Present for you ☆ 1


 

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 今はなき故郷の星では、指輪を贈る…ということには幾つかの意味があった。

『常にあなたと共にいる』
『あなたを忘れない』
 そしてさらに、『あなたの苦難の日に、私があなたの力になる』という約束をも表した。

 時には親から子へ、子から親へ贈ることもあるその言葉。それを表す指輪は、特にどの指に着けようが自由だった。夫から妻へ、また妻から夫へ贈られる場合でも、決まった指に付けるという習慣は特別存在しなかった。

 島に初めて、指輪を贈られたのは……もうずっと昔のことである。いや、正確には「贈られた」のではなかった。母の形見の指輪を持って、テレサがテレザリアムを後にしヤマトへ向かおうとした時のこと。
 彼は、照れくさそうにテレサの左手をとって、彼女の持っていた指輪を示し「これをあなたの指にはめても良いか」と訊いたのだ。
 それまで、迷いながらも島を恋しいと思い始めていたテレサは、唐突に自分の中に「愛情」という感覚が萌芽するのを感じた……



 僕は、いつでも君と一緒にいる。



 母の形見の指輪を、彼はこの指にそっとはめてくれた。その行為は、テレサにとって彼を、喪うことの出来ない、尊い存在に昇華させた——
 そして、彼の星地球において「左手の薬指にリングをはめる」という行為には「一生あなただけを愛する」という意味があると知って尚。
 テレサは島を、この上なく愛しいと想った……誰かをこれほどまでに愛しいと感じたことは、それまで一度もなかった、そう、大好きだと思っていた両親にさえ……これほどの感情を抱いたことはなかった。それは…死さえも凌駕するほどの、強く、しなやかな想いだった。


 あれから実に8年以上が経つ。

 今、自分の左手の薬指に光る新しい…美しい指輪を見つめながら、テレサは考え込んでいる。
 自分には、財産と呼べるようなものは、何一つない。身につけるもの一つとっても、自分で手に入れたものではなかった。

 雪がテレサのためにと、この狭い女子隊員部屋に運び込んだ、細長い姿見を見上げる。
 その中に映る自分が身に纏っているのは、美しい純白のドレス。

 花嫁さんは、真っ白いドレスを着るのよ。

 どんなのが良い?と訊かれても、テレサには答えられなかった。雪に見せられたドレスのカタログを眺めていても、どれも素敵で決めようがない。そこで、仕方なく島に訊いた……

「島さんは、どれがいいですか?」
 彼は目を丸くして、ついで大笑いした、君が自分で好きなのを決めていいんだよ?
「…だって、……決められないわ。どれも素敵で」
「そうだな……」
 島も答えに窮した、だっておそらく。
 この中のどれを着ても、君は最高に素敵だろうから。
 けど、そうだなあ…。君はモダンな感じのより、可愛らしい感じの方が似合うんじゃないかと僕は思うんだけど…。
 島が照れながらそう言ったので、そのままを雪に伝える……「可愛らしいのは、どれでしょう?」
 そこに、なんだかんだと雪や島の母の、「可愛らしい」の趣味が割り込む。そうやって、出来上がって来たのが、今テレサが纏っているウエディングドレスだった。

 通路を隔てた向いの隊員部屋では、島の母小枝子と雪が、テレサに持たせてくれるという生花のブーケ、そして頭に乗せるのだという長いシフォンで出来たベールを整えていた。彼女たちの朗らかな笑い声が、ドアを開け放したままのこちらの部屋にまで聞こえてくる。このドレスにしても、結局、皆からの贈り物なのである。

 ふと、ドレッサー代わりのデスクの上に置いてある、小さな箱に目が止まった。箱は、これも雪が贈ってくれたものだが、真珠と言う名の白く光る丸い石をつなげたネックレスが入っていたものだ。ネックレスは今、テレサの胸元で光っているが、その箱の周りにかかっていた青い華奢なリボンが、デスクの上に丸めておいてある。
 箱にリボンをかけるのは、それが贈り物だっていうことを表しているのよ。雪がそう言っていたのを思い出す。…素敵な習慣だ、と思った。

 テレサは青いリボンを拾い上げ、しばらく……考えた。


                  


「……俺は嫌ですよ!!断固お断りします!!」
 一方、島は。

 かなり真剣な表情で真田にそう詰め寄っていた。

 相原が太田に耳打ちする。(……往生際悪いな、島さん)
 苦笑する太田。(まあね。…どっちにしろ、他に移動できる場所なんかないんだけどね…)

 こちらは新郎控え室、のはずの第二艦橋である。相原と太田のふたりを横目で見ながら、彼にしては地味目なタキシード姿の南部がそそ、と真田の後ろへ近寄った。「あの、ちょっと良いですか」
「ああ、南部」
 苦笑いしきりの真田である。島がさっきから青筋立てて拒否しているのは、式と披露宴後にふたりが泊まることになっている部屋について、なのだった。
「…島さんのお気持ちは分かります。でも、実質、テレサが安全にいられる場所は、今のところ他にないんですから…。市街のホテルに移動、と言う訳にも行きませんし、ウチ(NUMB)の系列のホテルだって絶対安全とは言えません。結局、今岸辺から離れて停泊しているこのヤマトの艦内が、一番安全で確実なんです。かといって、タコ部屋の隊員室で初夜、なんてテレサさんが可哀想でしょう」
「な…南部っ、てめっ…、しょ、しょや…とか、サラッと言うなサラッと!」
 ああ、だからここで式だの何だのやるのはイヤだったんだよ……!!

