは、みゆきのテレパスを利用した真田の観測システムを補佐するために科学局にいるはずだった……。
 2人の姿を目にして、古代も思わず声を上げる。
「……島!…テレサ」
 連絡艇の下部ノズルの起こす叩き付けるような風に、巻き上がる長い髪を片手で抑えながら、テレサは小走りにこちらへやってきた。まるで吹き飛ばされては大変だというように、テレサの肘を大介が掴んで支えている。


「島、お前、みゆきちゃんはどうしたんだ…、なんでお前がここに」
「みゆきなら、真田さんが見てくれてる」

 大介はぶっきらぼうに古代の問いに答え、佐渡に抱きかかえられるようにして立っている守に視線を投げた。守の顔は蒼白だった。無理もない……突然のことに、父親の古代ですら茫然自失している。母の雪がいる宇宙は今、未曾有の戦闘宙域、その生死も不明…と聞かされたのだろうから……。
 兄貴、と次郎がこちらを見て声を出さずに呟いた。
(ああ、わかってる)
 次郎が困り果てていた。あろう事か、古代進は今、“動けないでいる”のだ……
 大介は小さく舌打ちした。
(阿呆め。子連れで出撃するつもりか…!)

 古代が大介を見た。
 お前の説教はうんざりだ。古代の目はそう言っていたが、自分のしようとしていることがまともでないことは、彼自身にも判っていたようだ。だからさすがに、大介も守の前で古代を「この馬鹿」と叱咤するのは思い留まった。

 まったく、こんなこったろうと思ったよ……。

「古代。お前の気持ちは判るが、無謀だ。……守と美雪ちゃんは、俺たちに任せて、お前は早く行け」
 いつまで経っても、古代艦長が来ません。
 アクエリアスの徳川から、科学局へ泣き声で連絡が来たぞ。あっちではもう出撃準備が完了していて、後はお前を待つばかりだという話だ。

 大介には、古代の気持ちが痛いほど良くわかる。
 雪の<サラトガ>が消えた。ブルーノアも、沈んだ……ここまでやっとの思いで這いつくばって帰って来たのに……、雪が、いない。
 だから、尚更。この上、子どもたちをまた……置いて。帰れるかどうかも判らない戦いの旅に出るのは……もう。

「…島……」
 噛み締めた奥歯の隙間から、古代が呻いた。その嗚咽を覆い隠すように、大介は親友の背中に腕を回す……

 古代。辛いよな。
 ……だけど…頼む。どうか、折れないでくれ。
 お前は、ヤマトの艦長なんだぞ。

「……守と美雪は、俺たちに任せろ」……な?
 大介の言葉に、古代が頷こうとした瞬間。守が背後から大介の上着の裾を掴んだ。

「僕は行くよ!…お父さんと一緒に行く」

 

 驚いた父と、その親友に向かって、守は声を張り上げた——


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