Teresa kissing Santa Claus(4)

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 大介は、数秒考えた——
 さあて。どんな顔をすればいいかな。
 

 だが、迷う間もなく笑いが口をついて出た…「ははは、テレサがそんなことするはずないだろう」
 心配そうに顔を見合わせる美雪と守が、ひたすら微笑ましい。
「だって…」
「テレサは一晩中、俺と一緒に寝ていたぜ?」
「………」

 2人のキツネにつままれたような顔を、どこかで見たように思う。古代のやつも、俺の冗談をよく真に受けて…こういう顔したっけな……。

「でも……」
「でももクソもない。テレサがサンタにキス?そんな馬鹿なことするわけないじゃないか」
 必死で笑いをかみ殺しながら、ぴしゃりと決めつけた。
「で?サンタクロースは何か置いて行ったんだろうね?それがサンタの仕事じゃないか」
「あ…ええと」
 守が背中に背負っていたナップザックから、小さなフットボールのような形のものを取り出した。
「大きな靴下の中にね、これが…入っててさ。一緒にこれも」
「…ほう」

 それは、実は3Dホログラムの記録メモリと、その再生デバイスだった。ただし、市販されていないタイプのものだ。共犯者は、真田さんである。この際、守は気付いていないから言うまい……サンタが靴下まで用意するかい?だなんてことは。

 守は、手に持った機械を怪訝そうにこねくり回して見る。フットボールと、もうひとつは卵の殻を二つに割ったような基盤、だった。
「…何かの機械なんだろうけど…何だか分からないんだ」
「宇宙からの贈り物、かもしれないぜ?何せ、サンタクロースが持ってきたんだからな」
「……まさか…」
「正体の判らないものを手にした時は、まずよく観察することだ」

 生真面目な表情でそう言った大介を見上げてから、守はフットボールを両手で持ってしげしげと眺めた……
「凹みがあったら、それに見合う突起物がないかどうか、確かめる」
 人工のものならどんなものにも、それを作った人の意志が刻まれている。その意志を、読むんだよ。
「昔、俺と君達のお父さんが初めてイスカンダルからのメッセージを手に入れたときが、まさにそうだったんだぜ」
 さも重大な発見だとでも言いたげに、大介はそう付け加えた。

 この3Dホログラムメモリは、単純に再生装置にはめ込むことで自動的にホログラム再生を始める。背後でかまくらを仕上げている村正を振り返った。ここで再生が始まっても、彼なら水を差すことはないだろう……
 守は、二つに割った卵の殻の片割れのようなものに、フットボールの片方の端を乗せた。まあ、それが至極妥当な判断である。さすがに真田さんも、8つ9つの子ども相手に、それほどひねりの入ったものは作らない。

「あっ…」
 お日様を反射して眩しいくらいの雪の庭に、さらにまばゆいホログラム投射の光が閃いた。
「……お父さん?!」
「ママ…!!」
 晴れ渡った青い空を背に、等身大の姿が二つ、浮かび上がる——


<守、美雪。…元気にしていますか…?ママはこの通り、元気で頑張っているわ…>
 雪が微笑みながら口を開いた。
「…ママ…!」
 一瞬で泣きそうになる美雪。その声がまるで聞こえているかのようにホログラムの中の雪が悲しそうに微笑んだ。
<……美雪、守。…ママもあなた達に会いたい>

 守が母の傍らに立つ父を見上げ、躊躇いがちに切り出した。
「お父さんは…今、お母さんと一緒にいるの?」
 ホログラム映像の古代が、ちょっと沈んだ表情で首を振った……
<お父さんは…まだ帰れないんだ。お前達には、悲しい思いをさせて…本当に済まないと思っている。でも…>
 古代は思わずそこで言い淀む。抱きしめられないことなど判っているのに、膝をついて両手を守の方へ差し伸べた……<守、美雪。いつでもお父さんは、お前達のことを思っているよ。もちろん、お母さんのことも>
「……お父さん…!!」
<……あなた…>
 母が、父の背中に手をかけたように見えた。そして、守に向かって微笑んだ。

<あなた達のお父さん…古代進は、強い人だと言われているけれど、本当はそうじゃないの。泣きたいのを我慢して、みんなのために、前へ前へ進まなくてはと、いつも頑張ってきた。お母さんは…、そんなお父さんを誇りに思うの>
 守が、何か言いたそうに顔を上げる。だが、言葉は出て来なかった。
<……それに、そんなお父さんだからこそ、…大好きなのよ>
<…雪>
 膝をついたままの姿の父が、拳で涙を拭ったように見える。
「……美雪も、パパが大好きよ」
 ホログラムの2人を見上げていた美雪が、ふいに涙声で言った。「ママも、パパも、大好き。…頑張ってるパパとママが」
 皆まで言えず、美雪はそこでうええん、と泣き出した。しゃくり上げながらそれでも続ける…「か、帰ってこれなくても、だいじょぶだから。みゆきも、がんばるから…」

 守はといえば…
 言葉が出て来なかった。
 何か言えば、きっと妹のように泣き崩れてしまう。島さんと村正さんが後ろで黙ってこちらを見ているのも分かっていた。…けれど。

 僕は、古代進の…息子だ

 そう思ったら、自然に腕が動いた。
 右腕をさっと伸ばして、拳を胸に……初めて取る、敬礼の形。見たことはあっても、今までやったことはなかった。軍に入るつもりだとか、父親を追って行こうとか、そんな思いなどなかった…ただ。

