Teresa kissing Santa Claus(1)

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「雪が降ってきたよ!!」
 何気なく窓の外を見た守が、思わず叫んだ。

 ほんと!?
 粉雪?!
 うわあ〜〜……



 佐渡フィールドパーク管理棟の食堂で、飼育員の村正や調理師の喜代子おばさんたちが企画してくれたクリスマス・パーティーの最中に。
 
 暮れ始めた空に、白く舞い散る、雪。

 皆、手にしていたものを放り出し、窓辺に集まって空を見上げる。
「……ホワイト・クリスマスかあ。環境省、なかなか粋な演出、してくれるじゃないか」
 村正が笑い出した。気象衛星からのコントロールで、ある程度降雨・降雪量をコントロール出来ることは大概の大人が知っている。だが、ひょっとしたらこの雪は、本当に、自然の状態で降っているものなのかもしれない……
 大介が腕に抱いた娘に窓の外の雪を見せながら呟いた。
「この時間から降り始めれば、明日の朝はすっかり銀世界だな…」


 2218年、12月——

 島大介とテレサが娘のみゆきと共に佐渡のフィールドパークへやってきて、二度目の冬が訪れた。今では古代進の長男・守、長女・美雪もすっかり2人に懐いている。知らない人が見たら、守・美雪・みゆきの3人は全員、大介の子どもなのかと思うかも知れない。大介にしても、親友・古代進の子ども達である……彼自身、時折2人が親友の子だということを忘れ、可愛がるだけでなく叱りもし、そうして家族のように過ごしてきた。

 昼間、美雪とテレサが喜代子おばさんと一緒に調理場へ籠ってケーキやらチキンやら、あれこれクリスマスのご馳走をこしらえている間、大介はみゆきを佐渡に預け、例によって守にコンピューターの使い方を教えていた。
 この半年ほど、大介と守は専ら、宇宙航海にさえ通用するような電算処理に没頭していた……コスモナビ・シミュレーション、である。

 

「教えてくれ」と言ったのは、守の方だった。
 子どもらしく、学習に役立つウェッブサイトでも見たいのかと思ったら、守の要求はそうではなかった……
「宇宙に出た時に役に立つこと」を教えて欲しいと、守は大介にそう言ったのだ。「僕、お父さんや、お母さんの役に立ちたい。小学生は地球防衛軍には入れないし、普通じゃ誰もそんなこと、教えてくれない。でも、僕にだって、何か出来ることがあるよね?」

 ………8歳9歳では、理解できる物事の範囲も限られる。大介は最初そう考えて「もう少し大きくなったらな」と片付けようとした。だが、やらせてみれば守は存外、コンピューターの扱いに慣れている。キーボードを叩いて文字を入れる、それ自体まだ無理だろうと思っていたら、守は大介の目の前で、COS規格のキーボード入力を難なくこなした。
「お母さんがやっていたのを、時々見てたから」
 守はあっけらかんとそう言うが、ウェッブの仕組みは理解しているし端末の分解などもやらせてみると「出来てしまう」のである。
 これは……と思って大介が与えた教材は、宇宙戦士訓練学校で初年度に全員が習う、航法シミュレーターソフトだ。
 まさかとは思ったが、守は基礎知識などろくにないにも関わらず、模擬観測を行い、演算コマンドを出して航行可能空間の特定までをやってのけた。
 それ以来、大介と守の「学習の時間」には、コンピューター演算、が加わったのだった。

「お父さんとお母さんがやっていること」全体を知りたい、という守のリクエストに答え、大介が独自に組んだプログラム。簡単な機器なら、ここの管理棟にも設備がある。コスモナビだけでなく、レーダー観測や射撃シミュなど、戦闘班長としての古代進の仕事、レーダー管制官としての雪の仕事を網羅するよう、先生としては工夫した……大介自身、ヤマトでのあれこれを思い出しながらそれに取り組んでいたものだから、実は楽しんでいたのは彼自身だったかもしれない。もちろん、授業を補佐するアナライザーが喜んだのは言うまでもない。実際に戦闘で記録されたデータが今に至ってもアナライザーのCPUには蓄積されていたから、島大介とアナライザーのコンビが守に教え込んだものは、おそらく宇宙戦士訓練学校のどの教官のどの授業よりも、実践的であるに違いなかった。

