Teresa kissing Santa Claus(3)

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 それからいくらも経たないうちに。
 大気は静寂に満ち、——星が瞬き始めた……

 シン………という音が聞こえるような。音さえも雪に吸収されてしまったかのような……

 積もった雪の作り出す…白い静寂。
 
 

 あまりの静けさに、守はふと目を覚ました。
 雪がやんでる……?

 二重になったカーテンを、そ…とのけて、外を見る。曇った窓を指でこすって作った丸い穴に、鼻を押し付けた……降りしきっていた白い粉はもう落ちて来ていない。窓の外は、蒼い月明かりに照らされた、一面の………
「………?」
 中庭に面した一階の窓からは、サッカーの出来る芝生の広場が見え…その向こうに針葉樹の林があって、動物達の暮らすフィールドと管理棟の中庭とを隔てている。芝生が途切れる辺りには、ドウダンツツジの垣根があって、今、そこまでの広場は一面の銀世界……だと思ったら。

(足跡……?)

 蒼い雪野原に、点々と……足跡が続いている、…こっちへ向かって… 
 ううん、違う……こっちから、あっちへ…?
(えっ……)

 守は目をこすり、カーテンの隙間からもう一度目を凝らした。よく見れば、蒼い雪野原の上を、白い袋を背負った赤い人影が、こちらに背を向けて林の方へと歩いて行くではないか。
「……美雪…、おい、美雪!!」
 慌てて、隣のベッドの妹を揺り起こす。「サンタクロースだ…!」

 ……サンタなんかいない。

 しかも、ひとりで雪の中を歩いてくるサンタなんて。
 頭ではそう判っている。毎日コンピューターを操作してるのだ……サンタなんて、そんな非科学的な。
 でも、あれはそうとしか……

「う〜〜〜ん…」
 なあに?とベッドの上に起き上がった美雪に、カーテンの隙間を覗くように手招きした。声を殺す必要なんかないのに、つい小声になる……
「サンタクロースが来たんだ」

 ほら!!
 ええ〜……?

 カーテンの隙間にもぞもぞと顔を入れた美雪の声音が変わる。「……お兄ちゃん」
「なに?」
 守は慌てて、一緒にカーテンの隙間に顔を突っ込んだ………
「林のとこ。木の下に、テレサがいる」

 銀世界を、袋を背負って歩いて行くサンタの姿。赤い服、赤い帽子。黒いブーツを履いていて、その後ろ姿はどう見てもサンタクロース、なのだが……そのサンタクロースが木の下に辿り着くと、それを待っていたかのように木陰から白い人影が数歩迎えに出てきて。
「……テレサじゃないよ」
「テレサだよ、よく見てよ」

 ……だって。
 金色の髪が、白い帽子から流れているし、あのすらりとした人は絶対テレサだよ……

 ところが。2人が息を飲んで見守るうちに、テレサが嬉しそうに両手を広げ、サンタの首に腕を回し………
「うそ……」
 ——キスをした。
 どうして、テレサが、サンタさんと…?!

 守と美雪は呆気にとられてそれを見守る。
 雪明かりに照らされたサンタクロースの横顔には、確かに白い髭があった。だから、その2人の組合せが、どうしても守と美雪には理解できず。

「…………」
 2人は顔を見合わせた。どうしよう…
 そしてもう一度、2人してカーテンの隙間に首を突っ込んだ時には、サンタクロースとテレサの姿は消えていた。
「……見間違い?」
「なわけないじゃん」
 すっかり目の覚めてしまったふたりは、大急ぎで窓を開け、首を伸ばしてもう一度外を見た。
「………あ!」
 2人の部屋の、丁度窓の下の当たりに何かある。

 それは、まるでゾウの足にでも履かせるのかと思うほど、大きな緑色の靴下だった。


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 翌朝。
 すっかり晴れ渡った空には、雲一つなかった。

 村正が、約束通りスコップを抱えてやってきて、中庭の隅に雪を積み上げている。
「随分降りましたねえ!」
 一緒に芝生の上の雪をすくって上に固めている大介も、嬉しそうに答えた。
「ええ、一晩で30センチも降るとは驚きましたよ…」

 2人の傍らには、すでに高さ50センチほどの雪だるまが2つと、もう少し小さい雪だるまがひとつ、出来上がっている。守と美雪と、みゆき、のつもりである。
 守と美雪は、まだ朝ご飯の最中だ。村正と大介は、早起きして2人のためにかまくらをこしらえている最中だった。

「よし…あとは中を丁寧に固めるだけですね」
「随分手際がいいですねえ、村正さん」
「…僕、岩手出身なんで」
「そうですかぁ」
 相原と一緒か、道理でな…と大介は納得した。村正は、子ども2人が潜り込めるほどの小さなかまくらの中に膝をついて入り込み、持参したボトルの水を手際よく内壁に振りかけながら雪を固めて行く。

「やれやれ」
 村正に仕上げを任せ、大介はスコップを雪の上に突き刺して思い切り伸びをした。


「…島さーん」
 太陽光を眩しいほど白く反射する中庭に、やっと守と美雪が現れた。かまくらと雪だるまを見て、勢い駆け足になった2人だが、大介のそばまでくると、急に真剣な表情になった……
「おはよう」
「おはよう、島さん」

 真っ先に、かまくらだ!!とはしゃぎ立てると思った2人は、ちらちらとそちらを見ながら、大介の前にやって来て、ちょっと深刻そうな顔をした。かまくらの入口から、中の壁を叩き固めている村正のお尻と長靴の足が見えている……
「あのね、島さん?」
 美雪が言いにくそうに切り出した。
「…どうしよ、お兄ちゃん言ってよ」
「え…」
 2人は何か、大介に報告することがあるらしい。だが、その内容はどうやら話しにくいものみたいだ。
「……?どうした?」
 大介は2人の目の高さにしゃがみこむ。「なんだ……何かあったのか?」
 美雪がもう一度守の袖を引っ張る。守が渋々話し始めた。
「……あのね、僕たち…見ちゃったんだ…」

 ……夕べ、サンタクロースが。

 大介はそこで、ああ、と笑う。なんだ、……見られてたのかな?
「サンタさんが来たんだけど、あのね、テレサが……」

 テレサが……サンタさんに、キスしてたんだよ…!

 ものすごく深刻な顔で、目一杯声を落として。
 言い淀んだ兄に代わって、美雪が大介にそう耳打ちした。

「あたしたち、どうしたらいいかわかんなくて……」


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