 僕は、この人の、息子……

 それが、守を動かした。
「…僕も、大丈夫。頑張るよ……お父さん」
 ホログラムの中の古代が、目を細めたように見えた。<……守…>
 そして、同じように拳を胸に当て、返礼する。

 大介と並んでふたりを後ろで見守っていた村正が、思わず洟を啜った。(やっぱり、カエルの子はカエルですねえ…)
 その呟きに、大介も目頭を拭う。ついこの間まで、守は「古代進」を嫌っていた。憎んでいると言ってもいいくらいだった。だが、今。誰にそうしろと言われたわけでもなく、守は父親に…古代進に、敬礼していた。同じ使命を遂行する仲間同士がかわす、互いへのエール。

 頑張れよ。
 そっちこそ。
 無事でな。
 もちろんさ。
 ——そして、必ず…生きてまた、会おう。

 ヤマトでのあの挙手の礼には、そんな万感の思いが込められている。
 大介も我知らず、守と一緒にホログラムの古代と雪に向かい、同じ姿勢をとった。



 眩しい中庭の、かまくらのそばに浮かんだ、等身大のホログラム映像を前に佇む4人を眺め。
 ——佐渡と、みゆきを抱いたテレサが微笑んでいた。
 かまくら遊びをするなら、みゆきちゃんはもっと厚着をさせんといかんなァ。 みゆきのセーターの裾を引っ張り直してやりながら、佐渡は窓のところから中庭の4人を再度振り返った。

「……あのホログラムは、どういう仕組みなんじゃ?」
 ここから見ていても、守と美雪がホログラム映像の中の父母と会話しているように見えたからだ。「通信機能があるのか…?にしても、今雪と古代はまったく別の宇宙にいるんじゃから…」

 テレサは笑って、小首を傾げる。
「詳しいことは知らないのですけれど…」
 真田さんが。
 雪さんからのホログラム通信と、古代さんの映像記録の昔のものを組み合せて、作って下さったようなんです。対話機能と動作感知機能を持つA.I.が、あの再生デバイスには組み込まれているらしいですわ。
「随分複雑な会話でも、ちゃんと受け答えが成り立つように出来ている、と真田さんはおっしゃっていました」
「…相変わらず周到な男だの。まるで古代と雪からのプレゼントみたいなもんじゃ……あの2人には何よりの贈り物じゃろう」

 ——それを真田さんに注文して、2人に運んだサンタクロースは、島さんなのですけれどね。

 テレサはそう言って、うふふ…と笑った。



          *         *         *




I saw Mommy kissing Santa Claus
Underneath the mistletoe last night
She didn’t see me creep
Down the stairs to have a peep
She thought that I was tucked up
In my bedroom, fast asleep

Then I saw Mommy tickle Santa Claus
Underneath his beard so snowy white
Oh, what a laugh it would have been
If Daddy had only seen
Mommy kissing Santa Claus last night………


 調理場の、喜代子おばさんの小さなラジオから流れるクリスマス・ソング。20世紀に一世を風靡した天才ダンサーが、幼かった頃に歌ったと言うナンバーで、この時代にも愛されている歌である……

「ねえねえ、喜代子おばさん?」
「はいよ?」
 美雪はその軽快なメロディと可愛らしくよく伸びる歌声とを聴きながら、従業員食堂の夕食の仕込みをしている喜代子に訊いた。
「……この英語、何て言ってるの?」
「確かねえ…」

 クリスマスの晩に、ママがサンタさんにキスをしてるのを見ちゃった、っていう坊やの話だったと思うよ。

「…………」
 美雪は真顔で、そう言った喜代子を見つめた。
 おばさんの方は、鍋の中の何かをかき回しながら、ふんふんふん…♪とラジオに合わせて鼻歌を歌っている。

「……で、キスの現場を見ちゃった坊やが、パパにそれを言いつけるんだけど、実はパパがサンタさんだったから、笑って取り合ってくれなかった、っていう内容じゃなかったかしらね…」

 喜代子は美雪の目がまん丸になって行くのには気付かなかった——


 

  …Oh, what a laugh it would have been If Daddy had only seen
    Mommy kissing Santa Claus last night……



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<あとがき、および言い訳・w>

 えー、クリスマスなんかとっくに終わっててしょーもな!なんですが、欧米では年が明けてもクリスマスは続いてますからね、メリークリスマス&ハッピーニューイヤー、が普通ですからね(w)…まあ細かいことは置いといてくだサイ(w)。

 ERIが一番好きなクリスマス・ソングがですね…実はコレなんです。クリスマス・ソングと言えばマライア・キャリーも好きなんだけど(w)、昔ジャクソン5が歌ってたコレがね、すごいカワイくて。

 <I saw mammy kissing Santa Claus>。「ママがサンタにキスをした」。
 マイケル・ジャクソンが12歳くらい?の時に歌ってるんですが、その当時からすごい歌唱力。あの息の長さに仰天したものです。
 あと、歌詞がスキでね……(w)
 ママがサンタにキスをした、…のを見ちゃったボク。ジャクソン5バージョンでは、パパに言いつけてやったら面白いぞ、って。でも、サンタはパパなもんだから、取り合ってもらえないんだよね(w)。

 しかし、普段2人きりだとラブラブな島とテレサですが、さすがに子ども達の前では……(w)。でも、案外見られてる…もんです(w)。
 で、もう一つ描きたかったのが「守が案外優秀だっていうこと」。2218年の12月なので、守は多分もうすぐ9歳、美雪は翌年1月で7歳、になるという計算です。古代進と森雪の子ども達なら、単純に考えてもサラブレッド。で、これが<RESOLUTION>続編(第10章〜)の伏線になってます。……えへへ。

 

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