<前回までのあらすじ>を書いてみる〜♪
A.D.2219年末。 古代進が、大村耕作と共に地球へ帰還した頃、古代雪は第一次移民船団の護衛艦<サラトガ>の艦長として船団と共にアマールへ旅立った。佐渡酒造に長男・守と長女・美雪を預けていた古代は、2人を迎えに行くが、美雪は「すべての動物を連れて移民できるわけではない」という事実を知り、アマールへは行きたくない、と言い始める……
ところが、第一次移民船団が未知の大艦隊の襲撃を受けたという報せが入る。
テレサと島は娘のみゆきを連れて、宇宙科学局の真田の元へ。みゆきに内在する精神感応能力を使い、未知の敵、およびカスケードブラックホールについての調査に協力するためである。
アクエリアスでは、<ヤマト>が急遽発進準備に入っていた。艦長の古代の到着を待ち、ヤマトは救援に出発するのだ。だが、チーフパイロットの小林淳は第一次船団と共に出発した医療艇に乗り組む実兄の安否を気遣い、意気消沈していた……
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あの激昂し易い奴が、もうかれこれ数十分ばかり。
瞬き一つせず床の一点を睨み続ける姿は、不気味ですらあった。
(……なあ、大丈夫か、あいつ)
喚き散らすか暴れてくれた方がまだマシだ。上条が小声でそう言いながら顎で示した先にいるのは、小林淳だった。
(状況……、絶望的らしいからな…)
(…小林のお兄さん、ドクターシップの艇長なんですよ。丸腰の医療艇までやられただなんて…ひど過ぎます…)
床に視線を落とした中西が、小声で答える。
桜井と郷田が、それを受けてまた小さく溜め息を吐いた——。
小林淳の兄、小林優人は緊急医療艇ドクターシップ1号艦<ホワイトガード>の艇長だった。第一次移民船団が襲撃されたという報告を受けた直後、あれだけ積極的に救助に向かおうと気焔を上げていた小林だったが、状況が次々と報告されて行くにつれ、愕然とするしかなくなって行ったのだ。
地球の移民対策本部からの情報では、第一次船団に随行した7隻のドクターシップのうちどの船からも、すでに応答がないという。
いや……ドクターシップどころか、出発した3000隻を上回る移民船のうち、リレー衛星によって位置を確認できるものはすでにほんの数隻しかないらしい。
襲撃は、あっという間だったようだ。
護衛艦隊も、旗艦<ブルーノア2220>を含め150隻以上が通信を絶った。現場は地球より2万光年離れた、いわゆる辺境宇宙である。それ以上詳しい状況は知りようがなかった。
このアクエリアスでは、船団を護衛するために生まれ変わった最新鋭戦艦<ヤマト>が出撃を待つばかりになっている。これほどの武力を手にしていながら、ただ指をくわえて同胞が蹂躙されて行くのを見ているしかないとは。もちろん、例えこの<ヤマト>であろうと、あのSOSの発信を受けてからでは到底間に合わなかったには違いない。
だが、助けを求めながら非業の死を遂げなくてはならなかったのは、一体何億の命だったのだろう……?
「……くそっ…」
煮え湯を飲まされたような思いで、皆、続報を待つしかなかった。小林でなくとも、呻かずにはいられない……
大村副長が「出撃準備」の号令を降した後、ヤマトは発進準備に入り、現在は新型波動エンジンの最終調整に入っている。それもあと小一時間で完了する見込みだった。
すでに第一艦橋勤務の主要メンバーは全員、持ち場にスタンバっている。上条と郷田は、もう何度目になるか分からない攻撃火器の点検を再び一からやり直していた。中西は、すでにずっと通信回線を複数、オープンにしたままである。いつ何時、どこから緊急通信が入ってもいいように、だった。
そして桜井は、航法システムの起動、テストモードから通常ドライブモード、バトルドライブモードへの移行、そして強制再起動、を繰り返し、さらに補助システムへの自動接続まで…を3度、繰り返した…… だが、その間ずっと、小林は第一艦橋の隅に突っ立ったままだった。
コスモナイト装甲の内壁に凭れ掛かり、肩を落とし。……うなだれて床を睨みつける小林の姿は、痛々しくさえあった。
(……なあ桜井。あいつさ……案外メンタル弱いのかもしれねえな)
上条が中央の戦闘指揮席から右に向かって囁いた。
普段の小林は、実際に戦いに飛び込んで行けば一騎当千向かうところ敵無し、といった勢いだ。……ところが、どうだい、あれ。
兄さんが行方不明…と判った途端、まるで動けなくなってるじゃないか。
…困るんだよな……あいつがあんなじゃ。
曲がりなりにも、俺たち……あいつに命、預けなきゃならないんだからさ。
うん……、と桜井も気乗りしない相槌を打つ。
小林の兄が行方不明だということには同情はする。だが、どう慰めればいいのか、そもそも慰めるべきなのか…それすらも不透明なのだから。
「……最初からメンタル強い奴なんか、いないよ」
突然、後ろから澄んだ声がした。木下だ。
普段口数の少ない木下の唐突な言葉に、桜井と上条は思わず顔を見合わせる。木下はさっきからずっと、動けないでいる小林を黙って観察していたのだが、ついに業を煮やしたのだった。
「おい、小林」
木下は自席から立ち上がり、むっつり黙ったままの小林に呼び掛けた。
上条と桜井が慌てる。よせよ、おい。
しかし木下は2人に構わず続けた……
「……出航前点検、お前の持ち分はどうしたんだ」
桜井が操縦席から腰を浮かし、いいよ、俺が済ませた、と言いかけた。だが木下はやめなかった。
「小林お前、チーフパイロットだろ。戦闘になったら、お前がこの船、動かすんだろ」
「いいって、木下。無理させることない」
桜井の言葉に、小林がゆらりと顔を上げた。だが木下は畳み掛けるように続ける。
「艦載機隊の指揮はどうするんだ。お前が先鋒だろ、そんなボーッとしてて務まるのかよ?」
小林の口元が動いた……
「………何が分かるんだよ、工作しかしねえ木下先輩に」
上条と桜井が、揃って頭を抱える。
ああ、もーこいつってば。
慰めてやりたくたって、こう突っかかって来られちゃあ。
しかし木下はそれを予期していたようだった。
「俺が工作しかしないのには、訳がある。このヤマトが昔、現役で飛んでた頃には珍しくもなかったことらしいが、異星人に肉親を殺された人間なんてのは、いくらでもいるんだぞ」
何を言い出すんだよ……
呆気にとられて自分を見上げる上条と桜井に一瞥をくれると、木下は艦内服の上着のファスナーを無造作に下げ、するっと脱いだ。
小林の表情が変わる。
艦内服の下、シームレスのアンダーウエアから出ている木下の二の腕。剥き出しの、その肘から上の両の二の腕が、複雑な鈍色に光っている……
「安物だ。辛うじて、細かい作業は天才的にこなすけどな、こいつは戦闘には残念ながら向かない……」
お前、その腕!!