 何にも増して…
 守自身が、訓練学校の一年生と同程度のことは面白がってやってしまうのだから、先が楽しみである。
 
 しかし今日は、さすがにクリスマス。
 学校の勉強よりも面白い、と言って続けていても、さすがに調理場と食堂からこれだけ賑やかな音楽や笑い声が聞こえてきては、守も大介も、演算やデバイス入力を中断せざるを得なかった。
 


 村正と佐渡が、安物のサンタの衣装を身に着けて、大きな袋を背に食堂に入って来る。出入り口のところには、パークの森の中で見つけた、高さが130センチくらいの本物のモミの木。アナライザーが根っこごと抜いて持ってきたもののあちこちに、電飾や様々な飾り、綿雪に見立てたコットンが乗っている……このツリーはもう、10日くらい前から食堂にあって、みんなでごてごてと飾りを足していたのだ。

 調理場に集まった職員、総勢7名が、一斉にクラッカーを鳴らした。チキンは大成功、ケーキも大好評。贋もののシャンパンのフタをポンと飛ばし、勢いで「メリークリスマス!」と叫ぶ。
 テレサは、騒ぐ人間の輪に混じってイイ気分のアナライザーに、至極真剣そうな表情で「クリスマスって、そもそも何のお祝いなんですか?」と訊いていた。まともに突き詰めると、クリスマスとは古代ローマの太陽信仰に端を発し、別段キリスト(救世主=メシア)の誕生日などではない、と判ってしまうのだが、それをここで云々するのは野暮である。案の定、アナライザーも自分の中のデータ・ベースを探りながら、困った様子だ。神聖なお祭りだと答えたかったらしいが、正確なデータによれば一概にそうとも言えないのだから…
「あとで、俺が教えてあげるよ」
 だから今は、野暮なことは言いっこ無しだ。
 大介が、そう笑ってテレサの肩をそっと抱き寄せた。


 テレサの肩を抱いた大介をちらっと見て、美雪がくすっ、と笑った。
兄の守に耳打ちして、指差した……。
「……ほら、島さんとテレサ」
 こっそり、くっ付いてる。……ほらほらテレサ、すっごく嬉しそう…
 守もニヤニヤしながら、大きなケーキの乗った皿の影に半分顔を隠して、テレサと大介を盗み見た。

 守と美雪の兄妹は、こういう時の大介とテレサが大好きだ。
 彼らを見ていると、家族が一緒だったあの頃を思い出すからである……。

 いつでもパパに寄り添っていたママの笑顔。
 ママは笑ってパパにキスをしていた。2人がそれを見てニコニコしていると、パパは我にかえって恥ずかしそうにするのに、ママが両手を広げてパパを抱きしめる……大好きよ、進さん。けれど、パパが子ども達から見えないところで、ママを大事そうに抱きしめていることだって、ふたりはちゃんと知っていた。
 古代進が家に居た頃は、守はまだ3つ、美雪は2つにもならなかったが、それでも父と母が仲睦まじくしていた様子は2人の心に温かな記憶としてしっかり残っている。

 大介とテレサは、それに較べたらはにかみ屋で、人目を気にするタチのようだ。だが、それでも目立たないように大介がテレサの肩を愛し気に抱いたり、部屋の隅でほんの数秒、ふたり見つめ合ったりするのを守も美雪も知っていた。そんなやり取りをする様子が自分たちの両親の姿と重なり、守と美雪はその度幸せな気持ちになるのだった。




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