 赤くなりながら怒っている。その島を一瞥し、真田はうーむ、と腕組みをした。
「いい加減にしろ、島。お前が嫌でも、テレサにとってはここが最も安全で最も合理的な場所なんだぞ」
「マア、落ち着いて下さいよ島さん。僭越ながら、僕が少々手を加えさせて頂きました。…今の艦長室を見ればきっと、島さんも気が変わりますよ…」
「やかましい!!誰が艦長室に泊まるって言った!!」


 地球にやって来たテレサの存在は、実のところ「機密」扱いだった。

 白色彗星戦役の際に地球を救った女神の存在は、一般市民、また軍関係者にも一部を除いて伏せられ、テレザートという惑星の存在もテレサと言う名の救世主の名も、トップシークレットとして連邦防衛軍のマザーコンピュータに眠っている。
 現在の地球では、官民問わず多彩な科学研究機関が異星人の叡智を研究中であった。研究対象の大部分は主に、暗黒星団帝星から地球に攻め入って来た、デザリアム星人の遺体に関するものである……だが、それらは完全に「遺体(もしくはその一部)」であり、生体の資料は存在しない。それらを研究することで、企業は延命治療の薬を開発し、また実際に寿命を延ばすためのバイオ科学の発展を図っている。しかし、異星人の遺体の標本は希少で高価であり、時に盗難、損壊事件も起きるほどで、手に入れられる標本は常に高値で売買され、それに起因する重大犯罪まで起きている始末である。

 そんな世上に、「生きている異星人が地球上にいる」ということが知れたらどうなるか………。
 そのため、一見「あり得ない」ようで最も安全且つ合理的だという真田の判断で、このヤマトが、島とテレサの結婚式式場として選ばれたのだった。

 真田の言うには。
 ヤマトは科学局の分析と特殊メンテナンスを理由に、現在は全作業員を下ろしてメガロポリス港湾内に停泊している。そもそも、真田の一存で艦全体を「任務以外の何かに使う」などという異例な事態を押し通せる船は、ヤマトしかない。どうせ出席できるのはごく限られた内輪の者だけである。披露宴が終わったら、出席者はとっとと船を降りれば良いし、島とテレサの2人はヤマト艦内に残ればいい。2人っきりだ。この上なく安全で、完璧なハネムーンじゃないか。
 そして、この船で一番豪華な寝室を持つのは当然、「艦長室」。新婚初夜は、そこで迎えたらいいのだ。

「いーやーだ、って言ってんだろっ!!」
「うるさいなあ、何の騒ぎだ?」
 スーツ姿の古代が、皆の集っている第二艦橋へ入って来た。「やあ、みんな。…あれえ、なんだかとっても変だぞぉ」

 古代は皆を見回すと、げらげら笑い出した……
 肝心の新郎は、ランニング同然のアンダーシャツと軍服のボトムだけを身に着け、額に青筋を立てて怒っている。なのに、真田、相原、太田はここぞとばかりに新調した軍服、南部なんかタキシードだ。
「一体誰が結婚するんだ?南部か?」
「そりゃあ光栄ですねえ、テレサさんなら、是非」
 そう言った途端、拳骨を突き付けられ、南部はむぐっと黙る。「……だ、だからぁ、まず見に行って下さいよ、グレードアップした艦長室を。テレサさんは素敵ね、って言ってくださいましたよ?」
「ほう、そうか……ついでに、それはそのまま残しといてくれると嬉しいな」古代が、いやそりゃあ楽しみだ、ベッドはキングサイズになってるのかな?!と はしゃいだ。
「……古代」
 島は額を掌で押えて呻く……もはや処置無し。

(絶対やだよ……。こいつら、どういう神経してるんだ……真田さんまで……)

「なんでそんなに嫌がるんだ、島?結婚は神聖なものだ。生きて未来を紡ぐよう俺たちに説いたのは、沖田艦長だぞ…?お前が彼女と結ばれて未来を築く、その第一歩を過ごすためなら、歴代のヤマトの艦長は皆祝福してくれるはずだ」
 俺も含めてな。古代がニッと歯を見せて笑った…… しかし、高尚なはずのその言い分も、南部・相原・太田の三人組の淫靡なニヤケ顔に色褪せる。島は半眼で、居並ぶわざとらしい笑顔を見回した……

(艦長室で、…新婚初夜、って。そんなの、永久にネタにされるだけだろ……。こいつら、ほぼ、そのつもりだろ……)

 ああ。



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