上条の小さな叫び声を、桜井が押しとどめる。同期で何年も一緒にいたのに!俺、知らなかった………
木下が上条に向かって苦笑した。「これはさ、頑張ってもらいたい奴にだけ、見せることにしてるからさ」
両腕吹っ飛ばされた時、俺はまだ赤ん坊だった。両親はデザリアム星人に殺された。
地球にいて、自分の家で、多分俺の目の前で…爆死だ。
「……皮肉にもそのデザリアム星人の兵士の死骸のおかげで、バイオ科学だの医学だのは飛躍的に進歩した。でも俺は、あいつらの死体の恩恵なんか死んでも受けない。こんな、…」
小林の目の前まで、木下はずかずかと歩いて行った。小林の目の前に、時代遅れの仕様と一目でわかる義肢をずい、と突き付けた…「こんなブリキのロボットみたいな安物の腕でもなぁ、十分闘える。てめえだけが犠牲者、って顔、すんじゃねえ!……這い上がれよ!!」
小林は、鼻先に突き付けられた義肢を迷惑そうに一瞥した……そのまま、奥歯をギリッッと鳴らす。
「……頑張れよ小林!意地を見せろ!!」
畳み掛けるように怒鳴った木下を睨みつけていた小林の瞳に、色が戻って来た。
「……ひでえポンコツ」
あんのやろう!!
上条が、小林の叩いた憎まれ口に、思わずガタンと立ち上がる。だが、木下はニヤリと小林に向かって笑った。
「……ポンコツだ?…言ってくれるな。けど、——それでいい」
それでこそ、小林(おまえ)だ。
郷田がいつの間にか上条の横に来ていて、激高した戦闘班長の肩をぽん、と叩いた。
「お前も分かってるだろ」
——悔しいけど、あいつにめそめそされてちゃ全体の士気に関わる。俺たちは、これから初めて…宇宙戦へ出るんだ。しかもこの間みたいな、たった5隻じゃない……地球艦隊もブルーノアも敵わなかった手勢と、戦いに…行くんだ。
あいつ、小林は…花火なんだよ。出陣の、花火。
「小林!」
郷田も声を上げた。
「いいか!古代艦長が来られるまでに、その辛気くさい面、どうにかしろ!」
中西が、その声音に顔を上げる。
……郷田さん、声が。声が…優しいよ…
郷田の声は、哀願するような音色だった。
元気を出せ。折れないでくれ…、小林!
「……ずっとただのクソ生意気なガキだと思ってたが、お前は本物だ。…戦闘班砲術チームはお前を全力で支えるぞ!」
木下が郷田を見て苦笑した、いいフォローだぜ、郷田の旦那。
ウジウジしてんじゃねえぞ!俺たちがいるじゃないか!!
桜井も仕方なく、操縦席から言ってやった。
「お前がそのまま落ち込んでりゃあ、俺の株が上がるだけだ。どうする、チーフ?発奮するか、操縦やめて船底へ降りるか?」
「……ッキショー……」
壁際から、小林が弾かれたように二三歩前へ出た……「てめえらみんな、…言わせておけば……」拳を振り上げながら。鼻の頭に皺を寄せ。
…笑っている。
上条も苦笑していた。
「…そうだな。お前は、そうでなきゃ…な」
いつの間にか、強烈な個性同士がぶつからずに共闘しよう…、と言う気になっていた……実はもうずっと先(せん)から彼らの中にあったものなのだが、ここにきてやっと、それが実を結んだのだ。
——と、その時である。
「……どうなることかと思っちゃったわ…」
へ?とみんなが艦橋後部を振り返った……女の声だ。
「…喧嘩、始まっちゃうかと思った…」
艦長席の影から、白い隊員服の女性士官がおそるおそる顔を出した。すらりと伸びた脚、メリハリのクッキリしたボディ。細い枝に撓わに実る夏蜜柑のような…なで肩の華奢な上半身に実る、丸い胸。
「……真帆ちゃん!」
「真帆…」
「真帆さん?」
中西と小林、そして桜井が異口同音に彼女の名を口にした。
第一艦橋に現れたのは、科学局で真田の秘書を務めていた、折原真帆である。
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